第8話 蛟竜雲雨を得ば池中の物にあらず
奥義……! 何とも心が躍る言葉だろう。
つまりは「必殺技」! これまでも色々な技を使ってきたけどその場限りだったり限定的すぎて結局のところ範囲や威力調節のしやすさから純黒の無月でいいじゃんになってしまっていた。
「ここでの肝は『圧縮』です」
「圧縮……? 言葉通り力を押し留める感じか」
「そうです、大量の水を小さく小さく固めることで、相手に誤認を誘ったり1点に集中して放つことができます。なのでまずは私がやることを見てください」
両手の平を向かい合わせて、水面より細い噴水を湧かせ手の平の間に留まらせて水球を作り始める。最初の方は順調に育ったけれどすぐにサイズは肩幅を超えない程度に収まっている。見た目のリットル的には3ぐらいの水球のまま。
「本当に溜まっているのか? 若干透明度が違う気がするけど……」
「では、これを放出します。見ていてくださいね」
水球より弧を描いて放水され始める。この放出量でこのサイズなら分もしない内に空っぽになる。給水されている様子はない。
しかし──
「なんか凄い出続けていないか? もう10リットル近くは出ているんじゃないか?」
「これが圧縮です、殆どの魔術士は瞬きする間にこれぐらいはできてしまいます」
「なるほどな……今までは単純に形を変えて移動させたりだったけど密度も変える必要がでてくるのか……奥が深い……」
水に破力を通して操作──形を変えたり硬化や吸収を付与していたが密度も重要になってくる訳だ。ただこの技術は純黒の無月の時だけはきっちりできていた。薄く細く破力を折り重ねるようにして世界樹の枝を切った。
要領としては同じのはずだ──自信あり!
「では座ってください。そして、手を前に出してその間に水球を作ってください」
大人しく従って言われた通りにする。湖から細い水路を伸ばして水球を作る。
「ではここからです。まずは基本、中心の一点へ収束させてください」
「わかった」
自信はある……と思ったが、水を圧縮するという新物理に対してどう行えばいいのかさっぱりだ2リットルの水を1リットルのペットボトルに入れるようなもの。
訓練を開始からただただ、水が大きく膨らんでいくだけでどうしようもない……中心に向かって押し固める感じにしても何と言うか風船程度の閉じ込め力しかない気がする。
そんな情けない俺の両肩にプリムラの手がそっと乗せられる。
「旦那様、私に身を委ねてください」
「委ねる?」
「心を落ち着かせて、呼吸を合わせて私と身も心も同調するように任せてください……導きますので」
彼女の魔力か肩を通して両手に伝わっていく。ここで意地を張って足掻くよりも素直になすがままにされてしっかりと学ばせてもらった方が効率的だ。
彼女の流れに逆らわないように腕に流れる魔力に従う。互いの体温が混ざって一つになったかと錯覚する頃、水球に変化が訪れる──やろうとしていることが伝わってくる。中心の一点に向かって螺旋の渦巻きが集まっていく。俺が力任せに周囲から押し込むやり方はまるで異なるが。そこへ確かに水が押し固められて集まっている。
理屈を越えた現象が起きているけど、納得できて──やり方はわかった。
「俺も試していいか?」
「ええ、どうぞ」
このやり方を強くイメージ。勢いは落ちているけどできていないわけじゃない。ただ、流れが荒れてしまう。暴発しかねない。へたくそすぎて泣きたくなってくる。
「焦らなくていいんですよ。旦那様自分のペースでゆっくりと慣れるように。最初から完璧に上手に出来る人なんていません私がしっかりと正しいやり方を教えていきますから。今まで通り確実に重ねていきましょう」
焦るな……年下に慰められているからって無茶しようとするな。俺の魔術歴は赤ちゃんも良い所なんだから。多くの技術を見せられてちょっと浮き足立っていた心を落ち着かせろ。
俺はキャロルさんから徹底的に基礎を叩き込まれた男。細かい操作とか破力配分はお手の物、理想を見せられたからってすぐにそれが出来るわけがない。自分のペースでそれに近づいていこう、慣れていく途中で自分に合ったやり方も見つかるかもしれない。
ゆっくりめに渦巻かせていけば……ん?
「なんか変な反応していないか?」
「あれ? 何でしょう……こんな輝き今までみたこと無いような?」
プリムラも知らない反応? 術を使った意識なんてないし、湖に変化があるわけじゃない。この水球に何か特別なことが起きているのか?
理由があるのか思考していると突然レクスが口を挟んできた。
(……ちょっと待つのじゃ!? 急ぎその水球を正面に放つのじゃ!!)
「うおっ!?」
「ど、どうしました!?」
「レクスがいきなりこれを正面に放てって言い出したんだ。それも焦った様子で」
「気になりますね……でも溜めすぎても良くないので1度アクアショットで解放しましょう。圧縮して放つと威力も距離も変わるので幅が広がりますよ」
「なら早速……アクアショット──」
何の気なしに緩い気持ちで目の前に向かって放つという意識をした。
その瞬間に水球がありえないほどふくらみ正面に爆発するかのように放たれた。想像していない出来事に勢いを堪えることはできず俺達の体は宙に舞い水の中に落ちた。
その直前に見た光景は目に焼きついた、湖の中心で放ったそれは湖面を抉る勢いで進み湖岸を越えて木々を容赦無くなぎ倒して炸裂した。
「……ぷはっ! ──大丈夫かプリムラ!? 怪我はしてないか?」
「全然平気です! しかし今のはいったい何だったのでしょうか? あの程度の魔力にただのアクアショットで木々を吹き飛ばす威力が出るなんて」
揺れ動く湖面が収まった頃、水面に立ち上がり改めて確認する。数本なぎ倒し鳥達を飛び立たせることになってしまった。これなんか問題として取り上げられないよな……?
何より放った両手がピリピリと痺れている感覚も残っている。怪我とかはないが反動を受けるレベルの何かができてしまった。
(やはりこうなってしまったか……)
(レクスには何か見当が付いているのか?)
(以前話したであろう? アンナが破力と魔力の融合ができたということ。圧縮の過程でお主らは偶然にも破力と魔力の融合ができてしまったのじゃ、魔力によって導かれ、そこに破力による混ぜ合わせ。破力3、魔力7の割合でゆっくりめに渦巻かせる。これによって爆発的な力を生み出す力が完成したというわけじゃ)
「……レクスが言うには俺の破力とプリムラの魔力がいい感じに融合されてしまって爆発的な力を生み出したみたいだ」
確かにその話は聞いて凄いとは思っていたけど、まさか俺達ができるとは思っても見なかったそれに詳しいやり方なんて知らなかった。
今回は完全に偶然に引き起こしてしまった。
「そういうことだったんですね……」
「訓練をお願いして起きながら危険な目に会わせてすまない。怖くなかったか?」
「そんな申し訳なさそうな顔しないでください! ……むしろ嬉しく思います。旦那様と私の力が合わさってそんなことができたというなら……相性がとても良いことの証明になるじゃないですか!」
「お、おう……?」
そういうことでいいのか? 変にトラウマになったりしていないのは良い事だけれど、新たな問題の種が出来上がった気さえする。
(しかしまあ、水属性でよかったと言えるの。これが炎とかだったなら森が大炎上しとったかもしらんな)
同意せざるを得ない。そこだけは不幸中の幸い。
融合エネルギーの力がここまで危険を孕んでいたとは……圧縮のコツは覚えられたから次からはもうこういうことは起きないと思うが。
「これって狙ってできることなんでしょうか? 今なら試し放題ですしやってみませんか?」
「こ、好奇心の塊!? 今のを見てその言葉が出るとは思わなかったぞ」
「確かに危険とは思いますけど、いざという時に出来るか出来ないかで変わってくると思いませんか? アンナさんを守る時、この力があればと感じる日が来るかもしれませんよ?」
「確かに否定はしきれない……破力を出せるのは現状俺だけ、融合のコツを知っていればアンナも戦いに幅が出るかもしれない」
「決まりですね! さっきは沢山魔力が積み重なってしまったので今回は少なめで試しましょう」
訓練の方向性が変わってしまった気がするが。着地点は同じなのは変わっていないのに気付いた。
奥義の訓練。
「さっきと同じ要領で水球を作っていくと」
「体勢が良くないと思うので立ってやりましょう。私が右に旦那様が左に立って手を伸ばしてください。その間でやってみましょう」
「わかった」
という訳で早速試してみることにした。言いくるめられた気がしないでもないが納得できるところも多い。
「そっちは魔力量を変化させないようにしてくれ、こっちから合わせる」
「わかりました」
一度成功させたという経験は何者にも替えがたいのがわかる。
徐々に量を上げつつ混ぜ合わせていくと中心であの時の輝きが発生する。とはいえ、量をかなり減らして行ったから危険性は相当低いはずだ。はずだよな……?
「お見事ですねこんな簡単に成功するなんてやっぱり私達は相性がとてもいいんですね!」
「成功したのはいいが問題はこの力をどう処理するかだな……」
(この程度なら適当に放しても問題なかろう、この力は自然と消滅するのでな。長い年月の間この力が発見されんかったのはこれが理由じゃ)
「でしたら少し使わせてもらってもいいですか?」
「使えるのか?」
「いっしょに作った影響なのか認識して扱うことができそうです。今回は」
両手首を合わせて手の平を発射口に見立てるような構えを取る。手の平の中で力は輝き
「ドラゴンブレス──」
凄まじい水流が放たれ、湖岸の木に激突した。今回は折れることは無かったが最低限でもこれだけの威力が発揮されるとは……ただ、プリムラの表情は険しくなっている。
俺が感じ取れなかった何かを理解したのか?
「旦那様……この力、私達が思う以上に危険です。今知れて良かったと思うぐらいです」
「何を感じ取った?」
聡い彼女がこう言うということは相当な力を秘めている。
「水を生成せずに先ほどの水球のみで放ちました。つまり、威力だけでなく水の量自体が大幅に増加しているのです」
「質量が増えたということか?」
「今回は水でしたし元の量が大したことなかったので脅威は感じにくかったと思いますが。状況や量によっては大災害を引き起こしかねないはずです」
「何!?」
「もしも火山にこの力が注がれたら噴火を引き起こしてもおかしくありません。小さな現象を災害にまで引き上げる可能性があります」
「……今知れて良かったな」
(もしや過去に起きた大災害もこれが原因か!? いや、流石に発想が飛躍しすぎておるな。隕石の力によって破力は生まれた。この星には存在せんかった力、大災害の時期と隕石が落ちた時期の前後関係が明らかになっておらんと可能性の提示すら無理じゃな)
これは災害の種と呼べる力だろう。
アンナはこれを自らの力で完成させた……この力を自発的に作れることを多くの人間に知られたらマズイ気がする。危険因子と捉えられ投獄や討伐の動きに発展する可能性もゼロじゃない。プリムラにはアンナが完成させたとはギリギリ伝えていない。聡い彼女なら気付きかねないか? 口封じを頼めば逆に気付きかねない。
いや……焦るな、この力は破魔斧で破力を作ることが大前提。意識的に作れるのは現状俺だけ、一番危険な状態にいるのも俺──言いふらすことの危険性は彼女にとってメリットは無い。
何もしないこと──ここは正解のはずだ。
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