第5話 お嬢様の戦い方
同日 18時00分 プリムラの部屋
「やった! やった! 誘うのに成功した!」
「ご機嫌ですねプリムラ様」
プリムラ様がここまで笑顔ではしゃぐのは初めて見た。王城でもチラリと見た事はあったけど冷静というか穏やかな表情を常にしていた。こんな朗らかな笑顔をする方とは思っても無かった。
第13王女と言っても子供らしいところはあるみたいでちょっと安心する。
「あたりまえじゃない! 訓練だけどデートみたいなものなんだから! 私が先生になるってことは私色に染めることもできるってこと……私と同じ魔術を覚えてもらうってことは私の1部が旦那様の中に入るのと同じ……それが命を救うきっかけにもなれば……! ──たまりませんわ!」
「お、落ち着いてくださいませ! 高揚しすぎると物が壊れます!」
「ふぅ……いけないいけない……王城と同じ感覚で喜んでは尻尾が家具に当たりますね」
竜の尻尾がご機嫌にブルンブルンと揺れていてちょっと危ない。確か筋肉の塊と聞いた記憶がある。表面の鱗は金属並、油断して当たると怪我することもあるらしい。
踏んだりしたら切腹もの。
「落ち着いたところで──訓練の内容は思いついているのでしょうか?」
「大丈夫です! 興味が無い兄様姉様を相手に不憫そうな教官につい質問したのが全ての始まり! 熱心に教えてもらったのが役に立つ時が来ました! 旦那様は私に力の使い方を期待している。ここをバッチリ応えられたら信頼もされるし次だって期待できる! それを続けていけば……!」
「空想に入り込みすぎないでくださいね」
「でも、こういうのは積み重ねが大事なんだって! 恋愛とは関係ないことでも交流を重ねていけば自然と友情や愛情が育まれていくの。そうしてゆくゆくは……かけがえのない強固な絆生まれ──!」
「本の読み過ぎですよ、現実はもっと厳しいんですから。あの人の都合というのもあります、叶って当然なのは作者がそういう風に動かしているからですよ」
不思議なのは カミノテツオ様──彼のどこに惹かれたのということ。失礼ながらもこの入れ込みようはちょっと異常。
特別顔が美しいわけでもない。魔力は持っていない。ちょっと子供っぽいところもある。
確かにライトニアを救った英雄かもしれない、対魔力最強武器の惨劇の斧を使いこなしている人間、国で抱え込めば将来的な利益に繋がる。これが始まりのはずだった。
襲撃者達が現れ、それを完璧に退けたから王様も認めてプリムラ様も惹かれた。というのが今までの流れのはず。
物語の王子様がお姫様を助けるみたいにプリムラ様も助けられたから恋に落ちてしまった。それが3人……プリムラ様ひとりだけじゃないから相当かっこよく助けたということなのかな?
「その為の貴方なんです! 間違いじゃなかったって今日証明されました!」
「ええっ何で!?」
急に私を重要視するようなことを言ってきて思わず素が出てしまった。
でも、この期待感に満ちた確信を持った瞳は何!? 確かに今回は私が紹介したけど、こんなの生まれて初めて……嬉しいけどちょっと怖い、期待を何時か裏切ってしまわないか不安。
「きっと今回のような幸運は貴方がいて手に入れることができたんです! 幸福と不幸は隣り合わせ、ノーパが旦那様と出会っていなかったら別の誰かが講師役になっていたはず!」
「こほん──そうですかねぇ? ライトニアは土地柄的に水属性の使い手は少ないらしいですよ。他のお姫様方も水ではありませんし、必然的にプリムラ様にたどり着いていたのではありませんか?」
「ううん、わかる──きっととんでもない使い手がどこかに隠れてる! それも旦那様のすぐ近くに──」
考えすぎな気がするけど。この表情を否定するのは私の役割じゃない。竜の王族ならではの私では感知できない何かを読み取った可能性もあるのだから。
「まあ、プリムラ様で決定したので済んだことを考えるのはやめましょうよ」
「確かに──なにより大事なのはむしろここから、ふたりよりも有利な状況を取れたんだからここで一気に突き放なさいと!」
素直に応援するにはまだ私は彼のことについて詳しくない。明日の訓練はじっくりと調べるいい機会でもある。
私の役目はアクエリアスの発展。プリムラ様には悪いけれど、彼が不利益な存在になるなら勉学に集中し交際は諦めるようにしなければならない。
くじ引きで決まった私だけど、王様よりもしもの時の釘は刺されてる。
あの時は口から心臓が飛び出るかと思ったなぁ……。
「王家に伝わる魔術の奥義を見せるのもいいかな? 1日で全部見せるのも難しいし……そうだ! それよりも水着! こっちで買ったけど気に入ってもらえるかな」
「1番似合っているのを選びましたから自信を持ってください」
「でも、アクセサリー等でもっと華やかに演出することが──」
「変に凝り過ぎると訓練と思われなくなりますよ?」
「確かに! 初志を崩すところでした! そうだ、お弁当も作らないと! 私に教えてください!」
「ええ!? ……教えることは構わないのですが、王女様がすることではありませんよ? 私が全て用意しますよ」
「手作りというのは強いアピールになります! お飾りだけの王女なんて彼が惹かれるはずもありません!」
「……わかりました喜んでもらえるようなお弁当を作りましょう!」
「お願いします」
学びたい時に学ばされるのが最も成長する。これもプリムラ様の成長に繋がると思った。彼と出会ってから随分と活発的になられた気がする。もっと冷静で穏やかで窓辺で椅子に座って本を読む姿がお似合いの淑女であったのに。
まあ、今のところは自分を磨くことに尽力しているので何も言う事はありません。
しかし、この時の私の決断が大変なことになるとは想像できなかった──
王女なのだから当然なのだけれど、料理のりの字も理解していない方に教えるのはこんなに大変だとは思いもしなかった──
8月19日 太陽の日 9時5分 王都クラウディア中央広場
「それでは行きましょうか」
「今日はよろしく頼む」
翌日──約束通り鉄雄、プリムラ、ノーパの三人はヴィント森林地区行きの馬車に乗って出発する。アンナにも快く了承を得られ憂いが無い──はずだった。
その様子を物陰から恨めしそうに覗き見る二つの影──
「まったく……油断も隙もあったもんじゃないわね……! 1番清楚そうな見た目しておきながら淫らにも誘い込むなんて──」
「で、でもデートって言うより訓練みたいだよ? それにわ、わたし達約束しているから邪魔しちゃダメだよ!」
「わかってるって、ダーリンとデートする時は邪魔をしてはいけないって。足の引っ張り合いはあたしだって望んでないから。最悪ダーリンに呆れられたら落すことなんてできなくなるからね」
その正体はエルダとルチア。条件が合わず訓練の講師として選ばれずただ遠くから見つめることしかできない。
三人の中で取り決められた停戦協定──
互いに鉄雄を誘ったりするのは自由だが、合意を得られた際に妨害行為をしてはならない。
ルチアの言う通り呆れられたらお終い。何より「アンナの夢を叶える手伝いをする」という絶対的使命が最優先される以上鉄雄が三人対してアプローチをかけることはありえない。こちらからチャンスを掴まなければならない。
故に妨害行為は将来的にもチャンスを減らしかねないのだ。
「次の便であたし達も行くよ!」
「ええ!? 言ってることとやろうとしていることは間違ってない!? 自分だけは特別なんてルールで動いてるの!?」
「違うわよ! 湖で水属性の訓練をするってことは水着に着替えるってことじゃない。つ・ま・り、ダーリンの肌が見られるってことじゃない!」
「ええ……正直引くって……王族なんだよね……?」
「な~に言ってるのよ。将来共に歩む相手のこと知りたいと思うのは当然でしょ? どれだけ鍛えているかもわかるし努力しているかどうかもそこでわかるのよ! まあ興味が無いならあたしひとりだけでも見に行くから」
「…………エルダも行く」
ルチアの言葉も一理あると考えるが、覗きはよいことなのか疑問を覚え少し逡巡するが興味が無いと言えば嘘になる。服の下はどのような肉体が隠れているのか? 筋肉の鎧で纏われているのか? 入れ墨はあるのか? 実は尻尾や羽が隠されているんじゃないか?
一石が投じられた瞬間に疑問が次々と理性に沈んでいた欲望が顔を出す。ここで進めばその答えが明らかになる。
「なら決まりね──追いかけるわよ!」
この二人の決断は鉄雄を馬車の中で寒気を感じさせることになった。
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