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第37話 理不尽を壊す鍵に潜む影

 ?月?日 ???


 冷たい空気が肌を撫でる。ドアの閉め忘れかと思い目を開くと、布団の白はどこにもなく茶色い何かの上、視線の先にドアはおろか見慣れた壁も無い。


「あれ……ここは?」


 薄明りに照らされた青天井、土の匂いが歓迎するこの状況。何がどうなった? 昨日はあれから特におかしなことは一切していいない。酒を一滴も飲んでないのになんで酔っ払いの目覚めみたいな状況に陥った?


「やっと目が覚めた……おそいよ」

「あれ? アンナ……おはよう? でいいのか?」


 体を包む布団は無く、頭を支えてくれる枕も無い。ただ、身体が重くなっているのは理解できた。というより寝違えたのか体が自由に動かない。


「おはよう、カミノテツオ君」

「あなたは確かレインさん……それにこれは!? いてて! それより、いや。どういうことだこれ!?」

「変に動かない方がいい、わたし達どういう訳か捕まって外にいるみたい」


 たわみきっていた糸がピンと張るかのように全身を覆っていた眠気が消え去った。

 両手が背面から動かせない。しかも、つい最近似たような不自由を体験した記憶が蘇る。

 うつ伏せとなっていた体をどうにか起こすと俺は寝間着姿だった。背後を覗くと金属の錠が両手に掛けられたときた。夢であってほしい状況だが、身体に走る小さな痛みは夢であることを拒否する。

 塀に囲まれた広い場所。まさか寝ている間にここに運ばれたのか?

 アンナもアンナで寝間着姿で正座状態。俺と違って拘束は前面。しかし何故俺達が拘束されてるんだ?

 とにかく「何故」が大量に溢れている。聞かなきゃならないことが沢山ある。

 それに見た顔の二人以外に知らない四人の計六人と対面している状況。そして、レクスが俺達の間の地面に突き立てられている。


「1つずつ答えていこう。まずここは王都にある騎士団の訓練場。背後の王城がその証拠」


 指差す方向に首を向けると確かにそうだ、あの西洋の城は見覚えがある。寮から出る時に校舎と共に視界に入る城。奥に寮が見えるから位置関係的にそこまで離れてない。


「次は自己紹介といこうか」


 和やかなことを言ってくれるが拘束を解く気はさらさら無いらしい。

 おまけにこんなか弱い俺達に対してしっかりと武器を装備しているときたものだ。そこまで警戒する必要があるのか?


「まずはワシから! ライトニア王国騎士団討伐部隊総隊長! ラオル・ブレイブ!」


 獅子のような荒々しい赤髪、顔の皺からして年を召されているのは分かるがそんなことは些細なことといわんばかりに、首から下の肉体が凄まじい。上半身裸な上に岩石みたいな筋肉の鎧を身に纏い、多くの古傷が戦いの経験を物語っていた。


「同じく討伐部隊総副隊長。ビート・アルファロア」


 隊長と違い服を着こんでいる紫髪の青年。隊長と比べれば明らかに目立つ部分が無いが、それでも立ち振る舞いに油断も隙もない。

 

「ボクはライトニア王国防衛部隊総隊長、ホーク・ジャスティ」


 メガネを掛けた青髪の男。こちらを値踏みするような鋭い目つき。声色も表情も明らかに警戒している。こんな状況の俺達……いや、視線はレクスに向けられている。


「……」

「彼女は副隊長ミラ・ガードナー。こんな格好で挨拶をさせてもうしわけないが許して欲しい」

「……え、彼女? 女性!?」


 ホークさんとやらが紹介するのは全身が重厚な鎧で包まれた人。

 全身を白銀の甲冑で身に包み表情が見えない。それはいい。けど、身に付けている鎧のデザインがあまりにも美術品かと思える程美麗でかっこよかった。

 変身ヒーローのスーツというより、もはや人型サイズに縮小したスーパーロボット。人の肌が見えている箇所なんて無い。中に人がいないのが自然なレベル。美術館に置いてあったら待ち合わせ場所にしてもおかしくない出来栄えだ。

 そして、最も目立つのは両肩部位に備え付けられている巨大な羽みたいな装備品。あんなのを持って戦えるのか?


「改めて、ライトニア王国調査部隊総隊長。レイン・ローズ」

「副隊長ゴッズ・ゲンド」


 知った顔の二人の自己紹介なんて右から左に流れてしまう。それほどミラさんの纏うアーマーが印象に残る。これほどの武装の人に守られたら安心感が違うだろう。


「そして、君達をそんな状態のまま呼び出してしまった理由を話そう」


 緊張感が高まり唾を呑む。俺達がこんな風になってしまった答えが分かる。


「君達はこの国を大きく乱す重罪を犯した。これはそのための尋問」

「重罪!?」

「じんもん?」


 ここまでしてくれたから相応の何かがあるとは思っていた。ただ国レベルの物とは思いもしない。


「ここにある『惨劇の斧』を手にする。それだけで重罪となる」


 俺達とレインさん達の間に突き刺さるレクス、いや『惨劇の斧』に指が向けられる。


「そうなの!?」

「そうなんですか!?」


 何も知らなかったとはいえ、それ程の代物だったのか?


「保管している国でもこれは盗まれたと証言している。ダンジョンに横穴を開けられ不法侵入した上で。だ」

「ちょっと待ってください! 盗んだなんて……盗んだ……横穴!? まさか!?」


 確かに俺はこの惨劇の斧を盗んだかもしれない。だが、悪い状況が重なってるとしか言えない。

 斧を手にしたのは俺。でも、横穴を開けたのは俺を攫った連中! 結果的に俺が不法侵入及び窃盗した罪を全て擦り付けられた。


「何か身に覚えがあるようで何より。どうして君が持っているのか説明してほしい」

「それは……」


 この空気は最悪な程黒くて重い。

 結果的に盗んでしまったという事実が穴となりこの空気が支配する。ここが外だからなんて関係無い。この空気は流れさることはない閉塞感で満たされている。


「言いたくないということは後ろ暗いことがあると?」

「この世界に来た直後に誘われて手にしてたんだ! 何なのかも分からなかった! 夢かと思うぐらいにいつの間にか消えていて、朝になったら目の前にあったんだ! 信じてくれ!」


 声を出すたびに一気に喉が枯れていく。焦りがどんどんと膨らむ。最悪を回避しようと必死に頭が回転を始める。逃げることなんて不可能な状況。

 口だけがこの状況を切り抜ける手段。嘘も吐けない。温情を求めることでしか切り抜ける方法が思いつかない。


「まあ、そうだろう。君は異世界人で魔力が無い。だからこの武器について何も知らずに手を伸ばした。ふむ……」


 状況整理中なのか考え込んでいる。今の内にこっちも落ち着け……。

 この人はダンジョンで俺がレクスを持っているのを見ているはずだ。なのにあの場で捕まえようとせずに今になって。いや、簡単だ確実性。今日この場で尋問することを決めていた。無抵抗にした上で。

 この『惨劇の斧』が持つ力。想像以上に警戒していることがうかがえる。魔力を奪ったり物を溶かすように消滅させる力。確かに強力だと思っていたがこんな状況になるなんて思っていなかった。

 俺達が昨日レポート作成している間に、この絵を描いていたということだ。


「とはいえ、本当に残念だ。立派な父がいてその才能を受け継いだというのに、こんな悪事に身を落としてしまうなんて」

「…………? ……わたしっ!?」


 疑いはアンナに向けられる。その瞳も口調もワザとったらしく挑発するような悪意が感じられる。このまま好きに言わせてアンナを辱める真似はさせたくはない。

 

「っ!? アンナには関係ないだろう! 俺の主であっても盗んだ過程にアンナは無関係だ。それに俺がその惨劇の斧を持っていることを知っているなんて誰も知り様が無い! 」

「知る知らずは関係無い。持ち込まれ、使い手がいて、手綱を握る者がいる。これは国を滅ぼしかねない爆弾が持ち込まれたも同義」

「そこまでの力なんて……あっ──」


 使い方次第。あの戦いで出せた力が全部で全力──そんな訳が無い。明らかにあれは力の使い方を教えるための入門編。まだまだ余力はあって底が知れない。

 だとすれば……今この場を力ずくで切り抜けられる。そんな確信めいた予感もある。でも、それはダメだ。今だけだ、先が無い。


「君の主でさえ心当たりがあるようだよ、使い手となった君なら尚更わかるだろう? その力は子供のような我儘も簡単に叶えてしまう代物だ。稚気とした扱いで簡単に多くの人達を殺せる」

「そんなことする訳無いだろう!!」

「するしないじゃなく、できてしまうことが問題なんだ。過去の記録がその惨劇を証明している」


 俺がどれだけの言葉を言った所で信用する気が無い。自分の意見が完璧だと言わんばかりの感情が込められた口調。過去の使い手達とやらが残した負の実績、それを覆すことなんてできるのか!?


「だからアンナちゃん。君は投獄される。1度支配下においた理想的な力。忘れることはできないだろう?」

「っ!?」


 その言葉を受け入れることは絶対にできるはずがない。


「待ってくれ! どうしてアンナなんだ? 俺がこの斧を手放せばいいんだろ!? それでその国に返せば解決するんじゃないのか? それでも足りないなら俺を投獄すればいい! 使い手が希少なら俺がいなくなれば──」

「君は使い魔で彼女は主人。使い魔の不始末は主人の不始末。このライトニアではそう決まっている。それに、力というのはそう簡単に手放せないんだよ。今までできなかったことができるようになることに人は喜びや楽しみを感じる。でも逆は違う。失うことで憤りや嫉妬、許容できない気持ちに溢れる。必ず求める。それが努力せず与えられたものだとしたなら猶更。自分の思った通りに事を進める気持ちよさを忘れられるわけがない」

「ぐっ……!」


 何も言い返せない。この人が言う事は本当に正しい。あらゆる障害を消滅させ自分の目の前には障害なんて何もないような解放感。世界が広がっていく、どこにでも走っていけるそんな気持ち良さがあった。俺は誰かの役に立てるんだと希望が持てた。もしも失えば心に穴が空いて、その穴を埋めるように再び求める未来も簡単に想像できる。

 でも、それでも──


「やめてください……アンナは俺と違って才能もあって未来もある。そんなこと、あまりにも勿体無さすぎる。投獄するなら俺にしてください……!」

「テツ……」


 アンナは絶対に助けたい。こんな納得できない罪で裁かれるのは納得できない。砂が擦れるのも関係無しに地に頭をこすり付ける。アンナが助かるなら頭を踏まれたって構わない。力なんていらない。


(良いのか? お主の願いはここで潰えてしまうのじゃぞ?)

(いいさ……どうせ俺は一度死んでるような身。延長戦はここで終わりだ……)


 あの世界で俺の人生はあの時幕を閉じたようなもの。何にもなることができず、誰かと深い仲になれたわけでもなく、必要とされることもない。いてもいなくても変わらない人間。

 そんな俺を助けてくれたのがアンナなんだ。俺に手を伸ばしてくれた人を助けられないなんて死んでも死にきれない。


「ふぅ……何か勘違いしていないか?」

「え──?」

「君に彼女の代わりになるほどの価値なんて無い。彼女を投獄することは正当な理由。君を生かしておく理由も無い。今、ここで国の安寧のために消えてもらう」

「なっ!? ここは錬金術の国じゃないのか? だったらなんでアンナをここに連れてきたんだ!! あんたにも責任があるんじゃないのか!?」


 使い魔の俺を殺した上で錬金術士のアンナを投獄するなんて、まるで意味が分からない。 

 顔を上げて抗議しても、彼女は退屈そうな顔で俺の言葉は右から左。鞘から抜き出たレイピアの刃が首に触れ、氷のような冷たさと殺意が肌を伝い熱くなった頭が強制的に冷やされる。俺を何時でも殺せるという意思表示本当に死が間近に迫っているのだと理解させられた。


「くどいね、これはもう決まったこと。君を生かしておいたのは不明だった情報を聞くための尋問。これで正しい情報を記すことができそうだよ」


 あまりにも容赦が無いし話が通らない。ダンジョンで見た時のような憧れはもはや感じない。恥ずべき記憶だと別人だと思いたい程自分の益だけを考えるような醜い大人が目の前にいた。

 肌を伝う氷付いた殺意が離れると、彼女は刃を収めてある紙束を取り出した。


「ああ、そうだ。君達の部屋に入った時。こんな物を見つけたんだ」

「提出用のレポート……?」

「実に内容も陳腐で、資料としての価値も無い。これがマテリア生徒の書いた物だと民に知れれば評判を下げることは必至」


 紙の束を両手で摘まんだ。その瞬間嫌な未来が想像できてしまった。


「待て! それは──」

「なら捨てるにかぎる──」


 聞きたくない音が、これまで重ねてきたものが崩れ去る音が響き渡った。笑う訳でも無くゴミを捨てるような無表情な顔で行われた。

 痛くなるほど伸ばしたい手は枷で拒まれ、成果は破り捨てられ、苦労は風に流され、思い出は踏みつけにされた。

 ここまで重ねてきた全てが否定されたようで頭が真っ白に──


「──あっ……」


 零れた声の主。自然と首は向けられ瞳は彼女を映し出す。

 息ができなくなって心臓が握りつぶされそうな見たくない作らせたくない表情と目。

 心の奥底から湧いてくる悲しくて情けなくて、それ以上に悔しい気持ち。もしも俺が優秀だったら。もしも、俺がすごい魔力を持っていたなら。もしも、全員を従わせられるぐらい最強の力を持っていたなら。

 幾重の『もしも』は俺の手にはなく。価値の無い俺が手にしたたった一振りの『もしも』はアンナに苦汁を与えてしまった。

 力も何も無い俺が理不尽に押し潰されるぐらいなら。これ以上不条理に悩まされるぐらいなら。

 

「それはやっちゃいけないことだろうがっ!!」


 もういい、このまま全部失うぐらいなら……悪魔に魂を売ってでも、守りたいモノを守る。

 悪魔ではなく神に魂を献上じゃがな。


 俺じゃあアンナを助けられない──

 わらわならアンナを助けられる──


 俺じゃあ何も守れない──

 わらわなら全てを叶えられる──


 きっとこれが──

 だからこれは──


 最善だから……

 最善じゃ! 

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