第13話 冥府の門番
8月15日 水の日 19時11分 ???
真っ暗闇の霧を進んでいく。
この感覚には覚えがある。俺が初めてこの世界に来た時と似たような重力を感じない風船になって風に流されていくような浮遊感。
黒の中に白い点が見える。それがどんどんと広がっていく。
全身が白に満たされた瞬間──
「おっとと! ……何だここ?」
本当にここが冥界なのか? あまりにも殺風景、いやシンプルすぎる。格闘ゲームでよくあるトレーニングモードみたいな大きなタイルを組み合わせたような部屋。なおかつ真っ白で適度に明るい。
冥界──ようは地獄。もっと草木一本も生えていない荒野とか、溶岩の川とか陽がない空間かと思っていた、想像が通じないのは確かだけどこれは何というか違う。人の想像の集合体が形造ったとは真逆、誰か一人が無駄を省いて作り上げた感じだ。
落ち着け、とんでも無い場所に来てしまったのは確かだけど遮蔽物も何もないから逆に怪しい何かが隠れている訳じゃない、それにアンナとの繋がりは曖昧な状態でも切られた訳じゃないから俺が死んだ訳でもない。
それでもすぐに避難した方がいい。
逃げ道は残ってる背後の俺が通ってきた紫の楕円形の門。
そして、ここに来た時点で最初に気付いていたけどあからさますぎて後回しにしていた奥の壁にある白の中で目立つ黒い扉──
「うわっ!? とと──! え、ここが冥界なの?」
「来るのが早かったなアンナ、どうやら回れ右して逃げた方が良さそうだ」
「いきなり!? でもここは……どう見ても……冥界じゃない? なんていうかダンジョンの部屋みたい」
「確かにな、どれにせよ謎の空間なのは確かだ」
来たばっかりで困惑させてしまって申し訳ないが何も無い空間だからこそ注意をしなければならない。
「この空間は確かによくわかんないけど、あの奥にある扉は? あそこが冥界へ続く道でここは中継地点みたいな場所じゃないの? せめてあそこ位は調べとこうよ、本物かもしれないんだからここで逃げたらもったいないよ」
中継地点……なるほど、現世と冥界を直接繋げないためにフィルターみたいなのを作ったということか?
「だとしても命を大事にすべきだ。何のためにこの空間を作ったのかわからない以上迂闊に──」
「私達が娯楽の為にこの場を作ったのですよ」
声は真後ろから聞こえた──
聞き覚えの無い声の時点で分析とかそういうのを考える前に身体は動く。握っていた破魔斧で切り裂くために声のした方へ振り抜──
「っ!?」
──けなかった。
刃の切っ先にはアンナの首。何故!? 触れる前に何とか力づくで止めることに成功したけどどういうことだ!? 確かに別人の声だったはずだ。
「わ、わたしがいる!?」
「アンナが二人!?」
アンナの隣にアンナ、偽物か!
と理解した時にはもう遅い。その存在は煙のように散り空間の中心へと流れて移動する。
「中々いい動きでしたね。しかし驚かせてしまったようで申し訳ない」
泣き顔の白と笑顔の黒で半分に分けられた面で顔を隠している謎の存在。スーツと言うべきかマジシャンのような出で立ちで身綺麗な印象を受ける。
敵意とか殺意は何も発していない、飄々と余裕で満ちている。
「君は何物なんだい? ボク達を殺しに来た死神と言ったところかな?」
「とんでもございません。私は冥府の門番その一人、名をロス。以後お見知りおきを」
わざとらしく礼をしてくれる。
冥府の門番……嘘、と判断するには情報は足りない。それに門番だって言うならどうしてあの屋敷に門が開いた時一緒に現れなかった? さらに何で定期的に開くのをそのままにしているんだ? さっきの言葉が関係しているのか?
「門番ってことはあなたの許可がないと冥界へはいけないってこと?」
「そもそも生者が冥界に行くのは禁じられております。その理由は無駄に命を散らしかねないからです。迷い込んだ者を送り返すのも私達の役目、貴方達の目的は何か知りませんがここより先は引き返した方が貴方達の為でありますよ」
「気になることは幾つかあるが、まずはさっき言っていた『娯楽』とはどういうことだ? まるで正反対だ。ただ引き返すのを仕事にしているならその表現は相応しくない。何か裏があるな……」
「この門には以前たくさんの人が入った。でも、帰ってきたのは1人。それも冥府の霊石を手に入れて。門番としての仕事を完璧にこなしてるわけじゃないよね」
セクリの言う通りこいつは通している。
通るための条件があるってこと。
「深く悩むのもいいですが、どうしますか? 私としてはどちらでも構いません、このまま引き返しても結構、門番は門を破ろうとしない者には寛容なのですから」
「逆に通りたかったら戦って倒して通れってこと?」
「そういう考えは止めるんだアンナ。多分戦ったところで勝てる相手じゃない。別格だ大人しく退くべき時に退くべきだ」
「ご安心してください勝負になりませんので。貴方達のあらゆる攻撃は私には届きません、逆に私の攻撃も貴方達に届きません。文字通り住む世界が違うのです」
思った通りだったから……この存在が放つ空気は俺が初めてこの世界に移動する際に出会ったあの神様に似ている。あちらの方が格は上だと思うが敵う相手じゃないのは同じ。
ここまで差があると逆に冷静になれる。
でもアンナは──
「だったらなおさらこれはチャンスだよ! 戦い以外の方法で通れる方法があるならそれに乗っかるべきだって。コレをきちんとした手順でどうにかすればわたし達は無事に冥界に行ける! さあ、はやくわたし達が通れる条件を言いなさい! 無いなら門を開きなさい!」
ブレない。迷いの無い目であの黒い扉を見据えている。
確かに戦い以外でここを突破できるならそれに越したことはない。でも、そう都合よく行くのか?
「門番の仕事は門を開くことではないのですが……まあいいでしょう勇敢なお嬢さん。この先へ進みたいのですね?」
「もちろん!」
「言質は取れました。これよりゲームを開始致しましょう! あなたが冥界へと踏み入れるのにふさわしいかどうかそれを確かめるゲームを!」
空間の空気が変わった? それにロスとかいう奴の雰囲気も。
「ゲームと言っても何を始めるつもりだ!?」
「慌てないでくださいこれは娯楽。つまりはショー! 戦いで興奮するのは低位の存在のみ。私達は目に見えないが貴方達が大事にしているモノに重きを置いている! 題名は絆! それを見せていただきましょう!」
「絆?」
感情の乗った言葉。嘘は吐いているようには感じない。いや吐く必要が無い。
でも絆で戦うってどういうことだ? クイズでもしろって言うのか?
「ええ! 私と貴方達の知恵比べ、いえ絆の力で私をぶん殴ってください!」
「でも、どうやって戦うの? ボク達の仲の良さを見せつけるとかでいいの?」
「ご安心を、内容は既に決まっています。本物か偽物か、貴方達の絆が本物なら偽物に惑わされることなどありえない。そう、本物を探していただくのです! そして! どうやらこの中で一番大切にされてるのはぁ~~! どうやら君のようだねアンナ・クリスティナ君!」
「わたし!?」
それにフルネームも把握されてる!? ファミリーネームは一言も言っていない。知る由も無いのに知っているってことは何か盗み見られたのか?
あの仮面の下ではどんな企み顔が隠れているか知らないが何をしでかすつもりだ!?
アンナに面が向けられ、何かを防ぐ為に前に立つが──
「何をする気だ!」
「──じゃあ始めようか」
指を鳴らした瞬間にアンナを中心に煙が溢れ出し、衝撃破も広がり俺もセクリも吹き飛び床を転がる。妙な柔らかさに受け止められ大したダメージは無かったにしても術を止めることができなかった……そもそも防げたか怪しいが。
次に視界が鮮明になった時には──
「アンナが……十人!?」
いや、所々アンナとは思えない要素を持ったアンナもどきがいる。
すぐに分かる目立つ要素、身長、肌の色、角の位置。
「「「「「「「「「「……ええっ!?」」」」」」」」」」」
すっごい声が揃ってる。けど、違和感もあった。
ロスがやらせたいことが完全に理解できた。少し想像からズレたけれど本質は間違ってはなさそうだ。
「本物のアンナちゃんを見つけるってこと!?」
「大正解。これこそまさに絆を測るにはもってこいこれにクリアできたら先に進む権利を授けよう」
「なるほど……こういう内容なら俺の心が凄まじく昂ってしょうがないな!」
細かいことはさておいて。
これはアンナへの愛と理解度を測る試練。絶対に絶対に逃げることは許されない、むしろ挑ませてほしい試練。
俺がどれだけアンナへ忠義や恩義を想っているのか証明できる。
「ねぇ、思ったんだけど。きっと魔力で構成された偽物のはずだよ。テツオが破魔斧を使えばすぐに──」
「なぁセクリ……それは聞き逃せない言葉なんだが……俺を愚弄しているのか?」
「え?」
「俺にアンナを見極められない節穴だと思っているのか? 今日までの日々が適当だとか思っていたのか?」
「いや、そんなことは……でも、時間を大切に──」
懐中時計を見せてくれるが──
「時間よりも大切なことが今目の前にあるだろうが!! これは愛の証明! 主従の絆が試されてるも同義! 俺が一番アンナと共にいて一番理解しているってことを見せつけてやるよ!」
「「「「「「「「「「うわぁ……」」」」」」」」」」」
何だか全員が引いたような態度を見せてくれるがこれは真剣勝負!
鞘に収まった破魔斧を取り外すと、丁寧に床に置き己はこの武器を使わないと全身で表現する。俺の持てる力を全て使って本物のアンナを主であるアンナを──
「……何だと? お前舐めてるのか? ふざけてるのか?」
「何をだい?」
面で隠れているからわからないが声色からして大真面目だろう。
だとしたらこいつはとんだ間抜けも良い所だ。
「偽物作りが雑だと言っているんだよ! 俺はアンナと主従契約をしている。契約の力を無意識レベルで分かってしまうんだよ! このアンナが本物! 他からは契約の力を一切感じない! まやかしだ!」
「ッ──!」
別のアンナを詳しく見る必要も無い。
本物だと確信を持って肩を触ると、このアンナ以外は全員煙となって消え去った。
「まぁ、テツならだいじょうぶだって信じてはいたけどね」
「やった! これで──」
「リトライだ──」
「……何?」
「「ええっ!?」」
二人が凄く驚いたリアクションをしてしまう。考えていることもわかるし本来の目的もあることもわかっているけどこれは譲れない。
「アンナには申し訳ないけれど、こんな忠誠心を分かりやすく示せる機会なんて滅多に無い。真剣勝負な以上全力でやってもらわないと俺としても不完全燃焼もいいところだ。だから第二ラウンドだ!」
「ちょっ、ちょっと待って!? 貴重な時間を無駄にする必要ないよ!」
「無駄? 無駄だというのか? アンナを見極めることが無駄だと? こんな勝たせてもらった内容で俺がアンナの一番の使い魔だって自慢できると思うのか!?」
「え、いや……それはそれでいいんじゃ、みんなテツオがアンナちゃんの1番の使い魔だって思ってるはずだよ」
「い~や、こんな形で納得できるか! 次はちゃんと用意しろ、たらればを感じないぐらい本気でお前のトリックを見せてみろ!」
「なるほど……! 折角の慈悲を棒に振るうとは実に面白い。では勝敗ハッキリと付けられるほどの出来をお見せしましょう──」
「わわ!? また変なのが──」
パチンと指を鳴らすと再びアンナに濃く黒い霧がまとわりつき、さっきよりも少し長い時間かかり、それが晴れると先程と姿も変わった上で──
「「「「「「「「ふぅ……」」」」」」」」
「今度は八人……さっきよりも数は減ってるけど、全員から契約の力を感じる! これでこそ対等ってもんだ!」
「あぁ~……もう、せっかく突破できたのに本当にこれでいいのかなぁ?」
燃えてきた──!
これは俺がアンナの使い魔だと一番の相棒だと証明する試練! これまで過ごして日々を無為で無駄だと言わせない。
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