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第18話 死者の国でわたしは1人じゃない

 何だかとっても情けない姿を見せてしまったけどひとりじゃないことがわかったら落ち着いてきた。多分わたしはみんなといることに慣れきってしまったんだと思う。

 ひとりきりだったと勘違いしていた時間はもっと長かったはずなのに、ひとりじゃないことが当たり前と思ってるんだ。


「全く……お主が破魔斧をちゃんと持っていたから良かったものを。あやつらがおらんと幼子とそうかわらんでないか」


 腕に力の塊みたいなのが押し当てられると身体の中に溶けるように入っていって、全部入り切ると少しずつ動くようになってきた。少し違和感があるけど動かすのに問題はないみたい。


「めんぼくない……そういえばテツが女装したのとは面影ないぐらいぜんぜん違うね」

「当たり前じゃ! あれと同一視されとったら流石のわらわも心が折れるわ!」


 そう言われると確かにそう。大人の男の人の身体でこんな少女を再現する方が難しい。

 身長はわたしより少し小さいぐらい、雪みたいに白い肌、腰まで長い黒い髪、それと何というか透明感がある。

 テツが前にレクスと入れ替わって本気の女装してたけど、成長したからってあんな風にはならないかな? やっぱり目が違う。色も緑だから違うというより穏やかさがぜんぜん足りてない目をしてる。


「にしてもこれが死後の世界か……天国や地獄は聞いたことがあるがそれらとは到底結びつかんような質素な世界じゃ。おどろおどろしい雰囲気も無い、ただただ空虚、あの番人のような存在が大勢闊歩しておるわけでもないしの」

「巨大な洞窟の中って言った方がまだ理解できるよね。でも、あの半透明の人って何なんだろう……?」

「テツオ的に言うならゴースト。幽霊と呼ばれる存在じゃろうな。現世で未練を残した死人が魂だけの存在となって未練を果たそうと動き回っとるのを言うらしい。ここの場合は当てはまらんじゃろう」

「ゴースト……そうかゴースト! 魔獣図鑑でしか見たことなかったから忘れてた!」


 死体の集まる場所でも滅多に見られない珍しい存在。確か亡くなった人達の怨念が土地の魔力と交わってマナモンスターみたいに出現するんだった。

 でもここは死後の世界だから前提条件そのものが違うから、亡くなった人の情報そのまま存在しているんだと思う。

 でもさっきのゴーストはどうしてわたしを攻撃してきたんだろう? あの時の言葉と行動がどうしても気になる。追い払うというより食べようとしていた。


「ゴーストだとするならあそこの町もどうやって作られた? わらわがこの世界の岩や木に触れられんように奴らにも無理のはず。文明を築けるはずがない」

「じゃあレクスは破魔斧(レクス)を持つことができないの?」


 興味がわいたから霊魂(レクス)破魔斧(レクス)を差し出してみる。


「──むっ……やはり触れることもできんな。わらわの住処ということもあって吸われる心配はないようだがな」

「やっぱりそうなんだ……」

「だが、あやつ程度の実力なら何人来たところでわらわの敵ではないがな! 大船に乗ったつもりで頼りにすると良かろう!」


 自信満々に胸を張るレクスを先頭に10分ぐらい警戒しながら歩いていくと、町の入り口まで到着した。こうして近くで見ると余計に不思議だ、敵対生物もいないのに高い外壁に囲まれているのはどうしてなんだろう?

 ここに来るまで誰にも出会わなかった。道中ひょっとしたらと思って観察したけど鳥や馬、さらには虫でさえ全く会うことがなかった。生物がいないのはわかるけど動物や魔獣の霊もいなかった。


「ここにくれば色々情報が得られるとは思ったがそう甘くはないようじゃな。アンナ構えろ」

「どういう……っ!?」


 門から繋がる大通り、さっきまで流れるように動いていたゴースト達が動きを止めて大量の無機質な瞳が突き刺すようにこっちを見ている……! 

 まさかさっきみたいに──


「アアアアアア!!」

「襲ってきた!?」

「はっ! 剣を先に抜いたのは貴様らじゃ! だとすればどんな目にあっても自業自得ということを理解しておるんじゃろうなっ!!」


 この予想は外れて欲しかったのに! 両手の荷物を置いて身軽になる。攻撃しても意味が無いなら回避に専念しかない!

 こっちに来るのでさえ音が響いてこない。この静かさが余計に怖い!

 でもレクスは全くそんなこと思っていないのか、破魔斧に似た形の斧を作りだしてバッサバッサと切り裂いていく。容赦なさすぎてこっちはこっちで怖い!


「ちっ! こやつら自体大したことないが数が多い! 随時雑魚補充が厄介じゃな! アンナは攻撃できんのに対してこやつらは一方的にできる。防戦はわらわの趣味に合わんのじゃが!」

「普通の武器じゃダメなら……レクスなら!」


  魔力の放出を抑える(そら)の状態なら少しは長く使えるはず! 予想通り身体の内側から力が抜き取られるような感覚は薄い。これなら降り抜ける!


「やあっ!!」

「アッ……アア──!?」


 近づいてきたゴーストに力任せに当てると、手応えが全くないのはさっきと同じだけど当てた部分から揺らぎみたいなのが見える。この反応といい、もしかして効いてる?


「どうやら魔力が構成に一役買っておるようじゃの! 近づいてくるやつらに対し適当に振り回せば時間稼ぎにもなる! わらわも攻めやすくなるわ!」

「でも殺すってことに繋がるんじゃ!?」

「甘いこと抜かすな! どうせこやつらは既に死人! 甘い顔見せればお主が一方的に餌になるだけじゃ! 剣を抜いたのはこやつらが先! となれば手出しする気がなくなるまで痛めつけねば付け上がる一方じゃ! 喧嘩は完売するまで買って在庫不足だと文句言えば勝ちになるのじゃ!!」

「そんな修羅な道歩きたくないよ! でも──わたしだって食べられたくない!」


 やらなくちゃやられる。魔獣との戦いに似ているけど姿が人間だとこんなにも戦い難くなるなんて……! そんなわたしの悩みとは関係なしにレクスはさっきよりも大暴れしてる。わたしを無理して守らなくていいと判断された時点で流れが変わったみたい。

 わたしに意識を向ければ後ろからレクスが斬ってくる。単純にレクスが強いから普通に戦っても負けない。思い切ってわたしに突っ込んできても普通に見切れるぐらいに遅い。


「こやつらを切り裂いても骸になるわけでもないし、なんというか復活しとる気がするのぉ……」

「そうなの!?」

「バラバラにした身体を再構築している感じじゃな。だが破魔斧で斬られた個体は再構築にとまどっとる。とはいえキリが無いのは事実。日頃暴れることのできん鬱憤を晴らすのもいいが、雑魚相手ではどうにも歯応えがなくて困る。欠伸してしまいそうじゃ」


 奥を見ると順番待ちみたいにゴースト達が固まってる。いっぺんに攻めて来ないのはレクスが強すぎるからそれに恐れて? それとも疲労待ち?

 このまま下がり続けながら戦っても最悪壁まで追い込まれることになりそう……先に安全地帯みたいなのを探せばよかったのかな? でも存在しない可能性の方が高いと思うし……。


「こっちだ──!」

「えっ?」

「私について来い、安全な場所まで案内する」

「何じゃあやつは? 怪しすぎる……」


 声がしたのは町の反対側、岩や森が広がっている方──いた! じっくり見れないけど透明感あるあいまいな姿はゴースト。

 味方? 信用していい? でも、この状況のままだとどうしようもない。だったら──


「レクス、逃げるよ! あの人についてく!」

「信用できるのか?」

「それはわからない! でも、町から離れた方がいいのは事実だって! いざとなったらレクスがどうにかしてくれるでしょ?」

「もう少し暴れたかったんじゃがしょうがない。次はこうはいかんぞ! 次はすりつぶすまで切り刻んでやるから首を洗って待っておれ! 貴様らから始まった戦ということを忘れるな! 絶対に逃がさんからな!」


 怖いよ……適当に言ってる訳じゃなくて体勢立て直したらすぐに反撃しに行きそう。

 とにかくゴーストの後を追って逃げながら後ろから追って来ないか確認していると、さっきまでのしつこさは何処へ行ったのかぜんぜん追いかけてこない。

 道の真ん中に置きっぱなしにしてしまった持ちきれなかった荷物。盗まれないとは思うけど未練がでてきてつい戻りそうになっちゃう。

 そんなこんなで到着したのは小高い丘にある家屋。近くには小さな泉に畑? みたいな土地もある。この人の家なのかな?


「ここまで来れば大丈夫だろう。奴らは基本的に町を出ない。それにここは悪意あるゴースト達が近寄れない結界が張られてある」

「あなたはいったい誰?」

「画力の無いテツオですら綺麗にかけそうなぐらい適当な姿じゃの。スライムの死人か?」

「レクス! 失礼すぎるって! ……どうして他の人みたいに人の姿をしていないの?」


 でも、確かに本当にそう。顔も服もないし曲線だけで書いた子供の落書きみたいなシンプルな人間、ううんゴースト。

 同じゴーストなのにどうして助けてくれたんだろう?


「ここでは名前など意味を持たない。それにこの姿は自分で自分の姿を忘れてしまったからだろう……強いショックを受けたか長い年月が経ち過ぎたか……」

「用は死の間際に記憶喪失にでもなったということかの? 随分と間抜けな死に様じゃ」


 相手のことをまるで気にしない言葉にちょっと頭が痛くなりそうになる。テツならこんなこと言わないのに……。


「ああ、自分でもそう思う。だが、染み付いた知恵、知識、技術というのは忘れていないらしい」

「どういうこと?」

「私は生前、錬金術士だった──」

「錬金術士!? その姿で? ──って今は関係ないんだった」

「はん! どうせ嘘じゃろうて。言うだけならタダ、霊魂になった存在に錬金術を行うことなど不可能証明手段が無い。言ったもん勝ちじゃ」


 確かにレクスの言うことはもっともだと思う。


「でも、どうしていきなりそんな自分語りをしたの? わたしを助けたことと関係してる?」


 嘘だとしても今この場で言ったところで何にもならない。お金が手に入る訳でもないし、わたしを騙して襲おうとしてもレクスがすぐにやっつけてしまえる。


「そうだな……これは私の我儘だ。死者でも何かを残したいし伝えたい。いや、死者になったからこそそういう欲求が強まったと言ってもいいだろう。私が君を鍛えよう」

「っ!?」

「騙されるなよアンナ。そうやってわかりやすい餌を釣りにして魂を喰らうつもりじゃ」

「……ねえ、どうして鍛えるなんて言葉が出たの? わたしが錬金術士だってここに来てからひとことも言ってない」

「……確かにそうじゃ! それにこやつの姿は片角と言えオーガ! 筋肉自慢種族共相手に錬金術士を連想させることなど不可能じゃ! なぜ知っておる!」

「レクス……」


 破魔斧で切ったら失礼な言葉を言わなくなるかな……。

 それは置いといて、このゴースト怪しい……わたしのことを知ってる? いや、わたしというよりもしかして今着ているマテリアの制服を知っている? 錬金術士だったら知っててもおかしくない? う~ん……答えがでない。


「それに関しては私の観察眼が鋭いと言っていいだろう。まあ、信じるかどうかは考えて決めるのがいい。だが、亡者連中に襲われ若い命が消えるのは心苦しい。この世界について知っている限りは教えておこう。それにこの場所についても知っていることは教えてよう」

「そう! この場所って何? あそこの町から離れてるしここから良く見える。それに結界元からあったの?」


 小屋の中は数人が寝泊まりできる部屋で本棚にはしっかりと本が詰まってるし、植物の種や古びた防具や武器……ううん、それらを改造して作ったような農具が置いてある。


「何時できたかはわからないが、この家の形式は街にあるのとは根本的に違う。後から建てられた、畑と言い果樹と言い、君のような生者がこの冥界で生き残るために建てた家だ」

「……そうだ! 昔ここに入った人達だ! 60年近く生き抜いたって言うのは事実なんだからそういう拠点があってもおかしくない! ここにある本は……やっぱり日記だ!」


 日記であり活動記録、この冥界で見たことをまとめてある。

 それにこっちは農業記録、生き抜くためにこの世界で育つ植物も完成させたみたい……完成っていうより植物側が適応した感じに書かれてる。


「こう見ると冥界とはいったい何なのじゃ? 死者の国だと言うのにアンナのような生きた人間もおられる。植物だって生えとるし水だって湧いとる、生物が生まれとるではないか?」

「確かに……わたしは侵入者みたいなものだから例外だと思うけど、この記録を見る限りこの世界で新たな命が生まれたのは事実だよ」


 適応とはつまりそういうこと。

 この世界でも生物は生活できるように進化できる。冥界は死者の国だけど死者に()()国じゃない。現世と同じように食物連鎖とか色々な流れがあるのかもしれない。


「おそらくは異界とは言っても現世の誰も到達できないような地下深くの空間を借りて弄ったと考えられる。完全に別世界に位置するなら同じ世界の死者達を引き寄せるのにも苦労するはず。なら、同じ世界のどこかに造り上げた方が効率的だ」

「ふむ、妥当じゃな」

「それとここは冥界と呼ばれているが、全ての死者がここに集められているわけではない。善人や悪人にもなれなかった何も成すことのできなかった存在していても世界に全く影響を与えなかった者達が死ぬと送られる場所だ」

「どうやって知ったのじゃそういう情報を?」

「予想とか想像じゃない感じがする」

「ロスと呼ばれる仮面を着けた番人が丁寧に教えてくれたよ。善人は天国へ悪人は地獄へ、ここにいる者達はただ保管されているだけ、裁きを後回しにされているだけだともね」


 それを聞かされたゴースト達はどんな思いをしたんだろう?

 まるで自分の人生に点数を付けられるみたいだ……あの時のテツを何だか思い出しちゃう。


「この世界は大して広くない、巨大な洞窟の中にいると言ってもいい、果てという形で壁や天井に阻まれどこかに行くことはできない。君達が通ってきた門を除けばね」

「だったらあの門を通って現界に行こうとは思わんのか? 有象無象共しかおらんのだとしてもアレだけ大量にゴースト共がおるなら根性出す奴が現れてもおかしくなかろう?」

「門番に邪魔されるのさ、一度目は警告、二度目は消滅という形でね。でも君の言う通りこの監獄のような冥界からゴースト達が正当な脱出する手段はあるんだ」

「正当な方法で? どういうこと?」

「脱出という名の裁きの優先権だ。君が襲われた理由もそこに繋がる。その答えを君達にも見せたい。だから町へ来て欲しい」

「わらわ達を売るつもりか──?」


 声も態度も鋭い。

 何時でも斧を生成して首をはねる気満々だ……!

 名無しのゴーストさんは表情がまるでわからないから余裕なんか怯えているのかぜんぜんわかんない。


「落ち着いて、装備さえ整えればさっきよりも身軽になれるからすぐ逃げられるって」

「ゴースト達が集まらない場所から侵入する。この情報は自分の目で確認しておいたほういい」

「目が無い奴が何を言うておるのやら」

「レクス……」


 とにかくここは信じることにしてみよう。レクスの警戒も大事だけど、見るべきものがあるなら見ておくべきだと思うから。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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