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第24話 みんな大好きヤキソバパン!

 0201号室。そこが彼女の住んでいる部屋。

 2階には初めて入るけどやっぱり変化がない。廊下に飾られている花瓶の花が違うぐらい。


「そういえば、そのユールティアって人学校で1度も出会ったことないような? エルフって耳が尖がってるんだよね?」

(わたくし)が入学した当初はご登校なされていましたが、いつの間にか姿を見せなくなってしまいましたね。先生に聞いてみたところ在学はなされているようですが」

「へぇー。そんなにすごい知識があるなら頼りしたいな」


 学校に行かなくてもやっていけるなんてすごいと思う。

 わたしはお父さんの残した本やノートで錬金術をやってた。それが全てだと思ってたけどここに来て知らないことがワッと押し寄せて来た。

 付いていくのが大変な時もあるのにずっと行かなくてもだいじょうぶなんて……いったい何をしているんだろう?

 ここがそんなすごいエルフのいる部屋。どんな人なんだろう? ナーシャが丁寧にドアをノックする。


「ユールティアさん、お願いがあるのですがお話できないでしょうか?」


 中でやりとりをしているのが聞こえる。何かはわからないけどいるみたいだ。

 緊張して待ってると「カチャリ」という音がして少し心がドキリと高鳴った。


「申し訳ありませんがユールティア様はお会い……あれ? 大主人(グランドマスター)! どうしてこちらに?」

「あれ? セクリ! どうして……あっ、ここがお仕事受けてた場所だったんだ。すごい偶然!」


 いるとは思わなかったけど少し安心した。

 話が早く進みそうな予感もそうだけど、ここでお仕事しているってことはユールティアって人との仲を取り持ってくれるはずだから。


「アンナさんも何時の間にか使用人をお雇いになられたのですね。全然気づきませんでしたわ。お初にお目にかかります。私はナーシャ・アロマリエ・フワラージュ。以後よろしくお願いしますわ」

「ご丁寧にありがとうございます。私はセクリと申します。我が主アンナ・クリスティナと仲良くして頂き感謝致します」

(セクリどうしたの変なもの食べた!?)

(お仕事中だから丁寧にしないと……)


 あまりにも普段と違う丁寧な立ち振る舞いに思わず念話(テレパシー)を送ってしまった。

 こんなの普段のセクリじゃない、こんなにキッチリしているなんて……適当に抱きついたら笑顔で返してこなさそう。むしろ流れ作業みたいに剥がされそう。


「まったく、追い払えと言ったのに話し込んで……何だい知り合いなのかい? うおっ! このおっぱいと香りはナーシャ君じゃあないか! 君が来たのか!」

「私は付き添いと言いますか、久々に顔を見るのも良いかと思いまして」

「付き添い? うん……何だいこのチンチクリンは? こんなのぼくの知り合いには存在しないな」

「なっ……!? あなたの方が身長低いじゃない!」


 いきなり失礼な!

 でもこの人がユールティア。

 白い肌に尖った耳、金色の髪。目つきもまるでわたしとは反対の見た目をしてる。

 身長はそう変わらないけど。


「私の本来の主でございますよ」

「何と数奇な!? それに山脈に沈む谷底みたいな状況でよく平静を保ってられるなんてただものじゃあないね。退屈しのぎになりそうだから入りたまえ」


 視線がわたし達の胸に向いたままそんなことを言う。

 なるほど、セクリとナーシャが山でわたしが谷か……うん、なるほど……よし、殴ろう。

 腕に力が入ると、その手がナーシャの両手に包まれる。


「お、抑えてください! 腕前は確かですから。多分、頼りになるかと!」


 頼りにならなかったら本気で関節きめよう。

 アトリエ部分に行くと彼女は偉そうにどっしりとソファーに座っていた。


「ナーシャ君はこっちで、セクリ君はこっちだ。そして君は椅子をこっちに持ってきたまえ」


 自分の隣にナーシャとセクリを座らせて、わたしは椅子。どういう意図があるんだろう?


「お茶を入れようと思ったのですが――」

「もてなすかどうかは話しが面白いかどうかで決めるさ。なのでこちらに来たまえ。ぼくにとってはこれが重要なのだよ」


 彼女の言った通りにソファーの両サイド2人が座ると、彼女はすごいご機嫌な表情をしている。


「狭くないの?」

「分かっていないなぁ君は。錬金科唯一の癒しとマテリア寮のママ系使用人。その2人に挟まれることはどれだけの幸運か理解すべきだとも。男として生まれていたなら娶りたいぐらいの乙女だぞ?」

「えぇ……」

「褒められているのか分かりませんわね……」

「甘えられるのは嫌じゃないけど、下心が強すぎるのは好きじゃないかな……」


 言いたいことはわかったけど頭が理解を嫌がってる。

 テツでさえセクリといっしょでもこんな表情しなかったのに……エルフってスケベな種族なのかと思っちゃう。

 

「セクリ君の主となっていることに嫉妬で気が狂いそうだが、君がいなければこの天上の甘露とも言える玉座に出会えなかったのは事実。寛大な心で水に流そうじゃあないか。何か聞きたいことがあるのだろう?」

「……この道具を作りたいの。必要な技術はわかってるんだけど、その技術をどう手にすればいいのかわからないの」


 こんなのでも頼りにしないといけないなんて……わたしはわたしが嫌いになりそうだった。錬金術の腕がもっと欲しいと思ってしまう。

 わたしのレシピを差し出すと、目の色が変わったのを感じた。


「ほうほう『マナ・ボトル』、それを作るための素材を調合で、なるほど。問題は6つの素材を混ざ合わせ1つの素材を生み出すこと。理想とする素材を生み出すには『万象流転法(ばんしょうるてんほう)』と『相対消失(そうたいしょうしつ)抽出法(ちゅうしゅつほう)』の2つの技術が必要と考えたわけだ。ふむ、ほ~ん……。確かにこれなら成功すれば属性の力で魔力を放出することなく純粋に魔力だけを集める石が出来上がるだろうね」


 だらけた態度だけど視線の鋭さは獲物を目の前にした魔獣と変わらない。

 それに悩む様子を欠片も見せることなく理解してくれた。


「そこまでわかるの!?」

「君の書いたレシピがちゃんと出来ているから答えが分かっただけだとも。ぼくの頭脳にかかれば君にとっては仮定でもぼくには確定だ。しょうもないレシピだったら放り投げていたが、中々創作意欲が滾りそうなものだったよ。とはいえ、求めているのはこの2つの技術を用いた調合技術の会得方法なのだろう?」


 見た目と態度と違ってすごい賢い。少し見ただけで完成図まで読み取れるなんて。

 ナーシャが天()錬金術士って言うだけはある。確かに彼女ならここから先に進むための手がかりをくれるかもしれない!


「うん、そうなの」

「このままじゃあ、ただの子供の落書きと変わらない。かと言ってただ闇雲にやったとしても完成は無理だろう。だから、安定して調合できる道具について教授してあげよう」

「本当!?」

「まぁ待ちたまえ。確かに知恵を貸すのはやぶさかじゃあない。ただ錬金術士として何の対価を求めずに授けるのはぼくの心情には合わないんだな」

「わかった。何が欲しいの?」


 甘い話はないと思ってたけど、これで説得力も出てきた。

 わたし達錬金術士は対価や取引を大事にする。いわゆる等価交換を。

 息を大きく吐いて心を落ち着かせて彼女の言葉に耳を傾ける。


「いい顔じゃあないか。それは……」


 ゴクリと喉が鳴る。

 彼女の顔が何かを企んだ笑顔を浮かべて望みを口にした。


「伝説のヤキソバパンを買ってぼくに捧げたまえ!!」

「でんせつのヤキソバパン……?」

「伝説のヤキソバパン!? まさか、あの!?」


 わたしには何かわからなかったけどナーシャは驚きの声を上げてくれた。

 ナーシャがこんな反応を見せてくれるってことは相当大変な対価を要求してきたってことだ。


「知っているのナーシャ!?」

「ええ、存じています。学校の購買部に不定期に並び、一日十個一人一個限定のパンの事ですわ! フォレストリアの製麺技術と秘伝の濃厚ソースの絡んだヤキソバにライトニアの優れた製パン器具によって作られる香味ゆたかなハーブパン。これらが国最高峰の調理技術を持つメイド長によってまとめあげられることで至高の逸品へと昇華されるのです! 10キラで買えるのは余りにもおかしいとされていますわ!」


 こんなに熱く語るなんて……!


「詳しいけど食べたことあるの?」

「ええ、一度だけ運良く……! 味の再現をしてみようと思ったのですがどうしても上手くいかないんですの! あの特別感はもはやスペシャリテと言っても過言じゃありませんわ!」

「風の噂では殆どが普通科の生徒に流れてしまうし、簡素な見た目から錬金科の坊ちゃん嬢ちゃんはお気に召さないらしいんだ。だがぼくは飽くなき探求心の下多くの人を魅了するそれをどうしても口にしたい! おっとと、涎が……」


 本気で食べたいという思いが伝わってくる。

 こんな話を聞かされたらわたしだって涎が出そうになる。


「――あの、メイド長。つまりは使用人長(チーフ)が作っているならボクが使用人長(チーフ)にお願いしてもらってきましょうか?」


 セクリの言葉にわたしは思わず呆れてしまった。

 2人も同じような表情をしているから思いは同じみたい。


「良いおっぱいしてるとしても言って良い事と悪い事があるのを知るべきじゃあないか?」

「ダメだよセクリ。そういう方法で手に入れたらそのヤキソバパンの価値は無くなるし、とても失礼だと思う」

「購買で手に入れてこそ意味があるということですわ。正々堂々と手に入れる方に対して失礼な行いですわ」


 ズルい真似をして手に入れたってきっと美味しくない。

 心に何か迷いがあったら100%の味を楽しめない。

 正々堂々と限定10個を勝ち取ることでより味も高まると思う。

 

「ご、ごめんなさい!」


 セクリもわたし達の気持ちをわかってくれたみたいで良かった。

 でも、ズルい手は使わないけど使えるモノは全部使うつもり。適当に買えるものじゃないのはナーシャが教えてくれた。

 頼れる使い魔にも力を貸してもらわないとね。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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