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第21話 ガーディアス観光案内

「よ~し! 出発! ──で、その錬金術士さんがいるのはどこ?」


 身なりを整え、マテリアのマントをはためかせアンナは意気揚々と先頭を歩こうとするが肝心な場所はわかっておらずアーサリオンに振り返る。


「その錬金術士がいるのは上層でここから真反対の位置におるで。狭い国とはいえ結構歩くことになるからな」


 中心に窪んでいく階段構造の町並み。上層の王城から同じく上層の錬金術士の場所まで直線で向かうと階段を下って下層の中央広場、その後上層まで階段を上るといった立体的に見れば体力を使いそうな順路である。


「そういえばリリアンさんはいいの? ひっさしぶりの外の探索とか色々やりたいことがあるんじゃないの? テツは結構丈夫だから介護なんかなくてもどうにかすると思うよ?」

「……リリーはまだ戻った自分に慣れてへん。普通に生活していた期間の倍近く人間らしい生活はできとらんかったからな。そんなら同じ魔力の無い人間と一緒におることで大丈夫やって知ってほしい」


 十歳で呪いにかかり十八年間監禁生活。年齢二十八、けれど肉体は十歳のまま。呪いが解けたからと言って急成長するわけでもない。

 加えて本を与えても紙製ならばすぐに腐食して崩れ落ちるので知識を溜め込むこともできていない。

 心と身体のバランスが歪な状態に陥り続けているのがリリアンである。 


「そこまで考えてたんだ……確かにテツなら良い教科書になってくれると思う。それにずっと裸でいたんだもんね……服を着ている時も何だか落ち着かない様子だった」

「想像できない状態だよ。今立って歩いて会話できること自体が凄いことだと思う」

「……異常が日常やったんや。今の状態に慣れて休んで、回復することを待つしかないんや」


 解呪されたから全て解決──なんて甘い話は無い。

 リリアンにとっては何十週も周回遅れを余儀なくされた人生の再スタート。

 アーサリオンも含め身近な人や友、使用人ですら成長しており家庭を築いた者も少なくない。

 その代表的な存在が──


(そういやこの近くがロジオ達の家やったな。折角呪いが解けたんやし報告でも──ってあかんあかん、今はテツオの代わりにこの子の護衛と案内をせなあかん! 筋をキッチリ通さんと失礼すぎる!)


 ロジオとセロス、幼馴染同士で結婚に子宝にも恵まれわかりやすく年を重ねて成長した者達。

 そんな親友にアーサリオンは報告したい衝動をグッと堪えて案内に徹する。

 焦る必要はないのだから、どうせ帰り道もここを通る。その時に報告し共に喜びを分かち合えば良い。と言い聞かせるように。

 寄り道せずに進むと三人の目に映るのは──


「これがエアツリーなんだ……近くでみるとおっきいし結構トゲトゲしてるんだ」

「全部が全部この形って訳じゃないけど本当にこれは刺々しいね。それにこの辺りは匂いが全然しない。やっぱり空気を新しく出しているからかな?」


 目的地はあれど、ど真ん中に佇むエアツリーは通り道。錬金術士としては無視できない存在で足を止めてちょっとした観光気分を楽しんでいた。

 ここ中央広場はエアツリーが作る新鮮で無臭の空気で満たされている。この見えない恩恵がもたらす価値は呪いの悪臭によって評価される。

 過去、ガーディアスでは上層、中層、下層の順で非公式ながらも国民の位が決まっていた。王がいる上層かつ城の近くに住むものほど偉いと。しかし、呪いの悪臭と花の芳香により意味は成さなくなってしまう。酷い環境に身を置く者が愚かだと誰もが認識するようになった。

 エアツリーが下層の中央にあるということはその恩恵を一番受けるのは無論下層。加えて届く匂いも少量。快適な生活を堪能できたのに対し上層はエアツリーの恩恵は小さく、悪臭の被害は大きい。

 結果、鼻が鈍感な者でも我慢しきれずに望んで下層に引っ越すことも多かった。残ったのは曖昧に作られた価値観に固執する者


「ダンジョン以外で作ることあるのかな……?」

「甘いねアンナちゃん。この木は空気を作るためだけど特定の気体のみを発するエアツリーもあるんだよ。それにあたしのキャリーハウスにある植物の一部はエアツリーなんだ」

「そうなんですか!? でも、どうしてキャリーハウスに?」

「いやぁ~あれって結構気密性高いじゃない? 調合する時って釜に火をかけるよね?」

「ああ……」


 情けない記憶故に口が淀むが、アンナはその先は言わずとも理解した。

 いくら煙突があっても空気の流入も少なく換気が十分に行われなかった。ソレイユは一度一酸化炭素中毒になりかけたが確認作業として周囲を意識しながら調合していたのが功を奏した。

 それでも携帯できるアトリエという理想を捨てきれず対策を考えた。

 結果、エアツリーを中に配置することで解決した。アンナとソレイユが調合している間もしっかりと空気を放出し身の安全を守っていたのである。


「この広さのダンジョンを支えるにはこれぐらい大きくないといけないんだなぁ……」

「思ったんやけどこういうのって修理とかどうするんや? ワイが生まれる前から稼動しとったみたいやけど植物な時点で寿命とかあるんやろ? 錬金術で生み出されたから無限だったりするんか?」

「無限ってことはありえないよ。情報が詰まった(シード)が中にあるはずだからそれを取り出して再び調合すればいいはずだよ。そんなことを聞くってことはもしかして何か異常でも感じたの?」

「いや、単純に気になっただけや。ワイは外に出ることが多いし異常が起きたとしても感じ取れんと思う」


 ガーディアスを支える屋台骨。

 普通に植物も自生している国ではあるが、それだけで国に存在する生物を酸素をまかなうことは厳しい。ここは新たな空気が外から入ってこない屋根のある筒の中。

 これが失ってしまうことで起こりうる被害の大きさをこの国で理解できている者は多くない。

 外部と隔絶された空間にはそういう不安定さを同居していることを三人は改めて理解しこの場を後にする。

 王城側と違い階段を上っても花の芳香や悪臭が届かない上層に到着する。


「ふぅ、目的地までもう少し?」

「そうやな、というよりもう見えとるで」

「え?」


 アーサリオンの指差す先に顔を向けると、他の住宅よりも庭が広く何かを畑で栽培し、国を覆う壁と一体化したかのような作りの家が目に映る。


「な~んかわかりやすくそれっぽい気がする」

「せやろ?」


 備え付けの鐘をカランカランと鳴らすと。一分もしない間に玄関が開き主が姿を現した。


「はいは~い……どちらさま?」


 洒落っ気の無い作業着に短髪で眼鏡をかけた穏やかな顔をしている男性。


「ワイやで」

「おおっ! 久しぶりですねアーサリオンさん!」

「今日は報告と客人を連れてきたで」

「お客さん……?」


 二人は旧知の仲だと言うのが朗らかな表情で伝わってくる。

 彼がアーサリオンの後ろにいる二人に視線を向ける。しかし──


「はじめまして! アンナ・クリスティナです! 今日は──」

「──そ、その制服はまさかマテリアの!? 今更どうしてここに!?」


 うろたえ、怯え穏やかな表情が崩壊して──


「え?」

「ん?」

「うっ、うわああああああ!!?」


 背を向け部屋の奥へと逃げていく。扉の鍵は閉めず、途中テーブルにぶつかっても気にせずさながら肉食動物を目の前にした草食動物のように自分の身を守ることだけに集中して駆けだした。


「に、逃げた!?」

「どういうこと?」

「さぁ……ワイにも何が何だか……?」


 アーサリオンにとってもこの状況は想定外。こんな行動を取ることなんて彼との付き合いの記憶から結び付かず困惑するしかなかった。

 とにかく家に入って錬金術士特有の素材が所狭しと置かれている部屋を進んでいく。


「マテリアって言ってたよね? ということはあの人元々はライトニアに住んでたってこと?」

「錬金学校マテリアの卒業生ってことかもね。でも、あの人は見たこと無いからあたしの同期じゃないよ」

「この扉の奥に入ったけど──鍵かかってる!」


 ドアノブを握って動かそうとしても硬く動かない。力ずくで開けようにも金属製の扉、壊すことは難しい。


「もしも~し。どうして逃げるんですか~?」

「ぼ、僕を連れ戻しに来たんだろう!? い、嫌だぞ、もうあんな奴の下で働きたくは無い!」


 声が震え演技ではなく本気で怯えているのが伝わってくる。例えアンナとソレイユという二人の女性であり年下であっても警戒している。彼の目には人面獣心の悪魔が立っているように映っているだろう。


「どういうこと?」

「王国で嫌な目にあってここまで逃げてきた。ライトニアの象徴とも言えるマテリア、その制服を見て変な方向に情報が繋がった感じかな?」

「安心せえ! この子らお前のことを何も知らん。別のことで話があるんや──!」

「う、嘘だ! そういう言葉で僕をだましてきたんだ。もう騙されない! 絶対ここを開けないからな!」


 取り付く島が無いとはこのこと。

 意固地になって拒絶。いや自分の身を守るのに必死になっていると言った方が正しいだろう。


「こりゃどうすればええか……」


 冷静になってもらうためには日を改めるしかない。と言っても再び来たところで同じことの繰り返しになりかねない。

 この扉も無理矢理壊すことは可能であるが、それをすれば余計に口を噤むことは想像に容易い。彼から出てきてもらわねば意味が無い。

 アンナもそれを理解しているからこそ自前の怪力で突破することは止めている。

 ただ、何かを閃いたのか──


「ふたりとも耳を塞いでください。このまま聞きます」

「ん? まあええで?」


 このまま聞く? 聞けるのか? そういう疑問が浮かぶが。


「すぅ──ロドニ~クリスティナって知ってますかぁ~!!!」


 一瞬にして疑問は消えた。

 手をメガホンのように構えて扉越しに大声を響かせる。

 凄まじい大音量のボイスで体の内側まで揺らしてきた。


「ぐあっ……な、なんだぁ!?」

「わたしの!! お父さんを探しに!! この国に!! やってきました!!」


 家の中にある軽い物は微震し、隠れていた小さな生物が逃げ出す。

 至近距離にいる二人は物理的に加えて魔力的にも音を防ぎ成り行きを見守る。


(めっちゃ声でるやん……)

(丁寧に説得するよりもこっちの方が早くて確実な気がする)


 言葉には魂が宿る。素直で嘘偽りない言葉でないとこの声は出せないと誰もが理解する。

 邪心がある言葉は特に顕著に聞こえるものだから。


「同じ!! 錬金術士として──」

「わ、わかったからその大声を止めてくれぇっ!」

「あ、開いた」

「やるやん」


 観念したといった様子で閉ざされた扉を自ら開いた。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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