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第1話 里帰り

 8月16日 風の日 4時49分11.35秒 冥界


「あなたの正体はもしかして──!」


 わたしは聞きたかった。

 血の気が引いて頭の中が真っ白になりそうでも、心臓の高鳴りで倒れそうでも、間違ってるとわかっていても。言葉にしたかった。

 けれど聞いてしまえばこれまでの冒険や勉強が全て無意味になる。

 それがわかっているから口が渇いて声がでなくなる。

 この頭の出た答えは間違ってると信じたい、でも、それ以外思いつかない。その可能性しかありえない。

 そうで無いと願っても、それ以外ありえなかった。

 ここまで親切にしてくれる理由がなかった。

 わたしに錬金術を教えてくれる死者なんて限られている。

 もっと頭が悪ければ良かった。

 こんな風に心が苦しくなることなんてなかった。

 こんな想いをするくらいなら……こんなところに来るんじゃなかった──



 8月5日 土の日 9時10分 


 俺、神野鉄雄はただ今空の旅をしている。グリフォンの馬車という言い方も妙だがそれが一番わかりやすい。

 飛行機よりも不安定で風の揺れを間近に感じ恐怖と相乗りしている状態だが。

 アンナの話の方が重要で恐怖も困っているような状況だ。


「なるほど……それが『冥府(めいふ)霊石(れいせき)』を手に入れるための方法」

「と言っても採取できる場所に行く方法だけしかわかってないんだけどね」


 『冥界への扉』

 満月の夜にだけ開き、朝日と共にその扉は閉じられる。

 昔、マジカリアの人達が調査をしたことでそこが冥界だと判明した──らしい。戻ってきた若い隊員が老人に変貌する程であり正気とはかけ離れていた。

 幻覚の類に心が壊された可能性も否定できなかったが、唯一持ち帰っていた石がこの世の物とは思えず類似するソウルストンとは桁違いの力が籠っていたことから生者が住まう世界と異なる冥界へ行っていたと予想された。

 これ以来マジカリアの人は誰も手を出すことはなかった。


「相当恐ろしい場所だな……」

「だから準備はしっかりしておくべきだと思う」


 行方不明になったアンナの父、ロドニー・クリスティナを見つける道具を作る為にこの素材が必要だと願った。手に入れるのは不可能だと夏休み前は思っていたけど、それが現実になってくると緊張が高まる。

 冥界──死後の世界。本当に死後の世界が待っているのか不明にしても相応の危険が待っているのは確かだ。アンナを守り切りたいが現世の常識がまるで通用しないような場所ならば、俺が命を賭して盾になっても無意味かもしれない。


「なんだか難しそうな顔してる」

「流石に未知の領域すぎるからな……」


 幸いにも満月にならないと扉が開かれない。これは絶対のルールみたいだから無暗に先行したって意味が無い、時間を無駄に過ごすことになる。心身を鍛え直すにはいい時間だろう。

 時間と立地的な理由が相まって今向かっているのは目の前にいるアンナ・クリスティナの生まれ育った村、『オーガの村』。偶然にも夏休みを利用した里帰りをすることができた。

 入学してから約四ヵ月程、色々と成長した姿を見せることになるだろうな。

 主従契約によって俺はアンナの使い魔となって、アンナは俺の敬愛する主となってくれた。故郷の人達は予想もしてない展開になっているだろう。

 アンナの生まれ育った場所……。

 アンナは錬金術士の父親ロドニー・クリスティナとオーガの母との間に生まれた。つまりはハーフ、半オーガ。左側頭部、銀色の髪の間から伸びる角がその証拠。健康的な褐色肌とは異なりアンナの角は白いのが特徴。

 他のオーガ達とはどう違っているのか気になるところだ。

 

「そうそう、直接村に行かないで近くの町で降ろしてもらうから」

「ん? 何か理由でもあるのか?」

「わたしが来たなんて誰も思わないから下手したら撃ち落とされるって。それに、セクリもいっしょに行かないとね」


 確かにアンナの成長を見せたいならセクリの存在も忘れちゃいけない。初めて行ったダンジョンの奥で封印されていた両性具有のホムンクルス、それがセクリ。

 人類種の保全の為に造られたらしいがそんな心配が無用な程数は多い。新たな目的としてアンナを使用人として支える役目を与えられた。炊事洗濯冒険のお供と非常に大助かりだ。

 大事な仲間なのは理解しているが正直言ってどちらがアンナの役に立てるかライバル視しているところもある。


「なるほどな……賛成だ」

「もう連絡済みだから後は到着するまで待つだけだよ」


 やはり便利だ。この世界では電話といった通信技術は殆ど発展していなくても念話(テレパシー)という声に出さず頭の中で会話できる便利魔術がある。俺とアンナを結ぶ主従契約のような繋がりだったり、特別な道具を介して会話をすることが可能になる。

 アンナとセクリの間に契約の絆は無いが。俺達三人にはお揃いのアクセサリーがあり、それが可能とさせている。アンナは黒いリボン、俺は黒いスカーフ、セクリは黒いヘッドドレス、そのどれもに蓮の花の刺繍がされている。

 こうして三人揃うのも五日ぶり、短いようで長かった気がする。


「「ありがとうございました!」」


 空の旅とはこうも速いのかと感心しつつ御者の人にお礼を言うと、彼はグリフォンを駆り空へ昇って消えていく。


「ここは旅する人達がよく利用するのライトニアやマジカリアに向かう人達の中継地点になってるみたい」

「二国の間かつそのどちらの国境にも入っていない町か……」


 俺達が今いるのは森を切り開いて出来上がったような町。名前を『マウニア』の入り口近く。

 国の管理下におかれていない非統治区域の町。ライトニアと比べて大勢の人が住んでいる訳でもないから無秩序で横暴な可能性もある。


「思った以上に早くついたからこのままセクリを呼んで村に向かうね」

「ここからそんなに距離は無いのか?」

「歩いて2時間くらいかな? さてと……門を大きめに開いて──」


 『どこでも倉庫』の裏技的使用方法。物だけでなく人も通すことでワープ的な使い方もできる。

 そういえばこんな風に呼ぶのって初めて見る気がする。魔法陣からピカーって呼び寄せるんじゃなくて異なる二点間、アンナの近くとマテリア寮の倉庫との空間を繋げる門を作る。

 宙に出来上がるは黒く淀んだ水面。縦に作られ何も無いところに絵画が置かれたかのような錯覚に陥る。

 そしてその空間から二本の腕がにゅっと伸びて桃色髪の頭も出てきて。


「ふたりとも久しぶり! 無事で何よりだよ!」


 セクリの上半分が姿を現した。


「そっちも元気そうでなによりだ……でもなんか苦しそうな顔してないか?」

「胸の方は何とか通ったんだけどお尻の方がひっかかって……持つところとか支える場所が無いから……洗濯物の気持ちになってる」


 わかりやすい例えに思わず感心。何にも無い開けた空間で繋げたからどこか掴んで引っ張る場所がないからこうなってしまった訳だ。


「テツ、急いで引っ張って! わたし維持することしかできないから! 多分これあらゆる防御手段無視するって!」

「わ、わかった! 容赦なくいくからな!」

「どこ掴んでもいいから!」


 って、冷静に分析している場合じゃない! このまま空間が閉じてしまったらセクリの身体は真っ二つになってしまう。

 アンナの使う『どこでも倉庫』はお試し品な所が強く、人が簡単に出入りできるような大きな門は作れない。

 急いで出ている上半身の根元を抱えて引っ張りお尻、ふともも、足先と流れるように引っこ抜く。

 両足が地面に着いたのを見て俺達はホッと溜息を吐き。

 アンナも気が抜けたのかすぐに異空間を繋ぐ門は消えて自然の背景へと戻る。門のあった場所へ手を伸ばしてみるが何も特別な感覚は無い。


「ふぅ~……再会してすぐにお別れかと思ったよぉ~便利かと思ったけどちょっと怖いところもあるね」

「今以上の便利さを求めると近いうちに改良が必要かな……空間系の素材ってどう集めればいいんだろ?」

「なにはともあれ全員集合だな!」


 いつもの三人再結成。

 やっぱり何というか安心するというか遠慮がいらないっていうのが助かる。


「うん。それじゃあさっそく出発!」 

「「おお~」」


 こうしてアンナの故郷オーガの村へと出発する。

 森の隙間に作られた馬車道を歩いていく。何度も行き来され踏み固められた道故に魔獣と出会うことなくアンナの案内に従って進んで行くと坂道が見え始める。


「山の中にある村ってことか……ゴールがまるで見えないぞ」

「でも道があるから迷う心配は無いんじゃないかな?」

「気をつけてね、間違った道を進むと村にはつけないからわたしから離れないようにね」

「素直に一本道って訳じゃないよなそりゃ……──ん?」

「どうかしたの?」


 山道に入った瞬間に変な感覚に襲われる。

 今すぐ襲われるような危険な感じではない。むしろこれは──


「何かに見られてる……!? 魔獣か?」


 俺は腰に携えた破魔斧レクスの柄に手が伸び。セクリは両手に魔力を溜める。

 アンナを隠すような位置取りをして360度見渡せるようにする。

 そんな俺達の服の背中をアンナは引っ張って。


「へーきへーき、この辺りは警戒しなくてだいじょうぶ、村の誰かがやぐらからこっちを見てるだけだから」


 アンナが左手を指差す先は木々に隠れた上の方。いや、やぐらの影も形も見えないぞ?


「歩く先にこういう不自然に木がなくて空が見える場所が何個かあるけど、そこは見られている場所だからそんなに気にしなくていいよ。向こうもわたしに気付いたから攻撃してこようとはしないはずだし」

「結構閉鎖的なんだね……」

「かもね」


 再びアンナの後を着いて行くと、言ったとおり道が枝分かれしていたり、休憩できる開けた場所もいくつかあった。

 山慣れしていない俺達に合わせて休憩してもらいながら進んで行くと、木々の隙間から明らかな人工物が目に入ってきた。


「森の中に石の壁……?」

「それにかなり長いよ」

「あれは村の外壁、お父さんが来てから作られたみたい」


 野生動物や魔獣の侵入を防ぐためだろうけど傍目から見ても相当立派。突進されたところで砕ける気はしない。

 道なりに進んで観察を続けていくと仰々しく見るからに頑強な金属の門が姿を現すがそれは──開いていた。


「は、入っていいのか?」

「罠ってことは?」

「だいじょうぶだいじょうぶ」


 確かに途中から見られてる感覚に敵意は無くなっていた……落ち着け、ここはアンナの故郷。変に警戒する方が失礼だ。アンナを見てみろ! 警戒なんて微塵も……してない?

 いや、少し緊張している? 久々の里帰りのせいか?

 一つ息を吐いたアンナが踏み込むのに続き見張りも立っていない門をくぐると──


「ただいま」


 ここがアンナの故郷『オーガの村』──?

 

「これが……そうなのか?」


 いや、本当にそうなのかと疑問を覚えてしまう。山脈の狭間に作られたであろうこの村。地面は平らに均されているしレンガで道が造られている。綺麗に並んでいる建物も牧歌的な雰囲気を醸しつつ全て石材木材の複合建築。台風や嵐にあっても吹き飛びそうにない丈夫な造り。

 門から見える最奥には大きな建物。他の建物同様、木と石を組み上げて作り上げ小さな城のようにも見えた。

 その手前には広場。何というか上空から見下ろしたら王都を参考にしたような造りになっているんだと思う。

 なんというか……オーガ族達が作った村だからもっと野生的で洞窟の中に住んでいるのかと思ったのだけど、こうも文化的だと失礼ながら驚きを隠せない。


「1度わたしの家に行くから着いてきて」

「わ、わかった」

「山の中にあるとは思えないよ……」


 レンガの道を歩きながら周囲を見渡すとここはやはりオーガの村だと実感する。

 老若男女誰もが筋肉質で褐色気味の肌で、何よりも二本の角が生えている。その位置や形は異なるが紛れも無くオーガだろう。服に関して言えば野生的、獣の皮で作られたものを纏っている人が多い。


「あぁ~! 子供のオーガだぁ! 角も小さくてかわいい~」


 もちろん子供のオーガもいる。俺の人差し指くらいの大きさの角を二本生やしている。身体の大きさに合わせて角も成長していくんだろうなぁ。


「アンナちゃん以外のオーガの人って見たことなかったから新鮮。そういえば王都にもいなかった気がする」

「騎士の中にも普通科生徒の中にもいなかったはずだ」


 確かにそう。人間が大多数なのは事実だが、獣人や亜人の方はライトニアに大勢いる。その中にオーガの人はいない。

 純粋なオーガを見るのはこれが初めて。

 俺達が興味深く皆を見るのと同じように。


「おお……本当に帰ってきたのか!」

「人間も連れてきたぞ」

「綺麗な服着てるぅ」


 俺達も興味深そうに見られている。アンナが連れて帰ってきた二人の人間にどんな意味があるのか想像しているのだろう。

 小さな広場を通り過ぎると少しずつ緊張が高まる。最奥の大きな建物が近づくからだ、きっと村長だとか偉い人がいる場所なのがわかる。しかし三階建てはある建物で村長一人だけの場所にしてはデカ過ぎる気がしてならない。何時横道に逸れたりするのだろうと思っていると。


「ここがわたしの家」

「えっ? えっ? この立派な建物のすぐ隣?」

「あれ? わたしのお爺さんが村長やってるの言ってなかった?」

「「初耳だって!?」」


 声が見事に揃った。

 いやだって、これは想像してなかった本当にすぐ隣。分も掛からない距離。

 となると、村長の娘さんとロドニーさんは結婚した訳か……。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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