第10話 淑女の夏休み その1
8月25日 太陽の日
その日、彼女が飛行船と共に帰ってきた。
「やっと帰ってこられた……!」
冷気漂う沢山の交易品と共に降り立ったのはアリスィート・マリアージュと竜馬のヴァンロワ。
彼女達は8月1日よりライトニアから旅立ちアクエリアスへと向かった。
「随分と長い旅じゃあなかったかい? ご両親も酷く心配していたよ」
「正直ヴァンロワの里帰りがここまで長くなるとは思わなかったわ……」
そのきっかけはプリムラの言葉、アクエリアスには竜馬達がいる。つまりはヴァンロワの故郷である。使い魔用の召喚符ににより場所を超えて呼び出したはいいが生息地についてはまるで知らなかったのだ。
「折角だから聞かせてもらおうかな?」
「そうね……本当に色々あって、誰かに聞いてもらった方がいいのかも…」
8月1日 太陽の日
私は始めて1人、ううん相棒も合わせて2人で他国へ旅へ出る。
目指すは大陸最南端のアクエリアス! どこでも倉庫で食料や水、薬や武器の貯蓄は充分にある。キャリーハウスもあるから野宿の心配も無い。
ルールの無い非統治区域を進むこともあって恐怖もあるけど、この怖さは私を成長される。
竜馬のヴァンロワに乗って駆けて行く、風を切って夏の暑さを振り払いながら進んで行く。今、私は自由の中を走っている!
ただのアリスィート・マリアージュとして世界を駆けているんだ!
──でも、世界の残酷さを私はまだ知らなかった。
「そろそろ陽も暮れて来るわね……マジカリアを通ることはできないから少し回り道しなきゃだけどこの辺りに村や町は……あ、灯りが見える!」
希望の光だと思った、望遠鏡を使って確認するとそこは確かに村で建物もそこそこにあった。
闇に染まる前に何とか村に到達できたのは良かったけど、違和感というか気配が妙だった。余りにも空気が淀んでいた、魔光石を使った街灯すら置いていない。私が見た灯りはこの煌々と燃えている篝火。ライトニアと技術の差があるのは当然だとても、魔光石を集めて光源にする発想が無いのはおかしい。
何より村全体が小汚い。建築技術はあるにしても随分とボロボロ。
「おやおや……旅のお方かな?」
「え、ええここで休ませてもらおうかと思って」
戸惑っている私にしわがれた老婆が声を掛けてくれた。
「ひぇっひぇっひぇ、だとしたらあの真ん中の建物が宿になっているから利用するのがいい。さっ、案内しようかね」
親切に誘っているように見えても何故だか猛烈に嫌な予感がした。
錬金公爵の娘の私は多くの役割が期待されていた。だから大人の欲にまみれたような気味の悪い視線はよく見ていた。だからだろうか──この老婆からは欲に塗れた粘っこい悪意も感じられた。
「いえ、それには及びません。村の近くで野営をさせてもらいますから」
「若い娘にそんな危ない真似はさせられんて、ささ遠慮せずに宿を使うのがええじゃろうて」
「大丈夫です。その証拠に──キャリーハウス、展開」
村のはずれの空いたスペースにキャリーハウスを展開する。ヴァンロワが休める馬房もセットで作った。
「ひ、ひょえ!? いっしゅんで家が建ちおった!?」
「という訳で私はここで休ませてもらうのでご安心くださいませ」
放心した老婆はこれ以上何も言えなくなったのかすんなり引き下がってくれた。
「とはいえ、嫌な予感がするのよね……」
本来だったらすぐにここを離れるべきでも夜中の行動はあまりにも危険すぎる。魔獣避けの技能が付与されているとはいえ、こういう場所で使う方が安全なのは確か。見張りになってくれる人がいればいいんだけど、ヴァンロワとの2人旅、しっかり休ませないと負担が多きすぎる。
「考えすぎだといいんだけど……」
念の為私はとある物を仕込んでおいた。
そうして向かえた最初の夜……不安を感じながらも眠っていると仕掛けが起動した音が響き、急いで起き上がる。
キャリーハウスの外へ出ると──
「えっ──」
言葉を失った。私が設置したのは氷の結界を発生させる罠。悪意や敵意、魔術攻撃に反応してキャリーハウスを包むように氷の壁が展開される。
それ自体は別に問題ない。
半裸で汚れた男達が結界にまとわりついていた。中には女性もいたが私がライトニアで見てきた女性とは似ても似つかない醜さで形成されていた。
「女だ……若い女だ……!」
「いいもん着てるじゃねえか、立派な家までありやがる……!」
「全部もらう、全部ほしい!」
全部理解した。ここは旅人を騙して全てを奪い取る腐った村だということ。恐らくあの宿に連れて行かれたら集団に襲われていた。
結界は……うん、問題なさそう。攻撃はされているけど壊されてはいない。火を当てたりしているけどこの程度じゃ壊れることも無い、周囲の魔力を集めて再形成されているから半端な威力じゃ壊すことはできない。
「ヴァンロワ……は休んでるわね。図太いというか敵だと認識してないのね」
確かにこの状況には驚いたけれど、冷静に分析すれば取り囲んでいるのは大人だけど戦闘訓練をまるで受けていないのがまるわかり。魔術の訓練もしていない、多分宿に誘って不意を突いて混乱しているところを袋叩きでどうにかしていたんだと思う。
というわけで私は再び寝ることにした、壊れた際もアラームが鳴るしそうなればヴァンロワも起きてくれる。
そうしてぐっすり眠った後、太陽の日差しが昇り夜が明けた。
ヴァンロワとゆっくり朝食を取りながら結界の外を見ると流石にどうしようもないことを悟ったのか疲れたのか人がいなくなっていた。
でも、ここで油断はしない。
彼達にとってここの情報が洩れるのは何よりも嫌うはず。通り道を塞いでいたり落とし穴をしかけたり、森に隠れて機をうかがっているかもしれない。
「まっ──全部ムダなんだけどね」
余計なことを想像して足を止めるより──
「全速で走るよ──ヴァンロワ!」
「ゴウッ!」
この方が簡単だ! 人から貪り取ることしか知らない人間が竜の速さに追いつける訳もない、罠があっても壁があっても飛び越えればいいだけ!
私達が通り抜けた後から盗賊達が飛び出てきて、雑な遮蔽物も簡単に飛び越えて、あっという間に危ない村から離れることができた。
幸先は良くなかったからこれからも大変だと思ったけど。そういう村はどうやら稀みたいで、普通の営みを重ねてきている村の方が多かった。
10日程かけて私は野を超え山を超え谷を越えてアクエリアスの大地に踏み入れることができた。
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