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第6話 水分り

 ヴィント森林地区──

 錬金術士が素材を集めるために制定された開拓禁止区域。栽培では得られない素材を入手するための場所だが魔獣も多く住み着くことになっている。しかし、そんな魔獣も素材として見ているのだからたくましいものだ。森の入り口近くには冒険者組合的な施設があって、素材回収の依頼が張り出されていることもある。

 さて……懐かしいな──ここには以前来たことがある。俺がこの世界に来て日が浅い頃。あの時は不安とか色々あって余裕なんてなかった風任せに動くことしかできない気球みたいな不安定さがあった。

 そういう日々もあったのだと今は懐かしく思える。

 もしも、過去の俺に言葉を残せるなら「大丈夫だぞ」と伝えておきたい。まあ、今はまた別の問題に四苦八苦しているのは事実だけど。


「湖の近くとはいえそこそこに暑いな」

「氷が浮かんでいない湖なんて初めて見ますわ……! わかってはいましたけど実際に見ると感動が違いますね!」

「そうですね……太陽の光でキラキラ輝いているのも綺麗です」


 二人の憧れてるような目でヴィント湖を見ており、アクエリアスは相当寒気に満ちた過酷な環境だと言葉から伝わってくる。

 この湖はほぼ真円描いているらしく外周は約1km程度、デカイ球体が落下しその穴に水が溜まって出来上がったんじゃないかと噂されている。中心は相当深いらしくその辺りには普通じゃ見られないような素材が眠っているんじゃないかとも言われているらしい。


「これだけ綺麗な場所なら人が観光に来ている方がいるかと思いましたが意外といないのですね?」

「魔獣がいない訳じゃないからな。観光に来る人は錬金術目当てに王都に行くだろうから、ここに来るのは素材を集めにやってくる人達だけだな」


 「なるほど」と言った顔で納得してくれる。

 平和な世界で自然が少ない大都会ならこういう場所はオアシスになって観光名所になるだろうけど、この世界じゃあ魔獣が立ち寄る水飲み場という意味合いが強い。


「それでは準備を致しますね」

「俺も木の陰で着替えてくるから。そっちも周囲に怪しい人がいないか注意するんだぞ。危なくなったら声を出すことも忘れないでくれ」

「心配し過ぎてすよ、邪な視線はバッチリと排除しますし魔獣が来たら凍り付かせますから安心してください」


 とはいえ、湖の周りには小屋なんてないから王族の着替えをどこの誰かに見られる危険性もある。どうするのかと心配していればノーパはマジシャンとかが使うようなフープカーテンを取り出し宙に浮かべるとあっという間に隔絶された空間のできあがり、その中にプリムラが入ると影も見えず何をしているかわからなくなる。

 この秘匿性──おそらく錬金術製だろう。用意が良いと感心するがどうやって浮いているのか気になる。っていかんいかん、乙女の着替えを覗き見るような真似は恥としれ!

 俺は木陰でさっと着替えればいいが、俺も隠しておかねば露出狂と変わらない。いつもだったらタオルを腰に巻いてやるところだが、この世界の住民っぽく黒霧を使う! 日常的に術を使うことを覚えた今、こういう使い方をすれば局部を迂闊に見せることもない。

 …………何か気配を感じる、見られているような狙われているような……? ひょっとして以前弄ばれたモチフがいるのか? 魔力が無いからとはいえ黒霧が漂っている以上警戒して近づくことは無いはずだ、素っ裸で亡くなるなんて避けたい。ひょっとしたら狙いは俺よりもプリムラの可能性が高い、早いとこ着替えて戻ろう。紺色のショートパンツにラッシュガード、後は忘れずにスカーフをと、着替え良し──服もちゃんとしまって……ん? 気配が消えた……?

 何だったんだろうか? とにかく戻ろう。


「待たせたか?」

「いえ、こちらもついさっき終わったところです」


 一応湖の周囲の確認をするが怪しい気配はない。

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。ちょっと緊張してるだけだ」

「では緊張をほぐすために──私の姿はいかがでしょうか?」


 クルリとその場で一回転して水着姿を見せてくれる。

 プリムラの水着は白い肌に良く似合う青いワンピースの水着。竜人ということもあって尻尾を出す穴もある特注品と言ったところだろう。

 中々興味深い、この世界ならではの格好にちょっと感動すら覚える。

 チラリとノーパに視線を移すと彼女は普段の使用人服のまま。どうやら裏方に徹するようだ。

 さて、プリムラの姿に関してどう答えるか……深く考える必要も無い今日はそういう日じゃないんだから。


「とても似合ってる」

「本当ですか! こほん──では緊張も解れたようなので早速始めようと思いますが、先に私の全力を見せます。旦那様も本気を出して戦ってくださって大丈夫です」

「……何? 本気でいいのか? 俺が本気を出すってことは破魔斧の力も使うってことだけどいいのか?」

「問題ありませんそうでないと意味が無いので。今から見せるのは貴方が目指す到達点の1つです。そして、覚えておいてください水は味方であり、共に歩む大事な相棒だということを」


 褒め言葉にご機嫌な様子も一瞬、すぐに真面目な顔になってとんでもないことを言ってくれる。

 魔力を奪う力を使われても平気と口にする。強がりとかおちゃらけた雰囲気は感じない。冷静に判断して本気の訓練をぶち込んでくれるようだ。


「わかった、全力でいかせてもらう」

「ええ、その方がわかりやすいので」


 プリムラは湖に向かって歩いていくと、沈まず当たり前のように水の上を歩いていく。


水歩(すいほ)……!?」


 こういう技術があるのはサリアンさんから学んでいる。でもあの人の場合は属性の力というより技術で会得でしている。

 プリムラが普通に出来ているということは属性の力を利用している。つまり俺にもできるということ……方法的には水を足で掴む要領なのか?


「構えてください! 始めますよ!」


 どうやらプリムラが行うこと全てが俺が会得すべき術なのかもしれない。

 破魔斧にボトルをセットし戦闘準備は完了──

 訓練開始とはいえ、接近しようにも湖の真ん中近く深い位置まで離れられたら地上にいたままじゃこっちの攻撃が届かない。水歩をまずは会得しろということだろう。

 だが、俺が悠長に試している隙に彼女の周囲の水面には、竜の頭が幾つも顔を出し、こちら目掛けて口を開けている。


「アクアショット」

「やり放題だな!? 初手から攻城戦みたいだぞ!」


 水の砲弾が連続して大量に発射される。急ぎその場を離れながら水弾を観察すると放物線を描いてさっき居た場所に着弾する。速度も威力もそこそこ訓練の範疇だが、プールのテーマパークで巨大水バケツをひっくり返したかのような水量している。


「このままやられっぱなしじゃダメだよな──スラッシュストライク!」


 こっちの攻撃に対してどう捌く?

 俺が本当に全力を出してもいいのか確認の意味合いも込めて魔力吸収(ドレイン)の斬撃を放つ。狙いもバッチリ、こいつは魔力障壁を貫通する、加えて直撃したらごっそり魔力も絡め取る。


水壁(ウォール)


 慌てた様子もなく冷静に射線上に水の壁──湖の水を引っ張り上げて作り上げた。そんなチンケな……いや、厚くない? 壁というか固まり、1m以上はある水の壁に斬撃は激突する。

 半分に到達する前に魔力吸収の斬撃は魔力を吸って満足したのか消えてしまった。 

 本格的にまずいな……何をしても届かない気がしてきた。


「水を掴めたのですから歩くこともできるはずです! 難しく考えることはありません!」


 接近しなければ訓練は次の段階に進めないということか……あくまで水上で行う地上ではなく。支えが無い、アメンボにでもならなければまともに動けない固定概念がある。

 そんな俺の不安をわかってかこっちに来いといわんばかりに攻撃の手が止んでいる──ええいままよ!

 地面の延長線と認識して裸足で水面に触れる。夏の暑さを和らげるような冷たさを足の裏から感じ取ると同時に風船を踏んだかのような感覚で水面に立っている。


「よし、これなら──!」


 油断すればくるぶしまで沈みそうになるが、とにかく泳がなくても近づける。走るにはまだ厳しいがこれで少しは距離を……詰められているのか?

 プリムラは立ったままの姿だけど、何というか近づけている気がしない、振り返って見れば陸から離れているのは確か。歩いている様子は無い……えっ、まさかだが──水面を滑るように離れているのか?

 スケート的な移動も可能なら、よちよちとペンギン歩行で動いてるような俺じゃ到底追いつけない。


「では次です──バブルロード」


 プリムラがゆっくりと水面に手を触れると手がミキサーにでもなったかのかと錯覚するぐらい細かい飛沫のような泡が大量に作られ、それらが水面を走って俺に迫ってくる!


「泡!? こんな威力がなさそうな──!?」


 見た目には驚くが所詮は泡。波みたいに盛り上がってくるわけでもない。膝下以下の泡の塊、くすぐったく感じることはあってもダメージにはならない。

 足下を過ぎた瞬間──確かにこそばゆさを感じ、思った通りだと余裕が生まれた──と、同時に体に突如として浮遊感が襲い掛かってきて頭が真っ白になってしまう。

 水の支えが急に失われて落下しているのか!?


「な、何だこれ!?」

「泡の上を歩くことはできませんよ。こういう風に落とし穴として使えるので覚えてください」


 まるで注ぎたてのビールの泡の中にいるみたいに視界が泡で支配されている! 足は水面に着いているのはわかるけどきめ細かい泡のおかげで斧を振り回しても消える気配が無い。あまりやりたくは無いが──消滅(エリミネーション)を太めに纏わせ正面に振り上げる!

 すると、想像通りに目の前の泡が剥ぎ取られ空も見える。状況的に俺は割られた湖の隙間に落とされたらしい。

 2m近い高さ、急いで脱出しようと試みるが、プリムラは両手をゆっくりと合わせるような動作を始める──


「まさか……!?」


 その所作が起こすであろう出来事を想像した瞬間に俺は急いで息を大きく吸った。両手が合わさった瞬間に全身が水に包まれ、泡が吹き上がり景色が水中に染まる。


(溺れる──!?)


 泳げないわけじゃないが、泳ぎは得意じゃない50m泳いだのも昔の話、何より水面じゃなくて水中を泳ぐのは殆ど無い。

 全身に張り付く水の感覚にパニックに陥る──ただ、頭の中ふと過るは『水は味方であり、共に歩む大事な相棒』という言葉──

 そうだ……落ち着け、怯えるな! ここにある水は全部仲間、だから大丈夫だ。

 水を理想的に扱えれば溺れる心配は無いんだ……水面だけじゃなく水中でも足が付くように認識──身体の周囲を膜みたいに覆えば、よし! 呼吸ができるわけじゃないけど沈まなくなった。このまま登れば! 


「はぁ……はぁ……あ、危なかった!」

「お見事です、もっと慣れれば矢のように水中を移動することができるようになります。このように──」


 直立したままの体勢で水中に吸い込まれるようにチャポンという静かな音を出しながら沈んでいく。

 視線を水中に向けても揺れ動く水面の下に水色が下を潜り抜け、振り向いた時にはプリムラが飛び出て水面に着地していた。


「はやいっ……!」

「私の場合は水中でも息ができるので長時間動けますが、旦那様の場合は水面に上がることをまず考えてください」


 あんな風に水中を動くことができるようになるのか……とはいえ、迂闊にも距離を詰めてくれた!


「だがまだ訓練中だ!」


 この範囲なら一気に掌握できる! 水面に破力の網を広げ、黒霧も展開。魔術の類はこれで使えない! 峰打ちでも何でも当てればって──膝下あたりまでヒンヤリ!?


「やば、沈む──!?」

「まだ水上で複数のことはできないようですね。とはいえ、ほんの数分でここまで理解できたのは素晴らしいです。なので、とっておきをお見せします」


 滑るように簡単に領域を抜け出され距離を取られる。水面に再び立って追いかけようにもあの速さには到底追いつけない。普通に地上走ってるよりも速いんじゃないか?

 プリムラがこちらへ振り返るとピンと張り詰められたような緊張感が走り、揺れ動いていた水面が凍りついたかのように静かになった。


「竜の血を引きし我が声に応え激流を統べし者よここに湧き上がれ! 天へと舞い踊り、大いなる施しを降り注がん──!」


 詠唱──!?


激流龍破(ドラコーフルクシオ)


 プリムラが両手を水面に触れさせると、円形の魔法陣が彼女を中心に発生し──水面が爆ぜた。

 大量の水飛沫と共に巨大な水龍が顔を出すとグングンと空へ向かって螺旋を描きながら伸びていく。その頭にプリムラは乗っている。

 威厳のある龍の顔、ただ魔力で形作ったとは思えないぐらい圧倒的な存在感と威圧感、完全に見下ろされる。こんなのをどうやって防げばいいんだ……? どうしようもない……。


「ここまでいけるのか……!?」


 これが水属性の力を極めるということ。

 彼女に賭けた俺の判断は間違ってなかった、アメノミカミの戦いを反芻して術を使えるようになるよりも人が使う術を見たほうがずっとためになる。覚えるべきことを大量に学べた。


「耐えてくださいね──!」


 プリムラが首輪を外すかのように水龍から飛び降りると飛込選手のように綺麗に着水、同時に水龍が放たれる。コレを防ぐ術はあっても放てなきゃ意味が無い。

 とにかく耐えなければならない。全身を覆い隠すように硬化と魔力吸収の障壁を纏うがどんな対策も無意味と知らしめるように瀑布に叩かれ一気に湖底に沈められてしまった……。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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