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第45話 新たな姿へ至る道

 5月22日 風の日 16時10分 アンナの部屋


 吹く風に涼しさや花の香りが混じる春の暖かな季節の真っ只中。

 アンナの部屋は真夏の暑さを超える熱気で満たされていた。


「えいさっ! ほいさっ! えいさっ! ほいさっ!」


 粉砕工場のように絶え間なく「バキン」「ガシャン」と硬い物が砕かれる音が響き渡る。

 今行われているのも錬金術に必要な純化作業。

 グラスリル結晶をただひたすらに砕き、ふるいにかけて不純物を取り除く。

 何度か繰り返して純度を高めた後は視界が歪みそうな高温の釜で押しつぶすようにかき混ぜ続ける。

 こうして生まれるのが『剛化ガラス』。最初に入れた量の半分以下の大きさまで圧縮され、通常のガラスよりも圧倒的な強度を誇り、投石は無論、爆発の衝撃にも耐えると言われている。

 重要拠点の窓の殆どは剛化ガラスが利用されていることはあまりにも有名。


「あっつい!! けど、いい感じにできてる!」


 制服の上を脱ぎ去り薄着の状態で作業に勤しむ姿。額からは玉のような汗を噴き出させ、上着に濡れてない部分は残って無い程全身からも滝のように汗を流しながらかき混ぜる。

 アトリエ部分の熱気は凄まじく、窓を全開にしても熱が逃げきっていない。


「水分補給の用意はできてるからね。欲しくなったらいつでも呼んでね!」


 セクリの手元には蜂蜜、レモン、塩少々、1ℓの水差しにたっぷりと溜められたお手製経口補水液。汗を流し失った水分を満たすのに適した飲み物。使用人として学ばされた数多くあるレシピの内の一つである。


「この作業の方が黒霧内の調合よりもキツくないか……?」


 鉄雄の部屋に避難せずに、台所で待機する二人。主人が苦労をしているから自分達も逃げるべきではない。

 という考えもあるが、この極熱の環境、何が起きてもおかしくない。助けを求められてもすぐさま対応できるようにするためにここに残っている。

 アンナ程では無いにしても二人の頬を伝う汗は徐々に増えていく。


「よし! できた! テツ、喉乾いた!!」

「任せろ──あっつ! よく耐えれてるなこの暑さに!?」

「んぐ……んぐ……ぷはぁっ! ──ふっかつ!」


 乾いたスポンジに水が吸い取られていくが如く、大きく喉を鳴らしながら流し込んでいく。あっという間に一気に飲み干してしまう。


「ふぅ……サウナでわかってたけどこういう時は魔力がないと大変。熱が直撃したらただじゃ済まないって」

「うお……釜からの熱気で近づけないな……こういう作業も想定して大釜周りは石造りって訳か」


 釜の火は消えても宿した熱はすぐには消えずサウナストーンのように部屋を温めていた。

 これまでも何となく理解していたが、改めてアトリエ部分が頑強な理由を身を持って再認識した。


「それよりもこれが『剛化ガラス』! これがあれば落ちた程度で壊れないマナ・ボトルが作れるよ!」

「わあ──リュック満杯に買ってきたのに、こんなにまとめられて……でも重さは前と変わってない?」


 大人の頭程にまで圧縮されてまとめられたグラスリル結晶。この姿が『剛化ガラス』と呼ばれる。

 圧倒的な密度がもたらす強度は入れ物に使うには余りにも過剰。


 5月23日 土の日 17時30分 アンナの部屋


 本日行われるのはマナ・ボトルが持つ、吸収・保持・放出を担う機構を完成させるため、金の加工に着手している。


「金ってあれっぽっちこんなに伸びるもんなのか……!?」

「わたしも図鑑とか話で知ってるだけだったけど、こうして触ってみると綺麗で使い勝手がよさそう」

「10分の1も使ってないのに……全部使ったら金の服が作れそうだね」


 釜から取り出される糸束。黄金の輝きを放つそれを恐る恐る触れると、艶やかな触感に心が奪われ、束を撫でると極上の毛並みに触れているとさえ錯覚していた。


「加工もできたし、質も量も問題なさそう……これならあれにも利用できそう……テツ、レクス借りるね!」

「ん? 別に構わないけどケガしないようにな?」

「わかってるって。ちょっと集中するから夕飯になったら呼んで」


 破魔斧レクスを持って自室に籠り、机に立てかけ紙にその姿をスケッチし始める。


「これが今の全体図で……ギアを追加すると……で、そのときの姿が……」



 5月24日 月の日 9時10分 アンナの部屋


「設計図としてはこんな感じだけど、どう?」


 先日、自室に籠り作成していたのはマナ・ギアを搭載した破魔斧レクスの設計図。

 ゴミ箱の中には何度もリテイクした証の丸まった紙の山が作られ、箱から零れていた。


「へぇ……いいデザインしている。ここにボトルを差し込む想定なんだな」

「動きを邪魔しないように考えたらここになったの」


 刃の背面に取り付けられるマナ・ギア。ここの差し込み口にボトルを挿入し捻れば魔力が送られるという想定。そして、はめ込んだ状態でも刃を振り下ろすことができ、邪魔にならないと考えた。


「ん……? 何か三つ差し込めるようになってないか?」

「ふふん! わたしは思ったの、沢山魔力を送り込めれば強くなるって! だからボトルを複数同時に開放できるようにすればいいって!」


 食べた魔力の量だけ破力が生まれる。破力が多ければ多い程使える術の規模も広がる。単純明快にして真理。

 環境や戦況を見極めて破力の調整をする必要が薄れ、好きなタイミングで大技が放てるようになる。


「こいつはすげえことになりそうだな!」


 一々誰かから魔力を貰わなくても破術の練習ができる。マナ・タンクのように重くて大きい物を背負う必要も無くなる。文明開化の如き大きな進歩と変化が訪れるだろうと確信していた。


「次は色だけどどれがいい? 正義の色っぽくするするなら明るめで白にする方がいいと思うんだけど」

「確かにな……今は刃の部分だけが白くて後は黒でバランスがちょっと悪かったし、全部白にする方が統一感が出て良さそうだな」

「それで掘り込みに金を埋めれば白いキャンバスに金のラインが描かれて、教会の祭具と思われるぐらい神聖なものになるかも! 決まりね!」

(本気で言うておるのか!? ずっと黒で過ごしておったのに? 白く染めろと!? 聞いておるのか? ちょっと待て! わらわの意見を──)

 

 ただ一人惨劇の斧と呼ばれる前から憑りついていた霊魂のレクスだけが反論の意を唱えるが、鉄雄は聞こえない振りをし、アンナにはそもそも届いていない。

 多くの人々の命を奪った凶器が、子供の玩具のような扱いで姿を変えようとしていた。


「次はテツの手のサイズを調べるわよ!」

「ここまでチェックする必要があるのか……?」


 鉄雄の右手首を掴み、指の長さを測り、マッサージするように手の感触を調べていく。その扱いを受けている本人は若干の照れを顔に浮かべてしまっていた。


「今まではテツが武器に合わせたけど、本当だったら武器をテツに合わせる必要があるんだよ? 持ち手の太さや形、刃との重心。それにこれからはボトルも使うことになるから戦い方もガラリと変わるでしょ。右手でレクスを掴んで、左手でボトルを挿入。楽な持ち方で挿入口が見えないと不便でしょ?」

「……確かに」


 使い手の気持ちを完璧に理解した言葉。武器自体の強さはこれ以上強くなることは無い。むしろ弱体化すらしている。

 しかし、使い手に合わせて調整すれば精度が上がる。結果として強くなる。


「今日1日はレクスの改装に専念するから、テツはルティの所にいってアブソーブジュエルが回収できるか確認してきて」

「そろそろ複製し終わってる頃か。ちゃんと増えてるか不安だな……」

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