第8話 お義父さんにするために殴り合います
オーガファイト、オーガが己の意見を通すためであったり互いを肉体言語で理解し合うために作り上げた伝統的な決闘方法。
その内容は端的に言えば相撲。決められた範囲で武器を持たず鎧を纏わず己の筋肉で語り合う戦いである。
「逃げずによく来たな!」
「冷静に考える時間をくれて感謝しますよ。俺はアルカと一緒に過ごす時間が好きで誰にも渡したくないってはっきりわかった。だから、この戦いに勝って俺はあなたをお義父さんと呼ぶことにします」
「この期に及んでふざけたことを……!」
互いに地に描かれた円形のリングの縁に立つ。
その周囲にはこの戦いを見逃せないと村民全員が集まり見守る。決闘ではあるが祭の勢い、堅苦しさや不穏な空気は無くむしろ喜々として今か今かと待ち望んでいた。
オーガの村の過去を支えてきたオルグ、未来を作ってきたロドニー。女を取り合う──とは語弊があるがアルカをかけた戦いなのは間違いない。
両名下着一枚だけになり武器を仕込んでいないか最終チェックが行われ、問題無いと判断されるとリングの内側に踏み入れる。
「立会人は警備隊長のハルドが承る! 時間無制限1本勝負! 両者構えて──!」
両手を前に構え警戒するロドニーに対し、自然体でリラックスしているオルグ。
(こうして正面切って見ると凄まじい圧だ……!)
昨日聞いたオルグの偉業がより目の前の存在を大きく見せていた──
「オルグさんって実際どれくらい強いんだ? あの人が戦っているところをまだ見た事なかった気がするんだが」
「お父様 ドレッドボアの突進を真正面から牙を掴んで受け止めてそのまま持ち上げて後ろに倒れながら叩きつけたのを見たことあるよ」
「俺達でも倒せなかったあの猪をバックドロップ……!?」
「後、力自慢対決でキノキを引っこ抜いたっていってたかな?」
「あのかったい木をか!? どんだけバカ力持ってるんだよ……!? 捕まったら完全に終わりじゃないか……」
「それに勝ち抜き組手で警備隊全員とやり合って最後のハルドさんと引き分けてたね」
「警備隊ってあの筋肉ムキムキで中型魔獣となら一人で戦える人達だろ!? それを全員!?」
まともにやって勝てるイメージが湧かないというのに錬金術士お得意の搦め手が一切使うことができず正直にまともにやるしかない。もっと身体を鍛えておけばよかったと後悔していた。
しかし、普通に鍛えたところで追いつけるかといえばそれも否だと理解している。
(いくつか作戦は考えてはいる……昨日のうちに策は用意しておいた、それが上手くはまれば──)
「はじめいっ!!」
戦いの火蓋が切られ歓声が沸きあがる。しかし、その声は──
「ふん──!」
「は──やいっ──!?」
拳の直撃と同時に冷めて静まる。
腹部を完全に捉えた一撃はロドニーを宙へと舞わせ、線外へと吹き飛ばし地を転がす。喰らった本人は何が起きたのか理解できない顔で全身の状態を確認する。
(なんだ今の一撃!? 殴られた感じが全くしなかった、それにダメージも全然ない!?)
「娘を渡さないためとはいえ中々エグイことを考えなさるな村長も……!」
「まるで子供をあやすかのよう……! 大人にとってこれは逆に効く!」
オーガ達の目にはオルグの攻撃がはっきりと見えた。拳が直撃する前に寸止め、続き素早くそっと触れさせ放り投げるように拳を振りぬく。
魔力がクッションとなり落下時の衝撃も緩和されケガはほぼ無い。しかし、本当であったらこの一撃で全てが終わっていた。困惑に頭が支配される。
なにより、自分とオルグの差がここまで遠いとは思ってもいなかった。まるで目で追えていなかった。越えなきゃいけない壁の高さを改めて理解させられた。
「場外負けは無いとは言ったが長時間出ていれば当然負けとする。そのまま尻尾を巻いて逃げても構わんがな」
王者の如き余裕で中央で佇み挑発するように手で誘う。
オルグにとって焦りや怒りに身を任せて必死に叩き潰す必要は無い、ロドニーがオルグに結婚を認めさせるために力を示さなければならない。
ロドニーは急ぎ内側に踏み込み、ラインギリギリで魔力を高め──
「くっ! 轟け剛風──」
「遅いわっ!!」
魔術詠唱を唱え吹き飛ばそうと画策するが、唱え切る前に一気に接近され同じ技法でラリアットされ今度は中心へ投げられる。
「げほっ──! 想像以上の強さだ……!」
「何腑抜けたことを言うておる? ワシはまだ半分も力を出しておらんぞ。例え貴様が全てを出せる場であったとしても半分に届くかは怪しいがな。さぁ──さっさと立たんかっ!!」
これは心を折る戦い。一撃で気絶させて勝利を得ることは容易い。しかし、その方法で結婚を阻止できたとしても諦めきれない気持ちだけが心の内側で燻り、逃避行へと起爆しかねない。
だからこそ徹底的に負けを認めさせる。
絶対的に有利なハンデを与えた上で誤魔化しの効かない状況で己の意志で負けを認めさせる。大衆と愛する者の前で何度でも地を転がせ恥を晒してプライドをへし折るのが目的。
逃げる背を止める者はいない。行動と感情が異なる時を待つだけ。
喉を潰して魔術を唱えなくさせることもできたが、それをすれば敗北宣言を言えなくなってしまう。冷静かつ残酷に、愛娘から男を排除するために頭が動く。
「くそっ──!」
無詠唱の魔力弾を放ち、直撃させる。
コンクリートの壁程度なら砕ける砲撃、オーガの身であっても何かしらの傷に期待できる──
「かゆいかゆい! 魔術は使わんと言ったが溢れる魔力の制御はさせてもらうぞ。この程度の壁も越えられんようではアルカを守るなんて口が裂けても言えんだろうがな」
はずもなく。多少の衝撃が届いた程度。魔力と丈夫な皮と筋肉の壁で仁王立ち。
薄く、穏やかに全身を魔力で覆う──その技法は『魔衣』、魔力量を誤認させる効果と無駄な消耗を抑えることができる。尚、当然この程度で収まる技法では無いがオルグはこの程度の技法で相手をする。
「残念だが勝負あり……だな。ロドニーも弱くはないがこういった場では強みがまるで活かせん」
「オレ達だって同じ条件で勝てるか怪しいんだぜ」
同情の声が周囲から広がる。
「仕方ない」「この場に立てるだけでもすごい」
アリカの心配そうな表情も視界に映る。
「うおぉおおおおおおおおっ!!!!」
それらを振り払うかのようにやぶれかぶれとも言える特攻、型に入ってない杜撰な拳や蹴りの乱打乱打乱打。
だが、一発一発が当たるたびに自身の肉体の方が傷ついていく、目の前のオーガに当てるたびに大地に深く根付いた巨岩を殴っている感覚に陥る。
受ける本人も反撃をせず不動の仁王立ち。どの部位に当たっても痛がるそぶりを一切せず好きにさせ続ける。
「はぁっ……!」
「ふん!」
呼吸を整える瞬間を狙った風を切る大降りなぎ払い放り投げ。
避ける余裕も無く丸太のような腕に身体が乗せられ、全身が風に包まれ大きく弧を描いて吹き飛び地に転がる。
「何故アルカなのだ? お前ほど才に溢れた人間ならば元の国でも引く手あまただったろうに。そもそもお前達はオーガという種を野蛮で凶暴で力しか能が無いと因習し嫌っておるはずだ」
純粋な疑問。
一番ロドニーを気に食わないと思っているのはオルグであるが、同じように一番実力を理解しているのもオルグ。この村で収まらない才覚の持ち主だと理解していた。
加えて人間にとってオーガは危険な種族、恋愛対象として見ることはおかしいとも思っていた。
「前半は正解だが……後半は違う。そんな小せえこと考えている奴からおいてかれるんだ、本当にそんな種族ならもっと被害報告は出ている。けど、珍しすぎて接し方がわかんなくなってる奴は多いだろうがな」
「ふん、時代の流れか。だとしてもアルカを選ぶ理由がわからんな。確かに我が娘は素晴らしく育った、他種族から見ても魅力的に見えるかもしれんが人間は人間同士結ばれるのが自然だろう?」
そもそも異種族婚は珍しいが存在しない訳じゃない。
ただ、異種族との交流が難しい場合が多い。オーガの村から他の町や村へ交流しようにも魔獣という壁が拒む。距離に応じて魔獣と出会う可能性も上がっていく。自ずと安全な範囲のみで相手を探すことになる。
大きな国に多くの種族が集まっている状況になってようやく珍しいが存在するに至る。
「諦められる訳がない……俺を……ロドニーだと見てくれた人を……錬金貴族、表彰勲章、将来有望、次世代も安泰、誰も俺をみていない、俺が作る結果だけを見ている。でもアルカは違ったんだ……それにどれだけ救われたかわかるか……?」
きっかけはあの日。
「仕方ないからアタシがこれからも守ってやろう!」
「はいはい、俺がいなくなれば村の発展が止まるからな」
「なんでオマエを守ることと村の発展が関係してるんだ?」
「はぁ? 俺が消えたら色々な素材の作り方を誰が教えるんだ?」
「……なるほど! そこまでは気付かなかった! やはり賢いなオマエは!」
「じゃあ何で……」
「だってオマエ弱いからな! それに母様を救ってくれた恩を返してない! いや、違うなオマエと、ロドニーといると面白いことに出会えそうな予感がスゴイするんだ! だからいっしょにいるついでに守ることにした!」
「……まったくしょうがねえな」
「しょうがない」と口にしていながらも内心は満更でもなかった。
嘘の無い純粋な瞳で「面白そう」だから一緒にいる。金も名誉も感じさせない欲求に救われた。
王国にいる間はずっと孤独であった。恵まれた才能に望まぬ素晴らしい環境。それを対価といわんばかりに求められる成果。自分のせいで弟は蔑ろにされ、見捨てることを強要された。
最前線を走り続けなければならない恐怖と重圧。先を進む者達を追い抜けと攻めるような期待感を常に浴びる。転げ落ちたら無価値のように言い聞かせられた。
心がマテリア卒業まで保ったは奇跡とも言えるだろう。しかし、本当にそこまでだった。
錬金貴族として生きていく自分が想像できなかった、錬金伯爵を受け継ぎ領地をまとめあげその位に相応しい振る舞いをする自分に。
聡いロドニーは自分の意志がどこにもない未来が現実に迫っているのを理解した。その瞬間に恐怖で吐いた──
だからこそ逃げた、全ての責任や義務に雁字搦めにされないうちに。自分の生き様で生き切ることを選んだ。
「これってどうやって使うんだ?」「アタシにも教えてくれ!」「またアレ作ってくれけっこう美味かった! 素材が足りないならアタシも手伝ってやる!」「ここはアタシに任せてオマエは先に行け!」「木の実から肉を作ることってできないのか?」
こっちに来てから自分の望んだ錬金術ができていた。設備も環境も以前と比べれば粗悪でも、常に誰かが隣にいるのが心地よかった。
「アルカと一緒にいるのが一番幸せだと感じるようになった心が安らぐようになった。彼女のためなら何でも作ってやろうと思える。ここで諦めたら、逃げたら……あの日々を裏切ることになる……」
「娘との恋話を親に聞かせるなぁっ!!!」
「いーや! 聞かせるね! 俺は負けない、勝つためだったら何でもする!」
戦いは長引いた、本当に長引いた。
日も暮れ月の灯りと篝火が会場を照らす頃には。ロドニーの身体は痣も増え顔も腫れている箇所が増え、端正な顔立ちも見るも無残になり、汗だくで息も絶え絶え。
対してオルグは多少の汗はかいても健在。
「はぁ……はぁ……!」
「しつこいな……!」
ここまで持つのは予想外だった。既に逃げ出しているか気絶しているかのどちらか。
改めてオーガファイトの敗北条件は範囲外に逃げるか敗北宣言をするか。そして、尻餅と言った手足以外が地に着くこと。
オルグはずっと立ちっぱなし、疲労は少しずつ溜まってきている。強い一撃が直撃すれば倒れてしまってもおかしくないぐらいには追い詰められてはいる。
逆にロドニーは座ろうが負けにならない。時間が経てば経つほどその差が精神を追い詰めていた。
「このままじゃ死んじまうよ……」
「ここまでの根性……初めて見るぜ……!」
「オレ達にできるのは終わった後のことだ、どんな結果でもやることは同じだ!」
「がんばれ~! ロドニ~!!」
最初から最後まで観戦するものは少なく、アルカを除けば脳筋組や警備隊。夜が深まる頃には流石に殆どが家に帰った。
「何故諦めぬ!? 何故立てる!? 何故向かってくる!? 体力なんて残っていない、魔力も少ない、勝てる未来など想像できておらんだろうが! お前の心を動かすモノはなんだ!?」
「……愛だ──!」
その目は今だ業火の如き闘志が燃えており、瞳に捕らえたオルグを燃やしつくさんとしている。ここまでやってようやく悟る。
「お前は本当にそうだ……恥ずかしいことを平気で口にする──! だが、終わりにしてくれるわっ!! 気絶してベッドの上で敗北を悟れ!」
大きく振りかぶりまっすぐ右ストレートが放たれる。止める気の無い一撃。目の前に巨岩が迫るような恐怖。
しかし、疲労も相まって何度も見た豪腕とは速度も落ちた見え見えのパンチ。ロドニーは残った力を全て振り絞って回避し今にも倒れそうな体勢から右手をオルグの左脇腹に当て──
「解放──!」
「何をっ!? ──ぐおっ!?」
ゼロ距離から放たれる強烈な衝撃がオルグの腹部を突き抜ける。鍛えぬいた鋼の肉体に相応しくない腹に穴が空いたかのような内側から広がる未知の痛みに悶絶する。
「な、なんだ今のは──」
「魔術刻印、だ──魔術を予め仕込んでいた。ずっとこの時を待っていた疲労した時を!」
一発限りの攻撃魔術『パイルブラスト』。腕を発射口に見立て杭状の魔力塊を叩き込む術。自身に降りかかる反動も大きく震えて痺れ、力も入らず骨が抜けたのかと錯覚するぐらい支えの機能がなくなっていた。
「まさか……ここまで狙っておっただと……!?」
何度も当てる機会はあった。どの攻撃も致命打にならないと慢心しきっていた。何をしても無駄と絶望を与えるために全て受けきっていた。事実、ロドニーの攻撃は何一つ通用しなかった。
最後の一撃以外は──
この時までずっと隠していた。心変わりするまで耐えてみっともなくあがき続ける弱者の内側には鬼を倒す牙を持っていた。
喰らった箇所をさすりながら耐える。心の強さと己の誇りが両の足に力を与え続ける。
地で大の字になっているロドニーを見下ろし、奥の手を出させた以上負けは無くなった。しかし、見てしまい聞いてしまった。
(倒れろ! 倒れろ! 倒れろ!! 倒れろ!! これ以上の術は出せねえ!)
「立ってロドニー!! ロドニー!!」
娘は全くオルグを見ていない、ロドニーの勝利を信じて応援する姿。何度も視線の縁に入ってきていることから最初から最後まで見届け応援を続けていた。
さらにはオルグを応援した言葉など一言も発せられていない。
頭がそれらの情報を正確に理解した瞬間、一気に震えが襲い掛かってくる。心が折れそうになる。同時に認めざるを得なかった。
「…………認めてやろう。お前の、お前達の勝ちだ……!」
「え──?」
一瞬の静寂。「聞いたか?」と互いに目を合わせ頷きあう観客。
深夜の村に大きな歓声が響き渡り目覚ましとなった。
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