第2話 幼き苦悩の真実
8月5日 土の日 13時10分 アンナの実家
「ただいま」
「おじゃましま~す……おお──!」
入ってそうそう思ったのは、これは確かにアンナの家だということ。
服が椅子にかかったままだったり本や空になったフラスコや試験管が乱雑に置きっぱなしになっている。マテリアに向かったときからそのままになっているんじゃないか?
「ここがアンナちゃんの育った家なんだね……でも、感動は後にするとしてまずは掃除だね」
「だな」
「ええ~効率的に作業できる配置にしているのに?」
「今のアンナじゃ噛み合わない配置になってるはずだ。とにかく一度リセットしておかないと」
「はぁい」
という訳で掃除だ。
出しっぱなしの物をしまって使えなくなった器具はちゃんとまとめて後で廃棄するとして、一番大変なたまった埃を、埃を……? 思った以上に少ない? 形の悪い団子みたいなのが親子で固まってたりしてないし、四ヶ月近くそのままなら埃道で足跡が作られてもおかしくないのに。空気の流れが強すぎたのか?
「何だか寮の部屋と似た造りな気がする。アトリエでしょ、台所でしょ、こっちが寝室」
「確かに、でも生活感が全然違う。これは明らかに家だ」
家兼アトリエ。錬金釜の上には排気煙突、下は耐熱性の高い石材を敷き詰められている。棚には素材を加工する道具やフラスコや試験官。
でも、家族の団欒があったであろうリビングも混じっている。
壁や床の色合いだろうか? 様々な物の配置だろうか? ここは決して作業場だけに特化した家ではない。
なによりアンナがキャリーハウスを作る際に参考にしたのここだというのがわかる。
「できればここには帰ってきたくなかったなぁ……」
「どうした急にそんな不吉なことを!?」
溜息交じりに冗談ではない本気の感情が伝わってくる。
確かになんか里帰りなのにローテンションなのは気になってた。俺も帰省の時はそんな感じになるから深く気にしなかったけど、穏やかそうでない。
「わたしってさあ、村の皆からあんまり歓迎されてないんだ。というより認められてないんだと思う」
「ど、どういうことなの?」
下手したら敵陣真っ只中ってことなのか?
のんびり満月が来るまでの休暇気分は無いってことなのか?
「純粋な人間でもオーガでもない半オーガ。わたしはみんなにとって不純物か何かだと感じてるはず」
「考えすぎだろ……王都でもそんな人に出会うようなことはなかったんだし、この村じゃあありえないだろ?」
「王都は人も種類も多いから気にする必要がないんだよ。ここだと少し違うだけで凄く目立つ。ふたりとも見たでしょ、普通のオーガは角が2本生えている」
「それは……まあ確かに」
子供から老人まで角が二本。形と位置に違いはあれど確かに二本。
王都じゃアンナを見ても「おっオーガじゃん」程度ですんでいて、ハーフだなんて詳しくなければ気付かれ無さそうな情報でも、オーガの村だと確かに一本は目立つ。
「何よりもねお父さんが行方不明になってお母さんが病気で亡くなった後、村長はわたしにこう言ったの。父の代わりに錬金道具を作り続けろ。それがお前が村に居続ける条件だって」
「なっ!?」
「ひどい……」
流石に嘘だと願いたいが残念ながら嘘をついている顔には見えない。つまり一人ぼっちになったアンナはこの部屋で一人、錬金術を続けていたということになる。
子供に押し付けていいことじゃない。あまりにも酷だ。
「今でもそのことははっきり覚えているんだ。でも、命令されただけで酷いことはされなかった。何かノルマがあったわけじゃなかったし素材は用意してくれてたしとにかく錬金術をやらされてた。他の子がやってるようなことはわたしにはやらせないで。誰かがケガしたりとか補修道具が必要になったりしたらそれを優先して作るようには言われてたけど」
錬金術は才能に依存する。アンナだけがこの村で錬金術を使える人物だったのだろう。
それはこの村にとっては非常に重宝する才能で別のことをやらせるよりも錬金術をさせ続けた方が村の利益に繋がると信じていた。
「お父さんが持ってきてたこの本達が先生だったなぁ……あは、今読んだらすっごく簡単。わかんなくて泣きそうな時もあったなぁ」
しみじみと遠くを見るような目で思い出している。
ロドニーさんいなくなれば自然と残された本のみが先生になる。
……自分で考えておきながら矛盾してないか?
「詳しくは聞いてなかったけど確か錬金学校マテリアにはレインさんの紹介があって入学したんだよな?」
大陸最強の女騎士でライトニア騎士団調査部隊隊長で俺の上司にあたる人。それが『レイン・ローズ』。俺達を繋げてくれた恩人でもあるけど、いまいち信じ切れない人でもある。
レインさんも教えてくれなかったんだからこの辺りが謎が多い。
「うん、わたしをレインさんが見つけてくれたの。確か……さっきの町に卸していた錬金道具を見て、どこから手に入れているのか調査して、それでオーガの村に来た。調査部隊のお仕事には錬金術の才能がある子を集めるのもあるんだって」
「いわゆるスカウトって奴だな」
アンナ個人を狙ったというより才能ある子を誰でもいいからって感じで偶然かな?
アンナが作った錬金道具は商売にも利用していて、それを偶然レインさんが見かけて、どこから仕入れたか調べて、それでこの村を見つけた。
という流れだろう。
「その時にわたしの名前を知ったらお父さんがマテリアで勉強していたとか、リドリーお爺さんが捜索を依頼していたとか色々教えてくれて、本格的に勉強しようと思ったの誰にも反対されなかったから遠慮なくね」
「そういえばボク達と会ってから今日までこの村に行くって話は出てなかったね」
「皆から嫌われているからね、こういうことじゃない限り帰りたいとは思わなかったの」
「……のわりには──」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
曖昧な予想を口にするのはやめておこう。
俺が単純に思ったことは「アンナは村の発展に利用されている」だけど、これは穴が多い。だったらマテリアに通わせずずっと手元に置いておけばいい。マテリアで勉強してその知識を活かすために戻ってくる保障なんて無いんだから。
そもそも、嫌われているというにはこの家は変に綺麗だ。埃が沢山積もってるとか壁や屋根に穴が空いていることもない。さらに虫やネズミが現れることもない。
何時でも帰ってきていいように手入れされている気さえする。
となると。
「じゃあ村長さんに挨拶にいこっか」
「ええ~」
ナイスアシストだセクリ!
きっと全ての答えはそこにある。
「ええ~じゃないよ。挨拶は大事、ボク達のこともちゃんとしとかないと変な誤解与えちゃうかもでしょ? ずっと家の中に隠れるわけにもいかないしお爺さんに帰ってきたこと伝えないと」
「俺も賛成だな。成長した姿を見せといて損はない」
「興味ないと思うんだけどなぁ」
それは絶対に無いだろう。世のお爺ちゃんが孫娘の成長を喜ばないはずがない。世界を超えたって共通のはずだ。まあ、俺にはご縁の無い話だったが。
という訳でお隣の屋敷に向かうことにした。
見張りのオーガさんも特に何も言うことなく通してくれるし「村長室で待ってるぜ」何て言ってくれた。
この建物は屋敷というより公民館的な役割が大きそうだ。会議室だったり図書室だったり、子供オーガが大人オーガに勉強を教わっている部屋もある。他にも武器庫だったり食料保管庫、備品保管庫、医務室まである。
……いや、本当にオーガの村なのかここ……まともすぎる。今日明日を満足に過ごせれば何でもいいなんて造りじゃない。将来を見据えているようなしっかりとした土台を作る場所になっている。
驚きや戸惑いを覚えながら三階にある村長室の扉をノックして開けると。
「久しぶりだなアンナ。何故帰ってきた?」
坊主頭で立派な羊のような角を生やしている筋骨隆々なお爺さんが立っていた。
私が村長ですって圧力が凄まじい。顔に皺があっても老人というには肉体が若々し過ぎる。歴戦の戦士か何かかな?
「欲しい素材がこの先にあるの。ここは丁度いいから」
「何を探している?」
「関係無いと思うけど?」
「長が聞いているのにその態度はなんだ?」
「ここには挨拶に来ただけだから、迷惑かける気は無いからそれでいいでしょ?」
護衛なのかお付の女性が隣に立っており、アンナを注意する。
しかし何だろうこのギッスギスした空気。
思春期か反抗期の娘と会話をする父親のようなこの空気。
下手したらこの重そうな空気の中で満月が近くなるまで村で過ごすことになるのか? ……キッツ。何とかしないと──!
「それはさておき! こちらも自己紹介をさせていただきたいと思います! 私の名前は神野鉄雄、アンナの使い魔をやらせていただいています!」
「──ボ、ボクはセクリ。使用人として身の回りのお世話をさせていただいてます!」
「うむ。ワシの名はオルグ。この村の長をさせてもらっておる。隣にいるのは娘の──」
「アリガだ」
とにかく初対面の挨拶は大事。この時の印象が後々大事になってくる。
それにこの人が娘さんってことはアンナにとっておばさんということだ。
「じゃあ帰るから──」
「待て待て待て! 流石に色々話しといた方がいい、あの場所だってこの人達が詳しく知ってるかもしれないだろ?」
「うんうん! ボクは何にも知らないからここで聞いておきたいな!」
「しかたないなぁ」
渋るアンナをなだめつつ俺達はここに来た理由を詳しく話した。
と言っても『冥府の霊石』を手に入れるために冥界を向かうというシンプルな話。
その門があるのはここから南にある廃屋敷。満月にならなければ入ることはできない、ということだけ。
「なるほどな……アリカ、その廃屋敷について情報が無かったか?」
「冥界への門については初耳だけど、異様な雰囲気を放ってる屋敷については昔報告があったよ。正確な場所も記録されてる」
「後で教えてやるんだ」
「わかった」
「あ、ありがとうございます」
いや、本当にあっさり教えてもらえたな……探す手間が省けて助かったけどこうも協力的だとアンナの言葉から受けた印象とは違ってくる。
「…………」
アンナは妙に不機嫌だし居心地悪そうだ。仕方ない……。
「あの、質問よろしいですか?」
「なんだ?」
「村の皆さんはアンナを嫌っているのですか」
「ちょっ──!?」
「ぶっ!?」
部屋を出ようとしたアリカさんが吹き出し股割するぐらいすごいリアクションした。しかし、屈強で丸太のような足はそんなことどうってことのないように何事も無くスッと立ち上がった。
「……何故そう思う」
「アンナがそう感じていたからです。父も母もいない状態で無理矢理孤独にさせるような環境を強いらせて錬金術だけをやらせていた」
「ふぅ……部外者が口を挟まないで。アタシ達にはアタシ達の考えがある」
「時が来たらなんて後回しじゃもう遅い域に達してるんです。素直に話すべきです、愛情なんて正しく伝えなきゃ憎悪しか生まない。今ここで清算しきるしかないんですよ」
「…………」
明確な理由があるにしろないにしろ。真実を話すタイミングを計っているにしろしないにしろ、恥と思っていようがいまいが、ここは明らかにすべきだ。
余計なイザコザがあるとどうにも動き難くなる気しかしない。冥界という異世界のさらに異世界、俺の理解が及ばない事態に陥る可能性も高い。
力を借りるためにもこの絡まって空回ったような意図を解くべきだ。
「話さす気がないなら、俺が探り答えてもいいんですか?」
「テツ……? 何かわかってるって言うの?」
「証拠は色々散らばっていたからな」
我ながら口がよく回る。正確にわかっちゃいないけどわかったふりだ。ここで答えをこねくり作る。
こちらの思惑を見透かしたかのようにオルグさんの視線も鋭くこちらを突き刺してくる。
「──まず一つ、アンナの勘違いから解こう。村人がアンナが半オーガだから追放を願ってるのはありえない。門を閉じたままにしとけばいい。それに通り過ぎた人達も毛嫌いしている様子もなかったしな。多分幼い頃の言いつけのせいで村の仲間も敵に見えてしまったんだろう」
「あんたそんなこと考えてたの……!?」
オルグさんの目尻が垂れ下がって鋭さが消えた。アリカさんも口に手を当てて想定外だったと表情が語っている。
もうこの時点で何かもう答えわかってきた感がでてる。
「……続いて、あの家だ。確かに物が散乱しているように見えているが埃とかは全然溜まってなかった。器用にあのまま時間を止めるように掃除してたんだろう」
「ええ!? ……うん、みょ~に綺麗だったから気になってたけど村長さんかアリカさんがしてたってことだよね?」
「ア、アタシはしてない……まさか──!?」
「どうしてそんな逆に面倒なことをやってたの!?」
アンナが驚くのも無理もない情報だし、村長さんが一人でやっていただろう事実も驚きだ。
……多分、悟られたくはなかったってのもあるだろう。
もしくは、綺麗に片付けてしまったらアンナがいた名残も消えてしまう気がして、片付けられなかったんだと思う。
情けとしてこの考えは口にしないでおこう。
「さらに、アンナに錬金術をやらせていた理由。生きていく技術を磨かせるだけじゃなくロドニーさんの証を残しておきたかったんじゃないですか?」
「どういうこと?」
「ちょっと待て整理する……」
「自分で言っておきながらなの!?」
落ち着いて考えろ……この方向性は間違ってないはずだ。
この人はアンナに一人でも錬金術を強制的にでもやらせる必要があると思った。
「……そもそもこの村にはアンナを指導できる錬金術士はいない……」
「むっ──」
眉がピクリと動いた。これが答えの取っ掛かりか。
「アンナが自分で頑張らないと錬金術は磨かれないとあなたは悟った。このままだとアンナの中から消えてしまうんじゃないかと思った。今までのオーガではあり得ない特別な才能。失うには惜しいから」
これなら一応納得できる。
アンナなら錬金術以外の道でもいくらでも選べただろう。だけど、この村の中で錬金術の道を選べるのはアンナだけ。
唯一無二の家族の繋がりが『錬金術』だとしたなら、父と母との思い出を風化させないためだとしたら。
「でもわたしそんなこと言われてない……」
「不器用だったんだろう。厳しく突き放すような言葉を言わなければきっと甘やかす、あの時一番傷ついたのはアンナのはずだから」
これは決めつけることはできない。お母さんであり娘であり姉妹、誰もが平等に傷ついた。それを受け止められるだけの器が子供のアンナには難しかった。だからこそ、芯の通った命令を役目を与えなければどこかに消えてしまうんじゃないかと思ったのかもしれない。
「錬金術を学ばせたかったならマテリアに文の1つでも送ればよかったんじゃ……ロドニーさんはマテリア卒業生だって知ってたんじゃないのかな?」
「文を送っても信用されなかったか……単純に招集していることを知る方法が無かったはずだ。だからこそ村長さんにとってもレインさんの誘いは魅力的だったはずだ」
「だから止めることをしなかったんだ!」
これが答えだろう。
アンナは確かに錬金術漬けの生活を強いられたかもしれないが、それは不器用な祖父の愛情。両親を失ったアンナが一人でも生きていくための技術を得るために。
「ふぅ……ここまで恥部を抉られるとは思ってなかったわい。年をとればとるほど自分は未熟だと実感させられる。無駄に意固地で正しいことを認められんのがワシだった」
「父さん……?」
「お爺さんはわたしをどうしたかったの?」
アンナの核心をついた問い。
場がシンと静まり返った。アンナには聞く権利がある。心に刺さった棘が抜けるかもしれない機会。祖父の真意を理解する。
「……自分の力だけで生きていける技術を会得してほしいと思っておったよ。ロドニーの血を引いたアンナだからこそ、この狭い村で終えてほしくないと。外の世界をみてほしかった」
「何でやさしくしてくれなかったの! ずっとひとりだった! 錬金術をやめたらおいだされるかもしれないとも思った! もっと他のみんなみたいにいっしょにいろいろやりたかった!」
「許せとは言わん……アンナを見ていると二人のことをどうしても思い出して辛かったのだ……ロドニーは村の為に自分を犠牲にするような真似をした、アルカは病気で亡くなったがもっとなりふり構わなければ救えていたかもしれんかった! もっと素直になっておればよかった。ワシの立場が半端な結果を生んでしまった! アンナにそれを責められるのが怖くてしょうがなかった……!」
威厳は無く、ただ一人の祖父としてアンナと向き合っている。
正直……暴くのが正解だったのかわからない。
自分にはその時の分岐点を変える力を持っていたけど何もできなかった。アンナがとても怖く見えたんだろう。孤独な姿は自分の不甲斐無さの証明。
体の良い理由で自分の心を守る理由もあったんだろう。
「……でも、そのおかげでテツにもセクリにも会えた、友達もできた。ここにいたらできないこともできた、モチフだってなでることもできた」
「アンナ……?」
「間違ってなかったよ。許すことはまだできないけど納得できたから今はこれでいい。行こ、ふたりとも」
「あ、ああ──」
アンナから怒りとか拒絶は感じない、言葉に嘘は無さそうだ。
それに、許すことはまだできないか……捻てもおかしくない環境でもよくもまあこんなに立派に育ったもので……。
建物を出ると眩し気な日差しが俺達に注がれる。
「わたしの錬金術はこの村で始まったんだよね。すぅっ──! みんな~! 困ったことがあったら何でも言って~! わたしが錬金術でなんでも解決してあげるから!」
「おお!?」
両手を振りながらの急な大声に思わず驚く。
それは村の皆も同じようだけど、何か楽し気で期待に満ちた目でアンナに注目してくれていた。
「せっかくだから、みんなにも成長した姿見せないとね!」
憂いの無い良い笑顔を見せてくれる。
確信めいた予感が過る。
「最高の里帰りになりそうだな!」




