第２９話 光剣の勇者
～実はすぐそばまでいた～
二人は中央広場近くの物陰に隠れて様子を覗っていた。
「何だか凄い状況になってて出番が無さそうよ」
「出番が無いなら無いでいいですよ。念の為今のうちに準備しましょう。斧のここに穴が開いてるから、このボトルを刺しこんでください」
「え～と……こうね？ で、どうやって使うの？」
「俺の手に手を乗せてください」
「うん」
「後は自分が魔術を使っていた感覚で術を使ってみてください」
「魔力無くなったことよりも久々過ぎてできるかな？ え～と……えい！ わっ──黒い玉ができた！」
「ならよ──！？」
「エアツリーが壊れた！？」
「うるさっ──！？」
「急がなきゃっ！！」
リリアンには異音の類は効果が無く、危機的状況を察知して耳が大変なことになっている鉄雄を引きずりながら射程距離に入った。
アンナ達の勝利はアーサリオンの必殺技を核に直撃させること以外手段は残されていない。
彼は全員に全幅の信頼を置き、力の溜めに集中する。呪獣の妨害が飛んで来ようと動かない。一秒でも早く放ち戦いを終わらせることが信頼に応えることだと決めて。
「この位置なら！」
広場の中央、そこに立つ装備を整えたアンナ。
役目は囮。
何故だがずっとアンナにご執心。特別優れた戦力では無い、自身を脅かす何かを持っている訳でもない。これまでの応対で理解していてもおかしくはなさそうだが今も変わらず狙いはアンナ。
「ア”エ、エッ！！」
再生した触腕が叫びと共に叩きつけられるが当然の如く回避する。
魔力障壁で耳を覆い不快な声を防ぐ、保護さえしっかりしていれば神経をかき乱されることもなく騒音程度の嫌悪感しか湧いてこない。
なによりアンナの視力と脚力さえあれば音に頼らずとも避けることは容易。
ダメ押しにいざという時に鉄雄が助けてくれる。それが精神的余裕を生み出し、軌跡の未来を想像させている。
「ただ見てるだけじゃダメ。距離を測って、形、大きさを想像して。私が受けた時はもっと──」
リリアンは自身の呪いを吸い取った霧を想起する。これにより自身が受けた経験を加えてより芯の通った術へと進化する。
呪獣の真下より魔力吸収の黒煙を放出し蛸のような上部に絡みつく。
「本当に思ったとおりに出来る！ このままやわらかく！」
さらに工夫、想像したのは綿の輪。力を入れたところで破壊されない、触腕の形状では引き千切ることは敵わなければ抜け出せない。
奪った魔力は湖面に流れ破魔斧の白刃へと届けられる。
この形が出来てしまえば永続的に魔力を奪いながら戦うことが可能となる。
ただ──
「見事なイメージだ！ でも、こっちに意識が集中してもおかしくない妨害、防御手段も考えておくんだ」
「わかった！ こっちにこられたら危ないから……」
警告通り身体の向きが鉄雄達に向けられる。
殺気と敵意が明確に伝わってきて。
「来るぞ！」
「動くなっ──！」
しかし、その感情はリリアンの方が圧倒的に強い。
動き出す前、呪獣を囲う硬化棒の檻が出現する。
それはジャングルジムのように棒の交差部分が混ざり固まり、八つ足の脚部を枠組みの中へと閉じ込めた。
「ア”アッ！？」
「何年閉じ込められてたと思ってるの！」
足を上げようとしても枠に阻まれる、前後左右に多少動かせる程度で抜け出すことはできない。
もはや巨体をジャングルジムの中に転移させたようなものである。
これはリリアンの鬱憤晴らしとも言える。今までされたことへのお返しといわんばかりに容赦なく追い詰めていく。
彼女にはやり返す権利も正義もある。やられたことの清算。
「うっわあ……これは抜けるのに苦労しそう」
近くで見ているアンナはえげつない拘束に気持ちは冷静になっていった。
腐食の力もドレインによって弱体化、触腕はあえて硬化棒で拒まない造りで壊され難い、仮に伸ばされたとしても距離には限界があり、必然的に直線攻撃のみ。
注意して見ていれば間に合う距離。
腐食液が吐き出されても。
「ここに壁！」
「いいぞ！ その調子だ！」
冷静に壁を作り防ぐ。
拳を握って小さく振り、確かな達成感を満喫していた。
「あそこまで自由に操れるなんて……それに形も綺麗、テツさんが流動的に対してリリアンさんは硬化的に作るのが得意なのかな？」
正確無比、長さと形の数値を正しく理解していなければ生み出せないものばかり。閉ざされた空間の中で膨大に積み重ねた数字の経験値が文字通り形となった。
ただ、頭の中にある品々の種類が少ないのが欠点だろう。もしも、この戦いに勝ち外の世界を見れば大きく発展する。
「……正直言うてな、こんなリリーを見られるとは思ってなかった」
「それはどっちの気持ち？」
「嬉しいんや……ほんま想像できんってこんなの……リリーが魔術使って呪獣と戦ってくれるなんて。過去のワイに伝えても絶対信じてくれへんわ」
リリアンが自分の意志で自分を蝕んでいた呪いと対峙している。
その姿を見て時が戻ったかのように錯覚してしまう。
呪いにかかる前は優しく快活な少女だった。兄の手を引っ張り駆け回るのが当たり前な。
それが呪いによって目も心も死に、陰気な性格に変わってしまった。リリアン自身が変わろうとしなくても周囲の態度が変わり、彼女自身も捻じ曲げられた。
だが、今のリリアンは以前の明るさが戻ろうとしていた。自分じゃどうすることもできなかった底なし沼のような心の闇に沈んだ明るさが。
心が躍る感動的な光景であるがただ一つ、鉄雄の手を覆うように握っているのが兄として少し気になってはいた。
「そろそろ溜まるで！！」
凄まじい輝きが全身から溢れ、大剣はもはや太陽のように輝き刀身全てが発光体と化している。
これから放つ技は先程とは比べ物にならない速さと威力を誇るだろうと誰の目にも明らか、無論呪獣にも──
「うわっ──！？ 壊された！？」
命の危機を察したのか全身を大きく震わせ全力で足掻き暴れ、魔力吸収の硬化柵を砕き破壊する。
「この瞬間を待ってた！！ ──空間凝固！！」
杖を向けて告げる魔術は指定した範囲の空間を固める『空間凝固』。
暴れた際に伸び切った八つ足の関節部分全てを立方体の固めた空間で固定する。これによって呪獣は不格好な体勢で磔にされる。
脚部の八つ足は腐食の力が弱い、それを加味しても魔力や空気は腐り溶けたりしない。抜け出すには肉体の形を変えて抜け出すか、膂力で強引に壊すか、爆発的な魔力放出で弾け飛ばすかの三通り、柔軟なのは上部の触腕を自在に動かせる部分のみ。
つまり、魔力と筋力で破壊できなければ恰好の的のまま──
「今の今まで魔力はぜんっぜん使ってないし、体力だってあり余ってる！ どんなにデカい相手でも１０秒ぐらいは止められるっ！」
完璧で丁寧な術式で作られた魔術刻印の道具。魔力と想像力が優れていれば望み通りに応えてくれる。
身体が軋む音を鳴らしながら足掻いても、関節が完全に覆われ押しつぶす勢いで固められている。
後は執念の対決である。
生と死を奪い合う。
「ほんま充分過ぎるで、ありがとうな──！」
時は満ちた──
剣を大きく振りかぶるとアーサリオンの脳裏に思い出されるここに至るまでの記憶。長い長い思い出、妹を救うための数々の物語──
「どうせ行き先は同じなんだ、お宝もロマンも探し当てようじゃねえか！」
「楽しいと思ったのが申し訳ない。か……いいんじゃねえの？ 暗い気持ちでお宝探しするよりかはずっとマシだ」
「あなたはまだ籠を出たばかりの小鳥、世界は広い、本当に広いのです」
「私のおかげでここまでの術に仕上げられたのよ！ 感謝しなさい！」
「妹さんを救うまで死ねないんじゃないの？ ちゃんと自分が生きることも考えなさい！」
「騙し騙されなんてトレジャーハンターにはつきもんだ。だがな、自分の利益だけを考えた嘘は吐くな。癖になっちまうからな」
「ワシの生涯一の出来じゃろう。お主にこれを打てたことを光栄に思うよ。だが、これはお主が誰かを守る為に打った。何を背負ってるか詳しくは聞かん。どれだけの研鑽を積んだかも……大事な人を斬るために打ったのではないことを忘れるな」
「本当にいいのかい？ 妹を殺す技にして？」
「忠告しておく。君が万全の状態で放ってようやく反動を抑えきれる。命に別状が無いとしても何日もまともに動けないだろう。二度目は無い、打てる状態ではない」
「人を救った分だけお前も救われるはずだ。だから最後の最後までハッピーエンドを諦めるんじゃねえぞ」
まるで走馬灯のように駆け巡った。
リリアンを救う為に探し集めた遺物や宝。その時に紡いだ数々の絆。誇らしき思い出。
その全てが刃に重なる。
（本当にな。ワイは本当に情けないわ……！ 今になってここまで来て、ようやくわかるんやな……ワイは恵まれとったって）
瞳は呪獣を捉え、足が筋肉で膨れ上がる程力を込める。
柄を万力の如き握力で握りしめる。
「汝の魂に祝福のあらんことを光の導きにて安らぎの地へと送り届けん……」
詠唱を唱え終わった瞬間にアーサリオンの姿が消えた。
次に認識できたのは剣を振りぬいた姿が呪獣のすぐ後ろにあったという事実。遅れて路面が砕けて爆ぜる音が響く。
誰もが「何が起きた？」と疑問を抱いた瞬間に光の速さで切ったという現象が呪獣の身体に現れる。
核ごと身体が真っ二つに分断され、切断面から光で滅却される。
再生なんて間に合わない、一瞬で何億何兆に増殖再生するとしてもそれは光よりも遅い。存在の粒子一つ一つが焼き切れていく。
光の通り道に何も残らない。
これは、妹に痛みを与えない為に磨き上げた技。執念と愛が生み出した一閃。
切られた事実を理解する間も無い。ただ、須臾の隙間に訪れた白で世界を終える。
その技の名を──
「楽園への案内」
二分割された呪獣の全身は光に溶けるように消えていく。今までみたいな耐久力が嘘のように。
「やっ、やったの……？」
「もう大丈夫や、これで終わったんや」
迷宮都市ガーディアス、その中央広場は戦いの音が消え静寂に包まれ、光の粒子が舞い散って消えていった。
本作を読んでいただきありがとうございます！
「続きが気になる」「興味を惹かれた」と思われたら
ブックマークの追加や【★★★★★】の評価
感想等をお送り頂けると非常に喜びます！
