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第2話 期末テスト

 7月22日 風の日 17時10分 マテリア寮


「ど~しよ~!?」


 帰宅すると頭を抱えて悩んでいるアンナが見られる。こうもわかりやすく困った姿を見せるのは珍しい。


「どうしたそんなにしょぼくれて? 調合に失敗でもしたのか?」


 本当に危ない状況だったらもっと空気が重くなっている。あまり深く受け止めず気楽に話しかけることにした。


「そっちだったら落ち込まないって。期末テストって言うのがあるんだって」

「やっぱり学校なだけあってそういうのもあるんだな……ちなみに何時だ?」

「25と26日だって。ここで点数が良くなかったら夏季休暇中に補習授業があるって! 」


 8月1日~30日まで夏季休暇があるのは知っていた。

 テストの存在ももしかしたらあるかもと思ってはいた。ギリギリの時期に行われるなんて想像はしてなかったけれど。

 夏季休暇、ようは夏休み。この学校から解放される一ヵ月は学生錬金術士達にとっては学んできたことを形造る絶好の機会となる。もちろんそれはアンナも例外じゃない。というよりアンナにとってこれは父を集中して探す最高の期間。今までも好き勝手探索してきたけれどやはり一ヵ月自由にできるのは違う。

 学校という引力は厄介でそれは離れれば離れる程、時間を掛ければ掛ける程強くなって探索どころじゃなくなってくる。


「ちなみにだけどテストの科目は何だ?」

「植物学、鉱石学、採取学、調合学、錬金歴史学の5つ。魔獣学と毒物学は今回無いらしいんだって。それで次の日に実技施験で調合するんだって。実技はともかくこんなにも覚えなきゃいけないなんて聞いてないよぉ~!」


 まるでピンとこなくて家庭教師の真似事すらできなさそうだ。

 世界樹への冒険がこういった形で牙を剥いてくるとは本当に予想外、テスト前の授業というのは大体「ここが出る」とか先生が教えてくれたりするもの。というか、経験値という意味で言えばアンナの方が非常に多く得られているというのにテストの評価が重要視されるというのも噛み合わないものだ。

 でも、長く生きている分。どうこうする手段というのは頭にある。それが外道であったとしても。


「……方法が無いことも無い」

「ほんと!?」


 もう藁にも縋るという心情なのだろう。時間的余裕もあまりない。勉強しても覚えきれるか怪しい。だったら、別の誰かに調べてもらって教えてもらえばいい。


(これを使えばいい)

「わっ!? こんな近いのに念話(テレパシー)使わないで! ──でもこれを使う?」

「これでピンと来ない辺りアンナは純粋に育てられたんだなぁ」

「???」

「テストの問題を念話で俺に伝えるんだ。俺がその答えを調べて念話で伝える」

「おぉ~! 確かにそれなら……って! いんちきでズルじゃん!」


 流石は真面目で清廉なアンナ。この戦法の異様性に気付いてしまわれたか。自分の知識を競い確認する場で他者より知識を受け取る行為、単純にカンニング、非常にバレ難い方法。だが、念話(テレパシー)を傍受できる能力を持った教師がいればバレる可能性もある。

 しかし、俺の常識がこの世界の常識とは限らない。


「使い魔の能力をフルに利用するのも錬金術士の実力じゃないのか? それに、この戦法も万能じゃない。どうしてもタイムラグが発生する。全てを頼り切りになると全問取り掛かることができなくなる可能性も高い。大前提としてアンナの知力も必要だ」

「それはそうだけど……」


 ただの魔力の無い人間のテストじゃない。魔術を扱える錬金術士のテスト。手持ちの札をどう切るかも評価されているのかもしれない。


「この作戦だって万能じゃない。試しに問題を一つ作って念話で伝えてくれ。俺が別の部屋で教科書見ながら答えてみるから」

「わかった」


 鉱石学の厚い教科書を片手に自分の部屋へと戻る。パラパラとめくると眩暈がしそうなぐらいびっしりと字が書いてあり、この時点身体が内容を覚えること拒否し始める。

 マテリアの錬金術士はこれを覚えているということ。まだ若いのに立派だと尊敬してしまう。


(それじゃあいくよ? 熱炎石(ねつえんせき)が採取しやすいのはどんな場所?)


 明らかに初歩の初歩な問題。まったく……舐められたものだな。調査部隊でもある程度素材の採取場所は調べられている。仕事をする最中ライトニア近辺で採れる素材は粗方把握した。

 でも、問題に沿った答え方をしないとな…………。


(……え~とちょっと待てよ……熱炎石……採取エリア……よし、火山等の炎属性の魔力が高い場所だ)

「結構時間かかってるね!? わたしならすぐに答えられる問題だよ!?」


 勢いよく部屋のドアを開けて滑り込むように入り込み全身でツッコミを表現してくれる。


「ふっ、これがもう一つの弱点だ。時間がかかって分かるならまだしも下手したら調べたところで間違ってる可能性もある」

「そんな胸張って言うことじゃないって!?」


 大きな溜息に呆れた顔。ここまですぐに答えられないなんて俺も俺に驚いている。しかし、この教科書の情報量は恐ろしい。錬金術士の歴史、知識の伝達を確かなものにしている。

 錬金術を扱うには才能が必須でも、これを覚えたら一端の錬金術士のふりもできてしまいそうだ。

 才在る者をより高めるその努力に応える為の知識がここに詰まっている。他の本もこれぐらい厚くて細かいのなら覚えるのが本当に大変だ。


「この手段を使う前にテストの出題範囲とか色々当たりを付けといた方がいいな。教科書の何ページとか聞いてないか?」

「ずっと世界樹の牢獄にいたから……」

「先生方がテスト範囲を教える時期と被ってるな……となると授業を真面目に出て頼りになりそうな子に教えてもらうしかないな……誰か心当たりはないか?」

「う~ん……あっ!」


 どうやら思い当たる人物が閃いたようだ。

 となれば動きは早い。教科書やノートを持つと教えてもらいに向かうアンナ。「いってきます!」を見送った後、俺も俺でこの外法をより完璧な物に仕上げる準備をしておくことにした。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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