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第9話 亜人喰らい

「若い頃故の過ちだった……嫉妬が認めるのを拒んだのだ……」

「その時でもじゅうぶんおじさんだったけどね。やっぱり認めてないのお父様だけだったよね、じゃないと結婚式の準備もあれだけ早く終わらないもん」

「ケガが治ったらすぐに式が始まったからな」


 アリカの容赦ない指摘にしょげてしまうオルグ。

 その後の結婚式も村人総出で大々的に行われた。狩猟とは無縁の色鮮やかな衣装を身に包み、特別なハンバーグや、魔獣の角や牙を削って作られた祝いの品が振舞われ。丸一日は祝いが続いた。

 当時のロドニーもライトニアで他貴族の結婚式に参列したことはあるがライトニアとは大きく異なる形式で驚きと好奇心に溢れていた。何よりも格式ばったものも堅苦しさがまるでなかった全員が正装しているわけでもない、教会の聖職者が執り行うわけでもなかった。

 それでも共に歩んでいくと実感させるには十分な祝いの儀式であったのは確か。


「なんともロマン溢れる決着だったんですね」

「そこからも大変だったがな」

「アンナが生まれるまでも色々あったからねえ……」


 当時の事を昨日のことのように思い出ししみじみと語る。結婚はゴールではなく通過点、多くの問題が二人にはのしかかっていたのだろう。


「そうなの!? もしかしてわたしがおなかの中で何か大変なことが起こしてたんじゃ!?」

「ううん、その辺は思った以上にすんなり終わったよ。大変だったのはその前準備──」

「やめないかアリカ!」

「はぁ~い」


 厳しく言葉を遮る。首を傾げ疑問を浮かべるアンナだが、鉄雄にとってはその程度で十分答えが想像ついていた。

 人間の男とオーガの女。単純に子供ができやすいかどうか。相当がんばったというのが想像できた。


「おほん! さて、ここからが本題だあの時村を襲った存在について話そう」


 緩んだ空気を引き締めるように真面目な表情になる。さらに重要情報の開示に緊張が高まりゴクリと唾を飲む三人。


「──村を襲った竜の名は亜人喰らい(デミスレイ)

「デミスレイ……?」

「偏食竜とも呼ばれ、奴が狙う対象はゴブリン、オーク、エルフ、ドワーフ、われらオーガといった亜人とまとめられている者達だ。奴は非常に賢く、人間を襲えば報復される、大量の人間に警戒されることを理解していた。しかし、亜人達は人間と比べ数は少ない。ゴブリンやオークと言った種を倒せば逆に狙われにくくなるのをわかっていた」

「だから偏食竜……どういう姿をしているんですか?」

「デカさはこの集会所の2階位はあっただろう。それに見合ったデカイ翼や太い尻尾もある。後は白い鱗が目立っていたな。そして奴は洞窟に隠れ住む連中を狩るために掘削に適した独特的な腕の形しているのが特徴だ。ドラゴンというだけあって単純に強い、村が襲われた時も被害者は免れなかった」


 亜人喰らい、白い鱗を身に纏い聖なる存在のように周囲を錯覚させるが非常に狡猾な存在。大多数の人間から警戒されにくい色を有し、領地には入らない。

 だが、ゴブリンやオーク達の巣を襲撃し住処を破壊し逃げ果せた奴らが人間の住む村を襲ったところを再び襲う知能を持つ。

 これによって亜人喰らいは人間の味方だと印象付けた上で食事にありつける。一石二鳥。この一連の行動を見たエルフの若者はこれを仲間に伝えるだけでなく他種族にも伝えるために動き回った。

 さらに生き延びた亜人達が種族問わず危険性を伝え広めデミスレイは彼達にとっては最も危険なドラゴンだと認知されている。

 しかし、人間にとっては害にならないドラゴン。亜人達がデミスレイと戦わせたい与太話と処理され危険度や警戒度は最低値。実際現在のライトニアでもそう評価されている。


「オーガ達の肉体を持ってしてもですか……」

「だがな、われわれもただでやられた訳じゃない。奴の片翼を根元から切り裂くことに成功した。それがあったからロドニーも転移道具を使う覚悟を決めてくれたのだと思う」


 空を移動するドラゴン、例え遠くへ移動できたとしても再びやってくることは想像できる。しかし、地上だけの移動となれば話は変わる。加えて手負い。


「えっ!? どうやったの? ドラゴンって頑丈な生物なはずですけど!?」

「では少し話しておこう、付いて来てくれ実物を見た方が説明もしやすいだろう」



 その竜は何の前触れも無く現れた。

 何度もデジャブで見たようなよく晴れた日の午後、鳥か何かに日差しを遮られたと思った瞬間に地響きと共にやってきた。

 不意打ちによって最初に出会ったものは重傷を負ってしまった。

 ここでも最初に冷静に動いたのはロドニーだった。爆弾でひるませ煙幕を張り視界を奪い非戦闘員が逃げる時間を稼いだ。翼によって煙幕が張られる頃には警備隊が集合し、本格的な戦闘が始まる。

 この間に子供や非戦闘員は鉱山に逃げる事に成功した。道は整備してあったから移動もスムーズに行われ、何より鉱山の出入り口は複数あって待ち伏せされる心配も無く掘り進められたとしても逃げる余裕があった。

 急な襲撃であり予兆はどこにもなかった。

 しかし、ロドニーはコレを想定していたのかは不明であっても、対大型魔獣オーガ専用武器を製作し完成させていた。名を『巨獣裂き(ベヒモティアー)』──

 鬼神化したオーガでないとまともに運用できない重く頑強な金属で作られた巨大斧。2m近い長さの刃に10cmは越える厚み。大型魔獣と正面でぶつかり合っても一方的に砕く凄味がここにある。

 さらに斧頭には錬金術の意匠で爆破推進機構が装着されている。これは爆発の勢いを威力に加算することができる工夫。僅かにでも刃が食い込んだ時点で終わり、ただでさえ凶悪な威力を誇るのに爆破の追撃が切断を確かなものに変える。

 デミスレイは空中に浮かびブレスによって一方的に攻撃をしていた、その姿は余裕と慢心に溢れていた。だからこそ避け切れなかったのだろう閃光弾によって目潰しがなされた直後──

 オルグが巨獣裂き(ベヒモティアー)を担ぎ、投石器によって射出され力ずくで片翼を切断した。

 デミスレイは地響きを奏でながら地に激突、混乱と痛みで我を忘れて暴れていた。勝利を確信していた自分が食べる餌が翼を叩き切るなんて想像できていなかったのだからその怒りは相当なものだっただろう。


「何だか少し思い出してきた……! すごい雄叫びが聞こえてきて……その後お父さんが──」


 移動した武器保管庫にて目の前の大斧が記憶の呼び水になったのか奥底に眠っていた記憶が沸き上がる。


「アルカ……アンナのことを任せた……」


 しゃがんで強く、強く抱きしめる父の姿。


「他に方法は無いの? さっきみたいに翼を切り落とせば──」

「逆に言えばアレ以外にまともなダメージがない。お義父さんもあの一撃で骨をやってしまった。ここで一気にどこかに飛ばさなきゃこの村は終わる。俺以外にアレは起動できない」

「…………」

「そんな顔するな。俺が残したものを俺が守ることができる。こんなに誇らしいことは無い」


 冷静に淡々と、現実を認識し選択肢が無いことを理解していた。


「おとうさん?」

「でも……もっと色々教えたかったな……立派な錬金術士になる姿を見届けたかった……」


 けれどそれは強がり。震える身体を誤魔化すように強く、愛おしく腕に抱く。

 ここで自分がやらなければ最愛の妻と娘は失う可能性がロドニーの覚悟を後押ししていた。


「何言ってるの! これで終わりじゃないでしょ? 必ず帰って来て! どこかに飛ぶ道具でも帰ってくればいい! ここがあなたの帰る場所なんだから!」

「……そうだな──未来はわからねえもんな! 待ってろ!」


 名残惜しそうにその手を放し、笑顔で頭を撫でる。そして、覚悟を決めた男の背がアンナの目に広がる。

 徐々に離れていく、これから起こることがわかっていなくても、核心は感じていた。心臓が気持ち悪くなるぐらい強く高鳴って警告していた。

 父とは会えなくなる、二度と会えなくなる可能性。

 無意識的に手を伸ばしていた。


「全員離れろっ!! ──全力全開! 跳ぶぞ、スペースホッパー!!」


 ドラゴンとロドニーを光の球体が包み込む。

 その光が強く爆ぜる直前──父は振り返って笑顔を見せた。



「お父さんは最後も笑ってた……」


 ロドニーとオーガ達の魂が込められた合同作品とも呼べる巨獣裂き(ベヒモティアー)。武器に意志があるとすれば、当時の記憶を全て見ていたこの大斧はアンナに伝えたのかもしれない。


「ところで今そのドラゴンはどうなっているんですか? 再びやってきたってことは?」

「わからん、今の今までこの辺りに近づいてきたという情報も無い。他の魔獣や狩人にやられたか移動できぬ場所に封じられたか。片翼のデミスレイという目立つ特徴、何かがあれば噂になるだろうがな」

「ロドニーさんと同じ場所に転移した可能性もゼロじゃない……そいつの情報を探れば近づけるかもしれないな」

「そうアンナが判断し無計画に動くのを止めたかったのだ。仮に今も生きているとするなら恐るべき存在に変貌していてもおかしくない。なにより、オーガに対し強い憎しみを抱いていても不思議ではないからな。身体も心も未熟なアンナでは死地に送るだけとなる」

「……うん、きっとそうだと思う。何で今思い出せたのかもわからないけど、復讐に向かってたら思い出せなかったと思う」

「アンナちゃん?」


 父の敵と呼べる存在。それがわかったのだから怒りに飲まれてもおかしくないが、冷静だった。

 マテリアでの生活が心を豊かにしたのか器が大きくなったのか、情報をまっすぐと受け止めることができて忘れていた記憶をサルベージすることができたのだろう。


「今更やることを変えないよ。錬金術でお父さんを見つける道具を作るのが1番確実だし、お父さんもお母さんもそれを望んでると思う」

「……だな!」

「うんボクもそう思う!」


 迷いなく賛同する。鉄雄達にとってもこの道の方が安心して力を貸せるからだ。何より健全に成長できると考えた。


「まあでも、テツは調査部隊に入っているから片手間でもいいから調べてて、お父さんとの因縁が残っているならいつか出会ってもおかしくないから」


 確信めいた予感だろう。

 オーガ達と戦い片翼を失い、錬金術士によって狩りを失敗した。

 その両方を受け継いでいるアンナ、この縁は父を探す過程で巡り合ってもおかしくないと実感していた。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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