第4話 必要とされ続けたい
8月18日 月の日 10時15分 マテリア寮
解呪を終えて次の朝、子供達に呪いが再発することはなく穏やかな顔で食堂で食事をしていた。
祝いの酒盛りをしていた奥様方は流石の母親ということもあってかそんな空気は一切残しておらず品のある振る舞いで食事をしていた。
腕が大変な子は人目の少ない夜に診察を受けることになったらしく、数日はここを利用するつもりで。他の方の多くは心配事も消えたということもあって王都の観光をしてから帰るらしい。
という訳で俺もお役御免、本日は月の日、つまりは休日だ。
次のことを色々考えるには丁度良い日ということ。
「ただいま~……あれ?」
「う~ん……やっぱりもっと贅沢にワガママに作った方がいいかなぁ?」
「アンナは何をやってるんだ?」
返事が無いと思ったらアトリエのテーブルで何やら唸っている。
どうやら次作る物について色々と悩んでいるようだ。セクリは使用人としてのお仕事で寮を動き回っているのだろう。部屋にはアンナ一人だけ。
「あっ、おかえり! 今新しいキャリーハウスの図案を考えてるの」
「冥府の霊石で何か作るとか言ってなかったっけ?」
「もう少し素材の声を聴いてから何を作るか決めるつもり。そうそう、せっかくだから! 世界樹の枝を1cmとか5mmの厚みで材木にして。今度は世界樹の枝を利用してキャリーハウスを作るから!」
「すっげぇ簡単に言うけどそこまで細かいの俺やったことないぞ……?」
「テツならできるできる! お願いね」
「……しょうがないなぁ」
世界樹の枝。なんて名前だけど枝という言葉で収めるには非常に大きいのが事実。樹齢何百年という大樹の大きさが枝と同等な太さを誇っている。
それを家を建てるような大きさの木材へと切り分けてようやく寮の倉庫にしまうことができて。けれどそのままだと倉庫への出入りができなくなるから現在は廊下へと置かせてもらっている。
あれから全然減ってない30cm四方の厚さで3m近い長さの木材が10本以上積み上げられて並んでいる。というかまだ一本目も消費しきれていない……端材ですら貴重だから捨てるに捨てられないしそういうのはたまにナーシャがお香の材料に使ってくれているらしいから助かってはいる。
ちょうどいいからこの端材を破魔斧を使って切り分けるとしよう。
しかし……こんな細く切ることなんてできるのか? 消滅の力を普段以上に細く鋭く──いや、刃の先端だけに力を集中させて──無駄な力を入れずに余計な破壊をしないように……純黒の無月──
「やればできるもんだな……」
割りばしサイズの世界樹の枝。こんな細くて小さくても強度は金属並なのだろうか?
少し時間は掛かったけどミニチュアハウスを作るには充分な数が出来上がったと思う。ジェンガみたいに積み重ねていけば大体20cmの立方体分は用意できたから贅沢に使っても余るはずだ。
「アンナ~用意できたぞ」
「ありがと──って結構あるね!?」
「今度は壊されないぐらい頑丈なのを作るつもりなんだろう?」
「頑丈さはもちろんだけど前のってちょっと狭かったじゃない? ソレイユさんのみたいに調合できるスペースはもちろん用意して、料理できる場所もあると便利がいいよね」
「でも、全て叶えると起動させた時に屋敷みたいにデカイのが出てくるんじゃないか? 世界樹の冒険の時は前の大きさがギリギリみたいな感じがしたぞ」
キャリーハウスは空間をいじくって外からの見た目と中の広さは異なっていて、持ち運ぶ時はガチャガチャの景品みたいに小さくして必要になれば大きくする。まさに持ち運べる家なのが特徴であり魅力。さらに二畳に収まる見た目の家でも扉を開けたら二十畳の部屋が迎えてくれる旅路の休憩を豊かに和やかにしてくれる優れもの。
とはいえ、そこまで万能にするには相当の練度が必要になってくるだろうし、応えてくれるだけの素材も必要になってくる。
広さや設備は確かに魅力的だが、場所を選ぶようになってしまったら本末転倒。
「そうなんだよねぇ、家を作る素材はこの枝やゴーレムの土を使えばいいのができそうなんだけど。空間系の素材が足りないんだよね」
「希少素材だな」
空間系の素材となると、空間に干渉する魔道具を調合して作りそれを利用する。もしくは空間干渉系の能力を持つ魔獣を狩猟して素材を手に入れるしかない。
高価だけど異繋ぎ鳥の羽がたびたび店に並ぶことがあるから、それを買うのが一番現実的だろう。何せ空間を司る魔獣は危険度が段違いらしい、この能力を当たり前に武器として使ってくるから騎士でも油断すれば即死してしまう可能性が高いと聞いた。
……そういえば以前作った時の素材ってどうやって工面してたんだ? どこでも倉庫はソレイユさんのお古を譲ってもらったのは知ってるけど……確か丁度その頃ってバザールやってたよな……いや、深く考えるのはやめておこう。
多大な恩恵を授かったのは事実だから。
「まだしばらく悩みそ~テツは今日どうするの?」
「う~ん……久々にこっち戻ってきたし散歩でもしてくる」
「わかった、行ってらっしゃい」
散歩というのは半分嘘。アンナが調合で悩むように俺にも悩みがある。
アンナは冥界から戻ってきたら驚く位凄まじい成長を遂げていた。体調が万全な今、それはより鮮明に伝わってくる。主従契約をしている俺にとっては尚更強く感じられる。
だからこうも思ってしまう……このままじゃ俺はお役御免になってしまうんじゃないか? 硬い物を綺麗に切れたり、解呪できる便利道具に成り下がるんじゃないか?
そんなのになるわけにはいかない!
アンナも修行をしたなら俺も修行だ!
とはいえ……良い案が思いつかない。基礎基本が大事なのはわかるけれど明確な目標が無ければ意味が無い。デカくて立派な城を建てるための土台を完璧にしても完成図が無ければ情けない城を建てて終わりそうだ。
──いや、何かしらあるはずだ。今まで積み重ねて来た技術や経験をガチっとはまるような何かがあれば、戦闘の幅が大きく広げられる可能性はある。
俺はまだ未熟、キャロルさんやレインさん達に鍛えられているとは言ってもこの世界の常識や流儀に関しては赤ちゃんと同等。
特に魔力、さらに言えば属性──アメノミカミとの戦いで俺にもどういうわけか『水』属性の力を有することができてしまった。魔力が無いのに。
ここを伸ばすことができれば成長できるはず。
「水……水……川……海……水かぁ……」
とはいえどうやって……? 困った時のキャロルさん──も悪くないと思うけど、幅を利かそうと思ったら別の視点も重要になってくる。甘え過ぎは思考の停止を意味する。
守破離の「破」の段階に至るべきだと俺自身が察している。
大自然を教科書にするのも良いと思うけど、誰かを師事した方がきっかけを得られそうな気も──
「あの……喉が渇いていらっしゃるならお茶の用意をいたしましょうか?」
「あ、いえ──別に喉が渇いているわけでは……あ──」
「どうかなさいました?」
声を掛けてくれた人は確か……。
「ノーパさん、アクエリアスの」
「はい、そうですが?」
年はアンナ達とそう変わらない少女。くじ引きでプリムラの従者となってしまった経緯があるから覚えていた。
──アクエリアス……そうだ!
「ノーパさん! 大変急なお願いなんですけど水属性の扱い方について教えてくれませんか? 詳しい方を紹介してくれるのでもかまいません!」
「え、え──? き、急になんですか!?」
「すいません。実は──」
水属性の力を手に入れたはいいけど鍛え方がよく分からない。現在師事している人とは違う人から学んでみたい。水の都アクエリアスなら水属性の力を有している人が多そうだから突発的に思いついた。
ということを伝えた。
「なるほど……テツオ様も水の力をお持ちだったのですね。でも、ごめんなさい私の属性は氷なのでお力にはなれそうにありません」
「そうですか……」
「ですが──」
「え?」
「私よりも聡明で水属性の扱いに長けた方を紹介はできます」
「それは!?」
「それはもちろんプリムラ様です!」
自身満々に答える彼女の目に迷いはなく信じるに値した。
「プリムラ様、ただいま戻りました」
「おかえりなさい、今日は早かったですね」
「お客様をお連れしました」
こんな簡単に上がってもいいものかとちょっと悩んだが、ちゃんとした目的もあるし、邪ながら少しばかり他人の──他国のお姫様の部屋に興味があったのも事実。
部屋の形は全く一緒だけど、寒いくらいに冷やされているのがプリムラの部屋の特徴だろう。
その役目を担っているのが氷の樹みたいな見た目の錬金道具で部屋の真ん中で冷気を放って佇んでいた。
部屋の主であるプリムラはソファーで横になりながらラフな格好でまったりした様子で本を読んでおり、竜人である彼女は目立つ尻尾が生えており背もたれに垂れ下がっている。本から顔を覗かせてこちらへ視線を向けてくるとすぐに視線を本に戻す、いつもと違って眼鏡をかけているのが印象的だ。
「お客様? どうせまたルチアかエルダ……え──?」
「おじゃまします」
「だ、旦那様!? ど、どうしてこちらに!? ノーパどうして!? ああ、もう来られるんだったらこんな格好をしていなかったのに!」
本に戻った視線がすぐにこっちに戻ると、飛び起きて凄まじい勢いで慌てだし、ソファーの裏に隠れてしまった。
「実はプリムラ様に相談したいことあるらしいのでお連れいたしました」
「相談」
「ああ、君なら俺の力になってくれると思って──」
「ちょ、ちょっと待ってください! あちらを向いてお待ちください! 少し着替えてきます」
という訳で着替えるのを待ってから再び説明をした。
「──なるほど、水属性の力ですか……確かに私は水と氷の力を高い段階で収めていると自負しています。他ならぬ旦那様のため喜んでお力になりましょう!」
「それじゃあ!」
「もちろんこのプリムラ・ドラリスタが旦那様を鍛えてみせましょう!」
もっと何か要求されるかと思ったけどトントン拍子に決まっていく。なんというか彼女達の良心とか気持ちを利用しているみたいでちょっと気が引けるが、今の俺が成長するには最善なのも事実。
「では早速旦那様がどれくらいの力を扱えるのか浴場に行きましょう」
「浴場? どうしてそこに?」
「水が沢山あって濡れても問題無い場所ですから。あ、もちろん服は着たままで大丈夫ですから!」
流石にその心配はしていなかったが彼女は何故か大きなリアクションで強調していた。
というわけで寮の浴場へ到着。この時間帯は利用者がいない。それに想定外も起きにくい。なぜなら──
「どちらも造りは同じなんですね……」
「本当にこっちでいいのか? 誰も使ってないとはいえ男湯だぞ?」
「見つからなければ平気です。ノーパが入り口で掃除という名目で見張っていますから」
マテリア寮の男性比率は圧倒的に低い。生徒だとジョニーだけじゃなかったか? それと使い魔で男性なのは俺と……アンブレラと……もういないんじゃないか?
「では早速始めましょう。旦那様、お湯に手を触れて自由に動かしてください」
「え……? え~と……」
破魔斧にボトルをセットして腰に収める。準備はできたがお湯を自由に動かせか……破力を水に通して……それから……。
「なるほど、その段階でしたか」
「面目無い……」
何にもできないことを見透かされてしまったようで情けない……。
アンナを守るような明確な目的があればすぐに色々な形が作れそうなのに自由にしろと言われたらどうすればいいのかわからなくなった。
できたけどできない──意識した瞬間にこれってことは今までの俺はかなり不安定な状況でアンナを守っていたということか? 逆にそれでも守れていたのだから最適解を導き出せていたということでもあるのか?
──どっちだ?
「いえ、旦那様の境遇を考えれば当然です。私達が当たり前に教えられてきたことは存在していなかったのですから。属性の力もアメノミカミ戦の後に目覚めたということでしょう。私達との出会い、世界樹へ探検、帰省もあって鍛える暇も無かったと思います」
「詳しいんだな」
「将来の伴侶となる方ですから、色々と調べさせていただきました。情報が手に入れば繋げることなんて簡単ですよ。ただ、もっと早く私が教えることができれば大きく伸びていたと思うと申し訳なく思います」
「どういうことだ?」
「まず旦那様にわかってほしいのは、属性の力を操ることは特別なことでも何でもないということです。右手を使ってカップを掴むのとなんら変わらない、日常的な行動の1つなんです」
その言葉を言われてもピンと来ない。
俺の頭が固いのか? 日常の一つ?
「私は生まれつき水の力を会得していました。小さな頃よりお風呂や川、水溜り、コップの水、あらゆる液体を遊び道具として利用してました。スープを操作しようとしたら流石に怒られたのでそれ以来していませんが」
プリムラがお風呂のお湯に手を触れると、その少し先が盛り上がり噴水し、周囲に散らばらず水のロープが作られて伸びていく。一つの生命体みたいにアーチを描いてお湯に飛び込むと別の場所からまた出てくる。それを何度か繰り返し湯船の表面には不思議な水の道ができあがり、最後は桶の中に飛び込みお湯を溜めていく。
「おお……!」
「こんな風に遊んだりして扱いに慣れていったんです。他の属性でも似たようなことをしていると思いますよ」
なるほど……! 確かに俺は魔術とかに対して特別な意識を持ちすぎていた。いわゆる必殺技みたいな感覚だ。この世界で生まれ育った人達は魔術は当たり前。
その認識は今まで見てきたはずなのに見過ごしていた。アンナが火を付けるのもそうだし、セクリが暗い道を光球で照らすのも腕を動かすのと変わらない感覚でやっていたんだ。
「となると属性の力ってなんなんだ……? 無くても使える人もいるけど、この違いは……」
得ている属性の魔術を大きく引き上げる、使いやすい。この考えは間違ってないとは思うけど足りてないはずだ。
「本能的に理解できる鍵と言えばいいのでしょうか……身体を動かすのに理屈とか仕組みを理解する必要がないみたいにできると思ったことができるようになる。それが属性の力だと思います。この水遊びも力を持たない人だったらそこまでできないはずです」
「なるほど……」
腕が増えるようなものか……俺がさっきできなかったのはできないと思っていたのと単純な経験不足、筋トレをする時だって最初はどこに力を入れたらいいかわからず失敗するけど、理解して筋肉に神経が通ればできるようになる。
「なので、旦那様がお風呂に入るときに自由に遊ぶことを始めるのがいいと思います。毎日出来ますしここならどれだけ濡らしても迷惑にはなりませんから」
「ありがとう! プリムラに聞いて大正解だった!」
「そ、そんな褒めないでください、特別なことは何もしていませんので。この程度誰でも教えてくれますって」
「だとしてもだ! そうとわかれば──!」
一々複雑に考えすぎていたのかもしれない。俺がもし子供の頃こっちの世界で水の力に目覚めていたらどういうことをする?
今みたいになんとなくが頭でふわふわしているだろうけど、無敵感あるできる自信に満ちていたはずだ。
深く考えずお湯に両手を突っ込んで指で引っ掛けるように掴んで、水塊として引っ張り上げる!
「本当にできた!?」
「いいですね、これで桶が無くても水がすくえますよ!」
「はは、なるほどな。本当に頭に無かった……いや、本当にこれは世界が変わった感じだ!」
頭の中に大きな歯車が突然入ってきて今まで学んできたことと噛み合ってきた気さえする。
だからこそある言葉の説得力が増してしまう。
魔力の無い者が魔力の有る者に勝利することは不可能。無い大人が有る子供と戦っても有る子供に勝つのは至難。
単純に魔術という武器や盾を使えるからじゃない。そういう括り方で収まるものじゃなかった、世界の見え方捉え方が根本的に違う。
「では失礼して」
彼女の指が俺の水塊に突き刺さり引っ張られると──
「全部持ってかれた!?」
「こういう水取りゲームもありますよ。破力と魔力でできないかと思いましたが問題ありませんでしたね」
何でも許してしまいそうな屈託の無い笑顔でやられてしまう。
さらに水球へと形を変えて指先で回転させている。
力に慣れればここまで自在に操れるようになるのか……すげえ……!
「……よろしければ明日か明後日、ヴィント森林地区に行きませんか? あそこには大きな湖もありますから実践的な訓練もできますよ」
「いいなそれ! いや、むしろお願いします──プリムラ先生」
「先生!? さ、流石にその呼び方はおやめください」
突然の先生呼びに集中力が乱されたのか形が崩れて床に落ちてしまう。うん、確かに濡れてもいい場所じゃないと訓練できないな。火属性とかだったらもっと注意が必要になるんだろうな。
「すまない。とはいえ油断すると服が濡れるな」
「まあ吸い上げれば問題無いので気にしないでください。ですが湖に行く際は濡れても平気なように水着を用意してくださいね。今日の非じゃない水量で色々やるので」
「わかりました先生」
「け、敬語や先生呼びもダメですからね!」
お姫様のプリムラというよりただ一人の子供のプリムラの顔が見られた気がする。
とにかくこれは成長の大チャンス! 渡りに船! 日程も早いほうが良さそうだから明日お願いすることにした。
訓練とはいえ夏の湖、季節感溢れることをようやくできる気がして心が躍る自分もいる。
水着も確か騎士団の支給品に水中行動用装備としてあったはずだから……いや、ちゃんと確認してデザインが酷かったら服屋に無いか探しに行った方が良さそうだな。
素材が揃っている現状に加えて、キャリーハウスの再調合アンナもしばらくは冒険の予定は入らない。少しばかり自分本位に動いてもバチは当たらないはずだきっと。




