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第19話 先輩の可愛がり

 踏み入れた洞窟がもたらす最初の歓迎は、換気の薄い空間で物が混じり合い発酵したような独特な匂い。アンナも鉄雄も顔をしかめて鼻を覆ってしまう程。

 さらに眼に映るは風化し壊れたカンテラや回収するのを忘れたであろう木箱。過去、採石場として機能していた名残を尻目に奥へと進んでいく。

 疎らに散在する魔光石が仄かに洞窟を照らし、持参したライトによって暗闇とは無縁の前進を続ける。

 ただ、空気は妙に重かった。二人と(特に鉄雄と)仲良くする気がまるでないサリアンが、ダンジョン探索と同等の緊張感を呼び起こしていた。

 この空気感に耐えきれず鉄雄は口を開いた。


「──そういえば! 昨日何か作ってたけど、今日の為に作っていたのか?」

「よく聞いてくれたね……じゃ~ん! ダンジョンの素材やゴーレムの素材を組み合わせて作った遠くに縄を掛けられる道具、名付けて『フックウィップ』!」


 待ってましたと言わんばかりに腰に携えた特製ムチを取り出すして掲げる。

 特徴としてはテール部分が金属製のフックになっており、相手を容赦なく喰い込み絡む。ボディは巨大花のツルやツタを利用しているので非常に丈夫な上、魔力によって伸縮自在に操れる技能(スキル)を持つ。


「へぇ、中々便利そうだな」

「まだ使いこなすには練習が必要だけどね。高い所に移動したり手が届かない所にも伸ばせたら良いと思って」


 道具が作られるのには理由がある。

 何かを効率的にしたい、できない事をしたいという欲求が種となる。何となくじゃ作られない。自分の苦い思い出から「もしもあの時これがあったなら」がレシピの始まり。自分に不足している要素を補うための道具。


「まったく呑気(のんき)なものね。敵が寄って来てるって言うのに」

「敵!?」


 その言葉に警戒心を引き上げ己が武器に手を掛ける。

 闇の奥から迫るだろう存在に注意し、ライトの方向を定める。しかし、暗闇の中から襲い掛かるのは姿ではなく黒板を引っかくような甲高い音であり、思わず耳を塞ぎそうになる。

 そして、飛翔音無く迫り来る存在が姿を現す。


「コウモリ!?」

「グロッタバット!」


 洞窟の闇に紛れる黒い毛並みと羽を持ち、サイズが小さいことが特徴の『グロッタバット』。狙った獲物を集団で超音波で襲い掛かり、弱まったところを吸血して仕留める。


「こいつらがここを使えなくした害獣ってことなのか!?」

「そんな訳無いでしょ。こんな有象無象に腰抜かす程騎士団は軟弱じゃないわ。つまり私一人で十分。見てなさい──」

「わたしだって──」


 ゴーレム討伐に使用した杖を構えようとするが、サリアンに腕で静止させられる。


「むしろ邪魔。腕に覚えがあるかもしれないけど、こんな閉所で闇が多い所で長物振り回されたんじゃ危険を誘発しかねない。それに、わざわざこんな雑魚相手に無駄な時間を使うのも癪だわ」

「むっ──!」

「大丈夫だアンナ、サリアンさんは相当強い。状況的に彼女の方が向いてるはずだ」

「離れて大人しくして、よく見てなさい。あんた達の役目は──」


 共に訓練し、吹き飛ばされた実体験がサリアンの強さを身を持って理解していた。

 彼女の戦闘スタイルは徒手空拳。狭い場所でも問題無く戦える。全身を武器へと鍛え上げた肉の密度はレインにも劣らない。

 手甲の装甲を肘まで伸ばし、両手の甲部分を叩き合わせ金属音を響かせる。リズムよく響き渡る音にグロッタバットの動きが乱れる。


(音で混乱させてる? それよりもこの人から異様な殺気を感じる……)


 放たれる威圧感に空気が変わる。見ているだけで呼吸が重くなり、鳥肌を誘発させていた。

 そして、彼女が装甲部分を合わせて腕を交差させ──


「いかに私が大活躍したのかをレイン姉さまに伝えることだけよ!」


 勢いよく擦り合わせ異様な金属音と火花を散らし。手甲の周囲に炎が燃え盛る。

 サリアンの放つ威圧感にグロッタバット達は洞窟の奥へと逃げて行った。洞窟に静寂が再来すると纏う炎も消えて闇が深くなる。


「あの程度の強さの連中はもう出てこないわ」

「ひっ!?」

「どうしたアンナ?」


 獣染みた雰囲気に気圧(けお)され怯えの表情で後ずさる足。思わず鉄雄の裾を掴んでしまう。


「……そんな気はしてたのよね。野生動物って匂いや見た目、威圧感を感じ取る力が高いのよ。だから単純に「近づいたら殺す」そういう空気を放ったの。野生児なあんたならひょっとしたら影響受けるかもって」

「……へーき、ただ驚いただけだから」

「まだ震えが抜けてないのによく言うものね。で──なんであんたは平気なのよ?」

(そりゃわらわの方が強いからのお)

「別にこっちに攻撃する気が無いならビビる理由も無いですよ。サリアンさんは味方なんですし」

「──あっ、それもそっか」


 楽観的ともとれる考え方の違い。しかし、その言葉に納得したのかアンナも身体の震えが消えていく。怯えを誘ったのは負けじと競おうとした心がもたらしたもの。元より競争心の欠片も敵対心も無い鉄雄にとってサリアンが放つ殺気など効果が無い。いや、精々声をを掛けにくくなる程度だ。


「本当にあんたは胡散臭いわね……」

「そんなことよりも先に……あれ? 行き止まり……?」


 ライトを行く先に向けるが光が黒いカーテンに遮られたかのように先を照らさない。


「馬鹿ね、バット達が奥に消えていったでしょ、そんなはず…………ああ、そういうこと。これは放棄するのも無理ないわね。そして、あんた達が探してたお目当ての物もあるってことよ」

「まさか光飲石(こういんせき)!?」

「洞窟だとこんなにヤバイのか……」


 『光飲石』の特徴は魔力に触れることで光を遮る黒き闇を発生させること。その闇に毒性は無い。ただ、その中で光は輝かないだけ。

 ある程度の特徴は鉄雄も知らされていた。しかし、暗闇の中に発生する黒というものがここまで恐怖を煽るものだとは知らなかった。


「さっ、帰るわよ。これ以上の探索はできないし」

「いやいや! 光飲石の闇が発生しているなら目的の石があるってことじゃないですか! 折角ここまで来て引き下がるなんて無駄足じゃないですか!」

「正しい調査報告が出来ているわよ「光飲石の闇の粒子に満たされ奥の探索は不可能、通路に鉱脈も無いので正式に封鎖が最善かと」ってね。それとも探し方や突破法が分かるのかしら? これは調査部隊の仕事でもある。恥晒しな方法じゃ首を縦には振らないわよ」


 目当ての物が近くにあるかもしれないとはやる気持ちも湧くが、光も点らない闇の中を進むことは自殺行為だと理解している。グロッタバットのように視覚に頼らない進行は鉄雄達にはできない。ここで引くことは何も間違っていない。


(くそっ! この世界の鉱石事情なんてまだ全然インプットされてないってのに! 思いつきじゃ……いや、こんな時こそレクスの力だ! 光飲石も魔力で闇を出すなら黒霧を使えば解決のはず!)


 レクスを構え、闇に向かって小さな黒霧を放つ。


「こんな時こそレクスの力で──!」

「無駄よ、あんたは自分の力をちゃんと覚えてなさい」


 黒霧が闇に触れても何も変わらない。むしろ解けた黒霧が闇の色を深めたと思わせる程。


「あっ……そうだ、発現事象までは吸収できない……光飲石が吐き出した闇の粒子だから効果がまるでないってことか」


 魔術によって発生した火に黒霧をぶつけるとどうなるか? という実験で得られた一つの結論。魔力干渉が無くなり火力や操作が消え去るが火そのものが消える訳ではない。他にもレインが手の平サイズの氷像を組み替えてる途中で黒霧を纏わせると、変形途中の氷像が出来上がるが砕け散ることは無かった。

 無論黒霧から出した後にもう一度魔力干渉すると変形は再開した。


「ほんと! レイン姉さまと訓練しておきながらその体たらくっぷりには怒りを覚えるわ。その武器はあんたの理想を何でも叶える玩具じゃないのよ? むしろレイン姉さまの躍進を妨げる邪魔になってるわね。武器を手放した方が楽でいいんじゃない?」


 呆れが色濃く放つ言葉に染み込んでいた。国を滅ぼしかねない武器、最高の指導者、恵まれている環境にいながら遅い成長。サリアンはレインの事もあり特に苛立ちを覚えていた。


「だまって聞いてれば言いすぎ! テツだって慣れてないことがんばってるのに、同じ騎士なのに酷いと思う!」

「むしろ優しい方よ。こんなお遊びだから誰も怪我人出てなけど、危険な魔獣との戦いの真っ只中でこんな不始末見せつけられたら命が幾つあっても足りないわ。その責任がこいつに取れるのかしら?」

(そうだ、その失敗で自分だけの命が失うだけで済まないかもしれない。最悪アンナにも被害が及ぶかもしれ──)

「自分の命の行き先を他の人に押し付けるようなことはしたらダメ! 最後の最期で誰かのせいで死んでしまったなんてわたしは思いたくない」


 生まれた場所の環境、風習、そして経験が今のアンナを作り上げた。信念を持ち迷いなくはっきりと目を見て答える。


「言うわね。思った通り軟弱な錬金術士とは違うみたい。でも、撤退することに変わりはない。それとも、あんたにはこの闇を突破する方法が見つかっていると?」

「当たりまえ! この程度の問題、錬金術士のわたしにはとっくに解けてる!」

「なっ、何だって!?」


 指を闇に向かって差し、堂々とした表情で言い放った。

次回 11月2日 8時 投稿予定


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