第7話 父と母の結婚条件
「──これがあ奴とワシ達の最初の出会いじゃった」
「ほえ~……! そんなことまではお母さん話してくれなかったよ」
始めは気恥ずかしさもあったアンナだが、聞いていくうちに興味の割合が大きくなっていた。何より父の偉大さを誇らしく感じていた。
「調子が悪かった者も薬を飲んだら回復した。どうやらワシ含め村人全員が知らず知らずの内にかかっていたようでな。頑丈なこの身体は病に気付きにくくて困ったものだ」
「ロドニーさんが来なかったら最悪全滅……」
「そういうことだ。あの男には感謝してもし切れんよ。だが、情けなくも当時のワシはまだ頑固だったからなぁ……あの後も──」
村人全員の病が完全に消え去るまで半年は有した。
その間ロドニーは廃屋を改装して己のアトリエとし、村のデカイ鍋を錬金釜として利用し薬を作り続けた。
素材が足りなくなればアルカが頼んで無いのに協力し共に採取に向かい、魔獣に襲われればアルカが退け「アタシがいてよかったでしょ!」と得意顔を見せつけられる。実際のところ、対魔獣戦闘経験で言えばロドニーは控えめ、なにせ貴族の嫡子においそれと魔獣退治なんてさせる訳が無い。逆にアルカは村長の娘であるがオーガは狩猟ができて当然な考えが根底にあり幼き頃より戦い方や力の使い方を教えられてきた。
そうして互いに必要なモノを補い合いながらメルランの脅威を退けた。
その後──
「ここまでやって無料だなんてお人よしじゃあねえぞ俺は」
「やはりか……! だが望むような金などこの村にはありはせんわ!」
「金に対して興味はねえよ。しばらくこの村に住まわせろ。この辺りは面白そうなのが多そうだからな周囲の探索をしたり研究をしたい」
「何だと? まだ居つくつもりか!?」
「いいんじゃない? 村のみんなが元気になったお礼もちゃんとしないといけないし、こういうのでいいなら歓迎だって」
「ぐっ……! いいだろう、だがなこの村に住むならしきたりは守ってもらうぞ」
「そんなしきたりあったっけ?」
「あったのだ!」
それから先、ロドニーは言葉通り怪しい動きをせず素材の採取や植生について調べ、錬金術を使って村を助けていた。
ロドニーが定住することを知り一部の村人達はこれを好機と尋ねることになる。彼がこの村で成したことは大きな影響を与えることになっていた。
「錬金術を教えてほしい?」
「はい! オレ、あの技術に感動した! オレ、みんなと違って力はあんまりないんだけどああいうことができるようになるなら役に立てると思う!」
「残念だが、錬金術は才能に大きく作用される。やろうと思ってできるわけじゃない。いくら望んでもな……」
過去を想起するような遠いところを見る瞳で諭す。
どれだけ勉強しても、身体を鍛えても、薬を飲んでも、魔術に頼っても、奇跡に縋っても、後天的にその才能を得ることはできない。
どれだけ他者が期待しても当人が望んでも残酷に与えられることは無い。
「だったら色々知識を教えてほしい、生きるってのは戦うだけじゃない、物を作ったりするのも大事だってのはあんたが見せてくれた。だからあんたならコレをもっといい感じに出来る知識をくれると思う」
そう言ってオーガの男が取り出したのは不恰好ながらも立方体の石塊。
「これは……まさかレンガか?」
「れんがって言うのか……? でも思ったとおりあんたは知ってた。こういうのを沢山作って組み合わせたら丈夫な建物が造れる、地面に敷けばぬかるんで転ぶことも無くなる!」
「まさか……一から全部作ったのか……誰にも教わることなく……!?」
ロドニーは鳥肌が走った。
オーガは知能が低いと力が全てだとどこかしら愚弄していた節があった。ただ、目の前の男が用意したこれを見てそんな考えは吹き飛び、敬意が湧いた。
国とこの村では環境が何もかも違う。ゼロから一を生み出したのだ。
自分の知識を注ぎ込んだらどんな変化が生まれるのか興味や好奇心が湧いた。
「いいだろう! お前を俺様の助手にしてやる! お前の協力があればこの村はもっともっと住みやすく変化していくはず──いや、いくんだ!」
この勇気ある一人をきっかけに力よりも知を求めるオーガが集まり、自分達に必要な知識が入ることで脳の筋肉が今まで以上に発達し喜びを覚え、より求めるようになる。
本を与え、文字を教えるだけで、仲間同士で知識を高めあい、ロドニーの予想を超えた成長速度を見せ付けた。
錬金術を使用せずとも便利な素材、セメントやレンガを作れるようになり、適当な製鉄技術も精錬され、立派な農具や武具を作れるようになった。
役に立たなかった者達が活躍するようになりこの変化に戸惑いを覚えたり嫉妬する者も多く、単純に村長は気に入らないこともあったが。
ぐうの音も出ない成果に納得するしかなかった。
アルカは見張り役といいながらも精力的に共に行動し勉強したり、変わらず素材集めや魔獣退治にも協力していた。
そして、村民達が決定的な変化を受け入れる鍵となったのは浄水装置の存在が大きい。
地下水を自動的に引き上げるだけでなく安全に飲めるようになり、事故が無くなった。
ここから村は大きく変化することになる。
乱雑でごちゃごちゃしていた村全体を一度完全に解体して再開発することになる
地面をしっかりとならし、踏み固め、建物もただ木材を組み合わせたものではなく石材やセメントも組み合わせた丈夫なものに変えた。その際には配水管も通し水を分配できるようにした。
村を囲う塀も適当なスカスカなものではなく鉄骨で骨組みしセメントで形造った。
素材に関して言えば鉱山が近くにあったから心配の必要もない、オーガ達の有り余るパワーを使うことで作業も速い。
一年近くで村の土台は完成し、簡素な建物もどんどん建て替えられ、今では畑や鉱山近くにも住居が広がり慣れたものになった。
「俺が最初に来た時と比べたら面影なんてどこにも残ってねえな」
「ロドニーのせいだね」
「せめておかげと言え」
何時からかこの改変に誰も文句を言わなくなり協力的になった。あらゆる作業が効率的になり自分で物を作る楽しさに目覚め、力押し以外の狩猟もできるようになった。
もはや資源を無作為に浪費して生き永らえる種族ではなくなった。調節し貯蓄し生産できるレベルまで種族レベルで成長する。
「オーガの村にも歴史あり……か。ロドニーさんがきっかけでも皆さんの力があって今の形になったんですね」
「悔しいがな」
「それでもってこの時には姉さんとロド兄さんの仲はかなり良くなっていたんだ」
「悔しいがな……!」
当時を思い出しているのか、村が変えられたことよりも悔しい表情をしていた。
見張りという名目の割りにはアルカはロドニーと共に過ごすことが多くなっていた。
「父様も結婚を認めるのが嫌で嫌でしょうがなかったの覚えてる。多分父様だけじゃなかったかな認めてないの?」
「そんなわけなかろう! ワシ以外にもいたはずだ! 例えば……たと……えば……?」
当時のことを思い出す──
「アルカとの結婚を許してください!」
「父様お願い。わたしロドニーと結婚する!」
ある晴れた日のこと。大勢が集う広場にて真正面に堂々と言い切った。
「今……何を……言った?」
聞き間違い。言葉の理解を脳が拒んだ。けれども想像した瞬間に全身の血の気が引いて行く感覚に襲われる。
「俺はアルカと結婚します」
「っ~~~~……!!! ゆるさんっ!! 認められんっ!!! 渡す訳あるかぁああああああっ!!!」
ぶっ倒れそうな事実を前に怒りで奮い立たせた。
この時村長は半分鬼神化し、両目が黒く瞳は金に染まっていた。
放たれる怒号は爆発音のようで村全体に響き渡り何事かと家に残っていた者達も出てきた。
「あんまり頑固言うなよ」
「他の若い衆もロドニーなら仕方ないって認めてるぜ」
「ここまで住みやすくなったんだ、文句言う奴はいねえよ」
村長と同年代達の諭すような言葉。
最初は気に入らない感情も大きかったが、メルランから救ってくれた恩に加え子供や孫が安心して成長できる環境を作るきっかけを与えてくれたことに感謝している。
冬の寒さを簡単に越えられるようになったのが何よりも大きい実績
「貴様はワシの大事なものを悉く奪っていく! 妻から始まり村も! そして娘まで奪おうというのか!?」
状況だけを悪意的に切り取ればそう捉える事も可能だろうが、それを鵜呑みにする者はいない。この場にいる全員が正しく把握している、考える頭を持っている。
「村は俺達のせいでもある気が」
「だなだな、村のみんなを説得したんのもうちらだし、改築しまくったのもうちら」
「次はでけえの建ててえなあ」
脳筋組の未来を考える言葉。
村での役割が少なくいつ追放されるのではと心配していた者達だが、今では建築材料の生産から組み上げまでこなせるようになり頼られる存在になった。
彼達にとってはもはや救いの神にも等しく、アルカと結婚してこの村にいてくれるなら願ってもないことである。
「若い貴様達はそれでいいのか!? アルカと結婚すれば時期村長候補になると考えなかったのか? 余所者の人間に負けたと認めて良いのか!?」
若い男衆にも飛び火する。なにせ余所者に村の代表の娘を掻っ攫われるという事態。口出しせず静観している状況に我慢ならなかった。
「アルカが一緒にいて1番幸せなのがロドニーなら仕方ないっすよ」
「力よりも愛が強いって当たり前じゃないっすか」
「余所者とか人間とか関係無いですよ、ロドニーはこの村の仲間なんすから」
若者組のしょうがないと認めた言葉。
競う気すら起きない。同じことなんて到底できない。力こそが全てと教わってきたのに村を成長させたのは力以外の要素があまりにも大きい。加えて力の重要性も理解している。
建築には力ある者達も頼ったことで村人全員がまとまったと言っても過言では無い。
「奥さんに関しちゃお前さんも納得しとったし酔った時に感謝の言葉漏らしとったじゃないか」
「ワ、ワシはそんなこと知らん!」
事実、メルランが村から消えた夜、久々の酒に酔っ払った時にこうもらした「あいつのおかげで妻の最後の言葉を聞けた、笑顔で送ることができた。こんなことあいつの前では絶対に言えんがな」と。
聞かされた側は印象に残りすぎて忘れることができなかった。オルグがロドニーに対して嫉妬のような敵意を常に抱いていたのは知っていたのだから。
それを突かれると認めざるをえないのか、大きい大きい溜息を吐くと。
「わかった、そこまで言うなら認めてやろう」
「え──!」
手の平を返したような言葉にその場にいた殆どが「おお!」とざわめいた。
ここでそう口にして後で反故することは村長の沽券に関わる。信用を失うことに繋がる。本当に認めたということ。
しかし、開いた手をロドニーに向け静止を表現する。
「ただしっ! ワシと決闘をしてもらう! 大事な娘を託せるかどうか判断してやる!」
「なっ──ひどい!」
「こればっかりは譲れん! それに命のやり取りをする訳ではない! 決闘方法は伝統あるオーガファイトだ!」
「オーガ……ファイト?」
知らないのはロドニー唯一人、他全員はオルグの言葉に動揺していた。
「まさかそこまでするなんて……」
「確かに納得はするだろうがあまりにも……」
「教えてくれ! どういう戦いなんだ!?」
「説明しよう! 形式は本当に単純明快。下着だけ履いて後は裸で武器を持たず魔術を使わず素手で戦うのがオーガファイト! 負けを宣言するか決められた範囲から逃げたり尻餅付いたりしたら負け! オーガのプライドをかけた決闘だ!」
「オーガらしい肉弾戦か……いやこれ勝ち目ないんじゃないか……?」
オーガの力強さを冷静かつ的確に判断しているからこその言葉。
近接戦においては最高峰の種族、人がどれだけ鍛えたといっても力対力ではオーガには敵わない。根本的に筋肉や骨の質が違う。遠距離から魔術で攻めなければ勝ち目はない。
「だがワシもガキではない。普通にやればワシが負けるわけがない。おだから前は自由に魔術を使え、ワシは強化魔術も攻撃魔術も使わん! 加えて貴様の負けは自らの意志で負けを宣言するか範囲外へ逃げたらにする。ワシが何度お前を倒しても押し出しても負けにはならん」
「俺の意志次第ってことか……随分と舐められたものだな……」
「対等だろう? この決りは撤回せん! 決戦は明日太陽が真上に昇りきった時この広場にて行う! 逃げるなら今のうち誰も咎めはせんだろう! はぁ~はっはっはっは!!」
声高らかにその場を後にする村長。
今まで何度も意見のぶつかり合いはしてきたが肉体のぶつかり合いはこれが初めてになる。今までは周りを巻き込んだり知識で納得させることができていたが今度ばかりは違う。
純粋な己の肉体で納得させなければならない。
相手はオーガの村の村長──オルグの代の代表の決め方は政治的能力や知力や統率力ではない、武力で決められていた。つまり、最も強いオーガと戦うことになる。
ハンデがあって対等。いや、ハンデがあっても届かない。
彼の本領は座して対談することではない。顔を突き合わせ拳を振るうことにあるのだから。
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