第8話 今、冒険の時!
4月21日 水の日 9時10分 マテリア寮
普段なら学校では授業が始まり、騎士団では業務が始まり、使用人の朝の仕事に一段落がつく頃だが、三人は寮の部屋にいた。
「武器よし、水筒よし! 空っぽの素材袋もよし!」
「レクスも持った……よし!」
「食料、調理器具よし! ボクも準備できたよ」
口に出し指さし確認しながら自分達の荷物を確認していく三人。素材入手の為の冒険が今まさに始まろうとしていた。
先日のうちに「しばらくアンナに付いて素材採取に向かう」とそれぞれの上司に告げた従者であり大人の二人。例え上司に「ノー」と言われても、叱られ覚悟で付いて行く。全てにおいてアンナの言葉が優先される。
三人の持つ鞄の大きさはどれも似たようなもの。しかし、積載量はセクリが一番多く、アンナが殆ど無い。素材回収のために空けてあり、最低限の武具と水筒しか装備していない。
「改めてだけど進路は――」
三人一緒に目的地に向かうが、誰か一人が覚えていれば良いという心構えは誰もしない。頭に刻むように情報の確認を行う。
目指す場所は王都から東北東の平野。ライトニアの領地ではあるが管理が行き届いておらず野生動物の数も多い場所。そこには不自然なまでに樹木が存在しないエリアがあり、ゴーレムが眠ると予想されている。
思いついたルートはニアート村に向かう馬車に乗り山道の手前で下り、まっすぐ北に向かう。
「こんな感じね」
「距離もあるし討伐も含めたら1日で帰ってくるのは無理そうだね」
「うん。だから今日は探索する場所の手前で野営して、明日の朝から本番!」
「なんかワクワクするスケジューリングだな! 戦闘がなければキャンプみたいなもんだな」
「このテントがどれくらい役に立つのか知りたいし、だってお値段もテツの50倍はしたんだからそれぐらいは期待しないとね」
「うぐっ!?」
セクリの鞄に収められているのは、調合によって生み出された野外宿泊用のお供『錬金テント』。野生動物に見つからなくなったり、空間のゆがみにより見た目以上の広さを表したりと練度によっては動かせる家と変わらない逸品を生み出すことができる。
しかし、彼女達が持っているのは「5000キラ」で購入した物。そこそこ丈夫で虫もよってこない。二人は余裕を持って入れる広さの代物。鉄雄の認識しているテントと比べれば手品のように大きさが変わり、子供が持てるぐらいに軽い。前の世界で使えば誰もが羨む高性能であることに違いは無い。
ただそれとして鉄雄は精神的ダメージを受ける。本当に50倍近い価値差があるかもしれないと感じてしまったから。
「それじゃあ出発するよ!」
(気持ちを切り替えてっと……やっぱり初めてダンジョンに行く時よりもドキドキするな……)
(これが初めての冒険かぁ~! 料理とかちゃんと提供できるか心配だなぁ)
意気揚々と出発した三人は呑気に鼻歌が漏れそうなぐらいに平和に歩んでいた。
冒険と言えど王国内であることは変わりない。さしたる問題も起きず計画通りに事は進み、計画通りニアート村に繋がる山道に入る前に馬車を下り、北上していた。
「この辺りは結構農地が広がっているんだな」
「地図にはここまで載ってなかったもんね」
鉄雄の認識でいうトマトやじゃがいも、先の季節に備えた野菜達が波打つように植えられ、草の香りに仄かに混じる堆肥の匂いを放ち、田舎な空気を彩っていた。
耳に届くは隣を流れる小川の声。水の道が遥か視線の先まで続き点となって消える。
地図との違いを身を持って感じながら剥き出しとなった土の道を歩み始めた。
「おんやぁ~、マテリアの生徒さんかい? こんなところまでよう来たねえ」
魔術を駆使し、離れた位置の野菜を収穫したり広範囲に水を撒き農作業を行う女性に声をかけられる。
「こんにちは。野菜の調子はどう?」
「中々ええ感じよぉ。うちの野菜でも買いに来てくれたのかねえ? どれも美味しいよぉ」
「いい話だけどこの先の平野で採取する必要があるの。機会があったらもらってくね!」
「そんなら、この先に野営できる場所があるから、そこで整えるとええ、この辺を通る旅人はみーんなそこを利用しとるから」
「教えてくれてありがとう!」
「貴重な情報感謝します」
空気感が合ったのかすぐに気軽に会話が繋がり地元民ならではの情報に一礼の感謝を示し、歩みを再開させる。
穏やかで変化の薄い緑の景色、アンナの趣味の彫刻の話や鉄雄がいた異世界の暮らしや道具といった他愛の無い話を続けながら歩を進めていくと、徐々に視界に赤みが色づき始める。
空を見上げれば星の瞬きがみられるようになり始め、三人の心に少しの焦りが生まれ歩調が自然と早くなる。
暗闇を歩く覚悟を決めそうになる頃、農家の女性が話していたであろう場所が目に留まった。
「ここが休憩所……?」
「……これは確かにみんなが休みたくなるのも分かるなぁ。でも自然に作られた感じじゃなくて人の手で改良されてそう」
凹凸の少ない平地に小高い丘が風よけとなり、丘の岩壁からは岩清水が漏れ出す。人為的に作り上げられたと言っても過言ではない慰安所があった。
「まぁそう言うなって。でも、俺こういう場所けっこう好きだな。適当に腰かけてるだけで気分良くなりそうだ」
農地からもかなり離れ、剥き出しの土の道に緑が敷き詰められた上を歩き到着した。周囲に民家は無く、風に揺られ木々が互いを撫で合う音と岩清水が水面を叩く音しか聞こえない。
「この先の森を抜けた先が目的の平野のはず。1度場所を確認してくるから2人はここで待ってて」
「俺も付いて行った方が――」
「1番疲れてないのがわたしなんだから。わたしが行く! すぐ戻ってくるから大人しく待ってて」
疲れ知らずを体現したかのように、静止させる間もなく荷物を下ろし、短い杖を片手に先へと走り出した。
「ボク達はボク達で野営の準備をしておこうか? 大分日も傾いてきたし」
「……そうだな。ここの水も飲めるかどうか確認しておかないとな」
耳心地の良い穏やかな水勢、空になった水筒に注ぐと透明感のある冷たい水で満たされる。臭みの欠片すらない爽やかさな香りに鉄雄は安全だと本能的に確信を持ち迷い無く口に含む。
舌に広がる清涼感、喉を通った瞬間に体の熱を奪う冷たさに幸福感が満ちていた。
「いくらでも飲めるなこれ!?」
「飲み過ぎはお腹を冷やすから良くないよ」
「ああ……って速いな!? もうテント張ったのか!」
5分もしないうちに手を貸す間もなく立派なテントが張られていた。
場所も水源から距離を取り、壁際に張られ水没と突風の対策が考えられていた。
「少し燃えそうな枝とか取ってくるから待ってて」
「分かった、かまどを作っておく」
その入れ違いとなるように――
「見て見て! 角ウサギ狩って来た! 後、食べられるキノコと木の実も沢山あったから採って来た! あれ、セクリは?」
観察に行ってきたはずのアンナは意気揚々と狩猟の成果を見せつける。制服のマントでキノコと木の実を包み、片手で角の生えた兎を掴んで持ってきていた。
「観察だけじゃなかったのか……それにこんな短い時間で食糧までとってきてすごいな」
「もっとほめてもいいんだよ! 戻る途中でモチフがいたから追いかけて、モチフをイジメようとする角ウサギがいたから狩ってきたの。助けたお礼にひょっとしたらと思ったんだけどモチフは懐いてくれなかった……」
(どこでもモチフ好きは変わらないんだな)
「でも今日の晩御飯はこの子に決まり! さっそく解体してくよ!」
「えっ?」
岩清水から川に繋がる水路で角の生えたウサギをナイフで掻っ捌き、内臓を抜き取り、血を出す。慣れた手付きで怯えた心など微塵も無かった。
水面に流れる赤い糸。初めて目にした動物の内臓。命を頂くことの意味を理解していても薄茶色の兎が力無く項垂れている姿に鉄雄の血の気は引いていた。
「…………マジでか」
「内臓捨てて来るわ、流されないか見てて」
「………マジでか」
「皮を剥ぐから足持ってぶら下げてて」
「……マジでか」
その後の事は鉄雄の記憶にあまり残っていない。ウサギの重さ、命が無くなった冷たさ。暴かれる赤い身、肉を分けるように伸びている角。無念無想で支えていくうちに、角、毛皮、肉と分解されてしまった角ウサギ。貧弱な鉄雄の丹力では全てを目に焼き付けることは不可能なのは無理も無い。
「――はっ!? どうなった?」
「まさか気を失ってるとは思ってなかった。怖いなら言えばよかったのに」
「もう少しで料理ができるよ」
日も落ちかまどの火が辺りを照らす光となる。
食欲を誘う香りに引き寄せられ、鍋を覗けば、温められているのはウサギの肉とキノコ、香草やスパイスと共に煮込まれたシチュー。食卓が野外となっただけで普段とさして変わらない献立である。
(当たり前だけどゲームみたいに倒したら勝手に解体されるわけじゃないんだよな)
自分達が解体したウサギが一口サイズに分けられ煮込まれた。最早何の肉かは分からない。
湯気と香りを広げながら皿に盛られるシチュー、近くで干されているウサギの皮。迷わず口に運ぶ二人。匂いで本能的に美味だと理解させられてしまっている。恐る恐ると口に運ぶと。
(っ! 残酷的にうまいんだよなぁ……!)
手の動きは止まらない。
美味に調理することが命に対しての敬意だと実感するかのように、命を頂くということを改めて知る鉄雄であった。
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