第7話 異世界で初めてのお買い物
4月20日 15時30分 火の日 王都クラウディア
授業を終えたアンナに念話で呼び出され、訓練の途中であるが錬金術士の使い魔として優先させてもらった。錬金術士優遇な国なだけあって思った以上にあっさりと許可が下りたのは逆に驚いた。
「さっそく試験に必要な素材を買いそろえに行くよ!」
「おぉ~! っというか採取じゃなくていいのか?」
「まだこっちの土地勘ないし、1つ1つ探してたら期限までに間に合わなくなるかもしれないから買えるものは買ってすませる。そもそもあの渡されたレシピ! お手本と繋がらないデタラメな物だった! これ考えた人ヒキョウだって!」
なんとなくそんな気はしていたが試験官側から「気付きの試験」なんて言われてしまえばそれで終いだ。進む道がご丁寧にゴールに繋がっている。なんて甘い考えは捨てて疑ってかかれということだ。
「おかげでレシピは1から作ることになった! それに素材集めもいっしょに進めないといけないから時間との戦いでもあるの! つまりお金で採取の時間を買うってこと!」
「……それより身体は大丈夫か? 疲れが溜まっていないか?」
「へーきへーき。セクリがおいしいごはんを作ってくれるから元気になれる! お菓子も作ってくれるし……またプリン食べたいなぁ」
俺の心配を問題ないといわんばかりに笑顔で腕をぐるりと回転させてくれる。半オーガということもあって体力は人並以上ということだろうか?
でも、セクリが使用人になってくれたおかげでアンナが朝食を作る手間が消えたのは事実。それに食品も一品増えている。
顔色からしても嘘ついてるわけじゃなさそうだし。セクリ様様ってところだな。もしもいなかったら今の状況すら作れてない可能性もある。
「そしてこれがわたし達に必要な素材達よ!」
突き付けられた紙を受け取ると、そこには『マナ・ボトル』に必要と考えた素材達が書いてあった。
送られてきたレシピの中に記載されていた『グラスリル結晶』『冷結晶』『銀鉱石』の三つに加え、新たに五つの素材が追加された。
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『熱炎石』
魔力に触れると熱や火を発生させる石。与える魔力量が増えれば発熱量も増え火力が上がる。爆弾の素材だけでなく調理器具や暖房の部品として重宝している。
『エアロストーン』
魔力に触れると空気や風を発生させる。非常に軽い石で突風に煽られて空に浮かぶ姿も見かける。送風機の部品として使われたり、飛行船の素材にも使われる。
『ゴーレムコア』
土人形の核となり成長する鉱石と呼ばれる。魔力を吸うことで周囲に土を生み出し体を作り上げる。吸い上げた魔力の量や溜めた時間によって生み出される土の性質が変化する。
『光飲石』
魔力に触れると影を発生させ暗闇を広げる石。採取というより発見そのものが非常に難しく不自然な光の形に気付いて見つけるしかない。石自体も異様な程黒く、暗いところで無くすとまず見つからないだろう。
『魔光石』
魔力に触れると光を発生させる石。希少価値は薄く広い地域で発見される。自ら増殖し成長する石でもある。殆どの国の街灯や室内灯に利用され、夜の暗闇を和らげた。ダンジョンの壁に大量に埋め込まれていることが多く、侵入者は迷うことは無い。
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「なるほど……これがあれば完成するのか?」
「理論的にはね。倉庫にも残ってない素材ばっかりだから、試すこともできないの。とにかくまずは現物を手に入れて調合しないと。採取地域もバラバラだからお店に売られてることを祈らないと」
今はまだ机上の空論。自分が立てた道筋が正しいのかも分からない。造詣に浅くとも錬金術は手にした素材を適当に釜に入れてかき混ぜれば完成。という簡単単純なものではないのはこの生活で重々理解している。アンナが言うなら従うべきだ。
素材を求めて歩く先は大通りから外れた裏路地。アンナの後を深く考えずに付いて行ってるが人通りも少なく日陰も多い陰気な雰囲気が漂うこの道は王都内と言えど警戒せざるを得ない、
「こんな所じゃなくて大通りにもお店があるんじゃないか?」
「大通りにあるのは貴族ご用達だったり、お金持ちな観光客向けのかくしきだかい? お店ばっかりで値段が張るんだって。ナーシャが言うには、この辺りにオススメの鉱物店が……あ、あったあった!」
指が示す先は年季が入りお世辞にも綺麗とは言えない錆や汚れがある店。薄汚れた窓越しに見える店内には鉱物が所狭しと並んでいた。そして、色がくすんだ看板を見て何とか文字を読むと──
「え~と……『ロックン・ロック』か?」
「そうそう、そんな名前。あれ? 読めるようになったの?」
「短くて簡単な文字だったからな」
「へぇ~やるね。まだ1ヶ月も経ってないのにもう覚えたんだ」
こんな小さなことでも何だか嬉しくなってしまう。文字を読めるようになって褒められるのは何時振りだ? いや、もう何かを覚えて褒められる年齢ではないんだよな……。
「おじゃまします!」
「はい、いらっしゃーい」
扉を開ければ土の匂いと共に歓迎され、鉱石店と名乗るだけあって本当に石が所狭しと置いてある。店番に立つのはツナギ姿の若い女性、土仕事をした跡が素肌を彩り残っていた。
棚に並べられているのは赤、青、黄、緑、と色とりどりに加えて斑にモザイク、透明、形から何から様々な石達。前の世界の図鑑には載ってないのも数多く心が湧いてくる。
お店ということもあり各石の相場を調べてみようと、目に留まった赤い鉱石の値札を見てみると──
『熱炎石』100g 100キラ。
「ひゃく、キラ!? 俺と、この石の価値は同じ……!?」
思い出されるあの時の光景。慣れたと思っていてもこの数字を見ると胸が締め付けられ、平衡感覚が揺らめき片膝を付きそうになる。
ここに置いてある商品価格が妥当であればあるほど。自身の価値が明確になっていく恐怖。無機物と同等、少し視線をずらせばそれ以上の価格が目に入ってくる。
他者に価格を決められ、多くの者がそれを認めたあの空気。心の中に呪いのように残る深いトゲ……レクスが無くなればいつでも目の前の石と同価値。もしくはそれ以下に成り下がる。
「だいじょうぶだって! あの時よりもテツの価値は跳ね上がってるから!」
その言葉に心が少し楽になる。唯一欲しいと手を上げたアンナの言葉。乾いて割れそうな心にスッと染み渡る。息も安定して吸えるようになる……助かる……。
「買い物する気がないなら帰ってくれー」
「あ、ごめん。ここに書いてあるのが欲しいんだけど」
紙に記したリストを手渡し、店員はそれを指でなぞりながら思案顔を浮かべている。頭の中にある在庫リスト照らし合わせているのだろうか?
「で、なんるほど。こいつらが欲しいってわけねえー。え~と……魔光石、熱炎石は用意ができるけんど、他は無理だね」
あっけらかんとそう告げる言葉に思わず目を丸くするアンナ。確かに全部が簡単に手に入るとは思ってはいないけど、アンナの納得できない表情に店員の背後にある棚に指を向けている。
「えっ!? でもあそこの棚にエアロストーンがある!」
緑色で渦の形かつ艶やかそうな見た目の鉱石。あれほど特徴的なら間違えようもないだろう。ただ、妙に丁寧に飾られている。
「目ざといねえ……。あれは希少品。キラで売れないんよ。でもこれとおんなじぐらい希少価値のある素材を持ってきたら交換してもええよ」
「それじゃあ、ダンジョンで採って来た巨大花のツルは!? まだわたしぐらいしか持ってないと思うわよ!」
「あぁ~ダメダメ。うちは鉱石以外興味無いん。あ、宝石でもええよ、ただし天然物で。整えられてない我儘で歪な輝きが好きなんのよね~」
うっとりとした表情でザクロのように敷き詰められた天然のアメシストを手に乗せて舐めるように眺めている。今にも食べだしそうで少し心配になる。
しかしまあ物々交換用とは……金で取引できない、ある意味で信用できる。誇りで動いている人の物なら品質も素晴らしいだろうから。
「おとと……気を取り直して。グラスも最近じゃあ美術祭で引っ張りだこ、冷結晶もおんなじやんね。うちだけじゃなんくて他ん所でもおんなじやろうね」
「あっ! 昨日の授業!」
「新聞にあったなそんなこと!」
ガラス加工のお祭り。参加人数は不明にせよ国や世間が欲していれば在庫が消えるのは当たり前。早い段階で動くべきだったか? いや、時期的に間に合ってたどうかも怪しい。
「商品の予約とか取り置きはできないんですか?」
「できんこともないけどもう何人も順番待ちしちょるからね、あんたらに回ってくるのは1ヶ月以上先になんるとおもーよ」
「そんな……」
金で時間を買う予定が大きく狂いそうになる。しかし――
「なら、この素材が採取できる場所を教えて!」
愚痴を吐くことなく自分の足で探す事を選択する。その判断の早さに感心する。人によっては粘着的に交渉するが、商人じゃないアンナにとってはこれが最善手だろう。
「……しょうがないんな。『グラスリル結晶』『冷結晶』『銀鉱石』『光飲石』は『ヴィント鉱山』で採取できるとおもーよ。ただ管理会社との問題もあるからどうなるか向こうしだいなんよ。なんせ王都にある鉱物の殆どは『ヴィント鉱山』で採掘されて卸されたものやからね」
管理会社なんてのもあるのか……と疑問を覚えるが確かにあってもおかしくない。調査部隊の任務の中に盗賊の調査がある。森林や鉱山には多くの資源が眠っており、それは人によっては金の山でもある。
だが、悪戯に大量に採取すれば枯渇する危険もある。供給を安定させるために盗賊の侵入経路を潰すことを目的とした調査が行われるということだ。
「でんも問題は『ゴーレムコア』やんね。掘って見つけるものじゃないん。地中に眠るゴーレムを見つけて引きずり出して倒してコアを剥ぎ取らんと手に入らん。雲を掴むならん砂中で塩を見つけるような話やんね」
「どこにいるの?」
「話を聞いとったん? 別の素材で考えた方がいいんじゃないん?」
鉱物の専門家が遠回しに不可能と言っている。確かに冷静に分析すると素人目でも厳しいと思える。
土の中で活動する……獣のように森や草原を歩むことはしない。誰の邪魔も入らない地下で魔力を蓄え体積を増やす。普通に探したところでまず見つけることは不可能だろう。当たり前のように歩く道の下に眠っている可能性すらある。
「わたしが欲しいと思ったの、それ以外の素材で完成できるイメージが湧かない。絶対に手に入れる!」
「……はぁ~、錬金術士らしい良い目をしちょう。なら答えるしかなかね。怪しいとされとるのはヴィント森林区域の北東にある平野。植物の育ちが遅くて獣が寄り付かんらしい。ただ、あくまで噂。ここ数ヶ月はどの地区でも目撃情報はでとらんね」
「それでもいい、ありがと。魔光石、熱炎石だけでも買って早いうちに出発しないと」
「まいどありがとね! そういえばお嬢ちゃん、野営の道具は揃っとる?」
「そんなの無いけど必要なの?」
「うちには無いけどそういうのを専門にしとる店もあんね。長丁場になる可能性が高いから揃えとくとよか」
ピンと来ていない表情に一抹の不安が走る。アンナは錬金術士と言っても山育ち野生児の血が色濃い。火は魔術で付けられるだろうし、野生動物を追っ払う筋力と体力がある。彼女は野営道具を必要と思ったことが無い可能性すらある。
「俺としては揃えといた方がいいと思う。宿がどこにでもあるわけじゃないんだし、荷物を整理する場所とか風雨を凌げる空間を確保しとくのは大事だ」
冷静に言葉を紡いでいるが内心は焦りで震えている。キャンプ経験もまともにない貧弱インドア人間が着の身着のままで野外で過ごす事は不可能に決まっている。
このまま進めば碌な備えなしに野営する未来が簡単に想像でき、俺が野垂れ死んでいる。
「それもそうなるのかな? なら、いくつかそろえておこっか?」
顔と態度は徹底的に隠しながら心の中でガッツポーズをとった。
なにはともあれ調合に必要な『魔光石』と『熱炎石』を手に入れ、他の素材の手がかりも手にできた。最高とは言わないまでも次の一歩を踏み出す場所を見つけられたのは大きい。
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