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第3話 知らないを知る乙女

 4月19日 太陽の日 9時00分 錬金学校マテリア


 試験開始となっても日々の授業は変わらず行われる。アンナは授業を受けながらも頭の中では試験の調合品をどう作るかを考えている。


「本日の錬金術の授業は冷結晶の『圧縮純化(あっしゅくじゅんか)』を行いますよ」


 錬金科の教師、雲のような髭が特徴のマルコフ・フワットの挙げる授業内容に納得できないのか生徒達から「えぇ……!」という不満の声が上がり、理由が分からぬアンナは思わず背を正して耳を傾けた。


「私達には簡単にできることをどうしてですの?」

「まったく、僕達の才能に見合った授業を割り振ってほしいですね」

「なんか最近やったような気がする……」


 彼達が不満を言う『圧縮純化』とは錬金術の技法の一つ。

 同じ素材を複数投入し体積を抑えつつ素材の持つ技能(スキル)を高める技術。簡単に言えば素材の濃度を高めることにある。ただし、全ての素材に適正がある訳では無く、主に鉱石系統の素材に利用される技術である。

 高く特別な練度を必要とせず、素材の理解度を高められるので早い段階で教えられる。簡単に言えば基礎基本。


「これはお国からの指令でもありますよ。冷結晶を圧縮純化した素材、みなさん良く知る『豊冷結晶(ほうれいけっしょう)』。冷蔵庫を組み上げるのに最も重要とされる素材ですからね。高品質でムラの無い物を沢山生み出そうと思ったら我々に頼むのが1番。と言う訳で授業に組み込みました」

「国からの依頼となれば貴族たる私が示さなければなりませんね」


 そう堂々と口にするは貴族の娘であり錬金科トップの成績を誇る『アリスィート・マリアージュ』。

 錬金科の生徒達は学費を払うことも無ければ、無料で環境の整った寮生活を堪能できる。しかしそれは国の為に錬金術を提供することが大前提となっている。

 約二十数人の若き錬金術士達。本来ならば希少能力にあぐらをかき腐る者も少なく無いが、学校という小さな社会で同じ力を持つ者を集め競わせることで慢心を減らし。試験制度や評価制度で自身の実力を確かめることができる。この環境が若き錬金術士達の手綱を握れている状況を作り国としても非常に益があった。

 錬金術でないと生み出せない道具や素材は数多く、ライトニアの発展や防衛、あらゆる分野を支える屋台骨。店を出している錬金術士に頼めば想定以上の金が動くこともあれば、別の仕事に追われ下手すれば期限を守らない。

 授業の一環という名目で行わせることで生徒達は評価の為に真面目に取り組み、教師によって品質の管理が行いやすい。ただし、未熟な者も多いのが現実であり高難度や高品質を求められない。


(そういえばまだ圧縮純化は考えてなかった……もしかしたら純化素材で調合をしないと、あんな風にできないのかな?)


 無論アンナも会得している技法。先日は単純に記憶の中から抜け落ちていた故に使えなかった。

 昨日の失敗があって単純に調合しただけでは理想には絶対届かない答えは証明された。故に考えなければならない。自分の技量が足りていないのか、自分の知識の組み合わせで通用するのか。

 

「もっと『黄金錬成(おうごんれんせい)』と言った深奥に位置する技法を学ばせてほしいわ」

「過ぎたる力は破滅への道。我々はみなさんの手に余る技術は教えませんよ」

「『黄金錬成(おうごんれんせい)』?」


 聴き慣れなかった言葉に思わず疑問の声を上げるアンナ。


「伝説の錬金術の一つですわね。文献によるとあらゆる物質構造を黄金に置き換えると言われてますわ。特別な器具や卓越した技術は当たり前で、今の(わたくし)達では到底できない技術ですわね」


 それに答えるはマテリアに来て初めての友の『ナーシャ・アロマリエ・フラワージュ』。立ち振る舞いが優雅で魅惑的な肉付き。加えて人を蝶にしてしまいそうな程心地良い香りを発している乙女。彼女の提案が無ければアンナと鉄雄が出会うことは無く、いわば二人の間を繋げた仲人ようなもの。


「へぇ~! そんな錬金術もあるんだ。他にはどんなのがあるの?」

「優れた錬金術士だけが扱える技法『万象流転法(ばんしょうるてんほう)』は興味深かかったですわね。属性の力を高め閉じ込め、生み出す道具をより高みへと誘う秘技。我らがマル先生も会得しているそうですわ」


 視線は教壇で生徒の不満を説き伏せているマルコフに向けられ、一つの仮説が頭に浮かび上がった。


(もしかして、あのマナ・ボトルを作ったのは先生?)


 授業の中で魅せられた教師の卓越し安定した調合技術。自作と参考品との差はそれだけあった。故に頭に浮かんでしまう、求められる技術力はマテリアの教師程なのか? と。


「では皆さん調合室に移動しますよ!」


 誰もが不満を口にするが、何だかんだでみな調合室に移動し準備に取り掛かる。生徒の殆どがライトニアの名家の出、評価評判は家の名声に直結しかねないので本気で拒否する者はいない。

 授業態度も評価に関わるのは当然だが、そんなことは関係無しにとアンナは冷結晶を料理の下ごしらえと言わんばかりに麻袋に詰めて金属板に乗せて金属棒で叩き砕く。まさに野性味溢れ、気品や優雅さなど微塵にも感じさせない。

 他の生徒達がそんな行為をするわけが無く、魔動具「粉砕機」を使用して半自動に冷結晶を細かく砕くのが主流。

 ただ、目立つ。並んで待っている生徒はその光景に会話する気も失せていた。ついでだからとナーシャの分も同時に粉砕していく。おまけに粉砕機よりも早いと来ていた。


(豪快豪胆ですわね……私がやったら棒が吹っ飛びそうですわ)

「よし、できた! ナーシャふるいと桶用意して」

「はい、こちらにご用意していますわ!」


 麻袋の口から半透明の青い粉がサラサラと音を立てながら流れ落ちてふるいの目を通っていく。時折混じる灰色や黒の石片、荒すぎて通らない冷結晶がふるいに残り、桶にあるのは青く輝く粉の山、部屋に漂う魔力に反応し冷気が漏れ出す。


「こういうの見ると食べられそうだなぁ~って思うんだよね」

「分かりますわ、こう綺麗だとお菓子に見えないこともないですから」


 微笑ましい言葉を交わした後、直接手に触れぬように移植ごてで二等分に取り分け小型釜に投入し、調合が開始される。

 『圧縮純化』に必要なのは回転力と安定性。ただ闇雲に混ぜ合わすだけでは、ただ合体するだけで効果量も変化が無い。強力な回転力によって一点に集中圧縮して小さく押しとどめ、効果を高めるのがこの技法。

 大事なのは心を穏やかに保つこと。単純な技法であるが故に焦りや手抜きで簡単に失敗する。ただ、失敗した所で酷いことにはならない。理想の効果に届かなければ再び砕いて混ぜ直せばいいだけである。成功失敗が分かりやすいので基礎基本の練習と言われる所以がこれである。


「ところで何か悩みでもあるのでしょうか?」

「えっ!?」


 図星と言わんばかりに撹拌(かくはん)の軌跡が乱れる。


「あ、ごめんなさいですわ! いつもと匂いが違うのが気になりまして……」


 ナーシャは鼻が非常に良い。学校での付き合いは一番長いからこそアンナの匂いは望んで覚えた。体調や精神状態で匂いは変化すると彼女は理解している。

 その鋭敏な嗅覚は無論錬金術にも利用されている。


「昨日、昇格試験の手紙が届いたの。さっそく作ってみたんだけどうまくいかなくてね」

「そうだったんですの。ですが、おめでたい話ですわね! こんなに早くブロンズランクに挑戦できるのは流石ですわ」


 純粋に祝う彼女の言葉に思わず顔が綻ぶ。

 そして、思い浮かぶ目の前にいる彼女はブロンズランクを越えているのではないか。と。


「そうだ! ナーシャのときはどんな試験内容だったの?」

「懐かしいですわね……忘れるわけありませんわ。(わたくし)が求められたのは『アムールローズ』。簡単に申せばバラの形をしたアロマキャンドルでしてプロポーズの時に使うとされているロマンチックな調合品でしたわ。殿方が惚れた女性に口に出せない恋想いを目と鼻から伝えるいじらしい道具……それを受けとったお方はその夜――って何を言わせますの!」


 自分で言っておきながら頬を僅かに染める。ようは男女の付き合いの一助となる道具の作成がナーシャの昇格試験。アンナとはまるで違う。


「えぇ……と、とにかく『マナ・ボトル』って言うのを調合しないといけないんだけど、全然お手本に届きそうにないの。何かいい知恵ない?」


 その問いに対して撹拌させる腕は止めず、思案顔を浮かべ言葉を探していた。


「……やはり授業で手に入らない知識を補うには図書室に行くことがおすすめですわ。錬金術のレシピも歴史も私達が知らない知識に触れられる良い場所ですから」

「図書室……? わたしまだ行ったことないけどそんな場所があるの?」

「私も調べたいことがあるので折角なので一緒に行きましょう」

「わかった、ありがとう」


 新たな知識を得る為に多くの知が集められる図書室へ向かうことになった。

 アンナは勉強していくうちに自身の知識がいささか偏っていることに気付いていた。山育ちの弊害か、知らない単語が多く状況によっては異世界人の鉄雄よりも知識の差が出てしまう。


(今のわたしには知らないことが多すぎる……)


 掻き混ぜるのを止め釜から取り出されるのは冷結晶が圧縮純化に成功した『豊冷結晶』。実力はあってもそれを適材適所に扱う知識が伴っていない。知らない事を知ることが『マナ・ボトル』完成への一歩だと確信していた。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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脳が湧きたつぐらい簡単に喜びます!

承認欲求を糧に執筆のペースも跳ね上がる可能性もあるのでよろしくお願いします!

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