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第28話 崩壊へのカウントダウン

 一方その頃、エアツリーの核を取り出す任を与えられたアンナはと言うと。


「う~ん……」


 唸り声を上げながら自分が十人いて手を繋いで輪を作ってもその中に収められない太さのエアツリーと向き合っていた。

 新鮮で浄化された空気を放ち続け悪い所が何もない健康な木を、錬金術の作品を破壊するという行為に罪悪感を覚えてもいた。

 それに戦況はソレイユが圧倒している。本当に必要なのかも疑問も湧いている。

 ただ──


(じゅうぶん勝ってる状況なのに何も言ってこないってことはまだ何かを警戒している……やらなきゃいけないのに何をとっかかりにすればいいのかわからない……核、魔核みたいに普通じゃ見えないもの? そういえばテツはどうやって魔核を見てるの? じゃない、どんな風に見てた? それが鍵になるかも──)


 やれない言い訳にしたくはなかった。

 自分の引き出しで敵わないなら仲間の技術を借りるまで。思い出すは鉄雄の解呪する姿。魔核のみならず身体の内に隠れた刻印を把握する目。

 それを参考に見様見真似だが実行してみた。 


「……ぼーっとしているようにだけど奥の奥を見てる感じだった。身体の表面に焦点を当てるんじゃなくてその中を……テツの主なんだからわたしにだってできる。わたしにはお父さんの錬金術士の目とお母さんのオーガの目がある。できないはずがない──」


 自分で自分を鼓舞しながら集中力を高める。

 悪臭はエアツリーによって清浄化され、腐食はソレイユのおかげで焼却。今なら魔力を抑え込み(そら)ができる。

 魔力の衣を剥ぎ取りあらゆる物を色眼鏡無しで見られる状態。それが虚の持つ可能性の一つ。アンナは鉄雄という最高の虚の教材を近くで見ていたおかげですぐにコツを掴んだ。今こそ応用の時。

 正しい道筋さえわかってしまえば後は基礎能力の高さで駆け抜けるまで。

 アンナの目には刺々しい表面が薄らいで見えて、普段見えている景色が闇に溶けていった。その代わりに夜空に浮かぶ星空のようにエアツリーを巡る魔力の流れが光って見えていた。

 その流れを観察していくとある一点へと集中し、外へと流れ、再び一点へと戻っていくまるで心臓のような器官を発見した。


「見えた! ──でもこれって……?」


 流れの中心こそが核の場所だと確信を得た。

 しかし、見えたのはそれだけではなかった。

 別の流れ、虚弱な部分を示すような亀裂の根。所謂急所と呼べる弱所をその目は捉えていた。

 疑問を感じたのはそれがあったからではない。あらゆる物体には石の目のような弱所が存在する。ただこの木が見せる亀裂の根は作為的でさえあった。

 幹の最外郭ある一点より幹全体に伸びているが、核だけを避けて広がっているのだから。

 確かにこれは錬金術によって生み出された木。

 純粋な生き物ではない。

 戸惑いと不安はあるが


「なるようになれ~!!」


 やけくそ気味に刺々しい鱗のような幹の弱所に刃を突き刺し、力任せに押し込む。

 すると、小さく鈍い悲鳴を皮切りに、連鎖するように音が轟き広がり爆発するように破裂した。刺々しい幹も刃のように尖った大量の葉も周囲にバラ撒かれる。これを見た国民達は目を見開いて言葉を失った。

 結果としてたった一突きで花開くかの如く割れて崩れ、木片の寝所の中心には種子の形をした核が佇んでいた。


「うわっ!? こんな壊れ方する!?」


 壊れ方も生物という範疇を越え、錬金術で生み出されたものだた理解させられる。 

 バラバラに破裂する形で砕けた影響か、煙のように大量の木片粒子も飛び散ることになる。

 マスクを着けていなければむせて咳き込んでいただろう。


「さっすが……! これでこの場が──」

「後はこれをメイグさんのところに──!」


 油断は無かった。

 何が起きても対処できる戦力で支配できていた。

 ただ爆ぜたエアツリーが粉塵を撒き散らし煙のように漂う。最後と言わんばかりに酸素も大量に放出していた。

 それらはゆらりと広がりソルの放つ光の中へも踏み入れる。


「っ──!? 全機緊急停止(オールオフ)!!」


 最悪の未来が見えた。

 ソレイユが今使っている極光熱波ミークロヴェレンヘーアトは光に入ったモノ全ての水分を蒸発させた上で材質によっては着火させる力も有している。

 つまり粉塵となった木屑が入れば──


「え──?」

「な──?」


 粉塵爆発が起きる。

 粉塵の道を辿り連鎖的に伸びていく中心に向かって。その中にいるアンナは間違いなく直撃。

 おまけに核も損傷する。

 宙を漂っていたフェアリー全てが地に落下。ソルは宙に浮かび穏やかな光を放つ。その光景に思わずアンナも足を止めてしまう。「何故?」という疑問を解決する間も無く。


「ア”! アッ、アア!!」


 仰向けのまま放たれる不快音の叫びに加えて、狙いなんて関係無いと言わんばかりに乱雑に腐食液が撒き散らされる。

 まるで鬱憤晴らしのような噴水。 


「ぐぁっ!?」「うっ!?」「あぁっ!?」


 不快音を防ぐ手立ても無く直撃し身体が強張り、怖気が走る。

 舞い散る腐食液はもはや運のみで回避できた。

 ほんの一瞬、たった一つの想定外が戦況を変えた。ソルは健在で穏やかな光を放ち続けていてもフェアリーの半数近くが腐食液によって溶かされる。アンナは虚の状態であったため不快音の刺激を強く受け平衡感覚が狂いまともに動けない有様。エアツリーがあった場所には腐食液がベットリと付着し泡立って腐らせていた。

 なによりの問題は呪獣があの高熱を凌ぎ切ったという事実。

 未だ健在だと言わんばかりにひっくり返った身体を触腕を器用に操り体勢を整え、アンナに狙いを定め槍のように触腕を伸ばす。


「っ! 八機(ナハト)──!」


 フェアリーの再起動を試みても、動ける機体の配置がバラバラで離れている。連動させなければ弾くだけの威力は引き出せない。顔は焦りと絶望に歪む。

 この場にいる者は誰も動けない。


(そんな……!? こんなところで!?)


 目の前に迫る黒槍が超低速に目に映る。目だけがはっきりと全てを認識し身体は覚束ず動けない。

 全てが黒に染まる。


「捉えた──」


 痛みは無く、目の前は黒い。一瞬で命を刈り取られた──かに思えば両手に抱える感触はそのまま、エアツリーの核は健在。

 黒の視界が割れるように晴れると、触腕の軌道はズレてあらぬ方へと伸び切っていた。

 腐食の触腕を防げるのは一人しかいない。足りないものが戻ってきたような満ちた感覚で高揚する。


「やっぱりテ……ツ……?」

「どうやら上手くいったみたいだな」

「これが破術……?」


 中央広場の縁。望んだ人物はそこにいた。

 しかし、鉄雄だけではなく破魔斧を握る右手に左手を重ねて握るリリアンの姿も添えて。


「リリー……!?」

「これは想像つかないかなぁ……」


 誰もがこの場には来てほしくないと願っていた。

 これ以上の無茶はしてほしくないと。呪いに向き合わせたくないと。

 その両者が同時に現れてしまったのだから、驚きを隠すことはできなかった。

 そして、安心してしまった自分に情けなさも覚えていた。


「次は霧で相手を囲むようにするんだ」

「きり? それってどんな形なの?」

「……じゃあ煙だ、煙をイメージして相手を包むんだ」

「え~と……こう!」


 破魔斧の刃より黒い煙が溢れ、呪獣に向かう。

 未知の黒煙に対し不動を貫き、気にすることなくアンナを狙い続けていたソレイユの攻撃の方が怖いて危険。

 だが、纏わりつかれた瞬間に自分の力が溶けていくような感覚に陥る。熱せられた時よりも恐ろしく、自分が蚕食されていく感覚。


「逃げられた!」

「深く追わなくていい、動かすことが目的。まずは三人と合流だ──みんな、こっちに来てくれ!」

「え~と、あーしてこーして……」


 煙を操り、三人に近寄らせないようしつつ視界を防ぐ。

 明確な目的が与えられることで初運用でも形となり


「どういうことや!? なんでリリーが……それに──」


 約束。

 自ら課した約束を自ら反故するような行為。


「今私がやりたいのはどうやらこっちみたい。だからお兄様もやりたいことやって」


 迷いがなく真剣な瞳で必死に術を操作する姿。


「はは──全くワガママすぎてしょうがないな。でも、それでええ! それでええんや!」

「アーさん?」


 心に付けられていた錘や鎖が気持ちの良い音を立てながら砕けていくのを実感していた。陰りのあった表情は晴々とし快男児と呼ぶに相応しく変化した。


「ようやく着いたぁ。テツは動いてだいじょうぶなの!? それにリリアンさんがどうしてここに?」

「俺は平気だ。リリアンさんには俺の目の変わりとなって破術を使ってもらうことにした。出番が無いことを願ってたけどそう、都合よくいかないらしいな」

「来ないでって念話(テレパシー)すればよかった」

「それでも来るさ」

「じゃあ逆に急いで来てって言った方がわかりやすくていいかも?」

「そうしてくれ、最速で駆けつける」


 アンナの調子が戻ってきていた。人見知りするタイプではないにしても、尊敬する人と王子と共に行動していたのだから居心地の悪さによる緊張はしていた。


「お~い! 皆無事か?」

「メイグ! 来てくれたんか!」

「エアツリーが壊れた瞬間に全部理解したよ。挨拶とか色々したかったけど僕のやるべきことはわかってる!」

「お願いします!」


 エアツリーの核を受け取り自分のアトリエへと駆けて行く。

 エアツリーが失われた以上短期決戦しか選択できない。悪臭は浄化されずに


「ほんならこっからどうする? 破魔斧の力だけでもアレを消すんは無理やろ?」

「生物なら何度も命を失ってるはずなのにどうしてあそこまで頑丈なんだろう?」

「私との幸福の差がアレを作ったのなら、わかりやすい幸せの象徴が消えない限り呪いは続く。お金か名誉か知らないけどアレを攻撃するだけで呪いを削り取ろうと思ったらまだまだ足りないはず」

「どれくらい?」

「今の時点で1年分は削れたぐらいのはず」

「後17年分ってこと!?」


 それだけ幸せであったということ、それだけ不幸であったということ。

 積み重なった幸不幸が肉体を再生、再構築していく。そして、己の幸せを巻き込むまで腐食と悪臭をばら撒き続ける。


「幸せの象徴が何かわからない以上、核を破壊するのが最善だな」

「もしかしてテツの目には見えてる?」

「ああ、見えてないけど感じ取れてはいる。不思議な形をした生物みたいだけど中心には確かに呪いの核がある」


 包帯に覆われながらも左手が示す先には確かに呪獣、動けば動く先に指先も移動し適当ではないことを理解する。


「でもどうやって破壊する? あたしの術じゃ残念だけど相性が悪い。エアツリーが無くなった今、迂闊に火炎系は使えないし」

「ワイに任せろ!」


 大剣を中心で分離させ双剣へと変形させて前へ出る。


「何をする気?」

「アイツの硬さを確かめてくる。それと、今のうちに回復しといてくれや。ワイが描きたい未来には皆の力が要りそうなんや」


 溢れる魔力は穏やかながらも力強く。確かな実力を表現していた。


「大丈夫なのお兄様?」

「お兄ちゃんはな……! 妹が見てる間は無敵なんや!! 最高にかっこええところを見せたるわっ!」


 まるで別人。半端で落ち着きの無い顔だけの男から。重厚な存在感に包まれ筋肉が一段階盛り上がったようにさえ見えてしまう。

 その変化を祝うかのように採光口より降り注ぐ光が王子を歓迎しているかのように強く瞬いた。


(心が軽い! 身体が軽い! 今、ワイにできないことなんて何もあらへん!!)

 

 光の残滓が進んだ道に零れ落ちる。


「はやっ!?」

「まさか──光化(モード)!?」


 属性の力と身体を一体化させる魔術こそが○○化(モード)。己の属性の力を最大限まで極めた者だけが到達できる秘奥。

 アンナの目でもその速さは追い切れない。

 黒煙から逃げた先に回り込み、全身を瞬きする間に七連撃の輝く斬撃を叩き込みながら背後を取る。


「かったいのお! こっちならどうや──!」


 続き、刃を交差し押し当てて力任せに挟み切る。

 しかし、溝を作る程度で収まり切断には至らない。


(ダメージはあるんやが切るとほぼ同時に再生されとる。)

「えっ──? まだわたし狙うの!?」


 大した脅威だと認識されなかったのか八本全ての触腕がアンナ達へ──


「ワイが見えてへんのか? ──純白円月(フルムーン)


 迫る前に全てがあらぬ方向へ弾ける。結果を言えば呪獣の上部に立ち回転切りを放った。

 しかし、時の流れをコマ送りにでもしなければまともに見ることができない剣戟。

 満月を想起させる光の斬撃が触腕全ての根本に深く傷を刻み込んだ。


「──あかんわ、金属みたいな表面とゴムみたいな中身で今のままやと中の核まで刃が届かへん。深く傷入れた今の内に作戦決めきるで!」

「何時の間に!? 早すぎだよ!?」


 鉄雄達のそばまで転移してきたのかと錯覚する速さで戻ってくる。呪獣も切れ落ちそうな触腕の再生で停止状態、警戒や分析どころではなく再生しなければ存亡に関わる。


「今のままだと? というと斬る算段はついてはいるのか?」

「ああ、アイツを一撃で葬る自信がある技が一つだけある。けど、そいつを貯めるには三分必要なんや、陽の光があるところなら短縮できるんやが採光口からの光じゃ弱すぎる」

「それならソルの力も足せばいいよ」

「ええ案やな、後は一撃で急所的な場所を狙って斃さなあかん。ただワイにはその場所がわからへん。教えられても動く相手に当てるのは至難の技すぎる」

「つまり動きを止める必要か……残ったフェアリーじゃ。そもそもただの拘束じゃ腐食に負けるよ」

「わたしもそんな道具用意してないよ……」


 肉体を覆う攻防一体腐食の鎧に加えて、単純に強い膂力。押さえ込むことなど不可能に近い。

 先ほどのように圧倒できれば話は別だが使い物にならなくなったフェアリーが多すぎて同じ術は使えない。


「いや、ソレイユさんにはアーサーのサポートに集中してください。アンナにはキャロルさんから貰ったアレがあるだろ?」

「あっ、でもアレは……」

「問題ない。腐食が影響できるものには限界がある。だからこそパワー勝負に持ち込める、狙いさえ良ければ確実に動きを封じられる」


 キャロルに手伝ってもらい完成した魔術刻印の入った装着品。

 それに刻まれたのは魔女の魔術。相当使いやすくアンナに合っていた。

 今回の目的に対して最善と呼べる術なのは確かである。


「ここから先はエンブレイスマターを使用する。そして、リリアンさんに全てを賭ける」

「えっ!?」

「わかった、テツがそう信じるならわたしも信じる。囮役はまかせて!」

「ええっ!? 本気で言ってるの!?」


 この中で一番戦闘経験も魔術錬度も低いのがリリアン。

 ようやく術の動かし方がわかってきた彼女に全てを託すというのだから当の本人は不安と混乱でふらつきそうになっていた。

 実力に見合ってない期待も合わさり、気絶しそうになるが鉄雄の包帯に巻かれ傷が残る左手がさらに重ねられ、気が落ち着いていった。


「描くは理想、これから使う術はあなたの望んだ形と動きを実現してくれます」

「理想……」

「まあ難しいことなんて考えず、皆を守るために思いっきりやりたいようにやってください。心に描いた形を素直に再現すればいいんです」

「わたしは回避に集中するから無理して守ろうとしなくていいから~!」


 見えずの鉄雄でも近くにいるだけでアンナにもたらす安心感と余裕は大きい。


「我が心に勇ありけり──エンブレイスマター、起動!」

「わっ……!? 何コレ……湖……?」


 破力が波のように広がりアンナを中心に湖を形成する。ただこれは想像(イメージ)実際は何も変わっていない。破力が広がっているのは事実ではあるが。


「じゃあこっちも充填(チャージ)開始だね! ソル起動!」

「よっしゃ行くで!」


 双剣を大剣に戻し二つの陽光を浴びる位置で剣先を地に指し柄頭に両手を添える。

 これが戦いの結末を決める分水嶺。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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