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第6話 夏休みの最初の予定

 異質な雰囲気の人物はこの暑い中フードを被って肌もあまり出していない誰か。

 日差しと影でフードの中の顔は良く見えない。見るからに怪しい人物で思わず破魔斧の柄を握ってしまう。

 敵意は感じなくても警戒はしといた方がいい。

 近づき過ぎず一挙手一投足に注意していると腕がゆっくり動き、俺は握る手に力が入る。 

 俺とは違うどこかに指を向けると。


「その小箱の中に呪物が入っている」

「これか……」


 声が発せられる。声質からしてどうやら男のようだ。彼の指差す先には枯れた噴水の縁に銀色に輝く小箱が置かれ……いや、もしかしてこの輝き! これプラチナム製の小箱じゃないか?

 錬金術士の使い魔やってるからピンと来た、高硬度に加えて毒や腐食にも強い有名な武具には必ずと言って使われる素材。

 つまり、それだけの呪物がこの箱の中に入っているということ。


「この中にある物の呪いを祓ってほしい。ということでいいですね?」

「ああ……」

「り、了解しました」


 淡々としてるなぁ……実は人形で別の場所から狙って来てないよな? うん、考えすぎだ。ともかく集中、レクスよし、マナボトルよし。


「……何も言わないのか?」

「? あっ──! そうだ!! どんな呪いが発せられるんですか?」


 危ない危ない! 他者に害を振りまくタイプだったら俺にもダメージが入っていた! 油断してた……成功しかしてないからこういうことで足元をすくわれるってやつだな。

 土台をしっかり浮つかず基礎基本を大切に。


「そうじゃないんだが──まあいい開ける時には注意しろ、強烈な悪臭に加え腐食してくる。直撃すると目や鼻がやられる」

「……だからこのひらけた場所にプラチナムの小箱か」


 破魔斧レクスにマナボトルを装着し捻る。

 全身を破力で覆い小箱の封を解き中を──


「うっ!? 何だこの匂い──!」


 咽そうになる想像していた以上の衝撃。

 禍々しい黒い煙、いわゆる瘴気と呼べる代物が溢れ出た。中にある呪物の正体が拝めないぐらい濃い瘴気。

 糞尿やヘドロを煮詰めたような汚物の中の汚物の悪臭、本能が近づくことを拒否し思わず放り投げそうになる。風があるこの場でも鼻を抉ってきそうな匂いの暴力。顔をしかめない者などいるはずもない程強烈。どんな美男美女もしてはいけない顔をするレベルだ。

 反射的に魔力吸収(ドレイン)の黒霧で包み込むとその匂いは少しずつ減っていき。

 ようやく隠された姿を確認できた。


「金色の……毛束?」


 それは人か獣か不明だけど美しくもあり呪われた宝物と呼ぶに相応しく思えた。

 見惚れそうになる前に意識を集中して瞳に心霊を捉える。

 毛束の一本一本に呪いの刻印が刻まれている訳ではなくこびりついているようなもの。キャロルさんや前王コメットさんの呪いと比べたら鉄塊と板切れぐらい差がある。

 この人は悪臭だけでなく腐食もしてくると言っていた。

 その辺に落ちている風に流されてやってきただろう木の葉を掴み。

 霧を解除すると周囲の魔力に反応してか再び匂いが発生する。

 呼吸を止めて葉っぱを毛束に触れさせると、触れた位置から黒々しく溶けて跡形も残らず消えてしまった。小箱が健在なことから強度や密度で抵抗力に差がありそうだけど、直接肌に触れるのは危険すぎる。

 だけどこの程度はすぐに解呪できる。複雑な形をしているわけでもなければ魔核、臓器、魂と絡まってるわけじゃない。

 さぁ、本当の姿に戻すとしよう。


刻印破壊(カースエリミネイト)──」


 ……手応えあり。

 金の毛束に傷は無し、瘴気の発生も無くなった。刻印が再生することも無し。箱にこびりついた匂いだけはどうしようもないけど新たに悪臭の暴力が来ることも無い。

 爪先で触れてみても溶けることは無い。

 問題は無いこと尽くしで完璧だ。


「呪いは解けましたよ」

「…………は? 何……やと……!? こんな短時間やと……!?」


 妙な訛りというべきか、俺の耳には特徴的に届く。

 心底信じられないと言った様子で小箱を俺の手から取り、恐る恐ると毛束を手に取ると──


「触ることができる……! 本当に消えとる……! こんなあっさりと……」


 小箱が地に落ちることを気にせず毛束を本当に大事そうに両手で包み込んでいた。

 ただの物じゃない、その姿はどう見ても……。


「大事な人の髪ですか?」


 俺の疑問に対し、男は外套を脱ぎフードの下に隠された顔を露にしてくれた。


「改めて名乗らせてもらうわ。ワイの名はアーサリオン・ガーディアス。迷宮都市ガーディアスの第一王子をやっとるもんや」

「第一王子!?」


 第一王子という言葉に驚きはしたけれどそんなことよりも。

 目の前の金髪の男は男の俺から見ても相当なイケメン、何がイケメンにしてるかとか言葉にできないぐらい神が調整したってレベルだ。さらには長身で鍛えた肉体が服越しに見える。こっちの世界に来てここまでのレベルの男は見たこと無い。向こうの世界の外国人有名俳優と余裕で渡り合える。


「そうや。って……そこまで驚くことやないやろ。異国に出たら立場なんて飾りにもならん、魔獣に王子言っても見逃してくれる訳やないからな」

「それよりもその髪の持ち主は──」

「じゃあ早速騎士団本部に行くとするか!」

「えっ!? どういうことですか?」


 俺の疑問に答える気が無いのかすぐに荷物をまとめて歩き始める。


「あんさんを正式に我が国へ招待するためや!」

「えっ!? え?」

「そこで全部説明したる! 二度三度説明するのも面倒やしな! 後は壁上でこっち見とる誰かさんにも安全やって教えとかんとな」


 そう言うとホーク隊長がいるであろう壁上に向かって手を振るアーサー。

 せかせかした雰囲気に押し流されそうになるけど、どうしてわかった? 俺は一度たりとも壁上を見てないし口にしてないしホーク隊長がどこで見てるかも知らない。勘とかそういう物じゃないくわかって向いたということ。

 どうやらただ顔の良い第一王子という訳じゃないらしい。



 レーゲン地区からの動きは早いものだった、一直線にずんずんと迷いなく騎士団本部へと突入し、そこから先は俺が資料室まで案内する羽目になって、驚いている皆に対して事の顛末を話すことになった。


「アーサリオン・ガーディアス……まさかガーディアスの王子を生きている内にお目にかかれるとは」

「無論本物ですよ。とはいえ、隠匿しすぎた影響で紋章を見せても証明する手段があるとも──」

「ご安心を、ライトニアには全ての国の紋章をまとめてあるので」


 レインさんが感心したように出されたプレートを確認している。確かあれは各国の代表を証明するような代物。紋章の形、魔術刻印や金属比率によって複製は困難とされている。

 それに、さっきと違って丁寧な言葉遣いをしていてちょっとバグりそうになる。気のいい兄ちゃんみたいな空気から歴とした王族の空気を纏っているときた。

 彼がいる『迷宮都市ガーディアス』どんな場所なのか全く知らない。キャロルさんにこっそりと耳打ちするように聞いてみることにした。


「そんなに珍しいんですか?」

「ガーディアスは超巨大なダンジョンを国へ作り上げた国。判明してるのはそれぐらいで場所は知られていない。地形状況が影響しているのか鎖国していて他国の者を徹底的に排除している事実もある。こうして外に出て交渉事自体がありえないことなの。しかもそれが王子だなんて……」


 王子が国の決まりを破ってまでライトニアに来て解呪を依頼した。

 あの髪の持ち主は反応からして大体予想は付く。


「単刀直入に言います。彼を、カミノテツオを我が国へ招待し我が妹に掛けられた呪いを解いてもらいたいのです」


 想像通り家族の髪だったか。

 つまりは親族を妹を救うために国を出た。何とも立派な心だろう……王族ならば鎖国の教育もしっかり植え付けられてもおかしくない。それでも外へ出ると決めた。

 妹を救う信念が長年積み重ねた決まりを超えたということだ。


「私が他国に出向いている理由は妹の呪いを解く手段を探す為。これまでに多くの場所を訪れました統治非統治問わず、僧侶、聖騎士、聖者。人だけでなく宝物や神器、遺物、錬金道具あらゆるものを試しましたが解呪には至らず髪の毛に着いた呪いの残りカス程度も祓えないことも多く──」

「……何だって? あれで残りカス……!?」

「ああ、そのとおりや。以前は国へ招いてたんやが居場所が知られるリスクを考慮してへんかった。おまけに解呪出来ずに逃げる者もおった。だから、第一関門として髪の毛の呪いを用意したんや」


 体に怖気が走った。全体的にあの程度の呪いがかかっているのかと思っていたが残りカス?

 あれが極一部だとすれば、範囲も効果も何倍もの強烈な瘴気が妹さんの身体から発せられているということになる。刻印も深々と根付いている可能性が高い。

 しかし、どうやって封じているんだ? いや、抑え込んでいるんだ? 国が滅びてもおかしくないはずだ。

 そんな俺の疑問や思考が表情に出過ぎていたのか彼は言葉を続けてくれた。


「……妹は10歳の頃に呪いに掛かった。触れる物全てを腐らせ溶かし、近づく者全てを拒むような悪臭を放つようになって……その時から妹の時は止まったんや。幼い姿のまま18年経過した」

「18年……」

「今も尚、封印という形で頑強な鉱石の密室に閉じ込めてしまっとる。何も飲まず食わずでも生きることができて、自死することもできん。させたくも無いんやけどな……」


 目を細め無力な自分に怒りを覚えているような表情をしている。18年間ずっと妹の為にあらゆる手を尽くしてきたのが伝わってくる。

 俺個人としては力になってあげるべきかもしれないが優先順位がある。ブレちゃいけない譲っちゃいけない大事なものが。


「テツオ、この依頼受けるべきだ」

「レインさん!?」

「何も情に絆された訳じゃない。君の目的はロドニーさんを見つけてアンナちゃんに会わせることだろ?」

「そうですけど、この貴重な夏休みアンナに横道させる理由に繋がるんですか?」


 予想外の援護射撃に思わず驚いてしまうけど、ロドニーさん探しとこの依頼が繋がるのか? まさか自分が得するためにアンナの名を出しているんじゃないだろうな? 前科あるからなこの人。


「迷宮都市ガーディアスは鎖国している。人の出入りが無い。もしもロドニーさんの転移先がガーディアスであれば──」

「閉じ込められているも同義……ってそんなことあるんですか?」

「ガーディアスは気味が悪いぐらい古くからの慣習に縛られててな。潔癖主義とも言えるんか他国から悪いモノが入ってくるのではないかって心理が深く根付いとる。ダンジョンの秘匿性が平和に一役買っとるのも大きい。だからそのロドニーさんとやらが転移で入り込んだとしても外に出ることはできんと思う。おそらくは捕まっとるかもしれんし」

「なっ!?」


 ロドニーさんが未だライトニアに来ない理由にはなる。

 まるでこれじゃあ脅迫されてるみたいだ……不確定で曖昧で頭の中にだけ存在する「もしも」。だけれど──

 今の依頼を断って将来『ソウルチェイサー』が完成してその矢印が指し示す先がもしも迷宮都市ガーディアスであったなら、断った時に生じた不和が影響して入国を拒否される未来もありえる。

 ロドニーさんが転移して捕まってるにしろ、記憶を失いガーディアスで暮らしている可能性は非常に低くても、ゼロじゃない。

 ゼロじゃない以上──


「俺の一存じゃ決められません。そもそもアンナが夏休みに入らないと向かう事はできないので時間を貰います」


 もう未来は確定している。

 アンナに妹さんの話をすればアンナのことだから向かうことに決まるだろう。

 おまけに失敗は許されない依頼。妹さんを解呪を完璧に出来なければもしもロドニーさんがいても連れ帰ることができないかもしれない。


「助かる。となれば8月1日か……それならワイも王都の宿でのんびりさせてもらうわ。あっそれと大事なことを伝えておかなあかんな──」



 同日 7月26日 17時30分 マテリア寮  


 足取りが少し重い。

 自分一人で全部解決できるようなことなら気が楽なんだけど関係が薄いアンナも無理矢理関わらせるとなると大人の汚い事情に巻き込むようで気が引ける。

 ガーディアスにはロドニーさんを探している新聞とかも届いてないんだろうな……もし届いていたなら在住の情報はあのタイミングでわかっていたはずだから、交渉に使ってきてもおかしくない。大陸全土を練り歩いているなら情報通ではあると思う。

 そうして色々考え込んでいてもいつかは家に到着するもので、不安な心だとどうにもドアノブがいつもより重く感じる。

 それでもひねらなきゃ帰れない。


「あっ、おかえり~!」 

「ただいま。試験の方はどうだった?」

「バッチリ! わたし史上最高のものができた!」

「おお! それなら追試は免れたも同然だな」

「明日には全部の結果が出るみたい。ちょっと不安もあるけど自信はあるよ!」


 いい笑顔だ不安だなんて口にしているけど何の心配事が無いのが伝わってくる。


「お疲れのところ悪いんだけど大事な依頼が入ってアンナにも決めてもらいたい」

「わたしも? わたしにも関係あるの?」


 首を傾げて疑問を浮かべるアンナにゆっくり頷く。

 そして、俺は話した。

 アーサーのことを呪術にかかった妹さんのことを、もしもの可能性を。

 アンナは黙って聞いてうんうんと頷いて。


「うん、行こう! 家族を助けるために頼って来たなら応えるべきだって!」


 俺の予想通りの言葉を口にしてくれた。

 自分のやりたいこともあるだろうに、夏休みという貴重な纏まった時間を他者へ優先するなんて何とも高潔で清廉な精神を持っているのだろうか。


「それに話を聞く限りそこって滅多なことじゃいけないんでしょ? 少し遠回りになったって行けるなら行った方がいいって!」

「世界樹の牢獄に行く時よりも準備は少なくてよさそうだね」


 アンナとセクリは和気あいあいとした空気を発している。

 一番頑張る必要があるのは俺だからアンナ達には旅行みたいなもんだ。ただ──


「実はそのことなんだけど一つ問題があってな」

「「問題?」」

「連れて行ける人数が三人までらしいんだ」

「さんにん?」

「特別な馬車で行くらしいんだけどそれには四人まで。アーサー、俺、アンナ。それで後一人」

「ボクでしょ?」


 ここにいるのも三人。普通に考えれば悩む要素なんて1mmも存在しない。セクリは自分で自分を指差してアピールしてるんだが……。

 何というか……凄い心苦しいがハッキリと言わないといけない。


「いや、今回セクリはお留守番をお願いしたい」

「ふぇっ!? どうして!?」

「今回の任務は確実に成功させたい。魔術に関して俺達以上の知識と知恵を持つキャロルさんに同行してもらいたいと思う」


 セクリはお世話能力の高さに生存能力に関しては何も言う事はないけれど、魔術呪術に関して言えばそこそこ、珍しい光属性の魔力を有していても必要となるのは魔術の知識。

 俺は魔術刻印の破壊ができることが発覚して以来キャロルさんに散々知識を詰め込まれた。夢の中でもキャロルさんの魔術詠唱が響くことも多々あった。詠唱を知っていれば放たれる魔術が分かるから。放たれる魔術が分かっていれば魔力吸収(ドレイン)の防御も盤石になるから。魔術の傾向によって刻印の形も決まってくる。刻印の形に合わせた消滅の力を形成する。破力で立体的に幾何学模様を作ることを大量にさせられて頭が壊れそうになったことも記憶に新しい。

 思えばあれは自分の刻印を取り除いてもらうための投資みたいなものだったのかもしれない。

 あれだけ叩き込んでくれるぐらい魔術の厚みと年季が凄まじい。

 必ず頼りになる。


「いいもんいいもん! ふたりが留守してる間に徹底的に綺麗にして帰ってきた時居心地悪くしてあげるから!」

「もぉ~、テツのせいですねちゃったじゃん」

「ガーディアスでおみやげ買ってくるから」

「そんな安いボクじゃないからね!」


 まぁ、こう言いながらセクリも心ではちゃんとわかってるはずだ。コレもガス抜きみたいなもの。俺達はアンナの夢を叶える手伝いをする同士。

 逆の立場なら俺は大人しく待って……待っていられるかなぁ……?

 場所が場所だから着いていけないけど行けるなら行くだろうなぁ。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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