第43話 最低価格の俺が騎士に成る
俺の手にはこの騒動の原因となった惨劇の斧が握られ。
アンナの手には俺が意識を手放したきっかけとなったダンジョンのレポート。
結局、これは何だったんだ!?
「レクスを返しました、レポートも無事です、アンナは投獄されません、俺も不問にします。結局何がしたかったんですが? 暴走状態の力が見たかったにしても趣味が悪すぎる! 生きた心地がしなかった!」
「むしろテツは1回死んでるって! 遊び感覚でこんなことされてなっとくできない!」
朝だけで色々とありすぎる! 無力な焦燥感に駆られ、理不尽に追い詰められ、力を吐き出して、死んだと思ったら生きてて……。
感情をどこに着地させていいのか分からない! とんだ感情の紐無しバンジーだよ!?
「その辺りもきちんと話しましょう──確かに惨劇の斧の本気が見たかったのは事実です。最終目的はその力の手綱を握ることにあります」
「手綱を握る……?」
「惨劇の斧の力は使い方次第で善にも悪にも変化するだろう。そこで、暴走しても君を殺さずに戦闘不能に押さえれば最悪には陥らない……だが、結果は情けなくあの有様。甘く見てはいなかったけど想定以上だった。私達が殺されなかったのは君のおかげだろう。君達が言うレクスも思い通りに動けなくてやきもきしていたようだった」
「一応誉め言葉として受け取っておきますよ……」
「カミノテツオと惨劇の斧、ダンジョンでの話は聞いていました。そこで我々は1つの可能性を求めたのです。安全に惨劇の力を扱えるならば国益に繋がるのではないかと」
「国益? 戦事だったらお断りしますよ? 正直この国の為にって気持ちは微塵もありませんから」
一瞬「しまった」と頭に浮かんでしまう。目の前にいるのは若くともこの国の王様。素直にここまで言えてしまった。忖度も何も無しに。
ああ、腹の虫が収まらないとはこういうことなのだろう。
「惨劇の斧は隣国のフォレストリアの『魔喰らいの棺』で封印という形で保管されていました。しかし、魔力を奪う特性上封印とは名ばかりで安置されているにすぎません。存在するだけで国土を蝕む負の遺産であり近辺では土地が枯れ、人が住むことが難しい環境となっています」
大変失礼な物言いをしているが気にせずと言った態度で聞き流される。
それよりも、これはそこまで恐ろしい武器だったのか……。確かにあの場所は人気の欠片すらしない静かな場所だった。台座に差し込まれるだけで鍵だとか不思議な力で封されていることはなかった。
「その斧は凄まじい兵器の面を持つが国を蝕む毒でもあるんだ。野心溢れる者が手に取れば自国を滅ぼしかねない。故に手放したいとどの国でも思っている。正式な手続きで入手できるけれど、その際ですら徹底的に調べ上げられる。どの国の人間だとか身分だとか色々とね」
「そこまでの代物だったんですか……」
「テツが持ってる時ってそんなに危ないことなかったよね? 部屋でも魔力が吸われるなんてなかったし」
「ライトニアにあればどこかで変調が目立つかと思っていたけどおかげで苦労したよ。ダンジョン探索がが無ければ今も見当違いな場所を探索している途中だったかもしれない」
「……つまりはダンジョンで出会った時点でこの絵を描くと決めていた訳ですか? 俺達は権力者の手の平の上で踊ってたわけですか? 中々の計画性に恐怖しますよ」
俺達が宴や温泉で村の歓迎を受けている間にレインさん達はいかにしてレクスを引き出すかを計画していた訳だ。俺を虐めるだけじゃなくアンナにまで被害を及ぼす案を考えていた訳だ。
「兎にも角にも厄難をフォレストリアが甘んじているのです。友好国に押し付ける行為は我々にとって恥ずべき事。利益の天秤は釣り合ってこそ正しき国交。かの国の不利益を除去することができれば結束はより強固となるでしょう」
俺達に行ったことは恥ずかしいと思っていないのか?
要はフォレストリアという国にいい顔するために俺を追い詰めて、力の最大値を測ろうとした。けど、レインさん達じゃ到底叶わなかった。
俺が力を吐き出したから計画が変わった。というより理想の物になってくれた。
……何だろうかこれは?
「1つ質問があります」
俺が呆れ半分に頭が真っ白になっているとセクリは綺麗に手を上げ問いを希望していた。
「どうぞ」
「感謝します。話を聞く限り、王室に到着した時点で主人を処刑する気は無かったはずです。なのにわざわざ命を奪う選択を用意する必要はあったのですか?」
「確かにその通りです。惨劇の斧を理性的に扱える人物。値千金の価値はあるでしょう。しかし、ここで何も無しと許せば、力に対する責任が薄れるでしょう。なので最後は彼の心と運に賭けることにしました。未知の力に挑む者であるなら不明に身を委ねる覚悟が無ければ途中で終わってしまう探求の心無い者に錬金術士の使い魔は荷が重いでしょうから」
「言ってくれますね……」
本当にな……!
けど、納得することもある。「力の責任」に「覚悟」これは運良く手に入った力。流れに身を任せて振るっていたら最悪へと転げ落ちていくだろう。
だからあの二択は必要だったのだろう。最後の最後まで追い詰められた時、俺は何を選ぶのか。それを見て納得したかった、不安の芽を無くしたかった。ということだろう。
「ご返答ありがとうございました。お考えがあっての事と聞けて安心しました」
丁寧な言葉遣いと会釈で質問を終えるセクリ。しかしまあほんの僅かな時間でここまで綺麗な所作ができるものなのか?
「それで、この後はどうするつもりなんですか? 俺から斧を取り上げないのはわかりましたけど、自由にしていいですよ。なんてことは言わないのでしょう?」
「話が早くて助かります。まずは我が国が惨劇の斧を所有していることを近隣諸国に通達し、調査報告を共有することを約束します。斧の能力を赤裸々に明かすことはどの国も欲する情報ですから。将来あなたが以外が手にしてしまった場合、対応策を知っているかが重要ですから」
「あまりにも情報が少ないんだ。刃を交えた者はほぼ亡くなっていて、詳しく観察できた者もいない。目立つ能力ばかりだけが伝わっているのが現状なんだ」
「……何といいますか。俺が力の解明に協力的なのが前提になっていますが素直に頷くと思ってます?」
解明が嫌では無い。むしろ知識欲好奇心が刺激される案件。
しかし、誰とやるかぐらいは自分で決める。信用できない相手と共にやったって楽しくない。アンナやセクリと一緒にやってたほうが気も楽でいい。
俺は川の流れに逆らわない小舟じゃない。意志を無視されるなんて御免被る。
「無論、ただで研究に協力しろという訳ではありません。その為にあなたにはレインの下についてもらいます。ライトニア王国騎士団調査部隊となって」
「? 聞き間違いじゃなければ俺に騎士となれと言ったんですか? それこそ断りますよ!?」
この人は交渉下手なのか?
俺の気持ちを何一つ汲んでない提案に反吐が出そうになる。玉座で物申せば全てがまかり通ると思ってる甘ちゃんなのか?
「何も国の人々を守る為に戦って欲しくて提案した訳ではありませんよ。錬金術士のアンナさんとこれから過ごすためにも基礎的な戦闘能力を身に付ける必要もあるでしょう? 斧の能力解明と同時に鍛錬の場が提供できます。加えて大陸最強の騎士に磨かれる経験、他では手に入れることなど不可能ですよ」
レクスに負けた人。と安易に括るのは愚かだろう。
確かにいつも何でもレクスと交代して守ってもらう。というのは俺の望む所ではないそれは俺がこの世界にいる意味がないことに繋がる。
独学よりも優秀な人物に教授される方が上達速度は圧倒的に速いと聞く。これは紛れも無く喉から欲するべきメリット……!
「それにこの国で父親捜しに最も適しているのはどこでしょうか?」
「何でそれを?」
「私はこの国の王ですよ。この場に招待する人間の素性を知っておくのは当然のことです」
アンナの目的。この国に来た理由。そして提案が意味することがすぐに察することができた。
「──まさかっ!?」
「調査部隊は名前の通り様々な土地や国、ダンジョン調査を専門した部隊。君が望むなら採取活動の助けとなる実地調査の技法も伝授するつもりだよ。そして、元よりロドニーさんの捜索は依頼されていたんだ、その情報も共有することを約束しよう。同じ調査部隊なら自然なことさ」
「なるほど……!」
裏を返せば入らなければ情報は渡せない。騎士団が俺の世界で言う警察に似た組織であるなら、普通に守秘義務が発生するということだろう。
俺にとってアンナのお父さんを見つけることが一番、最大の恩返しであることは確か。
「当たり前ですがお給金も発生します。惨劇の斧の研究結果によっても成果報酬を別途支払うことも約束します」
「……っ!?」
「????」
矢次早に伝えられる情報にアンナは付いて行けてないのか疑問符が浮かび始めていた。
確かに俺は俺でこうも都合の良い条件を出されて裏が無いか疑問が浮かんでいるが。
ただ玉座に座ってる若者じゃなかった、完璧に俺が求めているモノを読んでいた。最初は悪手だが今回は紛れも無く最善手で来たな……!
「つまりは主人の能力を高める環境を提供し、大主人のお父様の探索の手助けも行ってもらい。金銭の憂いも解消する。そう捉えても問題無いでしょうか?」
「その通りです」
セクリが簡単に噛み砕いて確認を行い。正解であると返答を得る。やはり疑いようなくその認識で合ってるんだな。
「テツが騎士団に入ったらそこまで力を貸してもらえるの!?」
「ここまで美味しい話だと裏があるんじゃないかと心配になりそうだけどな」
「だいじょうぶ! 今日より酷いことはまずないって! テツも頼りになってお父さんも探しやすくなる。嬉しいことだらけだって!」
「……そうだよな。今日以上はまずないよな」
何か裏があるとしても確かにメリットが大きい。
アンナも俺が強くなることに期待している。
自信満々で宣言された言葉に反論なんて出るはずもない。
「なら決まりですねカミノテツオさん。歓迎しますよ」
「これからよろしく頼むよ」
レインさんより求められる握手。
この手を握ったら決定づけられるだろう。
好き放題メリットだけを享受すればいい。なんて自分勝手なことはできない。けど、騎士として何ができるかなんて分からないのも事実。肩書だけ立派でも俺には騎士になる何かをしてきたわけじゃない。
でも、アンナの期待に満ちた瞳を裏切れない。
未熟でも何も積み重ねてなくても、覚悟を決めるしかない!
「ふぅ──よろしくお願いします!」
こうして俺は錬金術士の使い魔であり騎士と成った。




