第17話 冥界の絶対ルール
「どうしてふたりを追い出したの!?」
ふたりは元の世界に帰されただけ。変なことは起きてないはず。契約の力は曖昧だけどまだ生きてる。
「行きたいと心から願っているのが貴方だけだったからですよ。何時でも撤退することを考えていた、そんな方々は相応しくありません」
うう……それを言われると返せる言葉が思いつかない。さんざん危ないとか注意しろとか言ってたしわたしが行こうと言わなかったらぜったいに行くことはないと思うから。
「さて、いかがなさいますか? あちらの扉を進めば死者の国、冥界へ向かうことができます。逆にあちらの扉を進めば現世へ戻ることができます。無論どちらを選んでもかまいません」
「もちろん行くよ!」
懐中時計をちらりと見る。今は8時ちょっと前、夜明けまでは残り9時間ぐらいかな? わたし1人で探索しきれるか不安はあるけど、こんなチャンスは何度もやってこないはず。
ふたりのことも心配だけどここは前に進まないと!
「良い返事です。では、貴方達は正当にこの試練を突破した。なので幾つか大切なことを教えておきましょう。とても大事な事ですのでお忘れ無きよう」
お面越しでもすごい圧を感じる。本当に大事なことを言うのが伝わってくる。
「な、何?」
「それは時間の流れです。冥界は現世と異なり666倍の速さで時間が流れております。つまり、現世で1時間経過した場合、冥界では666時間経過しています。逆に言えば冥界で1時間経っても、現世では5秒程度しか時間が経っていないのです」
「え? ──えっ!? ろっぴゃくろくじゅうろくばい!? それじゃあこっちで1日経っていても鉄雄達は……」
「約2分と10秒程度しか認識していないですね」
「そんなに!? えっ、じゃあちょっと待って、この門が閉じる条件を教えて!」
「おや、聡い御方だお気づきになられましたか。想像していると思いますが夜明けです、太陽の光が差し込んでくると門は不安定となり閉じられます」
「門の条件は外の世界、現世の時の流れに従ってるってことだよね?」
「その通りです」
じゃあつまり9時間しかないと思っていたけど。実際は9×666で……5994時間近くは探索ができるってこと!?
日数にすると……249日と18時間──!? わたしがマテリアに来てからの時間よりも長い!
「嘘じゃあないんでしょ……?」
「正当な勝利者には正当な報酬を。ゲームマスターとしてこれを破れば己が矜持を失うことになります。ただ、信じるか信じないかは貴方次第。退くも進むも貴方次第。私は強制致しません。勝者の選択を尊重するのみです」
顔は見えなくても嘘じゃないと思う。
アーサーさんが言っていた話を思い出したしその理由と合うから。
「次の満月に戻ってきた人は老人になっていた」つまり日の出までに帰ることができなかったら帰る門が消えて、強制的に1ヶ月冥界で生活することになる30日の666倍……19980日、年数にすると……55年と180日──誰だってお爺ちゃんやお婆ちゃんになる。
疲労や心労じゃない、単純に年を重ねた結果だったんだ。
「信じる。だからわたしを冥界に案内して」
「ふふふ、思った通りとんだお嬢さんだ。しかし、案内と言っても門を潜るだけあの門には鍵はかかっておりません誰でも何時でも通り抜けることができたのですよ」
「え~と……それってもしかして試練なんてする必要はなかった?」
「さあ、どうでしょう?」
きっとテツが勝ってくれなかったらこの話は聞けなかったと思う。地図も噂も何にもない世界、焦って急いで探索してたら取り返しのつかないことになっていたかも。
逆に言えば……以前捜索した人達はこの試練を無視したってことだと思う。大勢で入って似たような試練を受けるとしても意見はバラバラになると思うし、そもそも受けないと思う。
わたし達は3人だったしテツが凄いこだわりを見せてくれたから受けることになったけど。
「そうだ! 大事なことわすれてた! 冥界から戻る門ってどうなってるの? 消えたりしない?」
「ああ、ご心配はご無用です。生者であるかぎり冥界とこの空間の出入りは何時でも可能ですので。私が許可した者に限りますが」
「わかった、ありがとう!」
これで聞きたいことはないかな? ううん、きっとこういうのって後から思いついてくるんだと思う。今は自分の目で見て情報を集めないといけない。
テツとセクリが残してくれた荷物を持つ。食料や調査用の錬金道具が入った鞄、投擲武器や包丁、医療器具が入った鞄、中でもテツが偶然だけど置いていってくれた破魔斧レクスは大きな力になってくれるかもしれない。
この力は特別、今ある武器の中で1番強い。だけどわたしには本当の意味で力を引き出すことはできない。持ったり振るったりはできるけれど持っているだけでわたしの魔力が吸われるから長時間は無理。
テツみたいに腰に装着……やっぱりサイズが違うや、細く締めたら──うん、ちょうどいい。いちおうこうして鞘に収まっていると吸われることはないみたい。
ふたりの荷物もあわせると持てないことはないけど前にも抱えるしかさばって大変。
門をくぐると同時に落下とかないよね? 足元ぜんぜん見えないからちょっと怖い。
「──最後に一つ質問させてもらってもよろしいですか?」
「何?」
「もしも試練の問題が逆だったら貴方は答えられましたか?」
「とーぜんでしょ? 見てないようでわたしもテツのこと見てるんだから」
「──なるほど、ありがとうございました」
ご丁寧すぎる挨拶を最後にわたしは真っ黒な門をくぐる。
緊張とか警戒もあったけど、これ自体に危ない感じは全くしなかった。それに本当にあっさりするぐらいアトリエとわたしの部屋を行き来するぐらい簡単に通り抜けることができた。
「ここが冥界……?」
外、寂しい山道みたいに土や岩が剥き出しで風や動物の音がぜんぜん聞こえてこない。今の時間は夜……でいいんだよね? どれにしても月や太陽の光は感じられない。でも、ほのかに明るい。月の光みたいなほのかな光が常に届いているみたいで暗くて前が見えないってことはない。
肌に触れる空気が何だかひんやりしている。それに何だか重苦しい。長い時間換気をしていない部屋みたいに淀んでいる感じだ。
殺風景だけどいちおう木々も生えていたりする。それを利用する生物はやっぱりいないみたいだけど。
この寂しくて静かな場所をひとりで進まないといけない。そう考えると思わず帰りたくなりそうになる。
振り向いてみると「何時帰ってもいいよ」って言ってるみたいに門がある。腕も通る。本当に自由に行けるんだ……わたしが通り抜けたからって門が消えたりすることはなくて安心した。
でも、歪んで波打っているからさっきまでの場所はぜんぜん見ることはできない。
「あれ? この扉……」
この扉は大きな壁に張り付いているようにできている。その壁は本当に大きくて首を真上にしないと見えないぐらい高い天井まで続いているし左右どちらも果てが無く……ううん、ちょっと曲がってる? 王都の壁やガーディアスみたいに筒状になってるのかな?
死後の世界とは言うけど世界の割には狭いと思う。これじゃあ死後の国。
それを裏付けるように奥のほうには建物も沢山見えてくる。亡くなった人達が住んでいるってことなのかな? ……もしかしたら──ううん、変な期待はしちゃダメだ、逆にこういうところにいるのを見たら悲しくなるもん。
とりあえずまずはあの町みたいなところにむかってみよう。『冥府の霊石』の情報があるかもしれない。でこぼこした道を進んで行くと、急に道の脇から半透明の何かが飛び出してきた──!
「マッタカイアッタ……セイジャ……セイジャノイノチヲクラエバ……」
「何……この生物? 魔獣? でも人の姿?」
人の姿をしているけど半透明、言葉もわかるけど足の先が無い? 浮いている!?
「近づかないで!」
こんな相手初めて見る!
荷物をほおって杖を構える。人? かどうかわからないけど何にもしないでやられるなんて嫌。テツもセクリもいないけど相手はひとり。よくわからない相手だけど大型でもないし武器もないし筋肉があるわけでもない、テツとそう変わらない大きさ、負けるわけがない。
ゆっくりと隙だらけな動きでうめき声をあげながら近づいてくる、いくらでも叩いてもいいよみたいな雑な距離の詰め方。こんな動きを師匠の前でしたら空中にふきとばされるって!
「アアアアアアア……」
「はぁっ! ──え?」
フレイルの横薙ぎひと振り、全くの手ごたえがないっ──避けられた!? 確実に当たってるはずなのにすり抜けた?
距離を詰められる──! 返しのひと振りでふきとば──また避けられ、違う! 本当にすり抜けてる! 効いてないんだ!
この時、ロスが言っていた言葉が頭に過ぎった「住む世界が違う」だから攻撃が通じない。現世と冥界、じゃあ向こうの攻撃もわたしには通じない?
そう思ったら力が抜けてしまった。でも、それは油断だった。隣にテツがいれば庇ってくれたぐらいの情けない失敗。
半透明の腕が右腕を緩い動きで殴ってくる、貫通していく様子に何がなんだかわかんなかったけど痛みはない──でも、腕の感覚が薄くなった。
「いったいなにが……?」
「コノトキヲマッテイタ……コノチカラデヤツニイドメバ!」
相手の手には魔力みたいな力の塊が乗っている。状況的にもしかしなくてもわたしの腕?
それを口元に運ぼうとして──
「返してっ!」
今度は突きを当てる。誰が見ても完全に貫いている。でも、感触もないし通じてない──! 攻撃に意味がないとしてもあれがわたしの身体から奪われた何かだとするならわたしが触れたら戻せるはず!
食べられる前に取り返さないと──! 食べられたらよくないことが起きる気がする!
「──うわっ!?」
手を伸ばして取り替えそうとしたけど衝撃破でふきとばされる。今度は魔術!?
してこないと思っていた。弱そうな動きで知性も無さそうだったから油断してた。
この距離……もうダメだ──!
「まったく、おぬしは一人では何にもできんのか?」
黒い閃光が駆け抜けて、いきなり半透明の人を蹴り飛ばし、こぼれたわたしの力を拾い上げて取り返してくれてた。
目の前に突然現れたのは真っ黒な髪の誰か。
初めて見るのに、この喋り方や声って──
「バカナ!? セイジャガワレラニタイコウデキルスベナド……!?」
「残念じゃったのぉ~わらわともなる特別な存在ともなれば貴様程度の稚拙な計りでは理解できぬのも当然! 最強かつ最恐! わらわこそレクス! 雑魚は雑魚らしく這いつくばって消え失せよ!」
やっぱりレクス! どうしてここに? というかその姿は?
わたしが混乱している間にレクスは追撃の蹴りをかまして相手の身体をバラバラにする。どうしてそうなるのか理解ができなかったけど、血が出るわけでもないしバラバラの身体は宙に浮かんでる。
「アリ……エヌ……!?」
最後には塵みたいになって消えていった。
「はぁ~はっはっは!! こうして直に叩きのめせるのは気持ち良いのお! それが正義の旗本に行われるのだからたまらん!」
「レクスでいいんだよね? でもどうしてここに?」
「ふぅ~む、それについてはわからん。と、言いたいところじゃが予想は付く。この世界が冥界と呼ばれる世界だからじゃろうな。わらわは生者というより霊魂寄り、こちらの世界の方が馴染み、こうして姿を現せるということだろう。それよりもお主の腕の心配をせんか、戻してやるからこっちに来い」
確かにレクスは破魔斧に封じられている霊魂、テツの身体に同居したりしてなかったりでテツが危なくなったりすると交代して戦ってくれる不思議な存在だからこういうこともできてしまうのかもしれない。
何だかレクスのそんな様子を見せられて不安もどっかに言ってしまって。
「うっ……うぅ~……」
心で押さえていた色々な何かが溢れてきた。わたしのことなのにわたしじゃどうしようもできない何かが沢山。
「何故泣く!?」
「……だってぇ~、こんな薄暗くて妙なところでひとりぼっちなんて怖いもん~変なのにいきなり襲われるし~! どこに逃げればいいのかもわかんないもん!」
「はぁ~……こういうのはわらわの役目ではないんだがな……わらわがお主を守らねばこの世界に閉じ込められる羽目になるだろうし、テツオにもどやされる。最強で最恐のわらわが味方になってやるから安心せい」
レクスの手がわたしの頭に触れて……ない──! 正確にはわたしの頭と手が重なってる。不思議な感覚だし、慣れてないレクスの手付きにわたしよりも照れくさそうな顔。
そんな様子になんだかおかしくなって笑ってしまった。




