第1話 休もう! 休める? 休めない!?
8月17日 土の日 16時40分 王都クラウディア
夏休み前半戦──中々の冒険だった。
迷宮都市ガーディアスで解呪兼呪いの魔獣と戦ったり、オーガの村へ里帰りでアンナは冥界へ。前の世界では家でのんびりかバイトに行ったりとノート一枚にまとめきれそうな日々だったのに。もはやノート一冊には書き切れない経験で満たされている。
「やぁ~と帰ってこれたぁ!」
「王都直通が無いのが辛かった……」
「でも無かったら今日帰ってこられたか怪しかったよぉ」
オーガの村から近くの村『マウニア』から馬車を乗って、王国南の農業が盛んなトネール地区に到達してからは夏の日差しを受け田園風景を眺めながら歩いて帰寮することになる。
身軽であっても辛いものは辛い。
けれど途中でよった農家直通野菜や酪農品を使った飲食店でライトニアならではのピザやパスタで美味しい思いをしたからこれはこれで良かった。
それと同時に様々な香辛料を使った味付けに戻ってきたんだなと感じられた。
そして、この寮のエントランスの光景、何時も見ていた通り綺麗な──
「おっそ~い!! 何時までも待たせてるのぉ!!」
「うぼぁ!?」
一瞬の隙を突かれて褐色の弾丸がえぐりこむように腹部に直撃してきた──
疲れた体に容赦の無い一撃で倒れそうになるが何とか堪える。過剰なじゃれつきを行ってきた正体はルチア。がっしりと背中に手を回し抱きついている。完全に逃がさないという構えか!
「お勤めご苦労様です。今剥がしますね」
「お、お帰りなさい。です!」
「ぐぬぬ……! もう少し堪能したいけどドラゴンパワー恐るべし──!」
何ともタイミングを計ったかのようにエントランスに隣接している食堂よりルチア、エルダ、プリムラのお姫様方が現れなさる。
落ち着いた様子で淡々とルチアはプリムラの腰を掴んで引っ張る。二人の背丈はほぼ変わらないがルチアはドラゴンの血を引く影響か力は凄まじい、俺も平気で牽引できそうな力で剥ぎ取った。
「それにしても随分とタイミングが良くなかったか?」
「まあ、ずっと食堂で待っていたようなものだしね。ダーリンが帰ってきた時に最初に会うために見張っていたってわけ。あたしだけかと思ってたけど」
「それは何というか申し訳ない……でも待つ必要は特になかったんじゃないか?」
「譲れないモノもあるということです。ですが特に気に病む必要はありませんよ、私達が好きでやっていたことなので。それに待っている間は勉強もしていたので」
なるほど一石二鳥ということだな。
「知らないこと……多いから、色々知れて楽しい……落ち着いて、勉強できるのは初めて」
「教科書なんて立派な教本があるのがすごいわ。読んでて思ったけど数学は国が変わっても計算式とか対して変化ないけど地理はライトニアの方が鮮明ね。でも、歴史には違いというか見解が違うみたいで中々面白かったわ、アクエリアスやハーヴェスティアだと見え方が違うみたいね」
「ライトニア寄り──と言わざるを得ませんね。それよりも基礎錬金学というのも学ぶ必要があるのがマテリアならではですね。才能が無くても知識は得られる、この国を支える錬金術を全員が理解できるというものですね」
う~ん、流石は将来国を背負うお姫様方である。俺が同じ年の頃にそんな考えなんて微塵もわかなかったぞ。
彼女達に尊敬の念を抱いていると、寮の玄関が荒く開いて新たな来訪者がやってきた──
「テツオ! ようやく帰ってきたか!」
「レインさん!?」
この真剣な表情にいつもの穏やかな足取りじゃない。何だか嫌な予感がひしひしと伝わってくる。
「帰ってきて早々悪いが付いて来てもらう。君の解呪を必要としている人達がいる」
「えっ? いや、俺、トネール地区を歩いて帰ってきて……」
「君が帰ってくるのをずっと待っていた人達に対して同じ言葉が言えるのか? 呪われた子が治るかもしれないと今か今かと待っているんだ。今日を見過ごし一生離れ離れにさせる可能性を無視していいのか?」
「行きまーす! ……という訳でアンナ。俺はお仕事に行ってくるどれだけかかるかわからないけど念話で伝えるから」
「うん、わかった。がんばってきてね」
「いってらっしゃい」
「おう、行ってきます!」
お姫様方の悲し気な声を背中に浴びながら、半ば無理矢理レインさんに連れていかれることになる。馬に乗ってパッカパッカと向かう先は病院──かと思っていたけど王都の外壁をくぐり抜けて北のネーヴェ地区に入りそこから北東方面に進んでいく。
宿泊施設や湯屋、食事処を通り抜けて建物が徐々に少なくなり、森林に囲まれた通路を進んでいくと、突如不自然に木々が切り取られ草も生えていない荒野に出た。その中央には高い壁に仕切られた研究施設的な建物が見える。ここが目的地らしく頑強そうな金属の門の隣には看板があって名を『毒物研究所』──
「……あれ? 解呪の為に来たんですよね? 毒とは関係ないような……」
「ここなら隔離施設もあるし解毒薬も大量の種類が保管されている。さらに言えば秘匿性が高い場所でもある。呪いが他者に影響を与える危険性を危惧する必要もあれば、大勢に知られることが弱みとなる。ここに来た人達は後者のリスクを承知した上でここに来ている」
「責任重大というか……どうして俺を頼りに?」
「実績が大きい。以前コメット王を救ったという情報は瞬く間に広がった。君を頼った人達は聖浄協会と呼ばれる回復魔術、解呪魔術の総本山な場所で解呪を受けたらしいが中々良くならないと嘆き、藁にも縋る思いでここに来た」
何だその集団? と思ったけれどすぐにピンと来た、もしかしなくてもアーサーが頼った場所かと。リリーの呪いには手が出せなかったのはわかる、俺だって大変な目にあったぐらいだから。しかし、そこで治療を受け続けることよりも俺を頼る選択をしてしまうぐらい信用ならない連中ということなのか?
「私が案内するのはここまでだ。君がライトニアを離れている間に調査部隊にも大きな変化が起きて忙しくなってきてね、付き添うことができそうにない。ここでの仕事を終えたら隊室に顔出してくれ。ここから先は彼に任せる──」
「彼?」
「君がぁ~カミノテツオかい? 待っていたよ僕はヤクイ──ここの所長をしている」
猫背気味でボサ毛、深々とした皺が顔にある。白衣だけがやたら綺麗なのが余計に目立つ。
「神野鉄雄です。よろしくお願いします」
馬を降りて握手の為に右手を出すと、彼は白い手袋を外して応じてくれる。
その時に見えた手は荒れていたり変色している部分もあり、少し驚いてしまう。なにより、手を合わせた時の肌の感触がゴワついている。
これは本物というべきか、職人的な圧が伝わってくる。毒物の研究というのはここまで影響が出てくるのかと恐ろしさと同時に敬意も湧いてきた。
「さて、付いてきたまえ。君がいない間に聞き取り調査は済ませてある」
研究所の中は非常に綺麗で汚れの無い白い壁、魔光石の灯りでしっかりと満ちている。廊下と部屋の境目近くに観葉植物が置いてある。普段だったら特に気にもしないけど全てが同じで白い葉っぱを茂らせているのがやけに目に付いた。床だったり天井近くだったり世話が大変なんじゃないかと思ってしまう数だ。
それと、こういう施設ならではの毒が漏れ出した時の対策であろう隔壁が所々に設置されている。
「大体何人ぐらい来られたんでしょうか?」
「患者は10人程、全員が10歳前後の子供だ」
「全員が子供……!? 何とも酷い……それと来てしまって早々申し訳ないんですけど、俺が解呪すると呪い返しっていう術者に呪いが返っていく可能性が高いんです。その危険性を──」
「その問題については問題ない。全員が理解して了承を得ている。むしろあの目は望んでいると言えるだろうな」
「知っていたんですか!? いや、でも何時の間に?」
「レイン殿から聞いたとも」
「レインさん……? あ──そういうことか」
ソレイユさんなら全て知っている。二人の間で念話を使って解呪の顛末を報告されたということだろう。
となると……下手したら相当待たせてたってことにならないか? もしかしたら十日以上……いや、流石に考えすぎだな。
「ここから先が隔離病棟だ。現在は呪われた者だけが利用しているから毒の心配はいらないとも」
仰々しい扉を開けると、小さな部屋──二重扉構造になっていた。
この小さな部屋の隅にも白い葉の観葉植物が置いてある。
「それが気になるかい? そいつはホワリトという植物でね試験紙の材料になると同時に環境の変化に機敏に反応して枯れてしまう非常に弱い植物でもある。特に気化した毒が触れた時なんて黒々と染まるのが特徴だよ」
「探知機であり警報装置の役割を持っているという訳ですね」
人が感じ取れた頃には手遅れになる毒が漏れていた場合このホワリトという植物が知らせてくれるということ。ここまで来る途中では全て真っ白だったから毒は漏れていない証明だ。
二重扉を抜けら先が隔離病棟……何というか、空気が凄まじく重くなった気がする……この部屋が並んだ通路の所々にホワリトはある。この白さが安心を生んでもいそうだ。
「手前の部屋から重病者を入室させてある。これがカルテだ聞いた情報をそのまままとめてある」
「受け取ります」
細かく聞き取りしてくれた上に、ここに来てからの情報もまとめてある。おまけにここに来た日付も……最初の人は8月10日に来てくれたようだ……申し訳ないな。
一日千秋な気持ちで待たせていた
「失礼します」
「……まさか──!? あなたがカミノテツオさん!? お待ちしていました! 息子を助けてください!」
焦った様子で近づいてきて俺の腕が掴まれる。
彼女の身なりは整っており王族や貴族を思わせる。言葉からして少年の母親ということだ。
視線を少年に向けると生気のない瞳に表情、左手と首から呪術刻印であろう模様が覗かせている。
「……」
カルテを確認する。
名前はフレイ、十歳の少年。
呪いが発生したのは1年前、最初は左手だけだったが日が経つ毎に少しずつ伸びていった。
焼かれるような痛みが不定期に発生する。炎のような模様の黒い刻印がある部分より痛みが起きる。身体には火傷の跡は出ておらず痛みだけが発生する。
……なんとも性根の腐った呪いだ。
これによって毎日怯えるように過ごして心が壊れてしまったのだろう。
「上着を脱いでもらえますか? しっかりと確認しておきたいので」
「は、はい。わかりました──」
少年は自分で着替える気力も残っていないのか母親に脱がせてもらっていた。
タトゥーのように刻印が広がっている部分は左腕に肩と首下、枝分かれしているが全てが繋がっている。念のため足や右腕も見てみるが刻印は見当たらない。
「あの、息子は治るのでしょうか!?」
「静かに──」
破魔斧にボトルをセットし起動、鞘に納めて背中側に隠す。凶器をこれ見よがしにしていると怖がらせかねないからな。
意識を集中……心を静め、相手の奥へ奥へと入り込むように……現実と心霊の境界を踏み越える。
少年の魔力、そして異物である別の魔力、それは刻印に沿ってへばりついている。強度や密度からして左手に呪いの核を植え付け全身を巡る魔力を糧にして根を伸ばすように肘、肩へと上って行ったのだろう。
ただ、幸いにも魔核には呪いの根は伸びておらず解呪しても影響は無さそうだ。
他の部分に転移している様子も無い。これを刈り取れば呪いは無くなると見てよさそうだ。
「今までよく頑張ったな。もう大丈夫だ──」
「え……?」
リリーと比べれば難度は高くない。これならすぐに終わる。いや、すぐに終わらせなければならない──
この子は心が折れたと思っていたがそうじゃない、本当は強い子だ。
集中して見てわかった、刻印は今も尚この子の魔力に反応して機能している。親に心配をかけまいと焼ける痛みを我慢をしていたんだろう。
少年の周囲を魔力吸収の黒霧で薄く覆い、呪いの繋がりを一度完全に断つ。これで供給されることは無い。
左肩と手の平にそっと触れて破力を通していく。刻印の形に沿って破力の形を整えて漏れがないように細心の注意を払う。
ここを雑に済ませてしまえば核だけを消し去ったところで別の部分より再形成されてもおかしくない。消し切るのが絶対条件。
破力が全てに行き渡った、これで──
「刻印破壊」
…………よし、呪術刻印を消し去ることができた。別の魔力反応も見られない、呪いが再構成されることも無い。
「これで終わりました。念のため数日様子を見て痛みが出て来なければ完了です」
「え?」
「え……?」
「は──?」
この子が驚いている顔をしているのはわかるが何だこの大人達の訝し気な目は!?
「ちょっと待ってください!? 始まってから10分も経っていませんよ? 儀式的な陣や聖水を使ってるわけでもない! 本当に解呪したんですか?」
「お、落ち着いてください解呪は完了しています!」
「どうやってですか!? ただ黒いので包んだだけではありませんか!?」
他人の目にはそう見えているってことか!? しかし説明──呪いを消したって言えばいいのか? いやそれだけじゃ足りない気がする。何て言えば……?
「母さん……」
「どうしたの? やっぱりまだ痛むの!? やっぱりこんなところに来るんじゃなかった──」
「痛くないんだ……いつもだったら今もヒリヒリするような痛みがあったのに、何ともないんだ!」
「え……!? でも、模様は消えてないじゃない!?」
「そこは申し訳ないですけど俺の管轄外です。一生そのままか成長と共に消えていくのか俺にはわかりません。でも、これ以上伸びることは無いはずです。え~と……フレイ君の身体の内側に根付いていた呪いそのものを消滅の魔術を応用して全て消し去ったのです。もちろん肉体に影響は出ないようにです」
結局のところ素直に自分のやったことを口にするしかない。
それと表面の刻印も消したいけどここばっかりはどうしようもない。タトゥーのように刻まれているから消そうとすると皮膚も消しかねないのだから
「そんなことが……!?」
「あぁ……ぼくの腕が戻ってきたんだ……! 痛くない、母さんの手も握れる……!」
「フレイ……うぅ……!」
少年の左手が母の手を握る。
たったそれだけのことでも、呪いがかけられてからはできなかったことなのだろう。感極まって涙を流している。
「こりゃあ驚いた……! ここまであっさりできるなんて……常識が覆るぞ!?」
「先程は申し訳ありませんでした! それとお代を支払わせてください! あなたは命の恩人です!」
「大げさすぎますよ」
「しかし、気持ちが収まりません!」
対価を要求しなければ絶対に退かない態度が伝わってくる。
とはいえ……別に何かを消耗した訳でもないんだよなぁ。ここで「金なんていらねえ!」って言うのも悪くは無いけど、相手は到底受け入れないだろうし逆に不安にさせてしまうかもしれない。
……そうだ!
「100でいいですよ」
「100……ですか? はい、わかりました……すぐには無理ですが必ずお支払いいたします!」
「え──!?」
「え?」
俺おかしなこと言ったのか? 俺がいない間にインフレ? いやデフレ? お金の価値が変わったのか? 何か変なこと言ってる気がする。
いやいや落ち着け。噛み合ってないんだきっと──
「100万キラ、ですよね?」
「ぶっ──!? ゲホッ!? そんな大金貰ったって困りますよ!? 100キラでいいです!」
「ええ!? それっぽっちでよろしいのですか!? 今まで受けたところは1回1万キラ近くが普通でしたよ」
「たっかい!? え、これって本当なんですか!?」
俺は振り返ってヤクイさんに疑問を投げかける。
「大体そうだなぁ……呪いの深度や規模によって価格は変わるが1万は優に超える。だが、それを祓ったところで確実に解呪される訳でもない2万、3万とかかったり規模や器具を変えるように提案されてより高価格も聞いたな」
「え、えげつねえ……!」
人の弱みをこれでもかと突く行為。
しかも話的に成功したら払う訳じゃない。一回の治療でそれだけ消費する。なるほど……藁にも縋りたくなる気持ちがわかってきた。
「で、ですが! 100キラというのはあまりにも少なすぎます、感謝の気持ちを硬貨1枚に収めてしまうなんて到底許されることではありません!」
「……でしたら一つお願いがあります」
「私に叶えられることでしたら何でも!」
「自分は今、ロドニー・クリスティナという人を探しています。貴方の住んでいる国や町にいないか探していただけませんか?」
「人探し……そんなことでよろしいのですか?」
「自分達にとってはとても大事なことなのです。そして、貴方の町に滞在する機会があれば宿の提供をお願いします」
少しばかり欲張ってもいいだろう100キラというよりも俺の狙いはここ──
一石二鳥、この人の町や国で見つかればOK。もしくは捜索の際に拠点として利用させていただく。これは対価だから味方になってくれるはずだ。
「かしこまりました。貴方のお望みなら力になります」
「ありがとうございます。後でロドニーさんの顔写真入りの新聞を渡しますので」
思いつきだけど意外と良い気がする。残り九人に対しても同じ要求を通すことができたら合計十の場所に拠点ができあがるようなものだ。統治区域にしろ非統治区域にしろ足掛かりができるのはこれからの冒険も安全が高まる。
「あの……おじさん、ありがとうございました!」
「おじ……ともかく、治って良かった。これからの人生を楽しんでくれ」
この年の子にとっては俺はおじさんか……まあ、そんなことより本当に元気になったな。痛みが無くなったらこうも表情が明るく生き生きとしてくれるなんて治したかいがあったってもんだ。
「あの! ぼくもおじさんみたいになれるかな? こんな風に困ってる人をすぐに助けられるようになれるかな!?」
「なれるとも。すぐには無理だろうけど自分にできることを一つ一つ達成していけばそれが経験や自信になる。そして基礎基本と勉強を大事にしていけば俺以上に誰かを助けられる人になれる」
「ほんとう? なら、ぼくがんばる!」
「ああ、応援している」
嘘じゃない。
大事なのは誰もが羨むような凄い力を得る事じゃない。自分が磨いた力が確固たる自信になる。基礎基本を徹底的に磨けば揺るがない、応用に発展できる。
こっちに来てから実感しているんだから。
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