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第37話 別れの時と繋がる時

 8月5日 土の日 9時10分 エレベーター前


 今日はテツオ君達が帰る日。

 ずっといてくれる訳ではないのはわかっていたけど、その時が目の前に来ると寂しくてしょうがない。

 私を絶望の最中から助けてくれて、国を救った英雄。だけど、見送りに来る人達はいない。でも、その方が良い。テツオ君達の良さを知っているのは私達位で充分だから。


「短い間だったけどいい経験ができた」

「こっちこそ世話になりすぎたわ。この恩は必ず返すで」


 お兄様とテツオ君が硬い握手をする。

 何だろう、これが男同士の友情ってやつなのね。私もしたいけどなんて言うかこういう空気は作れないと思う。


「期待しておく、というよりこんだけ頑張ったんだから絶対に取り立てる。だから取り立てがいのある王にでもなっといてくれ。目標達成したからって逃げるなよ──」

「……ふっ! そう言われたらまだまだ休めそうにもないな」

「夢や目標なんて次々見つかる方が健全なんだよ」


 何だかお兄様の表情に覇気が入った気がする。

 ひょっとしなくても私の呪いを解くことばかり考えていて自分のことはあんまり考えていなかったのかもしれない。気が抜けて休んでいたんじゃなくてどこに向かえばいいかわからなくて止まっていた?

 きっとテツオ君はそんなお兄様の心を見抜いているのかもしれない。


「しっかし手がかりが何にも無かったからライトニアに戻ることになるのか……」

「ううん、冥府の霊石の場所がわかったからこのままグリフォンに乗せてもらってわたしがいた村に向かうんだよ。言ってなかったっけ?」

「アンナの故郷ってことか!? 初耳だぞ!? ……この格好で大丈夫かな?」

「だいじょうぶ、そういうのは気にしない人達だから」


 身だしなみを気にしている……ここにいる時はそんなこと言ってないし恰好もそんな変わってない……むしろ身軽で動きやすそうな服装の方が長い気がする。そういう意識が頭に過らなかったってこと?

 いや、ちょっと待って。そっちの方が気を許していると判断できるかも!

 うん。間違いない!


「ちなみにあたしはもう少しここを観光してから帰るね! レインに報告やらなんやらはこっちでやっとくから気にせず里帰りして」

「ありがとうございますソレイユさん」

「でもそんなに見るところ無いような……?」

「今なら見れないところも見せてくれそうでしょ? ここならではの素材が隠れてそうだしね」


 昨日の酔いはどこへ行ったのやら? どっちが本性かわかんないけど私もお酒を呑んだらああなる可能性もあるのか……怖くて呑めないわ。でもテツオ君に呑ませたらヘロヘロになるからタイミングを計って……って! 今はそんな未来のことを考えてる場合じゃない!


「リリー、お元気で」

「あっ──!」


 馬車に向かおうとしてる──ここで終わっちゃう! せっかく用意したのにただ渡すだけじゃ意味が無い! これだけじゃ足りない!

 考えるの! 彼の記憶にずっと残り続ける方法を!

 何か……何か──! 何か無かった?

 「呪いを解く相場は──」

 あ……!

 やるしかない──!

 どんな結果になろうとも。


「ふぅ……あの、耳を貸してくれる? 他の人には聞かれたくないから」

「ん? かまわんよ」


 何だか信頼を裏切るみたいで心苦しいけど、あなたに忘れられる方がもっと心苦しいんだから──



 これでガーディアスともお別れ。理想とは違う結果に終わったけどアンナはとてもご機嫌だし、次には繋がった。何より里帰り。

 立派に成長した姿を村の皆に見せられるいい機会だと思う。

 リリーの話は何だろう、お礼かな?

 身を屈めて耳を近づけると──後頭部からガッと捕まれ、顔が正面に無理矢理向けられ彼女と顔と顔が向き合わされる。

 何事!? と疑問が湧いた瞬間には距離が一気に縮まり──


「ん──」

「んん──!?」


 唇と唇が合わさった。キス──?

 何故? 何? どうして? 戸惑いで頭が支配された。


「れろっ……んじゅ……」

「ん!? んん!?」


 のも序章にすぎず、口の中に彼女の舌が侵入してきて、容赦無く舐められ──


「じゅる! れろれろ、んちゅ、れろ──ちゅ、ちゅぷ、むぢゅ~!」


 るだけで済まない猛攻に頭が完全にパニックなって、体の中に自分の意志で操作できない感触に襲われ続ける。

 キス? これはキスなのか?

 呼吸の仕方がわからない、友愛とかそんなんじゃない。まるで蹂躙。体の中を弄り回され彼女に吸い尽くされそうな感覚に襲われる。おまけにがっちりと頭が固定されて動くに動けない。逃げたい自分もいるのにこの未知の感覚に委ねたくなる自分もいて、頭がボーッとしてきて視界がぼやけてくる。


「ええっ!?」

「すっご……!」


 アンナの声が聞こえて理性が引き戻され思わずリリーの背中をタップして限界を伝える。


「ぷはぁ……! はぁ、はぁ……」

「はぁ……はぁ……」


 何とか解放してもらって事なきを得る。

 身体の中が全部もってかれてキスで殺されるかと思った……本当に色々限界だった、理性とか精神力とかもう全部吹っ飛びそうだった。アンナ達が見ている状態でなかったら一線を越えていたかもしれない。

 リリアンさんの顔が真っ赤になっている。多分俺の顔も負けじと赤いだろう。どっちも息を整えるしかできてない。

 無意識的に指先が口元に寄ってしまう。なにより──


「ファーストキス? これが?」


 もっとこう、甘酸っぱいものかと思ってたレモンキャンディーとかそういう例えで完結するような。

 濃厚なチョコレートケーキみたいに後味を引くというか、まだ口の中にリリーがいるような気さえする。

 さらに彼女は俺の左手首を掴んできて、これ以上の何かをしてくるのかと身構えてしまう。


「……はぁ、ふぅ…………私は! あなたが、テツオ君が好きです! でも、今の私じゃあなたの隣を歩くことなんてできない……だから! 成長するのを待っていてください、すぐに追いつきます! 自慢に思えるぐらい素敵な女性になります!」


 これは告白なのか?

 ここまで強い感情を向けられたのは初めてで気圧されて──


「は、はい……」


 情けなく返事をするしかなかった。


「何かすごいところ見ちゃった……」

「あたし達の存在が消された感じがした……そうだアーさんは」

「……あ……あ…………」

「やばっ!? 真っ白になってる──!? ──気付けっ!!」


 パァンと良い音を鳴らして張り手をかますのが見えた。


「はっ!? 衝撃的過ぎて脳が機能停止しとった。許さんで……許さんで──カミノテツオ……!」

「脳が破壊されちゃってたかぁ……」


 その後、覚束ない足取りで馬車に乗ったのは覚えている。彼女の顔なんてとても見れない。恥ずかしさで死んでしまう。

 座席に座っても、頭が完全に真っ白になっていた。思考がまとまらない。すぐにリリーのことばかり頭に浮かんでいた。

 何故、どうして、何がきっかけで彼女はここまでした? ロマンチックなエピソードなんてなかったはずだ。

 むしろ迷惑かけてばっかりな──


「あれ? 手首に何か巻かれてる?」

「今気づいたんだ。テツが呆けている隙に巻いていたよ」


 左手に巻かれている……あの時にか……。

 綺麗な金色で三つ編みな輪……ミサンガか? 細い糸を何本も重ねて束ねて編み上げたもののようだ。さっきの告白が本当だとするなら多分、忘れないでいてほしいとかそういう願いが込められているんだと思う。

 しかし何と言うべきか……凄まじい圧を感じる。悪いものではなさそうなんだけどとにかく圧を感じる。

 この経験は忘れられそうにも無い。そもそも何が彼女の心を射止めることになったのだろう? 解呪しただけでこうも好かれる程簡単な人には思えないし……いや、考えすぎなだけか……?


「まったく……心がどこかにいっちゃってる感じだね……これがどんな影響をテツに与えるやら……」


 女の子の心を理解するのは本当に難しい。

 ただ問題は、リリーに好かれてしまったという事実。こっちにできることなんて何もないようなものなのに、優先すべき目的もあるのに……あの子達同様、下手に傷つける事態になってしまいそうで申し訳ない気持ちで溢れてくる。

 まだ早い、全部が落ち着くまではそういうことに心を割く訳にはいかない。俺はそこまで器用な人間じゃないんだから。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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