第4話 どっちが今日の晩御飯?
(こいつはちょっとマズイかもな……)
山間の森の中、鉄雄は木々や低木の影に隠れながら荒々しく鼻息を鳴らす存在から逃げていた。
「ブルルッルル!!」
茶色く鉄のような剛毛で満ちた毛並み、地をがっちりと踏みしめる短くも太く強固な足、正面に立った者を突き刺さんと天へと曲線を描く鋭い牙。
ダメ押しと言わんばかりに高さは鉄雄並で全身は魔力で纏われている。
魔力を持つ獣、魔獣──名を『ドレッドボア』。オーガ達でも集団戦を強いられる圧をこの猪は放っていた。
「ブモッ!!」
(気付かれた──!?)
鉄雄の隠れていたキノキ目掛けて突進をしかけるドレッドボア。殺意に満ちた迷いの無い走行。
木の裏に隠れているから安心──とは微塵も思えず、すぐさまそこから離れると鈍い音が響き渡りキノキの一部が弾け飛んだ。
(直撃したら命なんてねえなこれっ!?)
この存在は突如として現れた。
鉄雄が枝打ちをしたりオーガ達が切り株の撤去や木の運搬をしている最中、森の中からヌルっといきなり現れ「ドレッドボアが出た!」と最初に気付いたオーガが声を上げるまで誰も察知できなかった。
意識外の突発的な出来事に逃げることしかできないオーガ達、その慌てふためく背中目掛けて突進を繰り出されたが飛び越えた倒木が壁となり進路を妨げ救った。
次の獲物を狙うべく周囲を探る猪、その横っ腹目掛けて、放たれる破力の斬撃。
隙を突いた攻撃は確かに直撃した。けれど、毛並みを乱すこともなく無傷で終わる。無視しても脅威にならない。
「こっちだ!」
しかし、ボアにとって鉄雄は恰好の餌に感じられた。魔力が無い、筋力も角も無い。そんな存在が集団から孤立して離れていく。狙わない理由はどこにもない。
(かかった──!)
鉄雄の思惑通り引きつけに成功し、村とは反対方向へと誘導する。
パニックに陥ったオーガ達や畑を守るために囮となることを瞬時に判断した。
こうして土地勘のまるでない森の中でただ一人ドレッドボアと鬼ごっこをする羽目になったという訳である。
(こっからどうするか……純黒の無月なら倒すことができるだろうけど……カウンターが怖すぎる、魔力吸収の黒霧もあの膂力じゃ無意味だろうし……討伐か撤退か……でもアンナがここにいたら──)
鉄雄の持つ破魔斧レクスは魔力にかまけ身体を鍛えていない魔術士に対しては圧倒的に強く、この世界の殆どの人間が魔力頼りの生活をしていることから天敵とも言える武器となっている。なにより魔術を使えなくなった普通の人間に対しこちらは破術を一方的に行使できるのだから普段とは立場が完全に逆転する。
しかし、少なからず弱点もある。魔力に頼らずとも素の身体能力が高い相手。そんな相手に対して破術による一方的な蹂躙は行い難く、鉄雄の鍛え足りない肉体や甘ちゃんな気性も相まって負け筋となっている。
そんな鉄雄のことをアンナは良~く知っており。
(テツ! 聞こえる?)
(ああ、聞こえる! 状況は伝わってるか?)
すぐに念話を繋げてきた。
(わかってる! わたし達3人で倒して今晩のごはんにするよ!)
(そう言うと──えっ!? と、とにかくわかった!)
予想とは少しズレていてもアンナの芯の通った宣言により覚悟を決めた。
ドレッドボアの味はアンナも知っている。村に帰ってきたら食べておきたい食材であったのだ。
村に来て初日、運が良いのか悪いのか討伐任務へと移行する。
(さっそくだけど位置はわかってるけど物見やぐらから見てもテツが見えないの)
(だろうな、こっちからでも村の形すらわかんない)
主従契約の効果は念話がすぐに使えたり、絶対的な味方を作るだけではない。互いの位置を把握できる。
報告を受けたアンナとセクリは集会所に併設されている物見やぐらに急いで登り、鉱山や畑を見下ろしながら鉄雄を探していた。
位置は分かれども姿は見えない。深く濃い森が遮り隠してしまう。
「これじゃあ援護もできないよ……」
三人の中で唯一長距離速射魔術を持つセクリだが、立ち位置が良くても遮蔽物が多すぎて力が発揮できない。
「テツも勝てるとは思うけどあのあたりってでこぼこしてるし木が多いから戦いにくいはず……せめてひらけた場所なら……そうだ! セクリ、あそこならどう?」
「ん? ……あっ! なるほどね、あれならボクの援護も届けられる!」
指差す先に見えるは湖、森の中に佇む水源でありオーガ達も利用しているのか若干木々が薄く農地から繋がる道が見えていた。
(テツ、今から向かう方向を案内するから何とか逃げて)
(了解した!)
(方角──じゃわかんないと思うから、左向いてそのまままっすぐ行った先に湖があるから逃げながらなんとか向かって!)
(わ、わかった)
ボアの隙を突きつつ言われた方向へと駆ける。ボアは鉄雄が念話していることなど知る由もない。ただ逃げているだけにしか見えていない。
「テツの向かう場所も決まったことだし、わたしも向かうね」
「大丈夫なの?」
「へーきへーき、弱点わかってるしセクリが援護してくれるし、テツもいるんだから」
何の心配もいらないといった笑顔で物見やぐらから飛び降りる。
そのまま村を囲う外壁を越えて、眼下に広がる森の太い枝を体操選手の如き運動能力で掴んでは振り子のように勢いを付けて飛び、どんどんと鉄雄へと近づいていく。
「すっご……! じゃなかったボクも準備しとかないと──光暈より零れし薄明よ、天の羽衣に導かれ一閃の祝福となり邪を滅したまえ──」
中三本の指先を湖に向け、魔術詠唱を行うと指先に光の魔力が収束する。そして手首より二翼の光羽が伸びて射出体勢が整う。
(これでよし──!)
残る憂いは鉄雄の誘導。
一番危険な役目であるが、その本人の心に焦りは無い。仲間が助けに来てくれている、それが心に大きな余裕を生みだす。
(どうやらこいつは俺と持久戦をお好みらしい……! 完全に勝った気でいるな……)
とはいえ行く場所は分かっても最短真っ直ぐには進めない。
後ろから自分以上の速度で追われる羽目になり、回避はできてもその後の立ち位置は道を塞ぎかねないからだ。
怖いのは突進だけではない、単純に牙を振り回されるだけでも脅威。匂いによる探知も相まって同じ場所には短時間しかいられない。
(狙いもどんどん正確になってくる。移動した先にいきなり方向転換してもおかしくないんじゃないか?)
ただ、脅威と理解していながらも冷静に状況を分析できる余裕がある。
何せ騎士団での訓練ではもっと強く容赦の無い人間と戦わされていたのだから。自分の行動の四手、五手先まで見通され追い詰められ宙に吹き飛ばされかねない恐怖をボアからしない。
今晩のおかず、食前の運動。適当に力押しをすれば食べられる。そんな目先の思考しかしていない相手であれば体格が優れ力が強くとも知能が低い相手に今更鉄雄が負けるはずもない。
(こっちはもう到着したから!)
(早くないか!?)
(ここはわたしの庭だって! 虚で待機してるからわたしを目印にして!)
(了解!)
アンナは最短真っ直ぐに湖に到着し、己の魔力を消して探知されないようにしつつ主従契約の権能によって位置を知らせる。
加えて鉄雄にとってアンナが近くにいるというのは気分が高揚する。良いところを見せたいという心理が働いているのだろう。
それでも油断すること無く走行ルートを誘導しつつ回避を続け──
「よしっ!」
湖に到着。
急な来訪者に飛び立つ小鳥や逃げ出す小動物。
背後に気を付けながら急ぎ念話をセクリとアンナに届ける。
(到着した!)
(見えてるよ!)
(待ってました!)
物見やぐらと湖のほとりの木の上より、鉄雄とドレッドボアの姿を視認。
ひらけて凹凸の少ない場所、遮蔽物は無い、ボアにとっても最高速度を出せる場所。大地を強く踏みしめ一瞬の溜めの後、駆け出した──
「光速の矢、偏差打ちなんて必要ない! ──天の鏑矢」
地を荒々しく駆ける突進の最中、セクリは物見やぐらより光の矢を放つ。真夏の輝きを超える圧倒的光力がボアを包む。
完全に視界が白へと変わり閃光熱により匂いも焼け、完全に前後不覚へと陥り足の動きが遅くなり動きが完全に止まってしまう。
「ナイスだセクリ! ──捕縛!」
この分かっていた好機に乗じて術を繰り出す。
破魔斧を地に刺し、黒き破力を足元より噴水のように発生させ足元を浸からせ全身に絡みつかせ──一気に硬化する。
「ブモッ──!?」
自慢の力で抜け出そうにも硬化した破力の拘束は力を入れにくい上に身体を自由に動かすことができないように配置されている。隠し味に魔力吸収の効果も付与されているから魔力を一気に放出したり肉体強化して離脱することも叶わない。
ここまでされれば勝負はもう決した
「武装接合──鉄塊!」
閃光を合図にアンナも突撃する。
アンナの武器は世界樹の枝を素材とした杖。ただ極めて丈夫で魔力伝達量が多いだけの杖ではない、どこでも倉庫で先端を送り、状況に応じた武装を装着することが可能な万能武器。
「後は任せて!」
「任せた!」
空中で大きく振りかぶり──
「えいやっ!!」
「ボガッ──!!?」
容赦なく後頭部に叩きつける。
その鳴き声を最後にボアは動かなくなり、拘束が解けてもバランスよく立ったまま停止していた。
アンナが警戒しながら横っ腹を突いて倒しても動くこともなく、完全に意識を失ったことを確認した。
「ふぃ~……! 疲れたぁ~」
「よしっ! (セクリ、討伐完了! みんなに教えて)」
無事に終わったことをセクリに伝わり。
セクリは信じていたもののやはり心配はしていた。肩の力が抜けてホッと一安心すると、急いで物見やぐらを降りて。
「みなさ~ん! ドレッドボアの討伐が終わりました! 湖にいるので手伝ってくださ~い!」
討伐完了の報を村人に届ける。
誰もがその言葉に戸惑う。
「なんだって……!?」
「戦闘準備を整え終わったところなんだが……!?」
「あのひ弱そうな人間が囮になっていた……助けに行ったんじゃなくて討伐? どういうことだ?」
「とにかく急ぐぞ! とにかく祝いだ! 久々のドレッドボアだ!」
「「おお~!!」」
しかし、セクリの声色は嘘を吐いているようには聞こえない。なにより嘘を吐く理由も無い。
村を荒らす厄介者が討伐された上に極上の肉と毛皮が手に入る結果。
混乱し疑うよりもその情報を素直に受け取り、次に繋げる方が正解だと彼達は判断し受け入れた。
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