第11話 今日の敵は明日の素材! その2
ゴーレムは石柱の腕を地面に突き立てると、筒となった腕を埋めるように大地を吸い上げ圧縮し固め、満たしていく。
次弾装填が終わり重戦車なゴーレムが狙う相手は鉄雄と決め、進行を開始する。
「完全に俺だけを狙ってきてる!? 魔力で感知できないはずなんじゃないか?」
視覚、聴覚、嗅覚、触覚と言った外界の状況を判断する能力など大地の化身たるゴーレムが併せ持つ訳が無い。魔力の反応を感知して敵を判断し反撃する。ダンジョンで学んだ経験が活きており、その考えは間違っていない。
「……あっ! 黒霧で吸ってる魔力! その流れがハッキリテツの場所を示してる!」
「なんだって!?」
「黒霧解除してもっと離れて!」
「それはできない! 逆にこの状況はチャンスだ! 攻撃の意図や範囲が分かりやすくなる! アンナはどう解体するか考えて指示してくれ!」
そう、間違ってはいない。鉄雄の位置を理解しているわけじゃない。吸われた自身の魔力の行く先が敵の位置と判断しているに過ぎない。
(黒霧以上の脅威が来ないかぎりアンナには一切攻撃が向かないはずだ。黒霧を解除したらアンナも攻撃対象になる可能性がある。それは避けないと!)
たった一度の攻撃で恐怖を覚えた。直撃すれば自分の身体がえぐれた地面と同じような状態になるだろうと。
その暴力がアンナに向けられることは避けなければならない。彼女もまた砲撃の衝撃に驚いて足を滑らすほどだった。向けられた際に体が固まってしまう可能性を危惧した。
この互いを繋ぐ黒霧はある種のアプローチ、俺だけを見つめていろと。そして開幕する戦車と木こりのチェーン・デスマッチが。
「どうなっても知らないよ!?」
「問題無い! アンナはこいつの動きをよく見ていてくれ!」
声高らかに口に出しても、傍目から見れば問題の方が多い。ゴーレムの装甲は厚く硬い、頼みの消滅の力も遠距離では効果が薄い。接近戦を仕掛けようにも振り回される巨岩に触れるだけでも危険、精神論や根性論で覆せる状況ではない。
ただ、勇ましく攻め込む傾向が強い彼女はすでに背後から攻撃可能距離まで近づいている。
(全力で突いても装甲剥がせるかな……? いちおう武器も専用のにしたけどこっちが先に壊れそう)
アンナが持つ金属の杖はより深く突き刺せるように両先端がスコップのように平たく鋭利な形となっている。
だが、重厚な身体に突き刺せる隙間など無ければ装甲に亀裂や穴も無い。
端的に言えばアンナの持つ手札ではゴーレムを崩す事はできない。
その事実にゴーレムが気付いているのか不明だが、背後にいる敵に一切の興味を示すことなく徐々に鉄雄に近づく。しかし、移動速度に差があり過ぎて意味を成さない。
それを理解してかゴーレムの右腕が大地に突き立てられ、動きが停止する。
(何をする気……って、まさか!)
注意深く観察していたからこそゴーレムの魔力の流れ、指向性、何を示しているのか瞬時に判断できた。
黒霧がまとわりついている右腕部、その内側に吸収されずに滾る魔力、根のように地中に伸びて鉄雄の足下まで広がっていく。
「地面から危ないのがそっちにいく!! 急いで逃げてっ!」
砲撃と同等の衝撃音が広がると、地表から石柱が剣山のように隆起し扇子状に広がりながら押し迫る。
「ウッソだろ!?」
(刃を地に突き立て、地中に黒霧を広げよ!)
「分かった!」
深く考えている暇など無い。反射的にレクスの指示通り、斧を地に叩きつけ黒霧を地中に送り込み、魔力の根を喰らい始める。
黒霧の範囲に石柱が踏み入れると落ち着いた音波のように小さな凸凹を作るだけに収まり、鉄雄に届く前には干渉する力は失われていた。
「助かっ――」
(さっきのがまた発射される!! 逃げて!)
「っ!? いや、どっちも塞がってる!?」
念話によって告げられる追加の危機。左右は石柱の剣山によって道は妨げられ、ゴーレムの位置も隠された。繋がれた黒霧の鎖が導く魔力の道。ゴーレムの左腕部はこの障害ごと吹き飛ばす砲撃の構えに移行し鉄雄の位置を捉えていた。
射線は揺れない、ただ離れていく標的を打ち抜くために出力を高めるだけ。
「こんのっ!! やめろ!」
アンナは砲撃の構えでできた左腕部の隙間に無理矢理抉り込むように杖を突っ込ませ、力ずくで射線をズラそうとするがまるで動かない。圧倒的な質量と重量いくら力に自信があれど、元々の造りに差が大きすぎる。
それでもこの状況を覆せるのは自分だけだと理解している。焦りが湧く中で心は諦めていない。
「調子に乗ってるんじゃないよっ!!」
だが、そんな常識など理屈など知ったことかと咆える。
相手にされない悔しさ、主人が使い魔に負担を強いている不甲斐なさ。その二つが怒りの原動力となり、杖に込められる魔力と肉体強化の魔力が跳ね上がる。
鈍い破砕音が辺りに広がり腕部を覆っていた装甲の一部を剥がし吹き飛ばす。その衝撃に重厚な砲塔に訪れる歪み。
あらぬ方向へと発射される石隗。轟音と共に地に生える石の林を吹き飛ばし平野の先の木々をなぎ倒した。
風と砂粒が肌に当たり、鉄雄の頬に冷や汗が流れる。
「どんな火力してるんだよ!? それに黒霧が役立ってる気がしない!」
(恐らく「ビンの中の魔力」と同じ原理じゃな。吸収量は思ったほど多くない)
他の実験によって見つかった弱所、というより当たり前の結果。ビンのように密閉された空間に収めた魔力を黒霧で吸い取れるかという検証。結果は不可能、対策の一つになるのではないかと考察が始められている。
こんな状態で対策の有用性が証明されてしまったが。
「それじゃあどうすれば――っ!?」
平野に広がる荒々しい甲高い音と硬い物が割れる音。
「テツ! こっちに来て腕の関節を切り落として! 早く! そうすれば安全に採取できるから!」
「嘘だろ……あんな曲芸やってのけるのかよ」
眼に映るのは何度も頭部に刺突を加え、無理やり堅牢な装甲に覆われた肩部と頭部の僅かな隙間に杖を差し込み、頭部を踏みつけにし、深く、深く力づくでねじ込もうとする姿。
ゴーレムの上に乗り、突き立て、バランスを取る半鬼の少女。文字通り鬼の所業と呼ぶにふさわしい豪胆さ。
核に迫りかねない暴虐を退けるために身体を大きく揺れ動かしアンナを振り払おうとするが。優れた体幹が生み出すバランス力の前には細波同然。
(間に合わせないと! でも、近づけば狙いは俺になる。でも霧を解いたらアンナに――いや、待て! この手が使えるはずだ!)
攻撃の手が完全に止まっている今が勝機。駆け出し、咄嗟に思いついた戦法を実行する。
単純明快、ゴーレムを霧で覆ったままレクスと霧の繋がりを断つ。すると抜け落ちる魔力の行く末は霧の中で留まる。
結果、反撃位置や優先順位を導くために数秒完全に動きが止まってしまう。
その隙は近づくには十分過ぎる時間だった。
「純黒の無月!」
完璧な狙いとタイミング。
黒い三日月を描く軌跡が切断音を鳴らすことなく右腕を胴体から切り離す。
「もう一丁! 純黒の無月!」
続く昇り円月の二激目で左腕を切り離す。
(やった! これで攻撃はできなくなる! 後は──)
頭上を完全に制するはアンナ。杖を支えに踏みつけを連続して叩き込む。
「さっさと、倒れなさいっ!!」
両腕の支えを失ったゴーレムは体重をかけて踏み込んだアンナの重圧に耐えきれず、ゆっくりと倒れ込み、重々しい音を辺りに広げ、土埃を舞わせた。
「よしっ! これで完全勝利だ!」
再び黒霧とレクスを繋げることで魔力の吸収が行われる。胴体に加えて、最悪を想定し腕部も霧に包まれ魔力、魔術の悪あがきは不可能となる。
「まだ油断はしないでよ。いちおう頭部も切り落として、後はわたしがコアを直接引っこ抜くから」
「ふぅ……分かってるって。でも、大きなケガ無く済んで良かったよ」
安心したことで緊張が解けて疲労が押し寄せて来る。
だが、もう襲ってくることは無いと実感する。穏やかな気持ちで頭部を切り落とし、土塊がボロボロと零れ落ちるのを見届ける。達成感が身を包み、高鳴っていた心臓の音が耳に届くようになる。
「綺麗に装甲を解体してからの方がいいかな? ここから手を突っ込んで探すよりも解体するのは変わらないし……それに、鞄に入れる大きさと重さも考えないと」
指でどこを切り離せばいいか分析しつつ、頭の中でゴーレムの解体図を描いていた。
「切りたい所が決まったら呼んでくれ。――ん?」
ほんの偶然、何の気なしに視線を移動させると、人の姿が目に映る。セクリとは違う誰か、突如背後に現れ全身包帯に覆われマントを羽織った異質な男。接近する足音も無く今に至るまで三人の視界に映らずいつからそこにいたのか判断ができない。
「いやぁ~良い物見せてもらったよ。後はオレが全部頂いちゃうから」
「え?」
理解し疑問をぶつける前に、アンナに向かって蹴りが放たれた。
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