表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
392/403

第32話 新たな門出

 8月17日 土の日 10時11分 オーガの村


 オーガの配達便によりその日の午前中に戻ることができた三人は状況が状況だけに少し遅めの朝食兼速めの昼食をいただくことになった。


「おかわり!」


 肉が香辛料と共に焼ける食欲をそそる香りに目を覚ましたアンナはわかりやすくお腹を鳴らし、皆を微笑ませたが、並べられたハンバーグやローストした鶏肉やイノシシ肉がどんどんとお腹の中に納まっていくのを見てその微笑みは固まった。


「よく食べるなぁ……」

「だって冥界いた時、お肉とかぜんっぜん食べられなかったんだよ! ず~~と木の実とか豆とか食べる生活で大変だったんだから。ひっさびさで涙が出てきそう……」


 食肉欲が極まった状態と言えるだろう。身体が必要なものを欲しているのか飽きる気配無く食べ続けている。いや、もはや飲んでいると言っても過言では無い。


「にしてもまさか666倍の時間を過ごしていたなんてな……」


 鉄雄は移動中レクスからどんなことがあったのか聞かされた。

 アンナが様々な技術を得て成長したこと、それは666倍の時間の中であったということ、特別な相手と出会ったこと、破力と魔力の融合、そして──


「そうそう……それでね、村を襲ったデミスレイが冥界にいたの。そいつが冥府の霊石を持っていたから何とか倒して手に入れたんだ。本当に大変だったぁ~」

「何と……!? つまりはアレが襲ってくる心配は無いと言うことか?」

「別のデミスレイが来ることはあるかもね。でも、アンナひとりで倒したってことでしょ? 随分とまあ立派になっちゃって、お父様を越えちゃってるんじゃないの?」

「えへん! って言いたいけどどうだろう? 向こうで鬼獄(きごく)っていう技術は覚えたんだけど──」

「何──? 鬼獄じゃと!? まさかアンナからその言葉が出てくるとは思ってもおらんかった」


 予想外とも言える言葉に心底驚いた様子のオルグにアリカ。  


「それってそんなに凄い技術なんですか?」

「オーガの決戦形態が鬼神化、それを武としか昇華させる技術が鬼獄。暴走する危険性と隣合わせな形態で冷静さを意地し続ける、ビンを壊さずに中で爆発させ続けるような技術故に提案はされても想像上の技術とされていた。まさかアンナが会得するとは……いや、アンナだからこそ可能だったということか」


 そもそも武として昇華させる以前に、単純な超パワーで押すだけで倒せることの方が多い。理性を失う前に倒しきれば問題ないのだから。それ以上の何かを求めることをしなかった。

 癖や生まれついての環境がそれが最善だと示していた。  


「確かロドニーさんが提案したんだよね? 姉さんの鬼神化を見てこの力を効率的に自在に制御できれば敵無し、もっと上手く使えるんじゃないかって思いついて姉さんが色々付き合ってたんだったかなぁ」

「そうじゃったな。ワシ達はあれで完璧だと思っていたからな、疑問なんて湧かんかったわ」


 つまり鬼獄はアリカとロドニーで考えられ完成した技術だということ。

 外の人間の疑問が従来の技術に変化と発展の余地を与え、それに応えた結果生まれた新戦法。

 アンナはそれを聞いて思わず顔を伏せてしまう。


「そう……だったんだ……やっぱり、そうだったんだ」

「どうしたアンナ? 何か思うところでもあったのか?」

「ううん、答え合わせができた気がしたの」


 自分の中で納得できたのか、吹っ切れたような表情で食事を続けた。

 こうして食事をした後は食後の休憩とばかりにのんびりとまさに怠惰を貪っていた。徹夜した影響は大きく、膨れたお腹で少し横になるだけですぐに寝息を立てることになっていた。

 逆にアンナは先に眠っていたおかげか目は少し冴えており、冥界での汚れを落すためか温泉へと向かった。

 完全に村の厚意に甘えだらける結果となった一日であるが、現実を見返さなければならず三人は会議をしなければならないこともわかっていた。


「さてと……色々な被害とか話そっか……」

「暗くなる話題だけどな……」


 実家のリビングにて真剣な面持ちで向き合う三人。

 今回の冒険は全てが問題なしで終わったわけではないのだから。


「1番重要な冥府の霊石を手に入れることはできたけど、キャリーハウスがなくなっちゃったもんね。中に入れておいた家具やら服も砕けたり風に乗ったりで回収不能になっちゃってるし」

「空間を弄って作られた物だから、外から壊されるととんでもない爆ぜ方するんだ。でもまさかそんなことがあってもわたし寝たままなんて……」

「確かに中にあったものが一気に膨れ上がって抑えきれなくなって砕けたようにも見えたな」


 空間系の錬金道具がもたらす被害は常識が通用しない。どこでも倉庫の異空間でも物を通している途中で閉じてしまうとどんなプレス機よりも恐ろしい力で潰され切断される。

 キャリーハウスは爆発で穴の空いた箇所から空間の歪みが発生し中の家具が部屋にいる時のサイズに膨れ上がり壁の強度で抑えきれなくなった結果だろう。


「それと、テツの鞄だけど鞄だけしか戻せなくてごめん。他全部冥界での生活で使っちゃった」

「問題ない、使われないよりも使ってくれた方が嬉しい。その為に残したんだから謝る必要なんて無い」

「そう言ってもらえると助かる。後、セクリの懐中時計だけどちょっと傷ついちゃった。向こうじゃ時間わかる物が無かったからずっと使ってた」


 申し訳なさそうに、セクリの懐中時計を差し出す。


「あぁ~まあ、表面程度なら問題ないって。ボクが使っていくうちに傷だって付くだろうし。それに、役に立ってくれたなら渡した甲斐があったもんだって!」


 冥界では肌身離さず持っていたこともあってか知らず知らずの内に小さな傷が増えていった。

 セクリもこうなることを織り込み済みで渡した。

 大破していなければ問題は無い。とはいえ内心ではちょっとばかし複雑な心情を抱いているのも事実、自分が買ったのに自分よりもアンナの方が長く使っている事実。

 とはいえ自分は大人であることもわかっているから顔には出さないように飲み込んでいる。


「失った物は確かにあるけど、冥府の霊石は手に入った。もう羅針盤の製作は可能なんじゃないか?」

「う~んと……残りは強い磁石だけのはず」


 改めて必要なモノとされるのをまとめよう。

 アンナがロドニーを見つけるのに必要としている錬金道具『ソウルチェイサー』。材料となる素材の質によって範囲と精度が向上する。

 羅針盤の土台となり、耐久力や魔力伝導効率が高い素材が必須となる。それは『世界樹の枝』

 そして、どこにいるのかを指し示す磁針の材料が『冥府の霊石』と『磁石』となる。

 しかし、どこまでも探せる力を得ても『誰』を判別できなければ意味が無い。言葉や記憶では意味が無く、重要なロドニー本人から得た身体の一部が必要であるがそれは『胎毛筆』によってクリアされている。

 危険な冒険をする必要は無いと言えるだろう。


「おお! 本当にもう後一息だな!」

「たかが磁石だけどされど磁石なんだよね。羅針盤が見つけた情報を教えてくれる物になるんだから。単純言うと磁石の性能が探せる範囲になると思っていいよ」


 磁石が範囲、霊石が対象補足に判別精度、世界樹がそれらを支える大黒柱。


「確か雷鳥ドゥーナルの羽を使えば強力なのが作れるって話だったよな」

「うん、寮に戻ったら早速試してみるつもり」

「必要な物は全部揃ったんだね……改めてだけど、長かったような短かったような」 


 何よりコレで材料は揃ったようなもの。残りは錬金術で決まる。


「わたしは半年近い時を過ごしてたけどね」

「まあまあ、こういう時こそ一度冷静にだな。夏休みもまだ二週間ある、少しのんびりするのも悪くないんじゃないか?」

「ずっと動きっぱなしだった気がする。ここでもいいけど寮でのんびりするのがいいかも、みんなの顔も見たいしサリーにおみやげ話もしないといけないし!」


 ロドニーの弟、リドリーの娘が『サリー』。

 錬金術の才能が目覚め今はまだ雛鳥もいいところである。そのきっかけを与えたアンナを敬愛しており、またアンナも血の繋がりがある妹ということで溺愛している。


「……俺としてはあの子達が心配だな」

「まさかあのお姫様方のことを言ってるの!? なんたる贅沢な悩み! 世の男達が聞いたら嫉妬で殺されるよ!」

「そうやって困った顔してるけど、実際に戻ったら相手にされなくて悲しむにわたしは1票!」


 約三週間放っておいたようなもの、自分と交流を深めることと留学の両方を取った姫達が戻ってきたら何をしてくるのか想像ができていない。贅沢で傲慢な悩みと言えるだろうが、鉄雄にとって彼女達は庇護対象の域を出ない。

 好意を寄せられると困惑しか出ないのだ。


「さぁてと寝るか! 明日の朝から帰れば夕方までにはライトニアには着くだろう!」

「逃げた」

「全ては明日判明するねきっと」


 寝室に逃げる鉄雄を切れ目に会議は終わった。

 オーガの村での日々もこれで一段落。


「寝れない……」


 暗くて静かな部屋、眠るのに最適な条件が揃っているがアンナの目は妙に冴えていた。ベッドの上をゴロゴロと転がり体勢を変えても眠る気になれていない。

 何を思ったのか、自分の枕を持って部屋を出て。二人が使っている両親の寝室へと足を運んでいく。


「ふぃ~……昼寝とかだらけてたのに夜になると眠れるなんて贅沢すぎる気がするぜ」

「こういう休みの日もあって良かったと思うよ。色々と想像したり考えたりできる時間も必要だしね。おかげで新しいお料理のレシピも浮かんできたもん──そういえばミサンガ何時の間にか外れてるね?」

「ああ、今日の戦いでな……」

「ぜんぜん取れない~って言ってたのに急だね」

「何というか申し訳ない……貰って十日位で壊してしまったようなもんだしな……」


 眉も垂れ本当に申し訳無い顔で千切れた金色のミサンガを手に持つ。リリアンより解呪のお礼として貰った品、感謝の気持ちで渡された品でただの貰い物と括るには重く、その気持ちを無下にしてしまったのかと思い心苦しさを覚えていた。


 コンコン──

 と、そんな気持ちを切り替えるような来訪者の音、この家にいる人物は限られている。考えるまでも無く誰かはわかった。


「ん? アンナか?」

「うん……えっと、その~今日はそっちで寝て良い?」


 寮でも聞いたことの無い甘える言葉に、二人は疑問を浮かべ互いに向き合う。


「いやぁ~何だか静か過ぎて眠れないというか、寝すぎて眠れないのかわかんないだけど…………ダメ?」


 照れてるような困ったような、そんな表情で初めてのワガママを口にするアンナはどうやら疲れから来る幻想では無いと理解し二人は──


「……ちょっと待ってろ、セクリ合体させるぞ」

「? ──! わかった、そういうことだね」


 心の内のワクワク気分を隠しながら断ることなど微塵も思い浮かばず、願いを叶えるために動いた。アンナがこういうことを言うのはまず無かった、どこか嬉しさがあった。

 両者ベッドから降りてその横に立つ、そしてその間を埋めるために押し二つのベッドを連結させた。


「これなら三人で寝れるしどっちかで揉めることは無いな」

「アンナちゃんはもちろん真ん中ね」

「うん」


 アンナもアンナで断れないか心配していた節もあったが受け入れられてほっと一安心すると、いそいそと真ん中に入り込み枕を置いて横になった。


「落ちることは無いとはおもうけどどうだ?」

「何だか懐かしい気がする……」


 この部屋で眠るのは何時ぶりになるだろうか? 両親がいなくなったことでこの部屋に入る理由も掃除だけ、自分の部屋で寝るようになりこの天井を見ることはなくなっていた。

 何よりも他者の気配に包まれることも久しくなかっただろう。

 鉄雄、アンナ、セクリの並びで川の字の形となりm鉄雄は少しの気恥ずかしさもあってか邪魔にならないように端っこのほうにより、セクリは甘えさせたい欲求ふつふつと沸いてアンナの方に身体を向ける。

 

「そうか」

「小さい頃もこんな風に寝てたんだろうね」

「背もおっきくなったしテツとセクリだし、昔とはぜんぜんちがうんだけどね。昔のこともあんまり覚えてないけどおんなじ気持ちかも……きっと、こんな風に……」


 目を閉じると部屋に入ってきた時に言った言葉はどこへやらと驚くぐらい寝付きが良かった。もう少しお話とかをするものかと身構えていた鉄雄は拍子が抜けてしまっていた。


「え? まさかもう眠ったのか……」

「凄く安心してる顔、冥界だとずっとひとりで眠ってたから寂しくなっちゃったのかも」

「かもな、静かでも誰かがいるってだけでも心が楽になることもある。静寂と沈黙は違うからな」


 一人で口を閉ざせば静寂、二人以上なら沈黙へと変わる。

 部屋の明かりを消しても近くに誰かがいるという安心感が眠りへと誘ったのだろう。 

 そして、ぐっすりと眠るアンナの寝相によってベッドから蹴落とされたのは二人のうちどちらかだったかは闇夜だけが知ることになる。



 そうして訪れるは次の朝。

 三人がオーガの村から離れる日である。世話になった警備隊や食事係、何より村長達に見送られる形で門の前に集まった。


「お世話になりました」

「勉強させていただきました」 


 村での日々、修行させてもらったり色々助けてもらったことを思い出しながら鉄雄とセクリが深々と頭を下げて礼をする。


「またしばらくはお別れか……」

「まあまあ、成長した姿で帰ってくるのを見るのは楽しいって」

「ふん、あの二人の子なんだから当然じゃ──」

「お爺ちゃん……」


 オルグは背を向けて顔を合わせようとしない。

 アンナにとっては拒絶に感じていても、他の村人や鉄雄にとっては顔を合わせられないぐらい寂しくてどうしようもない顔をしているんだと察せられている。

 そんな素直になれないオルグに対して強めの肘打ちをアリカは叩き込む。


「お父様──」

「っ──! 何時でも帰ってこい──疲れた時でも何でもなくても帰ってこいここはお前の帰ってくる場所なんだから」

「はぁ~……もっとちゃんと顔を合わせなきゃ」


 これが精一杯だと渋々納得するしかなかった。


「じゃあ、またしばらくしたら戻ってくるから元気でね」

「あなたもね。もっと美味しいハンバーグ作って待ってるから」


 少しばかりの心残りを感じながら村の門から出る瞬間──


「カゼ、ひくんじゃないぞ──」


 祖父の言葉にアンナは、一瞬呆気にとられた顔を浮かべ振り向きそうになるが。

 それは無粋だと思ったのかすぐに小さく笑いまっすぐ歩き始めた──

本作を読んでいただきありがとうございます!

「続きが気になる」「興味を惹かれた」と思われたら


ブックマークの追加や【★★★★★】の評価

感想等をお送り頂けると非常に喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ