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第30話 夢を見た


 ここは……?

 木の壁、木の床、視界も何だか低い気がする……

 何だか懐かしい気持ちになる。

 お父さんがいてお母さんもいる。お母さんの料理は豪快で量が多くて時々お父さんが作る料理は色々な味がして面白かった。

 お父さんが家で錬金術をしているときはお母さんは外で狩猟に行ったりしていた。

 素材が足りなくなって採取に行くときはわたしがワガママ言うまでもなくいっしょに行くことが多くて、色々教えてくれた。

 魔獣に襲われてもお母さんがすぐに蹴とばして助けてくれた、ケガをしても錬金術の薬ですぐに治してくれた。

 そんな毎日をデミスレイが壊した。

 あの日から全部が崩れたと言ってもいい。

 お母さんが病気になったとき、お父さんがいてくれたらと何度も思った。わたしの錬金術の実力がもっとあれば良かったと思った。

 だから今思えばあれはわたしにとっての復讐だった。

 それを叶えることができた。

 でも、心がすっとするようなことも無かった。デミスレイを目の前にしても心の形が変わってしまうような恨みや憎しみも出てこなかった。

 多分……それは……今、ふたりに──


「……あれ? どうなったんだっけ?」

「起きたか!?」

「レクス? いたた……そうだ、デミスレイ倒して冥府の霊石持ち帰って……」


 ……あの戦いが終わってわたしは何とかここまで帰ってこられた。だけどどうしようもないぐらい疲れててすぐにベッドに倒れたんだ!


「すぐに帰る支度をするんじゃ! もう時間が無い! あの後お主寝込んでおった! 1日以上な!」

「そんなに眠ってたの!? え? じゃあ時間は!?」

「懐中時計も完全に停止した! 現在時刻はわからん!」


 セクリの懐中時計はねじ巻き式、1日ぐらいは巻かなくても時を刻み続けるけど、止まったとなると本当に危ない!

 ここじゃあ時間の経過がわからない!


「急いで出ないと!」

「落ち着くんだ、時計が止まってから経過した時間は約12時間。まだ間に合うはずだ」

「ずっと黙っておったと思ったら数を数えておったのか……」

「あの力使う時はもっと注意しとかないと……」


 いちおう帰りの準備は戦う前に済ませてある。こんなに疲労してなかったら脱出するのを優先するつもりだったから。

 冥府の霊石はちゃんと鞄の中に入ってる。これを持ち帰るのを忘れたら何のために来たのかわかんなくなっちゃう。

 後は……絶対に持ち帰るのは破魔斧レクスと杖と懐中時計、ジャキンニクの種。テツの鞄に入っていた食料やら着替えは全部使っちゃったから空っぽ、後であやまらないと……。

 他にもここを過ごしやすくするために色々作ったけど、次の誰かがいるかわかんないけど残しておく。それと──


「むっ? 霊石の一欠片をどうして置いておくのじゃ」

「いちおうね。次に誰かがここに来た時、道しるべになると思うから」


 アレだけ大変な思いをする必要なんて無いと思う。

 これを手に入れて帰ってもいいと思うし、研究に使うのもいいと思う。わたしも前に来た人の残した物が無かったらこうして生きていられなかった。

 だから、わたしも残しておく。

 まあ、きっとここに来ないことの方が正解だと思うけど。


「よし! 行こう!」


 帰り道は覚えてる、迷う心配もない。

 だからあっという間に冥界とあの白い空間を繋ぐ門の前に到着した。前に見たときと変わらない歪んで波打って先が見えない扉がある。

 ここまで来たらもう現世に戻ったと言ってもいい。

 見送りに来てくれたふたりに向き合って、最後に…………最後のお別れをちゃんとする。


「──ナナシノさん、バードマスクさん。本当にありがとうございました」

「気にするな。私も伝えるべきことを伝えられて本当に良かった」


 本当に、本当にお世話になった。

 丁寧に基礎的な技術にマテリアじゃ習わなかった古代錬金術、それに生体素材の作り方も教えてもらった。わたしじゃ学ぶ機会を見つけられそうになかった色々なことを教えてくれた。

 それもとっても丁寧に根気よく。


「……」


 バードマスクさんにもすごくお世話になった。

 オーガの力の引き出し方もそうだけど、襲ってくるゴーストから守ってくれた。常にいっしょにいてくれた気もするし感謝してもしたりないぐらい。

 でも、最後の最後でも何も言ってくれないのはちょっと寂しい。

 これでお別れ……伝えたいこともあるけど、伝えたらいけないことでもある。

 だからこれでいいんだ。


「ここを通れば…………あれ? ふぬぬぬ──! ……伸びて通れない!?」

「どういうことじゃ?」

「こっちが聞きたいぐらいだって!?」


 どれだけ強く押してもゴムの壁みたいに伸びはするけど押し返される。ずらしたり掴んだりもできない、どうしたって通れないし開けない!


「時間切れ……? いや、だとしてもここを通れないのはおかしい! 現世と冥界を繋ぐ門はあの空間に存在しておる! ここではないのだ! あの詐欺師また何かしおったか!?」

「流石に言い掛かりがすぎますよ」

「出おったなっ!!」


 ずっとわたしを見ているのか知らないけど毎回ちょうどいいタイミングで出てくるねこの人!?


「そんな顔をしないでください。私達は何もしていません、一度通すと決めた相手に対し一方通行なのはフェアではありませんから。ちなみに答えは簡単ですよ、心の問題です。アンナさん、あなたは現世から冥界に向かう時明確な目的意識があった。ここまで言えばもうおわかりですね? 行きも帰りも同じ条件。そう、同じなのです」

「まさかお主……」

「これ以上あなたを喋らせるのはつまらなくなりそうだ」


 指がパチンとなるとレクスが破魔斧の中に吸い込まれるように消えていく。そんなこともできるのと驚きたかったけど、ロスの言葉が深く胸の奥に突き刺さる。

 わたしが現世に帰りたくないから、この門を潜れないと言っている。

 違うと言い切れないわたしがいるのをわたしが1番知っている。


「何を迷う必要があるんだ……? アンナはここにいる人間ではないだろう?」


 ずっと……ずっと考えていたことがある。

 これが最後、最後になる。次は無いかもしれない。

 ふたりの正体について──それがわたしの迷いの原因。

 デミスレイが姿を現した時。わたしの中である答えもでてきた。

 お父さんは無事かもしれない。とお父さんもいっしょに死んじゃったんじゃないかって答え。でも、デミスレイだけがここにいるならお父さんは無事。

 そう思い込まないといけない気がした。 

 初めて闘技場に来た時、どういうわけか私達を狙っていた。

 その答えがもしも復讐だとしたら? 姿が無い原因があの時が影響していたなら? お父さんが帰ってこなかった理由……


「あなたの正体はもしかして──!」


 わたしは聞きたかった。

 血の気が引いて頭の中が真っ白になりそうでも、心臓の高鳴りで倒れそうでも、間違ってるとわかっていても。言葉にしたかった。

 けれど聞いてしまえばこれまでの冒険や勉強が全て無意味になる。

 それがわかっているから口が渇いて声がでなくなる。

 この頭の出た答えは間違ってると信じたい、でも、それ以外思いつかない。その可能性しかありえない。

 そうで無いと願っても、それ以外ありえなかった。

 ここまで親切にしてくれる理由がなかった。

 わたしに錬金術を教えてくれる死者なんて限られている。

 もっと頭が悪ければ良かった。

 こんな風に心が苦しくなることなんてなかった。

 こんなところに来るんじゃなかった──


「──もう君は、正しい答えを知っている」

「え?」

「例え私が誰であったとしても君が進むべき道は君が決めるべきだ。私はただの通過点、ゴールではない。それに、共に歩んでくれる者が君にはいるだろう?」


 ……そうだけど、そうだけど! テツもセクリも友達もいる! でも、この迷いはどうしても断ち切れない。


「もっと大きく、立派に成長することを望んでいる。そして、偉大な錬金術士になってほしい」

「それに……! あなたも、あなたは……! あなたは……」


 深く考えてしまったらそれ以外に答えが無い。だから無意識的に考えないようにしていた。

 同じ種族、時々見せてくれるあったか~い視線。テツみたいに無条件で守ってくれる理由。そうだったなら全部に納得がいく。

 レクスはきっと知っていた。そうじゃないとわたしを守る大事な役目を任せられるわけがない。でも、何にも言わなかった。違う、言えなかったんだと思う。

 それはきっと、口にしたらダメなことだから。

 言葉には魂が宿る。嫌な予感がずっと胸の中で渦巻いてる、呪い──それに近い何かが起きる気がして口にできなかった。


「……」


 でも、ここにはあの日の全部が詰まってる。

 わたしが錬金術をして、教えてもらって見守ってもらって、村で続けたかった日々があった。

 やり直せる。やり直せる。

 そう思ったら、帰りたくなくなってた。

 だから、この言葉を口にしたら確定する。そんな呪いを心のどこかで望んでいた。

 わたしの夢を欲張ったらここで叶うから。


「……お──むっ!?」

 

 でも、口元に指先が突きつけられる。すり抜けるけど確かに押さえつけられた。そんな感覚があった。


「……」


 どうしてそんなに悲しそうな目をしているの?

 いっしょにいたらダメなの?

 

「……」


 指先がわたしのサイドテールに触れている。思わずそれに手が伸びると──


(アンナ、無事に帰って来い!)

(アンナちゃん、お腹空かせてないかな?)


 念話(テレパシー)が聞こえてきた。それも凄く大量の!

 もしかして……わたしがここに来ている間中ずっとテレパシーしてるってこと? 666倍の時間の差があってもそんなの関係ないぐらい連続して届いてくる。今まで溜まっていたのが聞こえているってこと!?

 この扉の前にいるから通じるようになったのかな?

 ──ああ、そうか……そういうことなんだね。


「……」


 沢山話したもんね、ふたりのこと。どうでもいいこととかこういう料理が好きだとか嫌いだとか、冒険の話もしたし、寮での生活も、色々話したね。

 もう、だいじょうぶだって思ってくれていたんだ。

 ずっとここにいたら、ふたりのことを裏切っちゃう。もしかしたら門が閉じてもずっとあの廃屋敷の前で待ってくれるかもしれない。


「……行ってきます」


 わたしはふたりの主だから、わたしがいなくなったらふたりが寂しがっちゃう。

 ──だから行かないと。

 門に手を伸ばすとふたりの手がわたしの手を引っ張ってくれるみたいに門へ吸い寄せられて、ゴムみたいに伸びることはなかった。


「カゼひかないようにね──」

「えっ?」


 潜り抜けた瞬間に最後の声が聞こえた。

 ──振り返ったらダメだ。

 わたしの進むべき道はちゃんと決めてる。ここで振り返るようならおしりを叩かれるだけですまなくなっちゃうもん。



 8月16日 風の日 4時50分 廃屋敷前


「ヤバイヤバイヤバイ!! 空が白くなってきた!? どうするどうする? 血でもぶっかけたら延長したりしないか!?」

「そんな猟奇的なことしたって意味無いって!? 日に当たらなければどうにかなるんじゃないかな?」

「とにかくカーテンか!? ってこん中に無かった!?」

「廃屋敷が借りるのも……いやボロボロすぎて使い物にならないのしかなかった」

「こんな時に破魔斧さえあれば黒霧使って多少は防げたのかもしれないのに! こういう時この身体が憎らしい!」

「ただいま~」

「そうだ! キャリーハウスを1度たたんで日陰を作る位置に移動させれば時間を稼げるかも」

「ナイスだセクリ! それならサイズもあるし位置によっては結構時間を稼げるはずだ! 太陽が昇る方向はあっち──なら!」

「じゃあ早速試すよ!」

「位置的には屋敷の屋上に展開すればいいってことだ! 屋敷自体も壁になってくれてるから高さを稼げば影は伸びる!」

「何だか大変なことになってる?」

「もう時間ギリギリだもん! アンナちゃんが戻ってきてない────」

「いい感じの場所がわかった! 先に上に上がるから──どうしたセクリ?」

「あ、あ……か、帰って来てるよ!」

「なにぃっ!? うおっ! 本当だ!? アンナがそこにいる!?」

「ただいま」

「お、おかえり……」

「おかえり? って何時の間に戻って来てたんだ!? 全然気付けなかったぞ……でもまあ、無事に戻って来てくれて良かった」


 正真正銘のアンナだ……! たった9時間程度でもすごい長い時間離れていたような気分だ。いや、何というか毎日眠っている時間は会ってないのにこの差は何なんだろうな?

 というか……アンナの髪が乱雑になってる? 背も微妙に伸びてる?


「うぅ~ん……! ずっと太陽が無い所にいたからちょっと眩しいかも? そうそう、冥府の霊石とってこれたよ!」

「おお! 本当か?」


 アンナの顔を見たら霊石については完全にどっか行ってた。この為に冥界に行っていたのにやっぱり無事に戻って来てくれた安心感が段違いだな。

 アンナが鞄を開くと大きな結晶と中くらいのと細かいのと砕けた透明感のある結晶が詰まっていた。


「不思議な輝きをしてるね……」

「でしょ? 手に入れるのすっごく大変だったんだよ……本当に……色々……あって……あれ……?」

「アンナちゃん?」

「船漕いでるぞ?」

「おかしいな……さっきまで寝てたのに……ごめん……寝る……?」


 前のめりに倒れ込んでセクリの胸元に倒れ込んだ。


「完全に眠ってるよ……」

「夜勤明けか何かかな? そうだ、レクスに聞けば色々な情報を教えてくれるはずだ。俺達も気を貼り過ぎていたし休んだ方がいい」

「ふぅ……そうだね。あ、見て冥界への扉が消えかかってる」

「おお……どうやら日光を受けるのが扉が消える条件で間違いなさそうだな」


 廃屋敷が壁になっているといっても隙間やら何やらで光線が庭へと伸びていく。明るさに溶けいていくように宙に浮いていた紫色の門はどんどんと薄くなっていく。

 ふとした眩しさに目を瞑ってしまい、次の瞬間には──


「完全に消えてる……」

「思った以上にギリギリだったね。間に合ってくれてほんと~に良かったぁ……!」


 強く抱きしめている。

 俺だって同じ気持ちだけど、そういうことを進んでできないのが悲しいところだ。


「さてと、何か安心した俺も眠くなってきた……」

「ふぁ……ボクも、まずはアンナちゃんを寝かせてボク達も交代で休もうか」

「だな……」


 アンナの装備している破魔斧を取り外す。

 どっちが先に休むかはじゃんけんになりそうだ。こんな見晴らしの良い場所で魔獣の気配がしない環境だけど警戒はしとかないと。疲れてる状態なら尚更だ。

 セクリがアンナを背負うと何だか訝し気な顔をして確認している。


「アンナちゃん重くなった?」

「何というか成長しているような気さえ──」


 ドォン──!

 と腹に響く轟音が突然襲い掛かると同時に、俺達は地に転がり、目の前にあったキャリーハウスが宙に舞った。

 そして、バラバラに砕けて中にあった家具やら色々な物が吹き飛んでいく。


「は──?」

「え──?」


 何が起きたのかわからなかった。

 急な爆撃が起きたということだけ。アンナが作ったキャリーハウスが壊されたという事実を受け入れる前にこの想像してない攻撃。冥界からじゃあない、魔獣はいない。

 これを起こした存在、最悪の想像。答え合わせのように砂埃が舞う中、視界の遥か先に何者かの集団がこちらに向かっているのが見えた。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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