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第5話 奉仕の道も一歩から!

 4月19日 太陽の日 5時00分 マテリア寮


 主人が昇格試験を開始しても、使用人である彼女の朝は変わらない。


「う~ん! 新しい朝だぁ~」


 寮の地下にはセクリ達使用人が住む部屋が存在している。爽やかな高音の目覚ましと共に目を覚ますのが一日の始まり。なお、セクリ以外は目覚ましと同時か数秒前に目を覚ましている。

 使用人たる者、汚れた顔や乱れた髪を主人や客人の前で見せる事は万死に値する。注意深く身体を清潔に整えると戦闘服を装着する。

 使用人達の戦闘服は黒く落ち着いたクラシカルメイドなワンピースか、清潔感のある白いシャツに黒いスーツ。両者とも厳かで清楚な雰囲気を纏わせる。

 しかしセクリは胸周りと腰回りのサイズが合っておらず歪な装いとなってしまい、清楚さよりもやらしさが勝ってしまう。エプロンを装着するのはそれを隠す意味合いの方が強くなってしまう。最後にフリルカチューシャを頭に付けて。使用人セクリが完成する。


「みなさん、おはようございます」

「おはようございます」


 部屋が丁寧に調和された挨拶で満ちる。

 合計十二名の男女の使用人が地下の一堂に会する。学校や王都の状況と言った連絡事項を共有すると、各々の主の為に行動を開始する。皆の上司は仕える主、使用人長(サーヴァントリーダー)はあくまで円滑に動かす為の相談役の面が大きく各々の仕事に口は出さない。

 昔は倍以上の使用人が常駐し忙しなく働き、家の名を汚さぬように競い合う様子もみられ、長の役目も多かった。しかし、錬金術士の生徒が減るにつれ必要な使用人も減り今となってはマテリア寮を管理維持する人数程度しかいない。

 だとしても、ここにいる使用人達は熟練の立ち振る舞いと優雅さを身に付けたエリート。主人を際立たせる脇役と同時に磨き上げる極上の砥石。

 使用人として未熟で生まれたてなセクリは彼等によって磨かれていく。

 そんなセクリの一日と言うと──


「うん、今日も美味しい!」

「俺はこれ結構好きだな」

「喜んでもらえてよかったぁ~!」


 主人達の要望により食事をご相伴し、賛辞を受け止め。


「それじゃあいってきます」

「行って来る」

「いってらっしゃい!」


 主人達を寮の玄関から見送った後は洗濯と掃除。

 これが朝の基本ルーティンである。

 

「やっぱり色々と悩んでるね……」


 アンナの部屋に入れば必ず気付く、試験を突破するために悩んだ跡がゴミ箱から溢れる紙屑が物語っていた。

 そんな苦労の跡を回収する事から始まり、跳ね除けられている布団の上にある寝間着を回収後布団を正し、床に放り投げられた靴下を回収。塔のように積まれた本は戻さず向きや位置を整える。インクで汚れた机も綺麗に拭き取る。

 床掃除を最後に部屋の清掃を終える。


「こっちはこっちで物が無さ過ぎて心配になるよね」


 続き、使い魔鉄雄の部屋。

 使用している家具は寮で使われなくなった物を寄せ集めて飾られたパッチワークのような内装となっている。

 ただ、流行を過ぎたから使われなくなった物が殆どで品自体は悪くない。古くなっても一流の寮で使われていた家具達。再び現役で活躍する舞台を与えられた。

 レクスを飾る台、服を入れる棚、古い絨毯、その上にローテーブル、そしてベッド。古い絨毯から先は土足厳禁の決まりが設けられている。

 おまけに部屋は綺麗に掃除されており、ベッドメイクも多少チェックする程度。やりがいの無さを感じていた。


「アンナちゃんの部屋位汚してもいいのに……男の人ってもっと雑なんじゃなかったのかな?」


 そして最後に一番大事なアトリエ部分の掃除になる。

 釜の汚れが失敗を招くこともあれば、足回りに物が落ちてれば躓きかき混ぜに支障がでる可能性もある。目立たぬとも釜回りの清掃は成功の土台を担っている。

 とはいえここは大して汚れない。なぜなら調合後に鉄雄が我先に片付けることも多いから。本来ならセクリが行う仕事であるがタイミングが悪ければ奪われてしまうことも多々ある。

 掃除を終えて洗濯物を自動洗濯機に投入すると一段落。

 未熟なセクリには勉強すべき事がまだまだ多い。

 そんな彼女に与えられた新たな仕事。


「セクリさん、本日からしばらくお願いしますね」

「はい! 頑張ります!」

「彼女の名前は『ユールティア・ヴィンセント・フォン・ヴァルトナージュ』。0201号室です。依頼は掃除と食事。正式な主でありませんがしっかりと奉仕をするように」

「は、はい! がんばります!」


 名前の長さに圧倒されそうになりながら言われた部屋へと掃除道具を携えて足を運ぶ。すると、呼び出す必要も無く指定された部屋の前で少女が壁を背にして立っていた。


「やぁ、待っていたよ。君がぼくのメイドさんかい?」

「ユールティア様でございますね? 残念ながら私には主がいるのでご期待に添えられませんが、家事手伝いなら何なりとご期待に添えましょう」


 一人称を変えて外面用の丁寧な言葉を使う。一時の主とはいえに失礼は許されない。

 そんな仮初の主の姿を上から下へと頭を下げると同時に確認すると。


(まるで大主人を反対にした姿みたい……それにこの子は人族じゃなくてエルフ族……本当に耳が尖ってるんだぁ)


 金色に輝く長髪、雪のように白い肌、サファイアを思わせる蒼い瞳、何より特徴的なのはエルフ族特有の長くとがった耳。しかし、反対とはいっても胸の一部分だけは似たり寄ったりだと気付いた。


「ふむ、つれない事を言う様だがその見事なボディに免じて許しておこう。それとぼくの事はルティと呼びたまえ。その方が短いしぼくも気に入っている」

「かしこまりましたルティ様。これより部屋の掃除へと移らせていただきます」

「気を付けたまえよ。中は中々大変な事になっているだろうからね」


 主の注意に耳を傾け、ドアノブを握り開くと──


「お気遣い感謝い──い"っ!?」


 黒々とした物体が音を立てながら部屋から廊下に溢れるようになだれ落ち、その衝撃砕け黒い粉の煙が立ち上る。

 その言葉に覚悟はしていた。アンナの部屋で耐性はできていたと思っていた。だが、甘かった限度を軽々と超える汚部屋だった。

 炭化したような謎の黒い物体が大量に腰の高さまで盛られ、足の踏み場が無いでは済まない泥沼の方がまだ綺麗な惨状。平静を保つには強烈すぎる想定外の光景に驚愕を隠すことができなかった。

 錆び付いた人形のような動きで視線をルティに移す。しかし、立っていた彼女の姿は無く。


「……ぼくながら本当に申し訳ないと思っているよ。天才錬金術士としてとんだ恥部を晒す羽目になって……あわやその後始末を願い出てしまうなんてさ」


 真下から声が聞こえ、視線を下ろすと虚ろな瞳で天井を見上げて横たわる少女がいた。


「失敗作から逃げるように出てしまって、昨日はこの場で夜を明かしてしまってね、ぼかぁもう限界が近いんだ」


 瞳はゆっくりと閉じられ、生命の危機を知らせるような大きな空腹の音(アラート)が響き渡る。


「――ち、(チーフ)ぅううううう!!」


 使用人にあるまじき声を響かせながら、ルティをお姫様抱っこで抱えて階段を飛び降りるように駆けてエントランスへ躍り出る。


「どうしました騒々しい。それではマテリア寮の――」

「ボクの手には負えない状況になってるよ! 後、ルティが空腹で危機的状況だから何か食べさせないと!」


 焦る心で丁寧な心構えが剥がれ落ち。静寂な空間にけたたましい声が響き渡る。


「落ち着きなさい──把握しました。あなたはシェフに滋養食の調理を申請なさい。部屋へは私とクリーナーが向かいます」

「は、はい」


 状況を瞬間的に判断し指示をする。心を落ち着かせようとも足取りは荒れている。

 食堂の扉を開け──


「すいません! 滋養食の用意を──」

「後1分待ちな」


 要望する前に殆ど完成されようとしていた。

 マテリア寮は基本静寂に包まれている。だから声は届きやすい。「シェフ」「滋養食」の二つが耳に届いた時点でルティに食べさせる料理は組み上げられ、食堂に入るまでの短い間に下準備は済まされ、甘く涎を誘う香りを漂わせていた。


「は、はやい……!」

「できたよ」

(これがマテリア寮の使用人なんだ……! 言われたからするんじゃない、言われる前に最善を提供してる……! ボクの頭の中には全くない奉仕能力!)


 使用人長とその後ろに続く二人の使用人が階段に向かう姿を見送る間に、自ら膝枕を所望したルティの前に、すりおろしりんごとはちみつを加えたパン粥が提供され。恥じらいの欠片も無く赤ちゃんに離乳食を与えるが如くセクリに食べさせてもらっていた。


「うむ、美味い。やはり調合で作った食事よりメイドに作ってもらった方が格段に美味い。これが愛情というものなのだろうか?」

「一体何があったの――じゃなかった。何があったのでしょうか?」


 満足気に食べ終え、力を抜いてセクリの膝に頭を預け始めた。


「調合品を複製する道具を作成したのはよかったのだが、条件設定が甘かったのか動作不良を起こしてしまったよ。作成に至る同一素材を原料にしても対価が足りなかったようでね、失敗作が溢れでてしまったというわけさ」

「そんなことが……」

「しかしながらこの柔らかさは天上への誘い。極楽に身を委ねればいつで――くぅ……」

(天に上った!?)


 思わず耳をそばだてるが穏やかな呼吸音に安心する。満腹と安心感からか身を委ねるように眠りに落ちたようだ。

 

(まさかこんなことになるなんて思わなかったよ……)


 どんな人の相手をするかは予想の範囲内に収まっても待ち受けている部屋の中はまったくの予想外。自身がいたダンジョンよりも荒れているとは想像できる訳が無かった。

 無力感に苛まれているとその前に使用人長が現れ、文字を書いた紙を見せる。


(アトリエの処理は私達が行います。あなたはこのまま彼女の回復の一助となるように。質問があれば声に出さず口を動かしてください)

(すみません。役に立てず)

(あの状況は救援を呼ぶのが正解でした。そこは褒めましょう)

(チーフ)……!)

(しかし、今回は正解を選べましたが次は最悪を選びかねません。どんな状況でも心は冷静に。不安や焦りを主に見せることは厳禁だと忘れないように)

(は、はい……気を付けます)


 当たり前のように読唇術と高速執筆を使って無音の会話を行う光景。(チーフ)が特別優れていることもあるが、負けず劣らず他の使用人達の能力も高い。食べ終えた皿は意図する間も無く片付けられ、部屋の処理を終えた二名は元の仕事に戻ろうとしていた。


(こんなに差があるなんて……)


 セクリは自身の能力は高いと自負していた。そんな自惚れも主人達の満足度が高いことで拍車をかけていた。

 しかしそれは、二人が自分達の事は自分で出来て家事全てを投げっぱなしにしていないから。負担が低ければ初心者でも質を上げることは容易い。

 ルティのように他者任せを極めていた場合、経験が仕事に追いつけず壊れていたかもしれない。


(もっとがんばらないと!)


 慢心を改めここでは圧倒的な未熟者だと胸に刻み、使用人としての技術を学ぶことを誓った。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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脳が湧きたつぐらい簡単に喜びます!

承認欲求を糧に執筆のペースも跳ね上がる可能性もあるのでよろしくお願いします!

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