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第17話 秘密のカリオストロ

 4月23日 土の日 9時10分 騎士団訓練場


 アンナが取引を終えた頃より時は少し戻り、場面は騎士団業務に勤しむ鉄雄に移る。

 調査部隊の始まりは準備運動から行われる。体が資本で肉体調整も仕事の内。肉の締まってないだらしない肉体では国民に示しが付かない。魔力絶対主義でも優れた肉体美に安堵や憧れを抱くことはこの世界でも変わらない。

 その最中に世間話感覚で体が全然曲がっていないキャミルに鉄雄は話しかける。


「ゴーレムを討伐した時なんですけど、変な男に襲われて。何か知っていることありませんか?」

「情報が曖昧。もっと詳しく話しなさい。どんな変な男にどう襲われたの?」


 彼女は眠気眼で他よりもテンポが遅れていることに焦る様子を見せることなくマイペースに徐々に遅れながらも柔軟を進める。


「包帯に包まれて、変なローブを身に付けた男がゴーレムの素材を横取りしようと現れたんです」

「変わった格好した盗賊ね」


 ぶっきらぼうに興味無い態度を前面に出して答える。


「錬金術製の道具を使って襲ってきました」

「どうせ買ったか盗んだ道具を使ったんでしょ? この辺りじゃ珍しくもない盗賊ね」

「確かに……それに総統とか言ってましたね。組織的な盗賊グループだったんでしょうか?」

「盗賊グループならいくつもあるわね。ゴーレムなんて早々会えないからしょぼい連中が横取りしたくなったのよ」


 半ば決め付けるように話を手早く終えたがっていた。無論真面目に体を動かしたいからではない、単純に興味が無い。

 惹かれるような内容でないならとことんまで彼女は興味を示さない。が──


「でも空間転移に数々の凄い道具、あんなのが一般的な盗賊だとしたら探索も大変だ……次の素材採取は気を付けないと……」

「そうそう気をつけ──空間転移? は? 空間転移の道具を使った盗賊!?」

「え!? ええ、ボールを投げたら光の粒子に包まれてその場から居なくなっていました」


 腕を急に掴まれる程の食い付きに驚きながら冷静に答える。

 よほど心を掴んだ内容なのか体操する動きも止まり、適当な受け答えも止めて興奮して興味津々の表情で腕を軽くゆすっている。


「キャミルさん? いきなりどうしたんですか!?」

「なんでそれを先に言わないの! 空間転移の道具は稀なの! 作れる人も少ないの! レイン! レイン来てレイン! テツオ、奴らに出会ったみたい! 『カリオストロ』に!」

(カリオストロ? 人名? いや、この世界だと違うのか?)


 鉄雄の出した情報は非常に重要だったようで、他の隊員達からも騒めきの声が広がる。知らぬはこの世界について無知が多い鉄雄だけ。

 通常業務が切り替わり、訓練場から調査部隊の隊室へと急行して平野で起きた内容を事細やかに話をすることとなった。


「なるほど……良く生き残ってくれて安心したよ。あまり危険な真似はしてほしく無かったけどレクスの力が彼等にも通用するのが分かったのは収穫だ」

「その『カリオストロ』って何ですか? 組織名ってことでいいんですか?」

「ああ、その認識で間違いないよ。連中は各地に存在する希少性の高い素材を収集することを目的としていて、狙った獲物に対して的確な調合品を使用し仕留め、素材として回収するのが特徴なんだ」

「別にそれだけ聞くと普通のことに聞こえますけど……」

「バカね、あんたも体験したでしょ。手に入れる為なら手段を選ばないし、生態系も自然環境も気にしない。あいつらの所為で特定生物の大量発生や土地の荒廃化も起きてるのよ。あいつらの身勝手を別の誰かが支払ってる。ほんとふざけた連中よ!」


 数年前より多くの被害が確認されており、それら全てが錬金術製の道具による爪痕だと判明した。

 希少な鉱石を得るために岩盤を広範囲に破壊し土砂崩れを誘発。

 素材の為に獰猛な獣を大量に狩った事で、本来食べられるはずだった小動物が大増殖し、森が枯れた事もある。

 大陸全土で様々な被害が確認され、各国で協同調査も行われた。その最中現行犯と接触し、捕らえることに成功。組織の名が『カリオストロ』だと判明。

 ただその人物は組織の末端らしく、組織の構成内容も知らず代表の名前すら知らない。錬金術の恩恵で良い思いをしたかっただけだった。


「分かっているのは組織の名『カリオストロ』。どこをアジトにしているのか収集した素材で何を作ろうとしているのかも不明。構成メンバーの名前はおろか人数も不明。ブラックリストにも……ほら、顔や身なりだけだが3人分しかない」


 机に広げられる三枚の人相書き。その中の一枚には。


「あっ、こいつ! こいつですよ。この包帯巻いた奴が俺達を襲って来ました! 子供っぽくて自信家みたいな奴です! 名前は分からなかったですけど……」


 忘れる訳がない一人の男の姿。あの時に行われたアンナへの無礼を思い出し怒りが湧き興奮してしまう。


「彼等の目当てはゴーレムの素材か……」

「腕一本上げたら撤退しましたよ?」

「そんなので満足する訳ないでしょ! 1番の目当てはゴーレムコアなのは間違いないわ。ひょっとしたら──むんっ!?」


 キャミルの話そうとする口を塞ぎ、レインは真剣な顔を鉄雄に向ける。


「テツオ、1つだけ絶対に守って欲しい約束がある」

「そんな刃みたいな視線を向けて……何ですか?」

「彼等にできるだけ関わらないようにしてほしい。特にこの男と出会ったら絶対に戦ってはいけない。逃げる事を最優先にするように。仮にレクスが最高の状態でも勝てるか分からない相手だ」


 指さす一枚には初老の男が描かれており絵越しでも伝わる威圧感、鋭い瞳と一つ結びの髪。そして──


「刀……?」


 頭の中にある刀と同一の物が描かれ、特徴欄にもそう記されてある。この世界の住民でありながら前の世界の侍を想起させる出で立ちであった。


「純粋な剣技では私よりも格上だ、あの時よりも鍛えた身とはいえ刃が届くイメージがまだできない」

(まるで戦った経験があるような物言いじゃな……わらわの実力を知っておきながら勝てぬと言うとは相当な男のようじゃな)

「……え? あれ? 確かレインさんって大陸最強なんじゃ? だから『アビコン』の指標になってるんじゃ」


 レインの各能力を100として他者と比べられる道具『アビリティコンパリゾン』。この道具の指標となれる人物は最強の名を冠した者だけ。弱者と差を広げて慢心するよりも、強者と差を縮め邁進(まいしん)する気概(きがい)を持たせるためにこの方式が可決された。


「ぶはっ──! ふぅ……どんな酔狂か知らないけど、大陸1の戦士を決める『大陸神前(たいりくしんぜん)武闘大会(ぶとうたいかい)』に出場して、レインと戦ってるのよ。でも──!」

「見事な剣技を見せ、場を荒らすだけ荒らして辞退した。その時にカリオストロの1人だと大々的に宣言したが誰も彼を止めようとはしなかった。いや……止められないと分かっていたんだ」


 悔しさが籠る声。見逃す事しかできなかった自身の未熟さに怒りを覚えているかのようだった。

 当時の記憶はレインも忘れることは無い。

 多くの国や村や町で被害を出してきたカリオストロ、その一人がいる。実力者が揃っていた大会でも誰も手を出せなかった。迂闊に踏み込めば刀の錆にされる未来が見えてしまったから。

 会場を悠々と後にしてこれ見よがしに転移道具を使用し呆れと退屈のこもった溜息を吐いて消えていった。


「分かりました。もしも出会うようなことがあってもすぐに逃げます」

(随分後ろ向き。と言いたい所じゃがご主人のこともあるからのう。最悪なんていくらでも想像できるわ)


 勝てもしない相手に無策に戦うのは匹夫の勇。そこに何の義も存在しない。圧倒的に戦闘経験が豊富なレインの言葉を無視することはできなかった。



 同日 ???


 魔光石の灯りが照らされる静寂に支配された広間の中央にはゴーレムの腕である石柱が一つ。そして、人相書きに描かれたアンナ達と因縁があるあの男。


「どう? ちゃんと採取出来たでしょ? じゃあオレはこれで──」

「待て」


 早口で振り向き逃げようとする包帯男を止める一つの低くとも凛とした声。


「私はゴーレムの素材を採取してこいと命じた。たしかにこの柱はゴーレムの腕、だけどこれだけなのはおかしいのではないかしら?」

「いやいや! 思った以上に戦いが楽しくてね。余計に壊──ぐっ!? ()()ごめん! 失敗した!」


 玉座に腰を掛けた総統と呼ばれた女性が手をかざすと包帯男の身体が宙に浮き始め、身体の自由が無くなり、全身が握りつぶされるような感覚に襲われていた。


「与えた道具を全て失い、虚偽の報告をするなんて……ダメな子ね。あなたには期待しているんだから次は無様な姿を晒さないでね?」

「げほっ! げほっ! 次はちゃんとするよぉ……」


 拘束を解かれ床に落とされた男は、飄々な態度は消え失せ怯えた子供の表情を浮かべながらおぼついた足取りで広間を後にする。


「本当に良かったのか? 随分と甘い対応を見せるじゃないか」


 広間にはもう一人、ブラックリストに登録された人間。腰に刀を掛けた初老の男。


「せっかく生き永らえる身体にしたのに、わざわざ殺すなんて無駄でしょう? でも、この程度のお使いもできないなんてまだまだ子供ね……後はあなたに任せる」

「ふん。人使いの荒い総統のようで。あいつへの優しさを少しはこっちに回してくれてもバチは当たらないだろうに」

「あら? あなたは一人前の剣士でしょう? 半人前扱いしてほしいのならいくらでもしてあげるわよ?」

「ふん、痛い所を突くのが上手なお姉様なことで。大人しく狩ってくるとするか」


 腰に付けた一振りの刀に手を掛ける。

 一瞥したゴーレムの腕とすれ違うと同時に鍔鳴りが一つ鳴り響く。


「成程な──この腕を切ったのはまだまだ未熟者だ、切り口が荒すぎる」


 部屋を後にすると、腕が格子状に切断され崩れ落ちる。

 ただ刀に手を掛けていた姿しか目に映っていない。ワザとらしく鳴らした音だけが刃を抜いた証明。

 その妙技に彼女は。


「…………誰が細かくしろと言ったのよ」


 呆れていた──

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