第44話 増える思い出
アブソーブジュエルが完成してお祭り騒ぎになっていたがこれで終わりではない。むしろこれからが本番だろう。
この素材を使ってマナ・ボトルを完成させるのが目標なのだから。
「折角できあがったのにマナ・ボトルで消費しちゃうのはちょっともったいないな~って思っちゃうな。素材は余ってるからもう1個作ることはできそうだけど、他の作業がどれくらいかかるかわからないし……」
たゆまぬ努力と苦労を重ねて手にした思い出深い逸品。
マナ・ボトルの素材の為に作られたと言っても、惜しいと思うのは当然だった。
アブソーブジュエルを作るのに必要な素材はまだ余っている。
「残りの作業って何があるんだ? ひょっとしたら余裕があるかもしれないぞ?」
「え~と……たしか……グラスリル結晶の圧縮純化、金を利用してキャップ部分と金糸を作る。そしてその全部をアブソーブジュエルと混ぜ合わせてマナ・ボトルの作成。最後はレクスに似合ったマナ・ギアの作成してお終い。のはず?」
口に指を当て、残された作業を一つ一つ紡いでいく。ただし、最後のは試験と関係ないことに気づいてはいなかった。
何度か頭の中で反芻すると安堵の溜息を「ホッ」と吐いた。大きな障害となりそうな素材収集の必要は無く、後はひたすらに作るだけ。
試験終了日は5月30日。その日までに提出ができなければ不合格。マテリア最低ランクの『ブロンズ』にも届かなければ除籍も視野に入れられる。
しかし、完成できない方がもう難しい。
「今が22日……確認用のマナ・ギア自体は貸し出されてるのがあるから、一つの作業について2日かけたとしても26日は終わるのか。余裕がありそうに見えるが?」
「今は美味しいもの食べて回復できてるからいいけど……思った以上に負担が大きいの。これじゃあ毎日大きなハンバーグを食べることに……それも悪くない……じゃなくて! 残りの作業も体力使いそうだから無理ってこと」
「なるほどな……止む無しってことだな」
体力自慢のアンナでも今回の魔力消失下調合の負担は大きく。平気な顔をしているように見えて集中力は散漫気味である。
ただ共に作り上げた思い出の品、できれば消えて欲しくない、手元に現物を残しておきたいという想いもあるが、試験合格というゴールが最重要であるのは理解している。
「ふっふっふ、だったらあの道具が役に立つ時が来たようだね」
「もしや例の大惨事を引き起こした……」
「あの時はお世話になったと同時にセクリ君と出会うことができた、いい先行投資だったよ。それはさておき、アンナ君に提供したいのは『複製増殖機構』。調合品を複製して増やす道具だ。改良の余地はあるが少数なら問題なく──」
「えっ!? そんなすごい道具があるの!?」
「物体のコピーとかすごいな……」
今まさに望んでいた夢のような道具に目を見開き、喉を鳴らす事しかできなかった。
「言われた通り余った素材を持ってきたけど……どうするの?」
食事を終えて必要な物を持ってルティの部屋に集まる。今では数日に一度定期的にセクリが掃除にやって来ているので部屋は綺麗なものである。
「じゃ~ん! これが増殖複製機構なのだよ!」
上部に釜のようなものを装着し並列回路を機械化したような装置が、自分の自信作だと主張するように目立って置いてある。
「こっちに元となる品。つまりアブソーブジュエルを入れる。上の釜に素材を投入。すると時間が経てばこっちに同じ品がでてくるというわけだよ」
「なるほど……無くなったりとか消費したりはしないよな?」
「壊れる心配はないから安心したまえ、情報を読み取り転写、投入した素材を利用して複製するのがこれの役目。ただ、複製終了まで取り出せないことを把握してくれたまえ」
(これ量産したらすごいことにならないか? どんなものまで複製できるか気になるな……使い方しだいでひっくり返る……錬金術の工業化になるってことかもな……)
便利すぎるが故の不安。今はまだ複製できるサイズにも限界があり、ルティも交流関係上、この道具の存在を知る者は少なく、彼女が使用させたいと思う人も殆どいない。
「とりあえず素材がある限り作り続けるモードで起動しよう。投入した素材の最低値、今ならエアロストーンが無くなればお終いというわけだ」
説明通りに調合品とは素材をセット。
中央のレバーを下ろすと、赤いランプが点灯し駆動音が発せられ起動する。
「すぐには完成しないから、また明日来てほしい」
「今更だけど、魔力を奪う宝石でも問題ないのか? コレって魔力とかで動いてるんだろ?」
「はっ! 随分とおまぬけな指摘をしてくれるぅもんだ。魔力を喰らう武器を持っている君から出る言葉とは思えないね。そもそも魔力を奪う道具が古来より存在していないと思っていたのかい? 歴史にも深いぼくはその対策をしていない訳がなかろうに」
「それは確かにそうだ」
的外れな指摘に有識者による容赦ない反論に物怖じする。
問題ないことが分かってもただ一人は憂いを帯びた表情で複製されていく様子を眺めていた。
「これがあれば苦労せずに作れたのかなぁ……?」
「それは違うな。これは作る手間暇を肩代わりしてくれる代物だ。増やす事はできても新しく生み出すことはできない。アンナが最初の一個を生み出してくれたからこの装置も活動できる。落ち込む必要なんてないぞ」
落ち込むことが見当違いだと慰める。優れた装置であることに変わりはなくても、証明するためには、優秀な道具を増やせたという実績。
「むぅ……ぼくが言うべきセリフをよくも横取りしてくれるね君は。とにもかく完成品を複製したり真似するのは簡単なんだ。描かれた道筋をなぞるだけだからね。『アブソーブジュエル』はアンナ君じゃなければ作れなかった、それは自信を持つべきだとぼくは思う」
「そっか……はぁダメだなぁ。勉強したつもりでもぜんぜん知らないことが多い。すごい高い山の頂上に上ったと思ったらその隣にはもっと大きな山があった。そんな感じ」
誰にもできなかったことができた。それは大きな自信、アンナも偉大な錬金術士に近づいたと内心天狗になっていたが、ルティが親切心で出してくれた物が想像以上に優れていた。
成長できたと思ったのにまだ、届いていない。その悔しさが浅学な思考に陥らせた。
「ぼくとしてはマテリアに来たてのアンナ君に抜かれるとプライドに関わるから困るんだけれど……」
「そうだぞアンナ! 成長に貪欲なのはいいことだけど焦って自分を卑下にするのは良くない。アンナはちゃんと成長している。俺が見ている、いつだって教えるから安心しろ!」
アンナがライトニアに来てから一番共に過ごしているのは鉄雄。一番のアンナの成長について理解している、いわば生きた成長記録のようなもの。
「そうだね! テツがもいるしセクリもいる。ウジウジして止まるよりも、気をとり直して今日この後は負担の小さいグラスリル結晶の圧縮純化で『剛化ガラス』を作るぞお!」
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