第4話 徹底解明!これが惨劇の斧だ!
4月19日 太陽の日 9時00分 騎士団訓練場
「神野鉄雄です! 本日よりよろしくお願いします!」
主人が試験開始となっても、今日この日はこっちを優先せざるを得ない。
何故なら今日は俺『神野鉄雄』にとってライトニア王国騎士団調査部隊の入隊初日なのである。
騎士団というだけあって、しっかりとした隊服が用意されていた。
白を基調に学生服を思わせるデザインで、袖を通すと思った以上に着心地がよくて軽かった。
ただやはり、自分も内心思っていたがアンナに「ぜんぜんにあってない」とからかわれる程着こなせていない。筋肉にしろ何かにせよ足りてないのが多すぎる。
だけども認められた証のようで少し誇らしかった。
「改めて、私はレイン・ローズ。調査部隊の隊長をしている
「よろしくね~私はキャミル・スロース。魔術士やってる~」
細身でメガネをかけているこの人は確かダンジョンで見かけた気がする。
ただ気になるのは──
「あの……これだけなんですか? 人数……」
だだっ広い訓練場には俺達三人だけしかいない。ここまで寂しい物なのだろうか騎士団入隊と言うのは?
「他に3人いるけれど、ゴッズはあの時の怪我が完治してないから療養中。他2人はこれからすることに荷が重そうだから、別の仕事に向かっている」
つまり調査部隊と言うのは俺合わせて計六人の部隊ってことなのか!? とんだ少数精鋭だよ……いや俺は精鋭じゃ無いな。それよりも──
「これから何をするんですか?」
「もちろん『惨劇の斧』の能力解明だ。そもそも君の入隊は斧の管理及び制御が大きい。書物や伝聞の情報を超えた力を秘めていることが分かった以上、私達は対策を知る必要があるからね」
なるほど……俺個人が評価された訳ではなさそうで複雑だけど、ここで得られた情報は俺にとっても有益に繋がる。甘えさせてもらおう。感覚だけでなく言葉や文字で説明できるようになれば理解はより深まる。
「了解です! ……けれど、俺も合わせて三人だけで大丈夫なんでしょうか?」
「頭脳担当で実力のある私がいれば事足りるのよ!」
「そういえばキャミルさんはあの場にいませんでしたね?」
「まあね、私はこの国で最高の魔術士だから、相性最悪と分かっててあの場にいる訳ないでしょ。肉体的にはか弱い乙女なんだから」
「キャミルはライトニアでは最上位の魔力量を誇り、魔術の造詣も誰よりも深く頼りになる。けど相性の問題で惨劇の斧相手ではエサにしかならないと思って避難させていたんだ」
「なるほど確かに……」
この斧の一番の目玉は魔力を奪い己が力に変える能力。この情報があるならまずキャミルさんを離れさせるだろうな。格好の餌にしかならなそうだ。
「そのおかげで体力気力万全! さっ早いとこ斧出して、今日は徹底的に調べるわよ!」
メガネを輝かせながら俺が取り出した惨劇の斧を興味深そうに観察している。
それにメジャーや重量計だけでなく、武具の解体に使う目釘抜きやハンマーも取り出されていた。
「ずいぶん用意がいいですね」
「今回は改めて能力を調べるだけでなく、惨劇の斧の測量もしておこうと思ってね。過去の文献には身の丈以上の大きさもあったなんて記述もあるぐらいだから、混乱を避けるために明確な情報を残す必要があると思ったわけだよ」
「おお! それは何というかワクワクしますねえ! 俺こういうの好きなんですよ」
「話が分かるわね。こういう珍しいのを沢山調査できると思ってたのに、待っていたのはやれ地質、やれ動物、やれ痕跡。移動距離の割に成果が地味すぎて飽き飽きしてたのよ。久々にやる気が出てきたわ!」
「普段の仕事もこれぐらい積極的だといいんだが。興味が無ければ最低限の仕事ですぐ昼寝に精を出そうとするのが玉に瑕だよ」
こうして初めに惨劇の斧の測量が開始された。全体的な重さや長さを測った後は黒々とした錆剥がしながら分解をしていく。予想外の何かが飛び出てこないか心配しながらも目釘を外し、砂をこするような音とともに柄と刃を分離させて再び計測。
俺も何となくでしかこの斧を知らなかったのが、数字という形で細々と判明していく。その結果がこれだ──
刃長 横250㎜、縦300㎜
刃厚 最大30㎜
柄長 500㎜
総重量 5000g
「……数字で見ると生々しさが上がりますね。それよりもこれが5kgもあるなんて思ってもみなかったですよ」
見た目以上の重さに目が点になる。そんなに重い物を軽々振り回す筋力は俺には無い、連続して振るなら尚更だ。持ち運ぶだけで疲労する。
でも、ここまで気にせず使ってきたのは事実。それに一体化しているかの如く上下に振り回せた。矛盾している。
重さを知った今でも「5kg」という重量を感じない。どういうことだ?
「特別な武具っていうのは使い手によって重さが変わったりするそうよ。レインのレイピアだって私が使おうとしても杖にしかならないわ」
キャミルさんの筋肉の殆ど無い柔らかそうな細腕が視界に映ると瞬時に理解できてしまった。俺と同じで武器を振り回した経験がない腕だ。
流石に「それは筋力が足りないからでは?」という言葉は飲み込ませてもらった。
「続いて現時点で分かっていることを改めて説明しよう。過去の記述と比べて修正する必要もありそうだ。ちなみに──
『魔力を吸収し自らの糧とする。
あらゆる物質、現象を消滅させる力を持つ。
物理的に存在する黒い鎧を身に纏う。
使用者は心神喪失状態に陥り獣に陥る。』
と伝えられている」
最後の心神喪失状態。レクスに心を支配されることを言うのだろうか? いや、もしそうだとしたら獣に陥るというより人格変貌の方が正しい。
でも、この内容が嘘でないとしたら俺にもたらされる別の可能性があるということだ。
「言葉にすればこの程度だけど、実際の規模や危険性は対峙して良く分かった。話の通じるテツオが手にしているこの機会、2度と訪れない可能性が高いから逃す訳にはいかないね」
レインさんはレクスと戦っていた。だからこそこの言葉は重い。戦闘経験の無い俺の身体でもあの場にいた人たちを圧倒した。
レクスの力は強大だとこの身で理解している、なのに大きなケガもなく目の前に立って怯えもなく解明に尽力している。間違いなく強者だろう。
……けど、そのきっかけを作ったのもレインさんだってことを忘れてはいない。
「確かに使用している俺も能力を何となくで使ってましたからね。正しく理解しておきたいです」
ただこれはこれ、それはそれ。惨劇の斧の能力解明は絶対に正しい。意地張って異議を申し立てるのは悪童のすること、仁義に反する。大人じゃあない。
「まずは魔力の吸収についてね。これについてだけど、ただ魔力を吸収しているんじゃなくて。吸収した後別のエネルギーに変換されているらしいのよね。これは魔力感知を続けていたら途中で感知できなくて気付いたらしいわ」
「へぇ~。自分の身体に入っていくあのエネルギーは魔力じゃなかったんですね」
「さらっと重要なこと言ってるんじゃないのよ。でも、追加で明らかになったわね。変換したエネルギーは使い手を器として溜まっていく。と」
話すこと全てが情報資料として書き込まれていきそうだ。迂闊に適当なことは言えないなこれは。
「ちなみに魔力を奪う魔術って普通に存在しているのよ。糸を繋げたり直接触れたりでね」
「ということは……無類の強さを発揮したんじゃないですか?」
惨劇の斧の強さは相手の魔力を奪い相手に物理戦を強いらせておきながら、自分は術により自由に攻めることにある。まあ、実際に俺が試したことはないんだけれど……。
ただ同様の光景を作り出せるのは想像しやすかった。
「そうだったなら今も最善手として使われてるわ。けど、そうはならなかった。なぜなら対策は簡単にできたから。同じ魔術を使えば互いに干渉しあって魔力の引っ張り合いになるのよ。そうなれば膠着状態、より強く引っ張る方か援軍がいる方が勝者ね」
「魔力を奪う術をレクス対策として盗られる前に引っ張り返せばよかったのでは?」
「昔の人がやってない訳ないでしょ? 奪う術式自体も解かれて引っ張り返す事自体が不可能だったのよ。だからこの斧は魔術に対して無類の強さを発揮できた」
「なるほど……」
「それじゃあ次は実際に何が起きるのか見てみるわ……」
キャミルさんは大きく深呼吸を一つすると緊張した面持ちで手の平を白刃の上に移動させ、魔力を雫のように落とす。
白刃に落下すると、乾いた砂漠に水を落としたかのように魔力が消えていった。
「これが魔力の変換なのね……! 実際に見てみると恐ろしい力よ、変換された力に私ですら干渉できない。操ることができないなんて……! いちおうだけどテツオって魔術はどれくらい知ってる?」
「いえ、まったく」
ゲームと言ったフィクションなら知っているが、求められているのはそう言うことじゃないだろう。素直にはっきりと答えるしかない。この世界の魔術ルールなんて全く存じないのは事実だから。
「でしょうね。本来なら詠唱や演舞で起動させるけど。何も知らないテツオが何も無しに発動できている。つまりその答えは斧自体に術式が幾つも組み込まれているからよ」
「術式?」
「魔術を発動させるための式。錬金術的に言えばレシピね。完成品が発動する魔術。素材の組み合わせや調合手順が術式。
術式っていうのはね物でも何でもいいから組み込んでおけば魔力を通すだけで発動できるのよ。ちなみにあんたの首のソレも術式よ」
「ええ!? この首の模様ってオシャレとか使い魔証明用じゃなかったんですか!?」
「そんな訳無いだろう……アンナちゃんの意思1つで色々な事が出来たんじゃないか? 有名なのは確か念話だったかな」
「確かに身に覚えが……」
思わず首を撫でる。思い出されるアンナからの一方通行とはいえ頭に直接言葉が届くスマホいらずな便利な術。
これが術式っていうなら他にも機能を有しているんじゃないか? 簡単に想像できるのは主人に危害を加えられないような抑制機能か?
「この首のも術式、斧に入っているのも術式……俺はこの世界の魔術ルールを一切知らない、なのに色々できたのは魔力さえあれば発動までに必要な過程を全て飛ばしていたから?」
「あら? 随分と理解が早いじゃない」
「と偉そうに言っているが確信を持てたのは君が来てからなんだけどね」
「それは言わないの! でも、ただ術式を武器に付け加えただけであそこまで強くなることはないのよ。だったらみんな真似する。明らかに規格外の力が込められてるのよこの斧。術式を分解して魔力を奪う霧、物理干渉と魔術を防ぐ鎧、あらゆるモノを消滅させる力。1つ1つの術式が複雑で私ですら発動できないのもあるのよ。それにまだ先があってもおかしくない」
現時点で目立つのはキャミルさんが言った三つの術。加えて新たな可能性。
これは確かに『惨劇の斧』なんて名前が付けられるだけはある。
「レクスには無知な人でも魔術が扱えるように術式が沢山組み込まれていて、加えて発動に必要なエネルギーも膨大にあったから誰でも簡単に異常な力と戦法を手にできたということ。ですね?」
「正解でしょうね。ホントあんたみたいな平和的なのが手にして良かったわ……でも、あのエネルギーの溜めすぎは止めるのよ。最後に出した黒い龍の術、空に撃ったから良かったもののあれを止められる人間は私の知る限りいないわ!」
覚えている。力の全てを吐き出して放った黒い龍。レクスには悪いことをしたかもしれないがあのおかげで今があると言ってもいいだろう。必要経費として割り切ってもらおう。
ただ、これだけ真剣な顔で言うのならあの技は本当に誰も止められないのだろう。まさに『切り札』使い方次第で全てがひっくり返る。最善にも最悪にも。
まぁ、アレを放てるだけのエネルギーなんて早々集められる訳がないから考えたって意味がない。
「気をつけます──ところであのエネルギーの名前って決まってないなら。決めていいですかね?」
「まあ名前があった方が便利だけど、何かいい案でもあるの?」
「ええ! 名付けて破魔の力と書いて『破力』! どうです?」
ずっとエネルギーと言い続けるのも味気ないし他の何かと混じりそうだから考えていた。
我ながら分かりやすくていい名前だと思う。
「まあ、現時点で君しか扱えないのだから君の言いたい名前に従うのが……」
「よし!」
これでレクスが魔力を変換し得るエネルギーを『破力』と決定された。キャミルさんの資料にも記載されていく。
しかし、自分で決めた名前がこの世に広がるというのは。何というか気分が良いものなんだなぁ。
となるともう一つ決めておかないと──
「後、もう一つなんですけど」
「まだ何かあるの!?」
「『惨劇の斧』という名を変えたいです」
ずっと思ってた、この名前は相応しくないと。
「……聞くわ」
「名は体を表すって言葉があります。ずっとこの名を使っていればきっとまた同じことを起こしてもおかしくないです。刃も白くなった今だからこそ、この武器の存在理由を変える名前が必要だと思うんです」
名前だけでその対象に想像が働く。薬であっても「悪」や「死」なんて名前があれば手は伸びない。道具に似合った名前で活躍すれば人の認識は変えられる。
もう二度と惨劇を引き起こさない為にも、俺がブレずに使い続ける為の名を付ける必要がある。
「今日に至るまで『惨劇の斧』という名が変わらなかった。それは誰もが納得し似合うと思っていたからだ。長年根付いた印象を振り払うのは生半可なことじゃない。その覚悟があるというんだね?」
「レクスには魔力を喰らう力がある。でも、それは使い方次第で人々の助けにもなると思うんです。だからこの武器は『破魔の斧』と呼びたいです」
はっきりと真っすぐと臆すことなくレインさんの目を見て答える。過去の黒々しい道を今から先に続けない為に。その始まりの一歩。それが新しい名前だ。
「君の気持ちは分かった。けどそれだけじゃだめだ。斧の中にいる霊魂を合わせて『破魔斧レクス』と呼ぶべきだろう」
「え!? それでいいの?」
「ありがとうございます!」
『破魔斧レクス』か……確かに『破魔の斧』よりも格がありそうだ。
それに破魔には悪魔や煩悩を払う意味合いがある。魔力を破壊するんじゃない。
(わらわの意志とかは関係ないんじゃな……)
(今の方がいい名前だろ?)
不貞腐れていたのか今の今まで黙っていた霊魂のレクスが声を出してくれた。
うん、破魔斧に宿る霊魂レクス。こっちの方が綺麗で霊験あらたかな感じがする。惨劇なんて仰々しい肩書をチラつかせるよりも美しいな。
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