第21話 冥界の課題
「まさか農作業だけで1日費やすことになるなんて……」
時間の流れが速い気がする。666倍速なのは確かだけど、寮にいた頃はもっと自由に時間が使えた。食料の確保、調理、お湯を沸かすか水浴び、洗濯。今はやることてんこ盛り。
わかってたけど今までセクリがやってくれたことを全部自分ですることになってるのが大きい。
レクスやナナシノさんにはできないからわたしがやるしかない。ゴースト関係はやってくれるから助かってるけど。
こうなったら錬金術で暮らしを楽にする道具を作らないと!
「あの! 錬金釜ってどうやって作ればいいんですか?」
「基本的には鍋を作るのとそう変わらない。だが、金属製ともなると順序を立てる必要がある、まずは土の釜を作るために釜を作る必要がある。土の釜を使い錬金術を行い合金を作る。それを溶かすための溶鉱炉も必要だ。そもそも燃料も大量に必要となる。釜の鋳型も作らなければならない」
「わたしひとりで全部やらなきゃいけない!? どれだけ時間有っても間に合う気しないって!?」
「そうだ。やらなければ君はここで錬金術を行えない。スカルドラゴンを倒すとなれば相応の錬金道具も必要になる釜の品質が成功に直結する」
本当の意味で1から。0の状況から1を作る……昔の錬金術士ってこんなことをやってたってことなんだ……本当にすごい。
そういう積み重ねをわたし達は利用しているってことなんだ。
「流石にそこまでやるのは早計ではないか?」
「レクス?」
「聞こう」
横からレクスが意見を差し込んできてなんだか少し空気が重くなった気がする。ケンカ……とは違う感じだけど。
「確かにあ奴を倒すには相当な力が必要になるじゃろう。だが、錬金術ではどうあがいたって無理な気がしてならん。この土地に強力な武具や道具を作れるほどの素材があると思うか?」
「それは……確かに」
「学ばせるのは構わんし調合できた方が生存率は高まるじゃろう。しかし、奴の肋骨をぶち折る武器は既に存在しておる。それの扱い方を会得した方が現実的であろう」
「そんな武器がここにあるというのかい?」
「……あっ! もしかしなくても破魔斧で!?」
「無論」
資料にも書いてあったけど冥界で集められる素材の種類は少ない。破魔斧以上の武器を作ることは不可能だと思う。
でも、テツ位の使い手にならないと肋骨をぶち折るイメージはできそうにない……。
「凡人かつ愚鈍な男がお主が認めるまでに至ったのは約四ヶ月。120日以下じゃ。戦いの基礎ができておるお主が持てばそれより短い期間で扱えるようになるはず。日の出までの時間を日数にすれば約250日。できぬ方がおかしい」
「でもそれは魔力が無い人だから扱える武器! わたしが使ったって──」
「確かに長時間の運用は不可能じゃろう。だが、虚を会得しているお主なら一撃程度問題なかろう? 一撃で奴を屠れば全て解決する」
「ふむ……確かに難易度の高い調合を行う場合錬金釜の強度も重要になってくる。しかし、決め手自体が決まっているならそれを補う道具を作る程度に収まる。強力な爆弾をと思ったがそちらの方が時間的猶予も多そうだ」
話がまとまっていく。となるとやっぱり──
「わたしが破魔斧を使うことで決定なの……?」
「技術も力も備えも全て足りてないお主にとって、使いこなさぬば決して届かぬ相手じゃ。加えて使いこなしたところで確実に勝てる訳でもない」
とんでもないことになってきた……わたしがレクスを使う?
わたしは知ってる、テツがあれだけ使いこなせるようになるまでどれだけ訓練してきたか、手なんてすごいボロボロになってた、わたしには見られないようにしていたけど服の下にはアザとか沢山作ってた。肉体的にも精神的にも散々叩き上げて使いこなせるようになった。
そして、死の淵に立つことになってあの力を得た。わたしの力がもっとあればあの力を手にすることがなかったかもしれないんだから複雑な気持ちになる。
「焦る必要はない。彼女の言う通り200日近い時間はあるんだ。ここでの生活全てを糧にして鍛え上げれば届かない理由はない」
「ふぅ……やるしかないよね! わたしが1番テツを見ていたんだから1番のお手本を知っているんだからできないわけがない!」
でないと、送ってくれたふたりに申し訳ない。
ひとつひとつを落ち着いて達成していこう。まずは土鍋ならぬ土錬金釜を作ることは決まってるから材料や燃料を集めるのはぜったい。
この家屋も粘土やレンガを組み合わせてできているから作れないはずはない。
次に破魔斧レクスを使えるように修行をする。
これの目標としてはテツの得意技『純黒の無月』を使えるようにすること。あの骨が世界樹の枝位の硬さなら破壊できる。でも、そのためには魔力ではなく破力を理解することが必要。今のわたしには感知できていない力。先は長そう……。
とにかく採取だ! 量が必要なのは変わらないからとにかく動かないと! 採取道具も鞄もある。やるぞ!
そんな訳でアンナが素材集めを初めて約一週間、採取や就寝の度にゴースト共の襲撃が当たり前にあったがわらわが隣にいるかぎり心配はない。
余程極上の餌と見えるのか勝てぬとわかっていても攻めてくる姿に憐憫の情が湧いてくる。
様々な進捗はと言うと、窯の製作も少しずつ進んではいるが錬金釜を作るとなるとどうしてもサイズと強度が必要になる。レンガを作る為の小さい窯を作り、焼きながら採取を続ける。出来上がったのを組んで大きな窯を作る。
錬金術を行うにはまだまだ相当時間がかかるだろう。
それに食事の問題。リンゴとクルミで他の野菜達が育つのを凌ぐ日々。野菜達も現世とは時間の流れ方が違うのか成長速度が大分速い。クラマメは大分成長しており何時実を付けてもおかしくはない。肉を採れぬのが厳しい。魔獣の一匹でもおればそれを糧とできるのじゃが見渡したところでまるで見つからん。腹は満ちても心が持つか怪しいところじゃな。毎日セクリの飯を食ってれば余計に蝕まれるのも早かろう。
贅沢は敵と言うことじゃな。
目に映らん箇所を探索したり雑魚共に恐怖を植え付けに行きたいところじゃが、離れてしまえば命の危機となる。ゴーストなだけあってどこに潜んでおるのかわかりずらいったらありゃしない。
結界とやらに守られとるといっても月日が経ち劣化しておる。雑魚共が群れをなして攻めてくれば容易く壊されるのが想像できる。
せめて後一人、後一人おればわらわが雑魚共をどうにかできるというのに。それもテツオのように無条件でアンナを守ってくれるようなお人好しがおれば。
ナナシノでは役に立たん。あのなりに見合った戦闘能力の無さ。ふぅ~む、テツオが死ねばこっちに来るか? いや、あ奴が死んだところでこの冥界には来れんだろうな。功績からして天国一直線の可能性が高い。
「むっ……」
性懲りも無く少女が寝静まったタイミングで攻めてくるとは……有象無象共に見合った性格の悪さじゃな。
正面切って堂々と歩いてくるのは認めてやるが、それで勝てるかは別問題。むしろこやつは囮の可能性すらある。一応周囲の気配を探ってみるが……おらんな。息を潜めとるか?
「悪いがお引取り願おうか。少女の寝顔は外道にとって上等すぎるだろうからの」
「……」
なんじゃこやつ一丁前に角付きな鳥の仮面なんぞ着けおって……顔を隠したところで──
いや、こやつ有象無象共のように芯の無い存在ではない。武の心得がある、わかりやすい隙なんてない。何より生前鍛え上げられた肉体が感じられる。
「少しは面白くなりそうじゃな……!」
だがこうなると少し問題があるの。意識を集中せねばやられる可能性も出てくる、この隙に雑魚共が狙う──いや、脆弱な結界を信じて暴れるとするか! 闘争こそわらわが生き甲斐!
一手──踏み込んで縦振り! やはり、雑魚共と違って普通に回避するか! 返しに鳥仮面の拳が放たれるが軽く後ろに跳んで回避! 戦闘スタイルは徒手空拳と言ったところか。しかし、見た目の割りに力が凄まじいの。空を切る威力、直撃すればこの身も砕けてしまう。カウンターに気をつけて……──
二手──生成した手斧を投擲し、さらに生成! 時間差同時攻撃!
随分と落ち着いておるが、この攻撃は避けられまいて! 防げば別の箇所、避ければその先に刃を叩き込む! 最初の斧が奴に迫る、不動を貫くなら防御か。弾きか障壁がどちらにせよ──
「なっ?」
持ち手を片手で掴んで止めた!? 回転する斧を止められたというのか!? つまり見えとったのか? 止められた時点で攻め込むのは控えた、あのまま踏み込めば斧を消す前にわらわに叩きつけられる未来が想像できる、防御と攻撃を一緒に行われるとは思いもせんかったな。
となればどうするか。
「中々の実力をお持ちのようだが、それでも少女の命を求めるか? 越えてはならんラインを超えるぞ」
わらわも遊び心を捨てねばならぬ。アンナを喰われればわらわもここに閉じ込められる。雑魚狩りで終える程わらわの理想は甘くない。
「…………」
むっ? 鳥仮面から戦意が消えていくのを感じる。わらわの圧に屈したか?
奴が己の面に手をかけ、素顔を晒すと──
「…………? っ──!?」
その顔を見て一瞬何を伝えたいのかわからなかったがすぐに繋がった。ここまで驚くのはテツオに破魔斧を使い物にならなくさせられた以来じゃ。
「何故ここにおる? 相応しくないじゃろう!?」
「…………」
そう、こやつがここにおるのはおかしい! ここに来るのは何も成せなかった有象無象のみ。こやつは残せた側のはずだ。その証拠を知っておる!
そんなわらわの言葉と疑問を理解したのか、それ以上は聞かないでほしいみたいな困った笑顔を浮かべてこちらを見てくる。
わらわには詳しいことは知る由も無いが、ここに来るということはそれだけのリスクを受け入れていること他ならない。
だからこそ言葉にせずともやりたいことが伝わってくる。そして、それは誰よりも適任であることも。わらわが詳しく査定する必要も無い。
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