第62話 あの日あの時あの場所で互いの名前も知らない俺達には確かな絆があった
7月21日 水の日 15時20分
「大分暑くなって来たなぁ……」
「でも、大きな壁が影を作ってくれるからそんなに熱くないよね」
「だな」
暑いと言っても湿度のある粘ついた熱がいつまでも肌に張り付くようなことは無い、日陰に入れば落ち着ける、勝手に熱が剥がれていくようなさっぱりした暑さ。
同じ夏でもこうも違うと転移した甲斐があると感じてしまう。前の世界じゃあ夏なんて来なくていいと思えるぐらいやる気を削ぐ暑さが一日中続くし寝苦しい。クーラー前提の生活なんて冷静に考えたら頭がおかしい。こっちにも冷気を発する道具はあるけど素材管理に使われる程度で過ごしやすくするためにはまだ使ってない。
月日と季節の流れが奇跡的にも一致しているとは言っても過ごし易さは断然違う。もうこの月日ならクーラーを利かせていないとまともに生活できなかったが日が暮れれば暑さも減っていく。世界樹の牢獄は流石に湿度もあってか過ごしにくくはあったが、木々のカーテンもあってか暑さで困るということは無かった気がする。
夏を比較しながら必要な買い物を終えた俺達は王都の中央広場を通る。花壇に咲き誇る花達も日差しをたっぷりと浴びて煌いているかのようだ。
けれど花より団子とでも言うべきか、一際誘うオアシスが暑さの会話をしていた俺達の視線をより強く釘付けにしてくれた。
「あっ! あれってアイスの屋台だよね! 買お買おっ!」
「わかったわかった、じゃあちょっと買ってくる」
「テツは荷物持ってあの辺で待ってて、手ぶらなわたしが買ってくるから!」
「じゃあ、任せた。味も任せるから」
「わかったぁ~!」
ご機嫌な足取りで屋台に向かってくれる。他のことなんて見えてないぐらい一直線に。
こんな良い天気に外でアイスを食べる。買い物で疲れて火照った身体に冷たく甘い物を染み渡らせる。そんな贅沢がもう少ししたらやってくる。外面は待てに従順な大人でも内心はお祭り騒ぎな子供もいいところだ。
あれから、俺達には大きな問題は起きていないけど前王コメットさんの快復は正式に国中に報じられてちょっとしたお祭り騒ぎになった。快復記念セールやら、それにかこつけて宴会に興じる人も多かった。
俺達の活躍も無論新聞に記載されることになった。いや、正確に言えば「俺だけ」の活躍をまとめられることになった。
「カミノテツオ、コメット様の呪いを解くことに成功!」なんて見出しで。これじゃあ手柄を全部俺が奪ってしまったように見えるが、これはアンナが望んだこと。
俺はアンナの名が世界に轟いてほしいと願いアンナの活躍についてもまとめて貰おうと思ったが、それはアンナ自身が拒否した。理由は世界樹の実が使われたという事実は秘密にしておきたいから。
マテリア寮に残りがあると知られれば求める人間が押し寄せて来る可能性が高いと判断した。
前王様に使った点滴も打たれた本人も実が使われたことを知らない。呪いが解けたことで目が覚めたと思っている。俺達を除けば知っているのはケア先生とファイさん、もしかしたらルビニアさんもだろう。
誰もが求める世界樹の実。この情報はしっかりと隠しておかないと。
「ん……?」
アイスの屋台の近くにいる男。普段だったらすぐに風景の一部と溶かすのにできなかった。見覚えがあったから。敵だとか犯罪者じゃない、直接話した相手でもない。
けれど、忘れることのできない人。理解した瞬間に滲んでいた汗が冷や汗に変わる。体内の熱がひっくり返ったかのように鳥肌が走った。
俺の忌まわしい記憶と共に存在する。あの日あの時あの場所で俺達は確かに出会った。すれ違うような小さく薄い繋がりでも忘れるわけがない。
──地下競売場、そこで共に商品となったのだから。
「ふぃ~……やってらんねえぜ」
俺の仕事に季節も時間も関係無い。怪しい動きがある可能性があれば動かなきゃならない。
だからこうしてアイスを頬張っていてものんきな若者として街の中に溶け込む仕事をしているんだ。
断じてサボっている、休憩している訳じゃない。これも仕事。
俺はしがない探偵──
なんてかっこつけたいけど、仲間に裏切られて借金の形に身売りされた情けない男。
地下競売に掛けられて今じゃあ次期貴族候補の飼い犬、現貴族相手に間者紛いのことをさせられる針山の上を歩くような毎日。
平たく言えば「弱みを取って来い」ってことだ。眉唾な噂話でも真実かどうかを確かめなきゃいけない、昼も夜も晴れも雨も関係無い従順な犬で捨て駒が俺に与えられた新しい役目。
泣けてくるぜ。
何よりこの魔術の首輪のおかげで逃げることはできねえ、衣食住はある程度保証されてると言っても権力に固執した歪んだ上昇志向の人間の下に着くのは自分が腐った沼に沈められていくようで生きた心地がしない。
そうした生活に変化すりゃあ自然と自分も誰かに見られてるんじゃないかって思い始めて些細な視線にでも敏感に察知しちまうようになった。
こんな中央広場で強く視線を感じるなんてどういうことだ? 殺気とか敵意とかギザギザした感じはないにしても俺を知る人間なんて限られるはずだ……。
アイスを食べながらそっちへ視界を入れると思わずアイスを落としそうなぐらい心臓が跳ねた。
あいつは……カミノテツオ!? 同じ王都に住む者同士会うことはわかっていてもまさかこのタイミングで!?
今じゃあ国の英雄だなんて言われているが、俺達は出会っていた。言葉を交わしたわけじゃないけれど。なによりあの日あの時あの場所の光景を俺は知っている。今のあいつと絶対に繋がりそうに無い姿。
あのステージの空気は忘れられない。もはや呪いのように記憶に残っている。自分の存在が値踏みされていく、これまで積み重ねてきた実績や能力がそのまま反映されて自分の歩んできた道に採点されるようだった。
そしてカミノテツオには全く何も無かった。特別な能力も才能も有していなかった。だから100キラなんて価格もついた。
それが今じゃあ前王の呪いを解く人間にまでなってるんだからな。それ以前にアメノミカミとの戦いで誰もが知る存在となって偽物まで現れるぐらいだ。
俺は新聞で生きていることを知った。
嫉妬とかが湧くよりも安堵した。あの時のあいつは存在そのものがいつ消えてもおかしくないぐらい心が折れて絶望しきった顔をしていた。人間あんな顔ができるものかと心底寒気がした。異世界人だからこそ、その身以外全て持たず新たに繋がりを作ることを拒まれた状況。
俺も仲間に裏切られた絶望はあった。でも、実際のところそこまでショックじゃなかった。俺達の場合は互いに利用し合っていて内心益が無いと分かれば切り捨てるつもりでいた。運悪くそれが俺に巡っただけ。
比べるのもおこがましい。
「ん……? あいつは……」
おいおい今日はこういう日なのかと神様を恨みそうになる。
あの場にいたもう1人がやってきやがった。波乱万丈な俺達と違ってあいつは平和な日々を過ごしている。俺と違って主が根っからの仕事人だから純粋に労働力として買われたのがよ~くわかる。
「…………」
オレはここの風景が好きだ。
オレの今の仕事は王都の修繕。仕事が終わるといつもここに来て街を眺める。自分が街を直し少しずつ景色が変わっていくことに達成感を覚えて充実している。
こんな気持ちになれるのも社長に買われたおかげだ。
オレが生まれた村は山間の非統治国家でこことは比べ物にならないぐらい貧しい村だ、畑の広さも家畜の数も何もかも。
オレは村の中で1番身体がデカくて大食らい、村にいた時はどれだけ働いてもそれ以上に食べてしまう。このままじゃ兄弟達がオレのせいで飢えてしまう。最悪オレが食べ物を奪ってしまう。
それが夢にでてきた時、近い未来を映しているかのように感じて怖くなってオレは村から離れた。
オレはオレを売ることでしか金を手に入れられなかった。ライトニアの競売に掛けられたのは運が良かった。初めはどうなるかと不安でしょうがなかった誰にも必要とされないんじゃないかって。
でも『マイネ採掘会社』の新しい事業とやらで建築関係の仕事が始まるなんて言われオレの肉体に惚れたとか何とかで無事に新しい仕事に就くことができた。
今じゃあ食事に困ることも無くなった、いくらでも働ける。村に送れるお金の余裕もできてきた。
アメノミカミの襲撃は本当に怖かった。理想な自分の居場所が消えてしまうんじゃないかって。真っ先に捨てられるのはオレだってわかるから。危険な作業は常に割り振られる、身体が丈夫だから今の所問題ない。この為に買われたんだと。
国の人には申し訳ないけどアメノミカミとカミノテツオのおかげで社長は仕事が増えたと喜んでいた。
全壊じゃなくて半端に壊れたから直すことを選択する人が多い、泥棒に入られることも無く修繕に回せるお金も残っていたからそれが後押しにもなったと。
何より自分達が採掘した資材を使って修繕するから効率が良いとか何とか言っていた。
仕事が増えれば増える程オレのお金も増える。
兄弟達を夢に見ることは合ってもオレがみんなから何かを奪おうとするのは見ない。
時々寂しくもなるけどオレがここに来たのは間違いじゃなかった。
「ん──?」
噂をすれば影なんて言葉があるけどオレの目にはかれらが映った。
カミノテツオと名前は知らないけど地下競売でいっしょに商品となった人!
あの日以来見かけなかったけど元気そうで良かった。カミノテツオは新聞で見たり社長の話で元気にしてるのがわかってたけど彼については本当にわからなかった。仕事中にも見かけることがなかったから別の国に行ってるのかとも思ってた。
あの日あの時あの場所で商品になったのが3人いるなんて……今までこんなことなんてなかったのにどんな偶然だろう?
「あっ──」
広場に入ってくる新しい姿に見覚えがある。というより1度見たら忘れられない獣人の少女。
頬にも広がっている魔術刻印が何よりも特徴で、確か古の魔術が記されているとかどうの……。ともかくあの日1番の価格を出した子。あの瞬間どこまで金額が上がるんだろうと恐怖と興奮が混じった不思議な感覚があった。村では味わうことのできない熱狂。自分の世界が変わったんだと教え込まれた瞬間だった。
「ふむ……少し喉が渇いたな。アイスを買ってくるからここで待っていなさい」
「はい、ありがとうございます」
また服のサイズを変えないといけないなんて……こっちに来てから身体がぐんぐん成長している気がする。太ってる訳じゃないとは思うんだけど、というか服ってこんなにピッタリしているものなんだってすごく驚いた、なによりもひっくり返りそうなぐらい高い。1着で1ヵ月は飢えないで生活できるぐらいのお金が使われるんだから本当に住む世界が違うんだとわからされた。
「あっ──」
あの人達は!! 絶対に忘れる訳が無い!
あの日、あの時、あの場所で出会ったのだから。
私はあの日最高価格で売られた。
今は絵本の中でしか見ないようなお嬢様の服を着て、好事家のおじさんの機嫌を損ねないように生活している。。
村が襲われて家族がバラバラになって、私はお兄ちゃんと一緒に逃げていたけど人身売買組織に捕まって意識を失っていた。気付いた時にはもうライトニア王国の地下で閉じ込められていた。お兄ちゃんともはぐれてしまった。
探しに行きたくても、行けない。
私を買ったおじさんは私のような特別な力を持ってる獣人を集めるのが趣味。
私の他に5人いる。みんな金銭のやり取りを経てやってきたみたい。
それでもってその子達を使ってお店を開いているんだから考えていることが本当にわからない。
高級喫茶店『トラウム』。その新入りとして今は働いている。
正直言って村で暮らしていた時よりも贅沢な暮らしができてると思う。
でも、逃げることは決してできない。私の手首に付いているブレスレットはオシャレの為だけじゃない。取り外すことができないし居場所が常におじさんにわかってしまう呪術の込められた代物。私の全身には魔術刻印がある、追加で刻むことはできないから物的拘束をされたというわけ。
それに、あのおじさんは私達の自由を認めていてもたった1つの決まり事を破ってはいけない。
初めておじさんの部屋に連れて行かれた時、そこには綺麗な人形があった、純白で精霊のような見た目で額に1本の角が印象的な女の子の人形。思わず目が釘付けになるぐらい美しくて精巧でまるで本物の獣人だと生き物みたいだとあの時は思った。
でも、それは本当に本物だった。先輩が教えてくれた、おじさんが逃亡した子を殺して剥製に変えて飾っているんだと。
あれは脅しと警告。逃げればそうなる。だから他の皆は逃げようとしないと先輩は私に言い聞かせるように強く言った。
でも、本当はここを出たところで行く場所が無い子もいる。血が薬になるとか、羽が絶大な魔力を生み出すとか、古の魔術をその身にやどしているとかで怪しい組織に捕まって解体されてもおかしくない。
おじさんは珍しい存在を自分の手元において満足する性格。綺麗に保護して眺めるのが趣味、だから誰もケガとか病気もしてない。でも、綺麗な立ち振る舞いとかを要求される。私自身私がこんなに丁寧に話せるようになるなんて思ってもなかった。
それでも、ここでの新しい生活は得だと思う。
私の目的は家族に会うこと。あのお店で働いていればいつかは来てくれるかもしれない。そのためにも可能性を高めておかないと、他国にいても私の名前が届くように!
そう考えるとあのカミノテツオは上手くいってるんだよねぇ。新聞に載って他国にも届けられたらお兄ちゃん達にも気付いてもらえると思う。
「アイス、アイス、アイスクリ~ム。今日の気分はリンゴ味~テツにはオレンジ味~。あれ? こっちが良かった?」
「いいや、ありがとう」
ワッフルコーンにヒンヤリと冷気が漂うオレンジのアイスクリーム。ちょっと欠けて球体でなくなっている理由はアンナの小さく可愛いイタズラがそうさせた。
ご機嫌な足取りで帰路へと歩を進めるアンナの後を追う俺。
即ち、この奇跡的な再会をこれで終えるということ。
こんな偶然は二度と来ないかもしれない。言葉を交わした訳ではないただすれ違っただけの関係でも特別な縁がある気がする。特別な仲間のような関係になれるかもしれない。
──でも、これがいいとも思ってしまう。
互いに名前は知らない。
名乗るようなこともしない。
でも、私達は互いの顔を忘れることはしない。
この広い空の下、異なる景色を見ながら生きて行けばいい。
次にすれ違った時、お互いが気付けないぐらい変化しているのも面白いだろう。
あの日の価格でずっと止まっているなんて思われたくないのだから。
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