第2話 昇格試験開始!
「え~と……『昇格試験のお知らせ』?」
――
拝啓 アンナ・クリスティナ様
汝は昇格試験を受けるに値する成果を達成したとみなし
『ブロンズランク』への試験が開始されます。
~昇格条件~
『マナ・ボトル』の作成
レシピと参考となる『マナ・ボトル』を提供します。
使用確認の為の『マナ・ギア』を貸出します。
別紙に記載されている挙動を達成できて合格となります。
~注意事項~
本紙を渡された日以降に入手した素材で調合を行うこと。
過去に所持していたマナ・ボトルを提出することは禁ずる。
他人から譲渡・売買・交換して入手したマナ・ボトルも同様に禁ずる。
受験者本人が調合したマナ・ボトルを提出すること。
素材は採取・購入問わず自由に入手して構わない。
しかし、学園に保管されている素材を使い完成させた品を提出することは禁止。
レシピに独自の解釈を加えることは可能。
期間は990年5月30日までとする
――
「だって。あっレシピもいっしょに入ってた」
「えっ!? 今から開始なのかな? こういうのって大主人がやりたいって時に行えるものなんじゃ?」
「確かに簡素だし不親切だが正式な文書だろう。強制的とはいえ始まったものはしょうがない。期間は大体……42日か。長いのか短いのか分からんな」
想定外の試験開始に戸惑いを隠せない三人。
アンナはこれで二度目の試験。使い魔契約で苦労した記憶が蘇る。
鉄雄は冷静に物事を分析しているようで試験と言う言葉に受験者以上に心臓が拍動している。
セクリは新たなイベントに胸を弾ませていた。
「マナ・ボトルとマナ・ギアって? 初めて聞く道具だよ?」
「そっちの箱に入っているんじゃないか? お、あったあった──」
小包を開くと、青で満たされた手のひらに収まるサイズのボトル。それと差し込み口が一つと留め具とベルトが付いた直方体。
そして、それぞれの用途が記載された説明書。
アンナはボトルを手に取りマジマジと関心を持って見つめ回転させたりして観察していた。
「何か組み合わせて遊ぶオモチャみたいだな。そこに刺したら中身が出てくるんじゃないか?」
「うん。間違ってはないけどオモチャと呼ぶには性能が良すぎると思う」
マナ・ボトルの説明書を読みながら頷き、詳しい機構を確認する。そこには試験合格に必要な条件も記されていた。
――
『マナ・ボトル』
魔力の吸収・保持・放出の3つ機構を持ったキャップ部分と
魔力を溜めるボトル部分を合わせた魔力を携帯できる道具である。
~必須条件~
空間に漂う魔力を集めたり、体に触れさせ直接魔力を吸わせられること。
長期間放置しても魔力が漏れ出さない気密性があること。
キャップ部位のみから魔力の放出が行えること。
――
「簡単に言うとこのボトルは魔力を溜め込んでおける道具だって。周囲の魔力を吸収して溜めて保存、好きなときに放出することができるみたい。それでこっちの四角いのはボトルの魔力を特定の部位に効率的に送りとどけるための道具なんだって」
説明書を読みながらお手本とばかりにギアの差し込み口にボトルのキャップをはめて捻ると、中の配線を通り底にある丸い部分より青い光が漏れ出す。ボトルの形を戻すと光は収まる。
そして、アンナはボトルを外し自分の手の平に押し当て放出とは逆方向に捻る。
「あっ、魔力が吸われてる感覚……こうやって溜めていくんだ」
吸われたことを証明するかのようにボトル部分の色が濃くなっていく。
放出、保持、吸収の機構を備えたキャップと魔力を溜めるボトル部分。これが『マナ・ボトル』の全貌である。この挙動を正しく実行できて初めて完成となる。
「でも、何のために作られたのかな?」
「……ここで働くようになって調理器具とか魔力で動くことを知ったんだけど、これとはサイズとか全然違うけどボク達が自分の魔力を消費しなくてもいいように貯蓄してる箱があるみたい。魔動製品を安定使用のために作られたんだと思うけどこのサイズだとどれくらい入るんだろう?」
鉄雄の世界で言う電気で動く物の殆どがこちらの世界では魔力で動いている。
コンロは『熱炎石』を組み合わせ、冷蔵庫は『冷結晶』を組み合わせることで魔力を糧にエネルギーを発する物体を利用している。それら全てを自分の魔力で動かし続けようとすれば負担は甚大、個人の負担を減らし安定利用する為に自然に存在する魔力を集める『マナ・ボトル』は作られたと言える。
「へぇ~、通りで俺でも色々と使えるわけか。これが無かったら文明の利器を一切利用できなかった……となると凄い道具なんだな! そうだ! これがあれば俺も魔術とか使えるようにならないか?」
魔力の無い人間にとってこれは魔力を持つ者と同様に魔動製品の恩恵を受けられる。無論、誰もが鉄雄と同じ思想に陥るだろう。しかし──
「それは難しいんじゃないかな? 持ち運ぶに適さない大きさだし、冒険に出ることになったら邪魔でしかないと思うな。これぐらい小型だったら問題無いと思うけど、パスタ茹でるのも難しいんじゃないかな?」
戦いにおいては期待ができない。魔力が無くなり空になったその時点で役に立たなくなる。
そもそもの問題として魔術の勉強を一切していない鉄雄が魔力が手に入ったところで自由に魔術が扱える訳では無い。魔術とは知識と努力が染みついて初めて土台が出来上がり、扱うに至る。
「そこまで都合の良い話じゃないわけか……」
「でもこれけっこう魔力が入るみたいだよ? 魔力弾何発も撃てるぐらい吸い取られてるけどまだ入ってくもん」
「こらこら、そんなにやってたら体に良くないぞ?」
「レクスと比べたら全然弱いからへーき……あ、そういえばレクスって魔力がなくなったから使い物にならなくなったんだっけ」
「まあそうだな、大量の魔力を貯蓄していたから何時でもどこでも俺でも凄い力を発揮できた訳だ。今じゃあ魔力の補給手段がないからただの斧って感じだな」
状態が耳に届く度にアンナの頭の中でピースが組み上がっていく。無敵の力ではなくなったレクス。魔力を与えなければ力を発揮できない。視線がゆっくりとアンナの持っているボトルに移っていく。
「ひょっとして、そのギアってのをレクスに取り付けてボトルの魔力を与えたら──」
「「っ!?」」
その言葉で二人の想像に火が付いた。もしかしたらという期待感が噴火の如く溢れだす。好奇心で輝くその瞳には絶対に行うという確固たる決意も込められていた。
決まってしまえば動きは早い。白刃の斧と化したレクスを取り出し、不格好ながらもレクスの刃の側面にギアを押し付けるように取り付けた。
「早速始めるぞ?」
緊張した面持ちで振るえる手を無理矢理抑えるように挿入口へボトルをはめ込み、捻る。説明書通りボトルの中に溜め込まれた魔力がギアを通り乾いた大地に水を与えるかの如く染み渡っていた。
「嘘だろ……? 普通に上手くいっただとっ!?」
斧を通し自身の身体に流れ込んでくるエネルギー。力が溢れて来るという感覚に感動と同時に道具の性能に驚嘆し、頭の中が湧き立っていた。
「ど、どうなの?」
「……いや、待て何だ!? 冷静に一つ一つ分析すればこれが秘めてる力って俺が望んでる物じゃないか! この程度の重さで手の平に収まるサイズ、貯蓄できる魔力量の心配がなくなれば十分やってけるんじゃないか!?」
力の証明と言わんばかりに手の平に黒霧の球体を作り上げて維持する。
どれほど優れた車であってもガス欠なら動くことはできない。
これまでは異常な程エネルギーが貯め込まれており、絶対有利な状況を生み出してから多くの生物の魔力を貪り尽くし、それらも自身の力へと変えて蹂躙していた。
しかし、現在。訓練場で見せた魔術の類は一切発動できなくなっていた。
この斧は魔力を喰らうことで術を発動するためのエネルギーが補充できる。魔力を効率良く喰らう為には黒霧のような術を使うか、直接刃を当てる必要がある。
前は問題無かったが今は何も術が使えない無能力の人間が魔力を喰らう為に、魔力を持ち魔術で攻めて来る人間に向かって行かなければならない。
少し考えれば分かる。噛み合わない。
最恐の力を振るう為には最弱の状態で強者と向き合う必要がある。加えて多少奪った程度ではまともな運用は不可能。
『マナ・ボトル』はその憂いが消える道具となる。
(まるでレクスを使うために作られた道具みたいだ……ただの偶然だと思うけど、レクスがあるアンナちゃんに教えるのは偶然?)
作為的に感じる試験内容。使い魔に最も適した道具の作成。知っていなければ挙げられない候補であると同時に、知っていたら選択肢に上がらない危険性を孕んでいるのも事実。
「あの日の力には到底届く量じゃないけど、この程度ならむしろ歓迎できる。いや、したい!」
過ぎた力が処刑手前の状況を生み出した。
ボトルの魔力が尽きれば後は先細るかのように弱体化。惨劇は到底起こせない。
黒霧の球体も徐々に小さくなり自分の中に溜まっている力も少しずつ漏れ出していくのを感じていた。残念に思う感情と同時にもしかしたらという好奇心が溢れていた。
「そこまで欲しいって顔されたらさっそく作ってあげないとね!」
「いいのか!? って、今作っても試験に提出できないんじゃないか?」
(でも、こんなに楽しそうだから深く考えなくてもいいかな?)
試験要項には確かに「本紙を渡された日以降に手に入れた素材で調合を行うこと。」と記載され条件には満たない。
「いいのいいの。材料もあるし、ちゃんと作れるか知っておきたいし」
が、試験前の素材で調合してはいけないとは一文字も記載されていない。そこまで彼女は読み解いていない。ただ単純に喜ぶ顔が見たいという善意から動いている。
「それならお願いしたい」
「まかせて! さっそく調合開始!」
「この時代の錬金術を見るのは初めてだからワクワクしてくるね」
レシピに記載されている『マナ・ボトル』作成に必要な素材は以下となっている。
『冷結晶』
魔力を与えることで冷気を発生させる水色の水晶石。この世界の冷蔵庫の材料として非常に重宝されており、この石のおかげで食文化がより発展したと言っても過言ではない。
『銀鉱石』
文字通り銀の鉱石。古より邪気を払うと言われており、除霊士の破魔具やお守りの材料として利用されている。無論銀の食器にも欠かせない。
『グラスリル結晶』
透明な結晶石。砂粒から大人サイズの大岩まで幅広い大きさで自然界に存在する。高熱で溶ける性質を持ち純度を高めて加工することでガラス細工となる。窓や工芸品、実験器具と多くの場面で利用されている素材。
「これだけで足りるの……? でも、書かれた通りにやってみないと」
一抹の不安を覚えながらもレシピに書かれた手順に従い釜の温度や攪拌速度を調節し中に素材を投入しかき混ぜていく。
「このタイミングで銀を投入……」
その様子を少し離れた位置で見守る二人。
そして──
「できた! これが、マナ・ボトル?」
「おお! ……お?」
形はお手本と殆ど同じ。しかし、自信の無いアンナの言葉に鉄雄も頭を空っぽに喜べなかった。
「とにかく試してみようよ。ボクの魔力をボトルに吸わせて、それから──」
慣れた手付きでキャップを捻り吸収状態へ切り替え、魔力を集中させた手の平を押し当てる。
「──あれ? もう吸われる感触が無い」
吸われると分かった以上多めの魔力を込めていた。しかし、余りにも短く疲労感の欠片も襲うことが無い。想像以下の反応に緩んでいた表情が締まってしまう。
(……まさか)
セクリからボトルを受け取り、ギアに差し込み捻る。瞬間、不安が的中した嫌な寒気が肌を駆ける。体を通るエネルギーが余りにもか細くすぐに途切れ、ボトルに視線を向ければ透明になっている事実。同じ様に使用した支給されたボトルはまだ青い色が残っているというのに。
言葉に出したく無くても出さないといけない。
「流石にこの量じゃまともに運用はできないな……」
嘘は誰の為にならない状況。正直に答えるしかなかった。力の証明として黒霧を出そうと試みても線香一本分にも届かない量しか発生せず、ダメ押しにすぐに消え去った。
「やっぱり……」
自身も感じていた不安が露わになった。悔しがるというより腑に落ちて納得した顔。
先の事を思案しながらボトルを捻り取り出した瞬間。
「まあ、一回目だ次が──冷たっ!? ああっ──!」
手が張り付いてしまいそうな鋭い冷気に思わず手を離してしまう。
抜け落ちたボトルは誰の手に収まることなく宙に投げ出され、描く軌道が瞳に焼け付くぐらいコマ送りに床に落ちていく。激突と同時に砕け散り、嫌な音が部屋に響く。
「あ──! すまんアンナっ……!」
意図して無いとはいえ壊してしまった。アンナが自分のために作ってくれた道具を。顔面蒼白で砕かれたボトルに手を伸ばす。
「ボクが片付けるから。ケガするといけないから主人は触らないで
肩を抑え、焦って伸ばす手を引き留める。
原型の無くなったそれに目を向けるアンナ。
「ねえ、この強度でまともに使えると思う? 冒険のお供になると思う?」
「それは……」
悲観することも怒る言葉も無く、壊れてしまった事実に向き合う。
そう壊してしまった。だが、見方を変えればこの程度の衝撃で壊れてしまった。
気遣う言葉を出すのが失礼な程作り手の疑問は正しかった。
「正直に言うと無理だと思うよ。乱暴に使うのをためらう耐久度だったら絶対に肝心な時に使いものにならない(なるほどね……これは挑発と見てよさそうだね)」
冷静に状況を分析するセクリ。
理想郷を紹介し誘導する。だが、現実はまるで遠く険しく、蜃気楼の如く先が揺らめく。
「できるわけが無い」「お前はコレに届かない」そう言っているかのような試験。
加えて鉄雄の心理には極上の甘露を味わった後に薄味の雑味が出されたようなもの。最上を味わってしまった以上、忘れられない欲望が煽り無意識的に比較し主への期待感というプレッシャーを与えてしまう。
「そうだよね……」
明らかな失敗作。であってもアンナに失敗の感覚は無かった。書かれた通りの素材を用意し、書かれた通りの手順を当たり前に丁寧にやり遂げた。そして、過程に習った通りの結果が出来上がった。
成功に違いは無い。だが、あまりにも差が大きかった。
(何かが足りないんだと思う……素材1つ1つの質を高めればいいのかな? でも、借り物とはいえ1個はある。今のテツには必要だと思うからこのまま──)
「って、どうしてしまってるの? 望んでた道具なんじゃ?」
言葉と表情に嘘は無く。まさに望んでいた道具。レクスを扱う訓練でも研究でも役に立ちそうな道具。
「俺は他人が作ったものよりアンナが作ってくれた物を使いたいんだ。だから、これはアンナがしっかり持っていてくれ」
鉄雄はアンナを信頼している。これに現を抜かしてしまえば。それは落ち込み気味な主人に対しての裏切りだと考えた。
「こんなところで足止め喰らうアンナじゃないだろ? 俺もセクリもいる、まだスタート地点。ネガティプになるには早すぎるだろ?」
「そうだよ。大主人が堂々としてないと僕なボク達も何をしたらいいか分からないからね」
ほうきとチリトリで失敗の証を綺麗に消し去り。朗らかな顔で言い切った。その二人の態度に弱気になりそうな心はどこかに消えていった。
「っ! ふふん! ちょっとふりかえってただけよ! わたしは調合方法を色々と考えてみるから2人には素材探索をお願いするから!」
「任せろ!」
「了解したよ!」
こうしてアンナのブロンズランク昇格試験が始まりを告げた。
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