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第4話 試験開始!

 7月25日 太陽の日 8時59分 錬金学校マテリア


 とうとうこの日がやってきた。

 初めてこっちに来た時と同じくらいドキドキしてきた。何度か小テストはやってきたけど期末テストは比べ物にならないぐらい教室の空気が緊張していて重苦しくなってる。

 アリスィートに教えてもらったテスト範囲を徹底的に勉強した。ううん、そこまで断言できるぐらいに勉強はできてない。わたしにできる限界まで覚えた。

 徹夜してでも勉強しようと思ったけどテツとセクリに止められていつも通りの時間に寝ることになった。もう、なるようにしかならない。

 テツもテツでいんちきの性能を上げる準備はしてくれたみたい。できれば頼りたくないけどこのテスト用紙をひっくり返したらそうも言ってられないかもしれない。

 ──キーンコーンカーンコーン

 と開始の鐘が鳴って。


「では始めて下さい」


 先生の合図と共い紙がひっくり返る音がそろって響く。

 最初のテストは植物学。春~夏にかけて採取できる植物が出題される。教科書を読まなくても理解している部分も多かったけど、わたしの頭と読み比べると曖昧に記憶していることも多かった。

 だいじょうぶ、不安になったらだめ……おちついて……先に全部の問題を読んでおかないと。


『どちらが天輪草(てんりんそう)か答えよ、また区別する要素を記せ』


 これは……天輪草(てんりんそう)狂輪草(きょうりんそう)を区別する問題。薬草と毒草、どっちも渦を巻いたような茎の形が特徴で見間違いやすい見た目をしてる。

 問題の絵も精密、これなら区別も簡単。

 葉を表にして右渦が天輪草、左渦が狂輪草。でも、これだけじゃ足りない。狂輪草は稀に逆の渦を作る時がある。だから念のため水に漬ける必要がある。毒が水に溶けやすくて変色するのがすぐにわかる。

 こうして読んでいくと植物系の問題は効能を答えたり、正しい採取方法を答える問題、単純に名前を答えるものもある。錬金術には切り離せない要素だから疎かにしたら腕前に直結する。

 これがテストの目的でもあるんだ。わたし達錬金術士の知識を理解を確認することがテストの役割。

 だいじょうぶ、ほとんどわかる! 後は最後の問題──


『麻酔薬『ヒュプス』の素材を挙げよ、また調合する際の注意点を記述せよ 配点 10点』


 これって……勉強したところにも載ってなかったかも!? そもそも麻酔薬なんて作ったことないよ! どうしよう、伝えるべき? 自分の力だけで──ううん、頼るべきところは頼らないと。ここでのやり方が未来に繋がってる。本番で強がって知ったかぶって失敗したら意味が無い。わたしができる手段は全部取らないとダメだ! 他の問題はどうにかできると思うからこれを先に調べてもらおう。

 テスト中だから周囲を見渡すのはダメ。落ちつけ、魔力の流れをゆっくりとして先生に悟られないように念話(テレパシー)を──


(テツ……聞こえる?)

(ああ、問題ない。何時でも来い!)


 声に出さないように問題を教える。たまに念話と同じ内容を口にしながら送ってることがあるから気を付けないと。

 これでテツが答えを見つけてくれる間に他の問題に手を付ける。

 考え事をしているフリをしながら正面を向く。先生はみんなをゆっくり見渡してる感じだ。だいじょうぶ、気付かれてない。



 アンナから救援の念話が届き俺の出番がやってくる。


「──という問題なんですけど」


 俺の言った通り最初に全問題を見て、わからない箇所を伝えてくれた。それに配点に注意するように教えたがこれは10点の問題。非常にでかい。

 ここを手にするか落とすかで補習を受けるかどうかがかかってくるだろう。


「ヒュプスか……使われる素材はエレキ草、パラリ草、後はシビレダケ。これらに他の素材を調合して作られてるわ。というかこれって教科書に書いてあるかあやしいんじゃないの?」


 俺が頼ったのはいつも通り年下ながらもキャロルさん。

 俺が必死こいて勉強して理解力を高めたところで付け焼刃、なら知識が豊富な人に助力を願うのが最善。

 キャロルさんにお願いしたところ二つ返事で了承。とはいかず──


「へ~、ほーん、まさかここまで辞書扱いしてくるとは思ってもみなかったわ」


 と、顔を背けてすこぶる機嫌を損ねることになってしまう。

 以前彼女に掛けられていた呪いを解いたことを天秤に乗せようとしたが、流石に卑怯すぎる気がして止めた。なにより信頼とか友好的な関係がガラガラと音を立てて崩れるような悪寒がした。

 とはいえ、彼女は金とか酒で動くような人間ではない。俺が持っている知識とか知恵も欲を満たすまでに至らない。


「協力してくれたら何でもします」


 と自分を対価に差し出すしかなかった。


「へぇ~……何でも。ねぇ……」


 少し考え込む仕草をされてこれは無理かと思った。

 買い物の手伝いでも仕事を代わりに行くでも何でもよかった。対価としては全然足りてないとは自分でもわかってはいたが。


「まっ、そこまで言うなら手伝ってあげないこともないか……」


 意外と通ってしまった。今思えばキャロルさんは解呪されてから日が浅い。呪われていた間できなかったこともあったはず、それを解消するには一人では足りないのかもしれない。

 ようはこの提案が上手く噛み合ったのだと思う。

 という訳でテスト中は資料庫で仕事をしながらいつでもアンナの通信を待っていた。無論、テストに必要そうな資料を携えて。


「あんな厚い教科書にも書いてない? 流石に無いでしょう?」

「教科書だけでは理解できない問題ってところ。マテリア特有のイジワル問題かしらね。とりあえず調合における注意点と言えば徹底した純化作業に睡眠系素材の割合、後は……相手に合わせて量を──いえ、これは投与する時の注意点か」

「なるほど……! 詳しいですね」

「そんな他人事みたいに受け止めない。私達もこういう薬を使う時があるんだからテツオも覚えておくのよ」

「はい」


 返事をしたはいいけどそんな薬を使う状況か……できれば出会いたくないものだ。

 それよりもテストの答えを伝えることを最優先。伝言ゲームみたいに情報の虫食いが起きないように自分で答えを書いてっと。


(アンナ、今大丈夫か?)

(うん、だいじょうぶ。わかったの?)

(ああ、今から伝えるがいいか?)

(お願い)


 自分の口で伝えるわけではないにしても一つ深呼吸して心を落ち着かせる。念話の情報伝達は早い。一瞬で複数の情報を送り込むことだってできてしまうから戦闘中ならいざ知らず一つ一つ


(ヒュプスに使われる毒草はエレキ草、パラリ草、後はシビレダケだ)

(……うん、書けたよ)

(調合の際の注意点は徹底した純化作業、睡眠系素材の割合だ)

(その睡眠系素材って何を使ってるの?)

(ちょっ、ちょっと待ってくれ)


 急な質問に少し驚いてしまう。でもこれはアンナにとってこれは重要な事柄ということ。記述問題において使いたい単語が頭に無ければ綺麗な文は書けなくなる。


「キャロルさん、睡眠系素材って何です?」

「色々よ、これと言って決められた素材はないはず。睡魔草やスリープスネークの体液も使われているわ」

「なるほど……でも、この問いはどこまで求めてるんだ?」


 記述系の厄介なところはここだ。製作者が求めている単語がどれだけ入っているかが答えの質に関わってくる。それに付け焼刃の答えでこのまま書かせるのは危険な気もする。

 ある程度の減点を受け入れた上で……。


(どうしたの?)


 でも、無駄に時間を消費させるのも危険。テストの時間は50分下手すればギリギリ。こだわり続ければアンナに負担をかける。

 前線で戦ってるアンナと後方で調べてる俺達では時間の価値がまるで違う。迷ってる場合じゃない!


(どうやら確定した素材はないらしい、睡魔草やスリープスネークの体液とかも使われてるらしい)

(あぁ~そういうこと、後はこっちで書いとくから任せて)


 これでいいのか? 不安だ……この情報が役に立ってるのか? アンナに余計な負担を押し付けることになっていないか?


「もっと堂々と構えてなさいよ、裏技役がそんなに不安にしてどうするのよ? テストは自分の理解していることが数値化されるだけ、遊び呆けてるわけじゃないのはあんたが1番知ってるでしょ」

「それはそうですけど……」


 本当だったらこういうことをしなくてもいいかもしれない。でも、目標をしっかり持ってるアンナにいらぬ障害を与える訳にはいかない。最悪に備えていつでも力になる。

 それだけはブレちゃいけない。

 


 気持ちを落ち着けてアンナの救援要請を今か今かと待っていると。

 植物学、鉱石学、その次は採取学、お昼を挟んで調合学。

 その全てでまるで出番が無く、時間だけがどんどん過ぎてしまった。


「無事に解けてるならそれでいいじゃない」

「それはそうなんですけど……」


 アンナの「全部解けそうだからだいじょうぶ」という言葉にホッと安心した気持ちもあるけれどどこかウズウズしている自分もいた。

 俺の出番が無いことは正しいことなんだけれども……心のどこかで頼られることを望んでしまっているということなんだろう……。

 何とも情けない!

 主を信じていながら頼られることも望んでる! 欲しがりさんか俺は!


「使い魔になるとこうも難儀な性格になっちゃうものなのかしらね?」


 なっちゃうんだなこれが……アンナに対して心配性が加速する感覚。これは主従契約をしないと味わえない感覚だろう。

 このまま出番が無いのもまあいいものかと達観の粋に至ろうとしていると、SOSが届いたのは次のテストだった。


(問題の殆どがわかんない……)

(どうした!?)

(調合品のレシピが作られた年代とか、作成者の名前が……)


 今のテストは錬金歴史学!

 歴史何て暗記の中の暗記! 数学みたいに計算すれば解ける訳じゃない、覚えてなければ問題を解く取っ掛かりすらない。

 アンナの会得する知識は実践的。戦いの中で成長するタイプだ。机に向かってインテリっぽく知識を溜めるタイプじゃない。なにより年代や作成者を覚えたからって調合に活かせるわけじゃない。


(わかった! 少し準備するからできるところを何とかやっててくれ!)

(が、がんばる!)


 念話越しに伝わる感情でもアンナが追い詰められていることが伝わってくる。


「相当ヤバイ状況です。殆どわかんないと来ました!」

「念の為資料を用意しといて正解だったわ。テスト範囲の年代は500~800年、こと細かく調べるのは時間がかかりすぎるからすぐに答えられる問題だけでも伝えてくれるように言って」

「了解です!」


 焦るなよアンナ……焦りはパフォーマンスを大きく落とす。本当に驚くぐらいにな。



 どうしてここまでわからないのかもわからない……!

 空欄に言葉を埋める問題。

 誰かが「何を」作ったのかを答える。何となくはわかる。改善されて今作られている調合品もわかる。でも、この時に造られた調合品の名前が思い浮かばない。


『510年、ロスカジーによって作られた『』は物流を大きく安定させた』

『530年に製造された空域装甲板に使われた素材とその割合を答えよ』

『3式軽気精製炉が作られたのは『①』年であり製作者は『②』である』


 最初は飛行船だってわかるけど他がわからない。教科書を読んだはず、この辺りも読んでた、でも、記憶を引き出すことができない!

 わたしのペンはぜんぜん動かないのにまわりのみんなは書き続ける音が耳につく。どんどん遠くに行って置いていかれるような気持ち。どうにかしたいのに頭の中がどんどん真っ白になっていく。

 目の前の紙に何て書いてあるのかもわからなくなりそう── 


(アンナ、こっちの準備はできた。問題を読んでくれ、すぐに答えられるものだけでも埋めていこう)

(……わかった)

(その前に、ゆっくり深呼吸をするんだ。冷静にやればどうとでもなる)


 言われた通りゆっくりと深呼吸する。

 こんなことで何か変わるのかと思うわたしもいたけれど、テツが助けてくれるという状況が心を軽くしてくれた。

 だいじょうぶ、問題も読める


(じゃあ行くよ──?)


 それから、伝えた問題の答えを教えてもらったりもらえなかったり、時間をギリギリまで使うことになったけど。  


「ふぅ~~……何とかおわったぁ~」


 空欄もあるけど何とかやりきることができた。チャイムの音がなるまでペンを使い続けることになるなんて……他のテストじゃ見直すぐらいの余裕はあったのに本当にギリギリだった。

 それにずっと念話を繋げっぱなしだったからどっと疲れた。

 これが最後のテストじゃなかったら次のテストは酷いことになってたと思う。

 肩も重い気がする……ひょっとしてこれが肩こりとかいうやつなのかな?

 あぁ~……気が抜けたら立つのも面倒になってきた。お昼もちゃんと食べたのにお腹減ってきた、何か甘い物がほしいぃ。


「お疲れ様ですわ、この後どこか食べに行きませんか?」

「う~ん……食べたいけど疲れたから眠くもある……」

「相当お疲れのようだね。となると寮で何か作ってもらったほうがいいんじゃないかい? セクリ君にお願いしたら用意してくれると思うが」

「じゃあそうしよ~」

 

 明日の実技試験のためにもしっかり休まないといけないぃ~。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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