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第34話 願いの跡地、新たな呪い

 同日 12時30分 ガーディアス城


「モチフのふっくがたっくさ~ん!」


 すこぶる陽気に歌いながら後を付いて行くアンナ。

 この国に来て良かったと心の底から思っているのが見ているだけでわかる。アレだけでここで起きた出来事の幸不幸の釣り合いが一気に幸福に傾いた。


「次はワイの部屋にまで来て欲しい」

「えっ? 誘い込んで何をするつもり?」

「そんな変な物言いせんでええ。ワイにはもう不要になったけど、君達(きみら)には使えそうな可能性があるもんや」


 王城でアンナ達を見る使用人の目も警戒ではなく敬意に変わっており、堂々と闊歩できた。

 到着したアーサリオンの部屋は小綺麗で物が少なく、あまりここには帰ってきていない雰囲気を感じられた。

 そんな部屋から続く物置には厳重な錠前がかけられており他人が侵入することはできない造りとなっている。

 懐から取り出した鍵もそれに見合った丈夫な雰囲気を放っており、穴に通し開くとガコンと重い音が響く。


「ワイの、十八年の成果や──」

「これって……! まさか全部……!?」


 棚に綺麗に飾られた品々はどれも神々しさや神秘的な圧を放っており気軽に手を伸ばすことも憚られていた。


「せや……リリーを治すために集めた遺物、神器、霊薬、聖具の類や」

「こんなに集められるなんて……!? 王子やるよりトレジャーハンターの方が向いているんじゃないの!?」

「でもなんていうか……力があまり感じられない?」

「リリーの解呪に力を使って空っぽになってしもうたんや」


 アーサリオンが集めた宝物を紹介しよう。


 『月の女神像』、『太陽の女神像』二つ合わせて『創生の女神像』

 月を抱く女神と、太陽を掲げる女神の像。二つは別のダンジョンに保管されており両方を攻略し手に入れた。

 この女神像に願うとその願いが叶うと言われている。

 二つのダンジョンに別れて隠された理由がそれである。

 ただし、悪しき願いだった場合その内容が自身に降りかかるとされる。

 リリアンの解呪を願ったが変化は起きずただ力と輝きを失っただけに終わった。


 『(じょう)透剣(とうけん)

 刃が見えないが確かに存在する剣。

 あらゆる不浄を切り裂くと呼ばれ、突き刺さっていたダンジョンではその剣が及ぼす範囲内外でくっきりと清浄不浄が見えていた。

 リリアンに刃を当ててみると確かに呪いの効果は薄くなったが解呪とまではいかなかった。これを使い突き刺せば効果はあった可能性があるが命を奪う可能性も否定できず、これを渡したままだと自殺される可能性もあったため使用を辞めた。


 『聖樹(セントツリー)(アムズ)

 人が生まれた時から与えられている罪や穢れを祓う力を持つ実。

 年に一粒しか取れないとされ。聖樹は聖協会で厳重に保護されている。

 特別にガーディアスの黄金の布と交換し手に入れた。

 リリアンに使用しても変化が無かった。

 腐食の影響で飲み込む前に消えたのではと考えられたが、ちゃんと飲み込めてはいた。偽物であったのかどうかは今では証明する手段は存在しない。


 『(あけ)の聖杯』

 争いの無い平和で清らかな土地の清浄の力を溜め込んだ杯。

 中には液体のようなもので満たされているが、それは液体とも気体とも言い難い何か。

 その場所に到着するのが大変であり、着きさえすれば簡単に手に入れることができる。用意してきた杯と交換し持ち帰った。

 自動的に中に溜まるので特別ではあるが希少性は薄い。

 飲ませることで腐食や悪臭は確かに減ったがそれは一時的ですぐに元に戻った。杯に特別な効果が宿る訳ではないので注意。


 『アスクレピオスの杖』

 あらゆる病気を治すとされ、白蛇が巻き付いた形をした治癒の杖。

 大変危険なダンジョンの最奥に封印されているのを発見。

 太陽の光で満ちた清浄な場所に置くことで使用回数を回復させることができる。

 もしかしたら呪いに留まらず病気の可能性も考え使用したが、一切変化が見られなかった。おまけに 使用した判定になっており杖は力を失っていた。


 『白狐(びゃっこ)の尾毛人形』

 伝説と言われる白狐の尻尾の毛で作られた人形。デフォルメされた狐の形をしている。

 白狐本人が暇潰しで作ったのではないかと噂されるがその効果は絶大で幸運や魔払いの力を有している。

 幻覚漂うフォレストリアのダンジョンで発見した。

 リリアンに渡しても効果は無く腐食を嫌がるかのように逃げ出すので保管庫に置きっぱなしになった。


 『神藁の身代わり人形』

 豊穣神の加護を受けた藁によって作られたあらゆる不幸や危機を肩代わりしてくれる人形。

 どこにでもあるような藁でできた人型の人形だが見た目とは裏腹に効果は本物。その人物の髪の毛を藁に入れることでお守りとして完成し、どんな危険な状態に陥っても一度は助けてくれる。

 しかし、腐敗の影響もあってか渡すと同時にすぐに腐り落ちてしまった。今は半壊した一部だけが残っている。


 『月写(げっしゃ)の鏡』

 真円の鏡。

 この鏡に映したモノの真の姿が映し出されあらゆる不純物が弾き出される破邪の鏡。

 穢れを祓う効果もあるとされ神に仕える巫女は必ずこの鏡の光を浴びたと言われている。

 確かに効果があったが鏡の範囲から離脱すると再び呪いが発生した。

 常に写し続けることも考えたが根本的な解決に至らず断念。


 『聖龍(セントドラゴン)涙像(るいぞう)

 聖龍が流した涙が結晶化しそれを像に磨き上げた逸品。

 聖龍が亡くなったとされる龍の谷で発見した。

 龍と仲が良かった者が彫った作品だと伝わっている。

 凄まじい聖なる力を有しており、純粋な強い願いに呼応して力を与えると噂されている。

 使用前は淡い光が瞬いていたが、使用後は透明な像へと変化した。

 リリアンの呪いを消して欲しいという願いによって力が発揮された可能性はあるが、リリアンに変化は無かった。


 『純聖結晶(ピュアピュア)

 錬金術により聖結晶の不純物を一切失くし純化して調合し磨き上げた宝石。

 あらゆる邪を祓い近づかせない力を持つとされている。冒険のお供にすれば呪い渦巻く危険なダンジョンでも踏破できると言われている。

 高い金を払い調合してもらったが、リリアンに近づけただけで真っ黒になり砕け散ってしまった。

 結局金に見合った効果は無かった。


 『天使の羽』

 文字通り天使の羽。

 あらゆる物質概念とは一線を画す謎の存在。人を選ぶかのように触れたり触れられなかったりする。

 どこかで定期的に採れるという話は聞かず、あらゆる土地で極稀に見つけることができる。

 あまりの希少性で天使がその場にいたのだと誰もが口にする。

 神の施しか戯れか相手に刺すと天の力を有するとか光属性の力を無条件で得るとも言われている。

 刺すことには成功し羽は腐食しなかったが、リリアンに変化も無く羽にも変化がなかった。保管庫で飾られるだけとなっていた。


「物だけでこれぐらいや。人も合わせたら本当に長い旅やった」

「いやいやいや……保管しておく位だったら必要な人に売ってでも良かったんじゃ? この杖なんて人によっては百万キラ以上余裕で出すって!」


 ここにあるのは使ったら消える消耗品ではなく、再び力を装填すれば再使用が可能となる宝が殆ど。誇りを被って置いておくには上等すぎるだろう。


「リリーの呪いが金で解決できるならそうしとったやろな」

「こんなにあったのにどうして解呪できなかったんだろう? 逆にどうしてテツなら解呪できたんだろう?」


 純粋な疑問。

 鉄雄の解呪術自体弱い訳ではないが、ここにある品々の神秘性に比べると劣って見えてしまう。

 できない理由を探す方が難しいと感じ取った。


「今ならはっきりとわかるで……こんだけの道具あってもリリーの呪いが消えへんかったのは単純に常に呪いを近くでかけ続けられとったからや。水の張った壺に蒸発した分を常に補充するみたいに小まめに忘れることなく常にな……」

「それに多分、リリアンさんの周囲に漂ってた呪いの残滓が何時も何回も補修してたんだと思う。テツさんが解呪する時は周囲を綺麗にした上で魔力吸収(ドレイン)の霧で覆ってたから外から補充することができなかったんだと思う」

「なるほど……用心深さというか綺麗好きが復活を阻止してたんだ」


 術者(セロス)が近くにいるという状況はあまりにもアーサリオンには不利だった。帰国する情報はロジオを通じてすぐにセロスに伝わる。もしもに備えて邪念を送り続ければ解呪できたとしても呪力が補充されすぐに再生できてしまう。

 鉄雄が上手くいったのは偶然も合っただろう。これまで連れてきた解術士が余りにも役立たずの金喰らい。警戒するのも馬鹿馬鹿しく思える程実力が無かった。

 だからこそ、牢の中の呪力を完全消し去り、体内の刻印を一瞬で全て消滅させ、再生されないように注意されていたら成す術が無い。


「後思ったんだけど。これらって一度に纏めて全部使ったら解呪できてたんじゃないかな? 一つ一つも強力だから追い出し切れたはずだよ」

「…………かもしれんなぁ。でもそこまで考える余裕はあらへんかったし集めきれる保障も無かった。結果だけ見ればって話や」


 一つの宝に一年だったり半年、長い期間をかけて入手するのが殆ど。

 聖なる宝を集めて解呪を行う先駆者がいるわけでもないので全て手探りで試さなければならない。

 一つ手にしては試し、外に探索。また一つ手にしては試し、外に探索。そんな日々。

 ある程度の当たりは付けて捜索に挑むものの次に手に入る物が望んだ通りの代物が手に入ることは稀、ここに飾られたのは一部の成功例。

 全く見当違いの宝が手に入ることも多かった。


「……あれ? 何か数が減ってるような?」

「ん? ……狐の人形と羽があらへん!? 二人がどっかしまったんか?」

「失礼な、まだ触ってすらないよ」


 開いた扉から逃げ出したのか確かに存在していた羽と人形が消えていた。


「──まあどっちでもええ、リリーが治った今ワイにとっては宝の持ち腐れ、別の誰かに渡した方がこれらも幸せやろうからな気に入ったもんを持っていってくれてかまわんで」

「本当にいいの!? 使い方間違えたら危険な代物ばかりな気がするけど?」

「そういうもんは集めてへんから安心してええで」

「今のわたしには使いこなせるようなものじゃない気がする……」


 道半ばのアンナにとってはこの神秘性は己の欲望だけを悪戯に刺激する劇薬に感じていた。危険でないと言われても危険にすることができるのが錬金術でもある。


「だとしても、これは大きな飛躍のチャンスだよ! 力を注いで再使用できるようにするのもいいし、このまま装飾品として誰かに渡すのもいいかもね」

「噂を聞きつけて奪いに来る輩が現れる危険性も否定できひんからな」


 だとしてもガーディアスに入り込める者はまずいない。何より知識が低い国民達には手に入れようとする欲の種すら芽吹かない。

 ここに置いておく方が安全とも言える。


「アンナちゃんが先に選んでいいよ。テツさんが活躍したしあたしはワガママで同行した身だからね」

「……これはチャンス……」


 自分ではまず作ることのできない神聖な代物。

 知識欲や好奇心を否定することはできない。


「この杖と鏡、ドラゴンの像がすごい気になる」


 素直になった瞬間に惹かれるように手が伸びた。


「じゃあ残りはあたしが貰っとくね」

「これでワイの旅路も終わりか……」


 空になった棚を見て今日この日まで歩んできた日々を思い出す。

 長い長い旅だった。まだ少年と呼べる年から他国を旅し多くのダンジョンへと踏み入れた。多くの出会いと別れがあった。善人、悪人、己が理外に何度も触れた。

 妹が呪いにかからなかったら今の自分には到達しなかったと断言できる。始まりはどうであれ、ずっとこの国にいたらつまらなく小さな王となっていたと想像できる。

 リリアンの呪いは解かれ、打つ手なしかと思われた心の闇も晴れた。

 リリアンが無事なのは本当に喜ばしいことだと理解していても、そのリリアンの心は解呪した男(鉄雄)に攫われた気がして落ち着かないのも事実。

 そして、その二人が今アンナのキャリーハウスで誰にも邪魔されない状況で一緒に過ごしている──

 


 本当によく眠ってる……

 さっきの連絡の後もテツオ君はすぐに横になって眠った。身体を癒すことに集中しているみたいだ。こうして隣にいられるのは嬉しいけど、話ができないのが寂しく感じる。

 牢屋にいたときと同じ静けさはあるけど、誰かがいるだけでこんなにも変わる。こうして観察することもできる、ちょっと硬そうな髪の毛、首の不思議な跡、大事にしているスカーフ、寝相は穏やか。

 なによりこの手が私を助けてくれた。

 力強く私に熱を与えてくれた手。

 そっと左手首を支えるように掴むと指が力なく項垂れてる。見ているだけで胸の奥から愛おしさがこみ上げてきて抱きしめたくなる。ううん、もうそう思った時には動いて手の甲を頬に当てていた。

 ずっとこうしていたいけど、この時間もそろそろ終わる……目も大分癒えている。手のケガも今日中には綺麗に治りそう。

 手の平に軟膏を塗り包帯を巻いたからわかる。

 そろそろ手助けする必要がなくなる。つまりそれはこの国から次へと移動すること。


「あなたがいなくなったら私の隣には誰もいなくなりそうね……」


 友達だったセロスが私に呪いをかけた、ロジオは今回のことで妻を失った。恨まれても当然。

 お兄様はきっとこれから王として勉強が始まる。

 牢から出ても私はきっとひとりぼっちのままで変わらない。


「私はあなたを忘れることはないのに、あなたは私を忘れてしまうのかな……?」


 目標に向かって前に進み続ける人だから、きっとどんどん遠くに進んで私の姿が見えなくなる。

 あなたがいなかったら、私はきっとここまで心が苦しくなることは無かったと思う。

 この時間が少しずつ最後に向かっていくことを考えると全身の血が引いていって眩暈がしそうになる。

 でも、あの道を進んでいたら今こうして自分の気持ちを知ることは一生できなかったと思う。

 不思議よね……牢の中にいた頃は無限にやりたいこととか欲しいものが浮かんできたのに、今はあなたの隣にずっといたいって願いしか思い浮かばないの。


「どうしたらずっと覚えていてくれるのかな……」


 願いが溢れてくる。

 希望が湧いてくる。

 喜びが欲しくなる。

 寂しいのはいや。

 何だか別の呪いにかかったみたい。

 適当な複数の人を恨むより、たったひとりの大事な人を想うのがこんなに大変だなんて……あの時あなたが頼ってくれたからこうなってしまった。

 嬉しくて辛い。全部を嬉しいで塗り替えることができたらいいのに。


「うっ──……!?」


 一瞬だけど、胸の奥が強く動いた?

 想い過ぎて身体にまで変な影響が出てきたのかな……?

 でも別に身体がおかしくなった感じはしない。気のせい?

 ──あれ? 私の髪の毛が彼の手首に巻きついている……偶然? でも輪を作ってそれは──


「そうだ……!」


 例え忘れても何度でも思い出してもらえるようにすればいいんだ。

 だからテツオ君に呪いをかける。ずっと忘れられない呪いを──

本作を読んでいただきありがとうございます!

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