第5話 迫る水嵩、新たな矢
挙げられていくアメノミカミの脅威。けれど、ビートの表情は暗くなく落ち着いていた。
「……そして、この脅威を退けたのが『人工太陽ソル』ですよね。確か「雨雲を裂き、雨の魔神を蒸発し尽くした」って書いてありました……」
ライトニアに住む子供ですら知っている「ソルの輝きと熱にアメノミカミは成す術も無く霧散した」という脅威でも何でもないという情報。
ソルとアメノミカミの関係は子供と大人の喧嘩と思える程忖度をしなければ勝負にならない圧倒的な差がある。生まれ持った宿命付いた弱点、蛇と蛙、越えられない壁。
そして「多大な被害を出した存在が消えていく姿を、誰もが息をするのを忘れて見届け水溜まりすら残らなくなった後安堵の呼吸を行った」と当時の新聞には記載されていた。
「しかしまあ、本当にやってくんのか? この情報が偽物か疑うのが普通だろ? ソルがある限りアメノミカミじゃどう足掻いたって勝てやしない。のこのこ釣られて無様な姿を晒せば恥じもいいところじゃねえか」
「相手も馬鹿じゃありませんよ、この10年相手の根がどこまで深く広がっているのかもわかりません。錬金術士というのは自分の作り上げた物に絶対の自信を持つ者達です。あの不名誉な結果を覆すために必ず現れるはずです」
「でもそれだとおかしくないですか? 錬金術士がプライドの高い方達だと知っていますけど……ソルに負けた結果を覆したいなら、故障した今攻めて来るのは矛盾しているんじゃ」
ソルに負けた結果をアメノミカミで覆したいなら、ソルが健在の状態で攻めるのが筋である。その状態で勝ってこそ初めてアメノミカミはソルより優れていると証明になる。
不調の相手を前に出現していることは恐れの証明他ならない。というビートの主張は間違ってはいない。
「いい着眼点です。彼の右腕にするには惜しい視野ですよ」
「へへっ! 褒めてんじゃねえよ! 頼まれたって渡しゃしねえさ!」
深く捉えずに部下が褒められたことに気を良くするラオル。
「さておき……そもそも奴は別の目的があって攻めてきたと考えるのが自然です。ソルはあの日奇跡的に偶然にソレイユさんが完成させた。作品比べなんて頭に無かったはず。起きてしまったのは前王の殺害未遂事件、国宝強奪、この2つ。しかし、アメノミカミと直接関係あるか不明。前王の命が目的ならば未だ達成できておらず、再び攻めて来る理由にもなりますからね」
「…………」
その事件が挙げられると俯き口を噤んでしまうレイン。
アメノミカミの襲撃によって多大な被害を受けた。しかしそれは王都、壁内には及んでいない。西の『レーゲン地区』のみに収まった。
ただし、建物の損壊が軽微なだけで重大な事件が発生していた。
それが前王殺害未遂と国宝強奪事件。クラウド王が若くして王に即位せざるを得ないきっかけとなった事件。
この2つはたった一人の人物によって実行された。事件が起きたのはアメノミカミ襲撃時刻の王城、つまりは壁内における出来事。アメノミカミが直接関与した事件では無い。だが囮として利用していたと判断された。
その人物は王に凶刃を振るい、国宝である剣と盾を奪い、パニックに乗じて城の隠し通路を使って脱出した。
ただ、最後まで成功はできず容疑者は牢に厳重に閉じ込められている。そして前王は未だ意識が戻っておらず病院で寝たきりの身。
「だったらアメノミカミで攻める必要は無いのでは? 失礼を承知で言いますけど厳重な守りの中で治療を受けている現状、わざわざ目立つ存在で攻めるよりも他の手の方が確実だと思うのですが?」
アメノミカミが出現すれば必ず目立つ。普段以上の警戒が発生する。前王が眠る病室に近づける者はいなくなる。
「そう、その通りなんだよ! 王を襲うとしてもアレは過剰戦力、明らかに見合ってない! そこにも気付くたぁやるじゃねえか!」
「王殺しが目的ならこの10年の間に実行されていてもおかしくありませんでしたからね。ですが知っての通り平穏そのもの。やはりアメノミカミの戦力で行うとしたら国の破壊になってしまうのでしょうね……」
「ライトニア王国そのものに深い恨みがあるという事ですな。とはいえ我が国が他国を侵略侵攻した歴史はありませんし、むしろ錬金技術を提供してすらいます。感謝されることはあれど弓引かれることは考えたくありませんな」
「錬金術士であることに違いはありませんが、嫉妬や恨み……というにはいささか弱い。アメノミカミの動かし方からして自信家であり、信念があるように見えましたね。被害は甚大でしたが奴は無差別に攻撃はしていませんでしたし」
こうして言葉にして改めて事実を元に分析を進める。アメノミカミはレーゲン地区に出現し王都に直進。わざわざ大通りを使って門を目指すように。王都突入前に排除できたため最終目標はわからなかった。しかし、もしも突入できてしまったら?
その最悪の未来が描く光景はここにいる誰もが想像していた。国の完全崩壊という惨劇を。
「結局アメノミカミを操っていたのは誰なのかわかっていないのか? 巷で噂になってる『カリオストロ』が関与している線はどうなんだ?」
「僕達も調べてはいますがカリオストロのメンバーに出会うことすら稀。そもそも奴らの名前が目立ち始めたのはここ2、3年。いくら錬金術を利用している連中と言っても安易に紐づけるのは早計ですよ」
「やはり正体がわからぬというのは難しいですな。国民、もしくは騎士すらも疑わなければならない状況になると、緊急事態となった際が怖いところですな」
「奴もこの機会を逃すことはしないだろう。思惑を打ち破りコアを抑えることができれば操縦者の位置を割り出すことも可能となる。それができればっ……!」
(レイン隊長もしや……いえ、何も言いますまい。あなたはその日のために腕を磨いてきたようなものですからな)
レインはこの場にいる誰よりもアメノミカミに対する情念が強い。言葉の節々に宿る怨念染みた悔しさと怒り。この場で彼女だけが来ることを望んでいる。それこそが正体に繋がる最短距離だと信じているから。
抑えきれない感情が魔術となり、冷気となり漏れ出しテーブルに掛けた肘の先から氷の膜が作られていた。
「あ、すまない……それとだが、ソレイユを探すために鷹を何匹か放った。最後に届いた手紙の内容からして東のメタルニクス近辺にいると思う」
「大分距離があるな……発見する時間、戻ってくる時間も考えても最短で3日か?」
「見つかりさえすればある道具を使ってすぐに帰って来てくれる。今は鷹達の捜索能力に期待するしかない」
ソレイユは見聞を広げるために世界を旅している。知己の関係であるレインの元には時折手紙が届く。そんな彼女に向けて返信をしたためているが根無し草な彼女に送られることなく引き出しの中に収められていく。
「悔しいが俺達じゃアイツとの戦いで足手まといにしかならねえ。だから俺達はもしもの為に待機しておく。だったな?」
「僕達も対応策の準備を進めましょう、まずはマテリアに錬金道具を依頼をしておきませんとね」
「そして、今回は偶然にも奴にとって有効な矢が手元にある。ソルが無くとも大きな成果が期待できる」
「それはもしや……?」
「あの男か!」
誰の頭に浮かぶのは記憶に新しく、対魔力においては無類の強さを発揮する武器を持ち、ここにいる半数以上が膝を付く羽目になったあの男の姿。
「そう、カミノテツオだ」
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