第6話 期待の向けられた先は?
6月7日 太陽の日 8時55分 騎士団本部
空は灰色に覆われて雨が休むことを知らないかのように降り続いている。
こんな天気だと訓練場を使えないのが難点。いや、ひょっとしたらこういうことを想定した訓練もあるかもしれない。
なんて考えながら調査部隊の部屋の扉を開くと誰もいない。
普段ならゴッズさんかサリアンさんはいるのに。思わず部屋の名前も確認。あってる。中の時計とカレンダーを見ても……うん、時間も日付も間違ってない。確かにおかしなぐらい人数の少ない部隊だけど誰もいない状況は初めてだ。
「テツオ、今日は会議があるからこっちに来て」
「キャミルさんおはようございます。それに会議? 初めてじゃないですか?」
「そうねえ……最近は新たなダンジョンが発見された訳でも無いし脅威が出現した訳でも無いから平和だったのよねえ。何となく話の内容は予想できるけど、どうせ連絡するだけでしょ」
キャミルさんの後を迷子にならないように大人しく付いていく。階段を降り、地下へと……。
地下になると一気に暗くなって怖いんだよなあ、明かりが点いてるとか掃除が行き届いているとは言っても人が殆ど通らない騎士団地下。雨音も届かず足音がやたらと耳に届く程静かな空間。その奥にある一室、本当にここで会議をするのかと不安になる。
「おまたせ、連れてきたわ――よ?」
「失礼っ! ――します……」
俺達が一瞬言葉に詰まる程空気が重い。キャミルさんもわかっていなかったのかこの空気にたじろいでもいた。
緩い空気なんて微塵もなく有無を言わせない迫力に俺達も席に付いてレインさんの言葉に耳を傾ける姿勢を取る。ここまで厳しい表情のレインさんは見たことない。あの時尋問を受けた時よりも威圧感が凄まじい。
「これで揃ったね、大事な内容だからここで秘密裏に行いたかったんだ」
レイン隊長、ゴッズ副隊長、サリアンさん、キャミルさん、後はちゃんと話したことないけどケイン・ガードナー。俺も合わせて六人。これで調査部隊は全員というわけだ。
それに秘密裏? 一体何の話をするつもりなんだ? レインさんが言うなら相当だ。思わず喉が鳴り緊張が肌を走る。
「近いうちにアメノミカミが出現すると予想される」
「──っ!? それは本当なの!? あのアメノミカミが?」
「アメノミカミっすか!? 本当っすか?」
「まさかあの!?」
副隊長は知っていたのか反応がなかった。そして俺だけリアクションが遅れる。そもそも「アメノミカミ」って言うと昨日聞いたあれと同じなのか?
「テツオは耳にしたことはあるかい?」
「昨日アルケミーミュージアムで名前とソルという道具によって倒されたということは。でも、ソルが健在するかぎり襲ってくることは無いって話も聞きました」
俺の予感は無駄な杞憂に過ぎるとユールティアも言っていた。
人工太陽ソルはアメノミカミにとって天敵。勝ち目はないと。
「不運にもそのソルが不調を起こしたということだ。今のソルではアメノミカミを退けるだけの出力は期待できない」
「だとしてもそれならりソルを修理すれば全て解決するんじゃないですか? まだバレてないでしょうし早く直して素知らぬ顔すれば関係なくなるはずです。護国の務めとなれば錬金術士のみんなも力を合わせてくれるのでは?」
ユールティアでも難しくてもこの国にはもっと優れた人物がいるはずだ。教師のマルコフさんもそう。大通りに錬金術商品のお店を開いている人達にも力を貸してもらえば解決する問題じゃないだろうか?
「残念だがソルの修理にも高い練度が必要でね。ソレイユを除いて現在ソルを作成はおろか修理をできる者もいないんだ──いや、正確に言うならアメノミカミを退ける程の技能を持つソルを作成できる者はいないんだ」
「えぇ……ソルが作られてから10年ですよね? 一体今まで何を……まあ、とにかくソレイユさんにお願いすれば解決するんじゃないですか? それかこういう時のために別のソルを用意してくれているとかは?」
「困ったことにソレイユは旅に出ててどこにいるかわからないのが現状。予備についてもだけど残念なことにないのよ、何せ使われている素材が貴重かつ入手難度が高い『炎王龍の素材』なのよ……」
「なるほど……とにかくもまあ現存するソルは修理しようにもソレイユさんがいないとどうにもならないと……」
頼りにならなすぎる……俺が言えた立場じゃないにしても、別の素材の代用案とかでなかったのか?
「ああ、国を守る重要な武器が無い今。君にもアメノミカミ討伐に参加してほしい」
「?? …………えっ!?」
今なんて言った? 話が繋がってない気がするぞ、聞き間違いじゃなければ「アメノミカミ討伐に参加してほしい」って言ったのか? レインさんが誰に? 俺に!?
「レクスの力があればアメノミカミに十分対抗できると各隊長達も判断している。君の力を貸して欲しいというわけだ」
聞き間違いじゃなかった……それよりも!
「そもそもアメノミカミって何ですか!? 俺はみなさんと違って全部知ってる訳じゃないんですから!」
「わかっている。ちゃんと説明するアメノミカミというのは――」
レインさんの懇切丁寧な説明の元、アメノミカミの基本性能や引き起こした事件の説明をまとめると──。
アメノミカミは形を持った水の化け物。イメージ的にはプールに溜まった水が変幻自在に姿形を変えて襲ってくるようなもの。加えて、この雨期という環境を味方に付けて回復と攻撃を大幅に強化して襲ってくる。
そして、このライトニア王国に対して強い敵意を持っていて、前回は甚大な被害を受けてしまった。土地や建物だけでなく多くの戦死者、生き残った人の心にも深い傷を。
「なるほど、なんとなくわかりました……」
あまりにも重い……ミュージアムにいた時は絵空事のお話だと思っていた。完全に他人事、終わった話で無関係だと。ふと過ったもしもは妄想で無意味な心配だと。
でも、過去にあった現実で、レインさん達は戦った。
「なんとなくじゃ困るのよね。数少ない有効な手を持っているんだから。悔しいけど私じゃ役に立てないのよ」
「殆どの人が無理っすよ……接近すれば水塊に飲まれて、離れていても雨やら何やらに飲まれて溺れるらしいっすからね……」
「破魔斧レクスの力は非常に有効と考えられていますな! 奴は膨大な魔力によって形を成している。それを奪えばかなり戦い易くもなるはずですな」
俺が、いや違う。レクスの力を使ってこの国を守る?
ライトニア王国を神野鉄雄が守る?
「偶然とはいえ君がいてくれて助かった。備えの矢は何本あっても足りないからね。奴を思惑を全て崩すために防衛、討伐両部隊も策を講じている。国のみんなが1つとなって挑まなければならない問題なんだ。絶対にあんな悲劇を引き起こしてはならない!」
それだけの脅威。根深い傷。繰り返したくない思いは伝わってくる。それに――
「レインさん。その話なんですけど……」
「ああ」
ねばりつくような期待の瞳が向けられるのがわかってしまった。
国を守るための力として、俺に戦って欲しいという強い想い。初めて向けられたであろうこの気持ちに嬉しさよりも戸惑いが勝り、気持ち悪くなりそうだった。
湧き上がる感情に従い自然とこの言葉が浮かび口から出てしまった。
「お断りします」
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