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第16話 無欲でいられない! 欲望の取引!

 4月23日 土の日 15時20分 ロックンロック


 この日、アンナは授業が身に入らず今か今かと終わりを待っていた。授業を終えれば誰よりも速く教室を離脱し寮へ戻り、事前に用意して置いた荷物を持って外に出る。

 向かう先は勿論、望む素材が座する鉱石店『ロックンロック』。背負う荷物は多く両肩を襲う重みの苦労よりも「手に入るかも」という好奇心が大きく上回り、嬉々とした顔と軽い足取りで店へと向かった。


「おんやぁ、大荷物でどしたの?」

「エアロストーン。もらいに来たよ!」

「ほう……なら見せるがいいん!」


 アンナがビシッと指の示す先にはお目当の緑色に渦巻く鉱石『エアロストーン』。

 自信に溢れた態度に受けて立つと言った表情の店員。

 大きなリュックから最初に取り出したるは──


「それじゃあまずは……これ『ゴーレムアーマー』!」


 カウンターの高さに届く程のゴーレムの己が身を守る胸部装甲。丁寧に床に置いても傷つけかねない重厚感と頑強さ。

 無骨で飾り気の無いそれは半端な攻撃では傷一つ付かない信頼と威圧感を放っていた。


「おおぉん!? まさか本当に狩って来るんとは!? たしか2日前に教えて今日!? 早くないん!? もっと、もっと良く見せて!」


 レジから身を乗り出して素材に手を伸ばす。その欲望(まみ)れた姿に勝機を見出し。


「よいしょっと! どう? これぐらいのサイズならこの店にも置いてないでしょ? 小さいのも欲しいって言うならおまけしてもいいけど?」

「ゴクリンコッ──!」


 重厚な音と共に台に乗せられ収まり切らず下品にもはみ出る。この光景は鉱物マニアの彼女にとっては垂涎もの、極上料理が目の前で調理されて盛り付けられたようなものである。

 欲望が抑えきれず指が蛇のようにグネグネと動きながら装甲の表面に近づいて行く。


「ゴーレム素材って珍しいよね? ここで逃したら次はいつになるかわからないんじゃないかな?」

(確かにっ! ここまで美麗なゴーレムアーマーは滅多にお目にかかれないん! バラ売りできるように小さめのアーマーも用意してくれとるん。エアロストーンは確かにこの地域じゃ貴重! でも、誰が採って来ても形はそんな変わらん。決め時? ここが決め時なんか? でも、1番希少なのはコア! コアが欲しい! でもこの子も確か必要としとったはず。欲の皮出したら別ん所で取引されて最悪手に入らん可能性!)


 苦悩に悶える。もしも小さいアーマーだけだったら簡単に一蹴できた。だが、自然をそのまま切り取ったかのような無骨さが美しい大きなアーマー。

 店にそのまま飾っても良さそうな圧倒的な存在感。鉱石店としての格が上がる。断れば他店に持ち込まれる可能性が頭に浮かぶ。そして、その先の自慢も。大々的に展示して悦に浸る店主の姿も。

 同じ鉱石店から伝えられたら悔しさで血の涙で悶えるだろうと、たった一度与えられたチャンスを無下にできない。しかし、もっとという欲もある。


「しかたない……その首を縦に振らせたくなる。大人の対応をみせてあげようかな!」


 新たに取り出させる一つの袋。そこには。


「なんと!?」

「『ゴーレムクレイ』! 粘土としては1級品! のはず」


 ただの粘土にあらず、この素材があるかどうかで像の放つ生命力が違うと彫刻家垂涎ものの逸品。各国に存在する有名な像にはこの素材が使われているとされている。無論、王城に飾られている王像も例に漏れない。

 店頭に並べればその筋の人間がどこから嗅ぎ付けたのか早いうちに売り切れるという逸話を持つ。


「そして最後にわたし特製の『ゴーレムフィギュア』! 実際の姿を縮小して作ってみた!」

「おおお! おお……?」


 これまで以上の得意顔で出されるのは10㎤に収まる再現度が高い人形。実際の素材を利用して作り上げた、動かないだけでほぼ小さいゴーレム。調合と彫刻によって作られた遊び心溢れる一品。


「どう!」

「これが、平野にいたゴーレムかぁ……うん、悪くないん……」

(この表情からしてこれ以上は求められんね。在庫は無くなるんけどいつかは手に入るん。焦ることはないん……!)

(今はとにかく『エアロストーン』を手に入れるのが1番。テツとレクスがいれば簡単にゴーレムを引き寄せられるのもわかった、出し惜しみしすぎるのもよくないはず)

「──商談成立やんね!」

「やった!」


 腹の内では互いに思うことあれど両者が表面で納得した。


「これがお目当てのエアロストーンやんね。とぉ~ても! 貴重やから大事にするんよ」

「ちゃんと大切に使うから安心して。ありが──あれ?」


 素材を掴み引き寄せようとするが、()しさが捨てきれない彼女の力で阻まれる。


「てい!」


 が、アンナの商談成立という大義名分の下引っぺがされる。


「あ、ああ~…………まあ、素材の出会い別れがあっての商売。受け入れるしかないんな」

「また来るから!」


 こうして必要な素材がまた一つアンナの手に収まった。


(けどまあ、随分とお人好しというんか……エアロストーンは確かにここじゃあ希少品。でも、安定して採掘もされとる。逆にゴーレム素材は殆どの国で手に入り(にく)いん。交渉事はまんだ苦手みたいやね)


 限られた地域でのみだが多く採取できるエアロストーン。

 狩猟の必要があり発見も難しいが大陸全土に存在するゴーレム。

 運搬技術や交通網が発展すればエアロストーンの希少価値は下がる。ゴーレム素材は運に加え狩猟技術も要求される。価値は下がることはまず有り得ない。

 もっと吹っ掛ける事も出来たが、アンナにはそこまでの知識は残念ながら無かった。だが誠実さと正直さでやり切り、お互いの表情に陰りはなかった。


(にしてもこれ良くできとるんな……一応飾っとくとするね)


 招き猫のようにレジに置かれるゴーレムフィギュア。この像が引き寄せるのは福かそれとも……

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