第23話 不安を刈り取るには?
4月25日 太陽の日 21時30分 王都クラウディア近郊
日も落ち月と星が瞬く頃、人々の営みも休み自然の声が目立ち始める。
調査部隊が保有している馬車に揺られながら帰路に付く三人。静けさを蹄の音と車輪の音がやぶっていた。
「やっぱり馬車って必要なのかな? ゴーレムの時みたいに運ぶのが大変だとありがたさをすごく感じるよね」
「あると便利だよなぁ~、採取物の運搬で困ること無いし、徒歩で帰る必要無くなるし、いざとなったらこの中で一晩過ごせるし、良い事尽くめだろうな」
「まるで動く家だよね。こうして休んでいても目的地に到着できるなんて本当に便利!」
キャラバン馬車と呼ばれる客車と荷台を併せ持ち、ここにいる三人が寝転がってもまだスペースが余る程である。
この快適さに願望を語る二人。これがあればもっと遠くへ冒険に行ける、わざわざ公共馬車の時間を気にすることも積載量も気にする必要が無い。理想の箱と言えるだろう。
「馬と荷台の購入費用と維持費、それに馬車を引くには御者の資格も必要よ。このサイズを求めるなら50万キラあってようやくと言ったところね」
最低値で鉄雄5000倍の価格。容赦ない言葉が二人を現実に引き戻し思わずため息が漏れ出していた。
(お父さん探しの役に立つと思ったけど、馬車が買えるよりも見つけるのが早いかもしれないなぁ)
(現実は厳しいけどロマンだよなぁ……こんな馬車に乗って世界を巡って星空の下でキャンプするのって楽しくてしょうがないんじゃないか?)
ただ、理想という蜜を吸ってしまった。冒険や探索が頭に入っている内はこの味を忘れる事は無いだろう。
良くも悪くも目標の一つが出来上がってしまったのは事実であった。
「それじゃあ、ここでお別れね。明日もサボらずに来るのよ?」
「分かってますって。お疲れさまでした」
「ありがとうございました!」
王都の灯も疎に月の明るさが目立つ頃。王城の正門前に到着した。
二人は騎士団の門に消えて行く馬車を見送り、学校の門から寮に戻ろうとすると、そこには見知ったお迎えが一人立っていた。
「良かったぁ~2人とも無事だったぁ……!!」
素早い動きでアンナと鉄雄の二人まとめて愛おしそうに強く抱きしめて安堵の感情を爆発させる。
「わわっ!? 何があったの?」
「つ、強い……! な、何がどうなってる!?」
採石場の調査から帰って来る者に対して余りにも過剰な抱擁。訳を聞こうにも聞く耳を持たない様子で抱きしめ続けている。
「僭越ながら私がお伝えします」
「あ、あなたはメイド長さん?」
セクリに付いて来てくれたのかマテリア寮の使用人長が淑やかに立っていた。
「お昼頃届いた情報です。先日あなた方が向かった平野でカリオストロの仕業と思われる大きな傷跡が刻まれていたという話がありました」
「そんなことがあったの……」
「その話を聞いて、もしかしたらあの包帯男が復讐しに来たんじゃないかって心配してたんだよぉ~」
「セクリさん。主が無事で安堵する気持ちは分かりますが、使用人たるもの落ち着いた態度でお迎えしなければなりませんよ?」
この情報はアンナが世話になった鉱石屋の店員から伝えられたもの。
彼女が平野に向かったのはもしかしたら回収し損ねたゴーレム素材が残っているのではないかと期待して足を伸ばした。
しかし、そこにはゴーレムの影形は一切無く、残されたのは地表に深々と刻まれた美しいまでの一筋の切断跡。
寒気が走りすぐさまその場を離れ、防衛部隊や調査部隊に報告しその報せがセクリ達にも届いたということである。
「はぁ~、でもこうして怪我も無く帰って来てくれて良かった」
「ケガは無いけどお腹は空いたかな? 夕食食べる余裕なかったから今もペコペコだよぉ……」
馬車の中で腹の音が鳴く事数回、しかし飲み水はあれど食べ物は無い。セクリに任せすぎた反動か持参する食料と消費量の計算が間違っていた。
「わかった! 準備はしておいたから、いつでも大丈夫だよ!」
「なら、先にお風呂済ませて来る。土汚れが結構ありそうだからな」
ようやく二人は解放されて、寮に到着できた。これで調査任務が完璧に終了し肩の荷を全て下ろす事ができた。
(冒険の時はやっぱりセクリもいっしょじゃないとダメかなぁ……?)
(傷跡か……もしかして例の侍がやって来たのか?)
けれども新たな問題や不安が肩に乗る。
4月26日 火の日 15時10分 錬金学校マテリア 図書室
錬金術というのは素材を集めれば終わりではない。新たな形へと生まれ変わらせるにも知識や発想が必要となる。ただ、釜に入れてかき混ぜて完成する万能なモノでは無い。
(熱炎石、冷結晶、エアロストーン、ゴーレムコア、魔光石、光飲石。必要な素材は手に入った。1つに混ぜ合わせる方法もわかった。でも、できそうにない。理解しきれてないのが問題……やったら失敗するのが想像できる)
希少な素材で数の少ない素材があるため失敗は許されない。それがプレッシャーとなり。釜に向かうのを遠ざけた。自信を持って「これで行ける!」と確信を得ない限りアンナは調合に手を出せなかった。
本に記載されている技術は磨き上げられた理想。
これを使えば完成できると自信を持って判断できる。
けれども、必要機材が足りない。自身の技術も足りない。人も足りない。
手持ちの札で同じ成果を出す方法が知りたいのにどこにも記されていない。このままではいたずらに本の塔を積み重ねていくだけ。
「はぁ~、もうダメ! 先生に聞こうにもいそがしそうだし、じっくりと教えてくれる人っていないのかな?」
机に突っ伏し、珍しく疲労を露わにする。肉体労働では無限に動けそうな彼女だが、頭脳労働は疲労の感じ方が違う様だ。
「それならあの方に話を聞いてみるのも良いかもしれませんわ」
「誰かいい人がいるの?」
机に伏せたまま顔だけをナーシャに向ける。
「マテリア始まって以来の天災錬金術士。名前は確かユールティア・ヴィンセント・フォン・ヴァルトナージュ。エルフの方ですわ」
「同じ亜人なんだ……それにしても名前長いね。でも、手がかりになるなら行くしかないか。何でもいいからきっかけが欲しいし」
返却棚に零れそうな程の本を丁寧に積み重ねて図書室を後にする。
「へっぷし!!」
「申し訳ありません、埃が飛びましたか?」
「……いいや、ちょっとムズついただけさ。天才たるぼくを誰か噂でもしているのかもしれないね」
目指すは使用人達に多大な迷惑を掛けた少女のもとへ。
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