第18話 ガーディアスの深夜
ガーディアスの夜はどこよりも暗い。旅行者など存在しないこの国は22時になれば全ての街灯が消え、殆どの家屋の灯りも消え、星月の光が届かない漆黒の闇へ飲まれる。
ランタンを持って移動する光は何より目立ち、離れ庭園に向かって揺らめいていくのがより目立って見えた。
「起きとるかリリー?」
「……どうしたのお兄様? こんな夜にそんな暗い顔をして?」
リリアン・ガーディアスに昼夜の概念は無い。起き続けても眠り続けても身体に影響は無い。
アーサリオンが扉を開けてやってくればすぐに反応できる。
「リリー……お前の呪いは解ける……解けるんや……」
「……いつもみたいな空元気ですがるような言葉じゃないのね。本当にこの呪いが解けるんだ……」
普段と違うアーサーの態度、夕食時のちゃらけた様子も無く苦悶に耐えるような表情で言葉にしていた。悪臭の匂いでこんな顔には決してなっていないだろう。
「でもな……お前の……お前の魔力が無くなってしまう。魔核を完全に消滅させないと解呪できんみたいや」
希望を崩すような絶望を伝える愚行。
冒険で培った丹力があっても向き合って口にすることはできず、顔を背け視線をずらさなければ怖くて伝えることなんてできない。
だが、リリアンの表情にまるで変化が無かった。解呪されるという喜びも魔力を失うという絶望も何も。これまでの失敗で信頼されていないとは違う。どんな結果であっても興味が無い、そんな顔。
「そうなんだ……でも、もうそんなことどうでもいいの。仮に成功できたとしても私には何もない。私は子供の時から成長していない。なのに28歳、友達はみんな大人になって家庭を持ってるのに私は子供の姿でこんな年齢、誰も娶るはずもない。呪いが解ければ私は死ねる。死ぬことができる。ずっとこの時を待っていた」
「そんな悲しいこと言わんでくれや! もう一度外に出て家族揃うために探してきたんや!」
「本当に……? 最初はそうでも外の方が楽しくてここにいたくなかったんじゃないの? 帰ってくるたびに楽しそうに外の話をするのだからそうだと思ったけど? 私を救いたいというのは嘘で本当は外の世界で遊びたかったんじゃないの? 諦めたら外に出られないからそういう演技だけはしっかりしてて」
「そんな訳ないやろ……!」
だが、否定しきれない。
リリアンの呪いを解く為に多くの場所を巡った。その最中は王子という肩書はまるで意味を成さずアーサーとして生きて戦うしかなかった。
でもそれが自分として生きることを実感させた。全てが対等で平等。
神器を巡る冒険、宝を求め仲間達とダンジョン、危険な魔獣との総力戦。ここにいたら得られない経験に胸が満たされていた。
途中、何のために宝を求めたのか忘れてしまうこともあり達成感と同時に嫌悪感に苛まれた。
「お兄様も私の解呪の為に奔走したといっても外の世界を沢山みて成長してた。私だけがこの狭い金属の空間で食事もせず、遊びもできず、ただ……ただ……何度も死のうと思った、飢えない寝なくてもいい……死ねない……何で殺せる相手を探してくれなかったの──何で私を殺せるだけの力を身に着けてくれなかったの?」
呪いの力は自死を許さない。
食事を取れなくなったからと言って餓死はしない、刃物で自身の首を切ろうとしてもすぐに刃は腐敗し切れ味を失い灰と消える。唯一腐らなかった髪の毛を自身の首に巻こうとしても首に圧が掛かった瞬間に溶けて千切れる。
壁に向かって頭を打ち付けてようとしても呪いがクッションを作り痛みを得ることができない。
自傷行為は全て妨害される。この呪いは殺すために作られたものではないとリリアンは理解した。他者との交流を全て断たれ孤独の世界へと堕とす呪いだと。
兄が捧げる神器や聖遺物、宝石、霊獣の素材、最初は期待と希望があったが何も意味が無かった。
何時しか殺されることがこの呪いから解放されることの近道だと考えるようになった。
「リリー……お前が生きてくれるならワイは何でもするつもりや……こんな暗くて狭い世界に閉じ込めてしまった、リリーには自由に生きる権利がある。ここで最後になんて絶対させたくないんや!」
「お兄様……もう何でもどうでもいいの。こんな虚無の世界で生きていたってどうでもいい、ようやく解放される……お兄様は時を重ねられた。それにね、家族がそろうことはもうないよ」
「何でや? 魔力が無くなっても呪いさえ解ければ──」
「だってあのふたりがここに来たことは1度もなかった」
「──っ!? それは………」
衝撃的な言葉に返す言葉が出なかった。王の責務があることは知ってはいたが、合間の時間に妹に会いに行っているのかと思っていた。
十八年経った今聞かされる事実に膝から崩れ落ちそうな混乱に見舞われる。
残念ながらこれは事実。王も王妃も時間があっても向かうことはしなかった。
これをアーサーは嘘だと信じることはできなかった。妹のことは忘れ王位継承に向けた勉強を帰る度に言われていた。これを妹のことは切り捨てたと理解してなかった。いや、する気が無かった。
最初の一、二年は両親共に解呪されることに期待はしたが一向に好転しない状況に疲れてしまった。未来の見えない娘よりも息子を確実に王へ据える事を選択した。
「何よりお父様お母様にとっては私は存在していない者。消えることを望まれている。よかったね、この呪いがお兄様にかけられなくて」
「どうしてや……どうして解呪できる未来が見えたのにそんなことばかり言うんや……」
「私がここを出た後の未来が見えないの。わかるんだ、何もできなかった私がここからでても何もできない、ただ閉じ込められる場所が変わるだけ」
「なら、ワイと一緒に旅に出よう。外の世界を見れば──」
「私の解呪が終わればお兄様は外を出る鍵を失う。ガーディアスの王に成る時が来たんだよ。おめでとう」
「そんなんどうとでもなる!」
「本気でこの国を出る許可が出ると思ってる? そんな自信の無い顔で?」
このままではたとえ解呪できたとしても目を離した隙に自刃するのが想像できた。生への執着が微塵も無い。
それを止めるためには拘束するしかないのも理解してしまった。
ただでさえ今が籠の鳥、解呪をしたら首輪で繋げるような真似をしなければならない。
「ああ、でもあった、もしもこうなったらいいなっていう見たい光景があった。それが見られたら全てを忘れられそう。生きる希望が湧いてきそう」
「お! 何や! 言ってくれそれが希望になるなら叶えたる!」
「……お兄様には無理、お兄様だから叶えられない。だからどうでもいい」
「リリアンの為なら何だってやったる! 約束や……!」
「次こそは大丈夫なんて何度も言って嘘ついてきたのがお兄様でしょ?」
「確かにワイは嘘を吐いてきたかもしらん。でも最後にはそれを叶えらえる男や! 今度こそは大丈夫なんや……! 信じてくれ!」
大言壮語に気付けず何度も期待させて、裏切ってしまった。
何度も逃げる背を見せてしまった。
「それも聞いた」
信用も信頼なんてどこかに行った。
自分の為に兄が苦しんでいるなんて到底思えないからだ。
自分の纏う空気と兄が纏う空気がまるで違う。苦難と幸福。空虚と充実。
妹のために茨の道でも進む。それが確かな経験へと身に付く。繰り返す度に心身共に成長する。だが、妹は何も変わらない。
「……わかった。今回の結果が失敗したとしてもワイが……ワイがリリーを終わらせる。約束する。その準備は既にできてはおったんや。だから、成功したらリリーの願いを叶えることを信じてくれへんか?」
望んで言う訳が無い。
誰が好き好んで妹に手を掛けるなんて言葉を吐けるだろうか。
誰が言われもない呪いで他者との交流を断たれ、万人が得られる細やかな幸せも奪われた妹に刃を向けられるのか?
「よかった……これなら安心できる……もしも成功したらお兄様にはあることをしてもらいたいの。ここに閉じ込められている時に芽生えた希望」
「ああ言うてみい、何でもやったる」
「じゃあね……────して欲しいの」
「はっ……?」
その願いは叶えたくなかった。叶える手段があっても自分にはそれが可能だとしても実行したくなかった。
だが、心に生まれてもおかしくない願い。もっと早く解呪できればよかったのかと、ここまで追い込んでしまったのかと悔いても悔いきれなかった。
ただ、鉄雄という手段は最速中の最速なのも事実。
「この呪いがどうしてかかったのかずっと考えてたの。私が姫として生まれたからこうなったのかって?」
「本当にそれを望んどるんか……?」
「きっとその光景は私の心を大きく動かすと思う、想像もつかないような何かが起きるはず。そう何かが! ずっとずっと頭の中で外の景色を想像してた! ただの答え合わせじゃない何かが!」
本気の願いだと彼女の強い感情が証明していた。
「ねえ、お兄様……嘘は吐かないよね?」
その金の瞳に輝きは無く、深く、深く──闇に染まっていた。
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