第7話 採点
7月26日 火の日 16時00分 錬金学校マテリア
時は遡り、実技試験が終えた後。
錬金科が調合した作品達が並べられ教師達がクリップボード片手に委細漏らさず観察していた。
作品の前には名前は記入されておらず番号だけ。これは匿名の為であり過去の汚点が影響している。
錬金科の生徒には貴族の子供も珍しくなく、過去に名前を見て評価を甘くしたことがありこの方式が取られた。加えて実技を監督した先生が評価に関わることは無く、試験後採点が終えるまで接触も禁止とされている。
厳格に守るべきルールに則り部屋の空気は重く真剣なものではあるが生徒達の実力が形となって目の前に存在していることに喜びや期待を感じる者も多い。
時折漏れる溜息は感嘆か呆れか一時間近くかけ全員が全員の作品に評点を記し。
最終的な点数がこれから決まる。
「──では始めましょう」
場所を移動し周囲の警戒をした後に入った部屋は会議室。中央には大きなテーブルがあり、そこには各人の評価用紙が置かれている。全員が全員の評価を確認でき、毎回この場で議論が起きることも珍しくない。むしろ起きるのが恒例。
「まずは誰も異論が少なそうな14番、アリスィート・マリアージュの『ブラッドソーン』からいきましょう」
「あれは彼女の作品でしたか! 出来の良さもそうですが形も良い、麻痺系毒で纏めた影響でしょうね」
「ただ、毒物ということもあったのか何かしらの迷いも感じられました」
「完成度があと1歩足りないのが皆さんの総意。40点、異論はありませんね?」
「妥当だな」
実技試験の評点方法は5段階に分かれた調合品に品質及び完成度を1~10で評価し、段階別の数字に評価点を掛けることで決定する。
最高難度の『ブラッドソーン』で10点の評価を得たら『50』。
真ん中の『蒼天の雫』で6点だったら『18』。
という形となる。
基本的に教師達が付けた点数を平均して評価点が決定する。だが、全員が目の肥えた錬金術士でもあり大きな差が生まれるということはほぼ無い。匿名制になってからは採点に容赦や遠慮が無くなったのも大きく、結果に涙を流す生徒も現れることも珍しくない。
そうして順調に点数は決められていき。
「7番、ナーシャ・アロマリエ・フラワージュ。蒼天の雫──27点」
「20番、ユールティア・ヴィンセント・フォン・ヴァルトナージュ。無温の炎──36」
「10番、ジョニー・ガイルッテ。無温の炎──28点」
マテリア寮に在籍している者達も点数付けされ。
最後に残ったのは──
「評価が難しいのはやはりこれですね……」
「4番、アンナ・クリスティナの『アルネシアン』。錬金科の中で彼女だけがアルネシアンを調合しました。難度という点では彼女が1番下となるのですが……全員が10点を記入しています」
「まさかこれを作ったのがあの子だったなんて……! いえ、簡単だからそうなっただけではなくて?」
「素材を見る目も良い。そうでなければここまでは作れない」
「ですが全員が10を付けるのは異常事態です。それぞれ加点法か減点法で評価をしているにしても迷いなく最高を記すなんて」
「私もそうだが試験である以上どんな作品であれ厳しい目で見る。しかし、自分でもここまで仕上げることが可能かと迷ってしまった時点で10を付けるしかないのだ……」
「負けたと思ってしまったんですか!?」
「品質、技能共に格が違います。卒業生でもここまで作れるのは一握り、逆に使い難いレベルです」
満点。
人は滅多なことではそれを選ぶことはない。数学のように明確な答えが決まっているものならともかく、これは芸術に近い。他者の感性によってきまってしまう。
美点よりも欠点の方が嫌と言う程目に付いてしまうのが当たり前。
けれど、アンナ・クリスティナの作品には誰もが『10』を付けた。
即ち非の打ち所がないということ。
「本来の計算では2の10。20点となるのですが……」
「特別扱いする必要は無いのではありませんか? 示しが付きませんよ!」
「しかしですね、例年通りこれらの作品は一般に向けて展示されることになります。分かる人が見れば分かります。欲しがる人が出てもおかしくない出来です。それが20点となれば──」
「逆に示しが付かねえってことだ」
「だとすればルールを曲げるしかありません」
「本気で言ってるのですか!? 1生徒の為に? これまで守ってきた採点方法を?」
「ルールなんて何度か変わってきていますとも。好きな物から指定品、記名から匿名、点の付け方だって昔とは違って来てます。もう1段階変化する時が来たということです」
「とはいえ、大きくは変えません。調合難度による点数分け。品質や完成度が高い場合に限って1段階上げるという措置はいかがでしょう?」
「……妥当でしょうね。ここで前例を作ることで将来試験を挑む者に見てくれだけの作品を調合させずに済む可能性もできますから」
アンナは20点から30点へと増加する。
しかし、逆は存在しない。ブラッドソーンを作れば最低5点は手に入る。故に点を求めて自分の実力以上の調合品に挑んでしまい形だけは出来上がっても中身がまるで伴っていない生み出してしまった者もいる。
技能が無い、実用に耐えられない、品質が低すぎる。
欠点は嫌と言う程人の目に映る。欠点多ければ美点も埋もれ存在しないことになる。
同日 22時00分 ホテル『ルースト』
王都内では上流のホテルその一室。
暗い部屋の中ランプの灯りの下、神野鉄雄についてまとめられた新聞を広げて読むアーサーの姿があった。
彼の眼は厳しく、日中のやり取りも引き出しながら見定めようとしていた。
「どういう奴やこいつは……! 異様すぎる……!」
地下人身売買所にて競売にかけられ「100キラ」という最低価格で始まり「101キラ」でアンナに買われ使い魔契約を行われる。
惨劇の斧の所有者だと判明しライトニア騎士団に捕らえられ、大陸最強の剣士『レイン・ローズ』の監視下に置かれながら調査部隊見習いとして活動する。
国を滅ぼしかねない人為的天災を引き起こすアメノミカミとの戦いでは惨劇の斧改め破魔斧レクスとして護国に尽力する。国民の避難が余裕を持って行えたのは鉄雄の力が大きい。
その栄光に寄生するかの如く他国で偽物騒ぎが発生するが新聞で報せたおかげで現在は沈静化している。
そして、記憶に新しい前王コメットの解呪。
全ての功績は破魔斧レクスがあってこそ。
(惨劇の斧自体はワイも候補に考えた。けど、持ち出すことができんのはもちろんそもそも扱える人間を探すのもできんかった。それに魔力を奪う能力で呪いを消せてもリリーの命を奪う危険性もあった。呪いに蝕まれとるけど呪いに生かされとるのも事実……)
仮に同じ空間に置いた場合そこは魔力が常に奪われる空間となる。リリアンの刻印を食い尽くす未来も在り得た可能性もある。しかし、魂魄全て失う未来も抱き合わせでやってくるだろう。
(自分の力の価値をわかっとらんのか……!? あんな簡単にリリーの呪いを祓って何ともない顔をして何も求めようとしてこんなんて)
解呪の力は希少。
刻印を植え付け呪いを発生させるのは正しく手順を踏めば容易にできるが解呪は難しい。
ただ、対象の生命倫理を無視すれば解呪できる者は増える。
解呪に成功したが亡くなってしまった。過去に実際にあった出来事であり、遺族はどこに感情を向けていいのか分からず心が折れた。
(何よりもアイツ……一言も金の話をせんかった。過去に会った聖職者はいかにも聖なる祝福を受けていますなんて目立つ身なりをしとった上に偽客で評判作って金銭を巻き上げるまでやっとった)
解呪には時間がかかると伝え何度も何度も通わせ、聖水と謳って井戸水を与え、その度に安くも無い金を巻き上げる。
アーサーはそういう者達を何度も見てきた。
呪術の知識を学ぶ場は少ない。マジカリア魔法国程魔術に明るくなければ対策まで学ぶことはないだろう。
彼も早い段階でマジカリアに向かいはしたが、得たものは現実だけ。対策は対策の域を出ない。かかってしまえば祓うのは難しい。錬金術で生み出された魔道具にも期待したが回復や戦闘用が殆ど、耐魔耐呪のアクセサリーもあれどかからないことを目的とした調合品しかない。
解呪に向いた代物は存在していない。
だからこそ異様。
(考えすぎかもしらんが金を取れる技術だと思っとらんのか? 日常的に使う魔術の一つだと思っとるんか?)
希少だとは理解していても出し惜しみはしない。
周囲の人間の影響があまりにも大きいのも事実。アンナの精神性に心の腐った部分は焼かれ、キャロルは金の為に魔術を教えた訳じゃない。
彼女達のこともあってか神野鉄雄は自分の利益や名誉を前提に動いていない。
「危険やな……でも、唯一の可能性。長年探し求めとったのがここまで腹の内が見えん奴やとは……けど、アンナ・クリスティナ……彼女が鍵やな」
優先すべきはアンナの為だけ。
依頼の時と新聞の情報を合わせて考えればすぐに導き出せる答え。重要視する相手をアーサーは正確に見極めた。
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