第16話 決断と別れ
「それでどっちが偽物なの? 情けないけどボク全然わかってないよ」
「これが最後だからちゃんと言おうと思う。最初の違和感はアンナ達のツインシュートだ」
「ついんしゅーと? あっ、テツを蹴ったやつね」「やっておいてだけど綺麗に決まった気がする」
「ああ、俺が綺麗に回転するぐらい完璧に揃った蹴りだった。そう、ありえないぐらい本当に完璧だった」
「偽者が完璧にアンナちゃんの運動能力を模倣しているからじゃないの?」
「だったら尚更おかしくなる。アンナ達は右足と左足で俺の両太ももを蹴り抜いた。もしも完璧にアンナの能力をコピーしていたらどちらかに不備が起きてあそこまで綺麗に回転しなかったはずだ」
「「??? どういうこと?」」
ダブルアンナが「?」を浮かべているのがわかる。多分アンナにはこの概念自体ちゃんとわかってなかったのかもしれない。だから、演技をするなんて発想もなかった、自分にとって動きやすい動きを自然に行っただけだ。
「人には利き足が存在している。どっちかの足を軸にして蹴る動きをするだけでも動かしやすさが違ってくる」
「本当? …………本当だ! なんか違う!」
「そんなわけ…………あった!」
両名片足づつ振って確認している。偽者も自然体で試していて驚いている。思った通りアンナだから演技なんてしていない。
「じゃあ利き足が左か右、どっちかが偽者かわかってるってことだね! さっすがテツオ! ボクもアンナちゃんのことは見ていたつもりだったけどそこまでは知らなかったよ!」
「いや、足じゃわからなかった。アンナの蹴る姿は記憶に全然なかった。というか利き足を判別するのは相当難しいと思うぞ」
「ええ!? じゃあどうしてわかったなんて……あっ、まさか──利き足が逆ってことは」
セクリはピンと来て、俺が偽者だと判断したアンナに視線を向ける。やっぱりセクリもそっちはわかっていてくれた。
「利き腕も逆の可能性があるってことだ。実際そうだったからな」
「「ききうで?」」
今度は片腕ずつ振ったりしているけど、ピンと来ていない様子だ。筆とかがここにあればすぐに理解できるだろうけど。その必要は無い。
アンナの日常をよく見ていたから知っている。勉強している時も、食事をする時も些細な事でもちゃんと記憶に残っている。
だからアンナの利き腕は──
「アンナは意識してなかったかもしれないけど、アンナは物書きをするときに左手を使っている大技を出す時も左が多い。だから俺の知っているアンナの利き腕は左。利き足共に左のアンナが本物ってことだ」
「「ええっ!?」」
「さっきテツオが缶詰を投げた時、片手で受け取ったよね? 右手と左手で別々。そして投げ返す時も持ち帰ることもしないで右手と左手のままだったよ」
時間も腹ごしらえもブラフ。缶詰を渡す動作を自然にするための嘘。まあ、偽物自体が本物の利き腕足を理解していなかったんだから普通に投げても良かったと思うが。無用な念のためだった。
二人のアンナは互いに向き合って腕と足を見比べていた。
「まさかそんな違いがあったなんて……!」
「つまりわたしが偽物ってことなんだ……」
何というか自白みたいなこともしているけどここまで答えを出していれば反則では無いらしい、後は簡単、このアンナに対して偽物だと突きつければお終い。そう、お終いだ。これはゲームでショー。目の前のアンナはそのために作られた偽物。
「……キミが──」
ただ、口が乾いて言葉にしきれない。
全部納得している、明確な違いも見つけられた。この先の言葉は完璧に正当。口にしていい。
でも、それ以外が本当に俺の良く知る尊敬しているアンナ。そう、アンナだから無様に命乞いなんてしない。アンナだからこの結果は受け入れてしまう。自分が消えるとわかっていても偽物だと理解しているから。
「どうしたの? もう決まってるんでしょ? なのにどうしてそんなに辛そうな顔をしているの?」
もっと偽物らしくあがいてほしい。もっと迷い無く切り捨てられるぐらい情けないアンナでいてほしい。境界が曖昧になってくる。
頭も心もこのアンナは偽物だってわかっている。限りなく本物に近い偽物のアンナだってわかっている! 作り物だってわかってる! だから、気持ちよく消せるような偽物らしくしてくれ……!
どうして受け入れられるんだ。そんなにまっすぐ見つめてくるんだ……。
「みんなが甘い男だって言うのがこういう立場になって初めてよくわかるよ。敵だってわかってるのに命を奪うのが怖いって思ってるんだ」
「テツオ……ボクは何も言わないから。きっとこれはテツオがするべきことだと思う」
「助かる──」
これは俺が望んで始めた戦いで第二ラウンドも俺が望んだ。
逃げちゃダメだ。
姿形、記憶も性格も本物と同じ。ただ利き腕足が違うだけ。偶然が起きなきゃ気付くことはできなかった。
ブレるな、本物は決まっている。そのアンナを俺は一番大事にしなければならない仕えるべき存在なんだ。
例え消えていったアンナ達の表情が今まで見たこと無い、させてはいけない表情だったとしても、記憶し飲み込まなければならない。
この表情をさせてしまえば間違った道に進んでいる証明になる。最後まで従者として傍にいるなら、忘れてはいけない楔となってくれる。
「キミが……偽物のアンナだ──」
「うん。まさかここまで愛されてるとは思ってなかったけどなぁ──」
笑顔のまま煙となって消えていく。この時、俺の手がどうして伸びたのかわからなかった。
でもこの気持ちを考えるのは後だ。とにかく終わった、大きく深呼吸してアンナを見る。
残ったのは最初から最後まで普通のアンナただ一人。裏がありそうでまるでない。ある意味おちょくられたといってもいいだろう。
「ふぅ……テツならだいじょうぶだと思ってたけど、精巧すぎてちょっと不安になっちゃってた。わたしが本物だってわかってはいたけどそっくりなわたしが沢山いて、わたしが本物だって証明するのってわたしじゃなくて他の誰かなんだなって思っちゃった」
この短い時間でそんなことまで理解してしまったか……。
俺も偽物騒ぎであらぬ疑いをかけられたから気持ちはよくわかる。あの時は俺のことを知ってくれている人がいたから大事に至らなかったけど、一人きりだったら自分の名前が使えなくなっていた可能性もあった。
「安心しろ、俺がいる限り本当のアンナは目の前にいるアンナだって証明し続けてみせるから」
「……なんだかそんなにじっと見られると照れくさいんだけど」
不安そうな顔も消えていってくれている。期待に応えられたか、俺がちゃんとアンナのことを見ているのを知ってもらえたか、とにかくちゃんと見極められたようでよかった。
独りよがりな第二ラウンドだったけど、俺の中に新たな熱が入った気がする。
「う~ん……お見事! 徹頭徹尾正規の方法でやりぬいたのはあなたが初めてですよ。これには完敗の意を示さざるを得ません」
「じゃあ冥界に行ってもいいってことね!」
アンナはわかるけどロスもなんというか満足そうな声を出している。通したら上司に怒られるから気落ちするとかないんだろうか?
まあ相手のことなんて気にする余裕は俺達には無い。気合を入れ直して夜明けまでに冥府の霊石を手に入れてさっさと離脱。
「ええ、ですが。入場者はただ一人だけとなります──」
「何!?」
「ええっ!?」
聞き捨てならない言葉に抗議を挙げようとしたが。
言葉が出る前にロスが指を鳴らした瞬間──異様な力によって全身が引っ張られ少しずつ入ってきた紫の門に近づいていく。風で吸い寄せられているとは違う重力とかそんなのを操っているかのような環境そのものを変化させられた状況だ。
ただアンナだけなんともない。
つまりはアンナだけが入場者に選ばれたということ──!
「テツ! セクリ!? うそっ──近づけない!?」
「何だこれ!?」
「これ抗えないっ!? アンナちゃんこれを──!!」
見えない壁で断絶されたかのようにアンナは俺達に近づけない。
とうとう足の踏ん張りも利かなくなってきて手で空をかいても全身することが叶わない。もはや、この力をどうこうするよりも何ができるか。いや、何を残せるかに変更しないといけない。
だが幸いにも手持ちの道具は何も残っていない、鞄も置きっぱなし。この状況はある意味助かったと言える。
最後にセクリが懐中時計を放り投げるのを見届けると──次の瞬間には満月の光で満ちる冥界の門の前に放り出されて尻餅を着いていた。
「やられたっ!?」
「まさかボク達だけ放り出されるなんて!」
言葉通り俺とセクリだけが外に放り出された。迷うまでも無く再突入を試みるが──
「──くそっ!! やっぱり入れなくなってる!」
「ボクもダメだ! これじゃあアンナちゃん1人だけで攻めることになっちゃうよ!」
壁のような感覚もなく立体映像のようにただすり抜けるだけ。何度やっても効果は無い。
それに、セクリの言う通りアンナが孤立状態。助けに行けない、状況も分からない、位置情報も伝わってこない。
ないこと尽くしで主従契約してからここまで不明瞭なのは初めてだ!
「1月に1回しか入れない制限があるのかな? それよりも残り時間が……あれ?」
「アンナが退いてくれるのを祈るばかりだけど、アンナがこの希少な機会を逃す訳がない。次は一ヵ月後、しかも来月通れるかも不明なんだ。どうするべきだ……? 考えろ……!」
「……ねえテツオ、ボク達大分あの中で時間経っていたはずだよね?」
「確か一時間経つか経たないかだったな。日の出までアンナに残された時間も9時間ぐらいになる」
時間切れが一番怖い。三人まとめて時間切れならまだ寂しくないだろうけどアンナ唯一人残して時間切れは耐え切れない。
次の満月までアンナに会えないなんて考えられない!
「そっちも大事だけどこっちを見て、焚火が入った時と全然変わってない気がする」
「それがどうしたんだ? 風とかそういうのが影響しているんじゃないか? そんなことよりも門を超えるかアンナを呼び戻す方法のどちらかを──」
「月の位置も入った時から変わってない……もしかしたら──!」
セクリは何というか慌てた様子でキャリーハウスに入っていく。あの中に何か用意してあったっけ? 今は目の前のことに集中だ。
この門に対して俺が使える破術は相性が悪すぎると言っても過言じゃない。下手なことをして門を消すようなことをしたら二度と帰ってこれなくなる。そもそも破魔斧レクスは向こうに置きっぱなし。魔力の無い俺には本当に何もできない。
だけど……一つだけアンナを助けに行ける可能性がある方法がある。確実性も薄い、一度だけしか試すことができない本当に最後の手段。
「こればっかりは流石に無理だな……」
例え愛するアンナの下に馳せ参じる僅かな可能性があってもリスクが大きすぎる。
アンナが冥界にいる。つまり、死者の世界。俺が死ねばアンナのいる場所に行って助けることができるかもしれない……契約の力で座標はわかると思うが死ぬと同時に解除されたらどうしようもない。すぐに戻ってきたら無駄死に。
そう、無駄死にの可能性が圧倒的に高い。
命を燃やし尽くして戦うのとは意味が違う。
「大変だよテツ!! これを見て!」
「一体どうした……時計?」
部屋に飾られてある壁掛け時計をわざわざ外して持って来たのか。こんなのを見て何がわかる? 時刻は19時──13分……──!?
「……ちょっと待て、時間が戻ってないか!? 俺達は最後に確認しただけでも42分だったどうなってるんだ」
「こんな簡単に時間が戻るっていうのはまずありえないから……こことあの場所はもしかしたら時間の流れが違うのかもしれないよ」
「時間の流れが違う……向こうでの30分がこっちでの1分? 30倍の速さで流れている? いや、戻されてから確認するまで少し時間があったもっと早いってことか!?」
「確証はないけど、状況的にそうとしか思えないって!」
この場に時間系魔術が使えるレインさんがいてくれたらわかりそうなのに……。
こうして言い合ってる間にも分は過ぎる。これが真実だとしたら向こうではどれだけ時間が経っている?
この情報をアンナは知ることができているのか?
制限時間が非常に伸びた可能性はあれどそもそも無事に手に入れられるかはまた別の話。
焦るな……焦りで生まれた選択肢は碌なのが無い。
「とにかくまずは冷静になるぞ。もしも想像通り時間の流れが違うのなら、アンナは焦って探索する理由がなくなる」
「でもそれはアンナちゃんが時間の流れが違うことを知っていたらの場合だよ」
「そう、そこが問題だ。もしも、知らなかったら1時間もしない内に戻ってくるはずだ、懐中時計も渡してある、日の出までは9時間ぐらいだと思っているから懐中時計で5時を指す前に撤退を選ぶ」
「うん……確かにそうだね。アンナちゃんもそのリスクを警戒していた。9時間は540分、30倍ぐらい差があるなら18分以内に戻ってくる1時間も待つ必要はないよ」
「ふぅ……よし! 待つぞ! そのラインを超えた場合は知ることができたと判断する」
「判断したとしてその後はどうするの? ボク達は何もできないよね?」
「……信じて祈るしかなくなるかもしれないな。日の出前に帰ってきてくれることに。それにもう一人頼りになる仲間を向こうに置いておくことができた。何かしら力を貸してくれたらいいんだが……」
偶然とはいえ、アンナの味方を一人残せたのは非常に大きい。不安はあるけれどきっと力になってくれるはずだ。彼女も状況はわかっている。アンナを助けなければ異界に封じられることになると。
俺達にはできることがない。
アンナがどんな道を選んだにせよ、どれだけ無力感で情けなくても俺達は無事に戻ってくることを信じて祈り続けることは変わらない。
本作を読んでいただきありがとうございます!
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