第60話 ネクストレベル
7月20日 火の日 11時40分 マテリア寮
「ふぅ~……調整おしまい! これで──破魔斧レクス完全復活!!」
全身のコリを解すように体を伸ばして深く溜息を吐く。
鉄雄が呼び出されている間、アンナはレクスの修理に勤しみそれが終わった。
「おつかれさま、随分早く修理できたね。それに、あれだけボロボロになったからどうなるかと思ったけど綺麗に直ってる。見た目も前と全然変わらない」
「わたしにかかればお昼ご飯前だって! それに、ただ元通りにしたわけじゃないよ見た目は同じでも性能は前よりもすごいんだから! 世界樹の枝で改良したから前みたいにぶつかりあっても壊れることは無いはずだし、ギアの方も前よりも上手に作れたから破力、魔力の変換循環効率は跳ね上がってるからテツも戦いやすくなってると思う」
見た目は壊れる前に戻っている。けれど細かい調整はしっかりなされていた。
あの壊れる瞬間はアンナの目にも映った。自分が改良した武器が崩壊し、鉄雄の命が奪われそうになった。自分が作ったものが最後まで役に立てなかったという現実。
錬金術士として信頼を裏切る結果となった。最悪、悔やんでも悔やみきれない展開に陥っていてもおかしくなかった。
ただ、鉄雄は裏切られたとは考えてはいない。あまりにも敵が強すぎた。
アンナが一方的に気に病んでいたが、その自信を取り戻すのはやはり錬金術。ただ直すだけでは意味が無い前の自分と今の自分では錬度が違う、所持している素材も違う。
そうして全身全霊を掛けて生み出された破魔斧レクスは紛れも無い自信作。あの日と同じ技と技のぶつかり合いがあったとしても砕けることは無いと自負している。
「わたしの武器もいい感じに新しいのができたし、この先は──」
視線の先にあるはテーブルにはガラスで作られた細胞のような世界樹の種であり悩みの種。
それと向き合いながらアンナは筆を走らせ、何度も口元に指を運んで考え込んでは筆を進ませる。その繰り返し。
「アンナちゃん。そういえばその種ってどうするつもり? 外に植えて世界樹を生やすの?」
「そんなことしたらマテリア寮がツリーハウスになっちゃうって。ごめんねだけど調合の材料にするつもりなんだ」
「へぇ~……でも種だよね? 果肉と比べるとすごい効果があるとは思えないんだけど?」
「ちっちっち、甘く考えすぎだって。これをただの種って言うには持ってる力が計り知れないって。癒し、成長、再生、進化、世界樹が振りまく力の始まりがここに詰まってるんだから。素材にしてその力を顕現させたら今まで見たこと無い何かができると思う」
「そう聞くとすごいと思うけど……ちゃんと力を引き出せるのかな?」
優れた技能を有した素材をただ錬金釜に入れてかき混ぜればその力を内包した道具ができる訳ではない。
調合の難しさ、素材の扱いの難しさは素材が持つ技能に影響される。
強い技能、環境に強く干渉する特性、複数の要因に対し引き起こす現象が一つだけなら危険は少なく練度は大して必要ない。
しかし、魔力の込め方、衝撃、温度、多少の違いでまったく別の反応を引き起こす物質は調合難度が跳ね上がる。
調合の仕方を間違えれば元の素材が持つ技能を引き出すこともできなくなる。
最悪、希少素材を無駄にする勿体ない結果に陥ることも珍しくない。自分の実力を過信した錬金術士によく見られる。
加えて過去の錬金術士には自然を搾り取るように無理矢理望んだ技能を顕現させた調合物を創り上げた事実もある。
「それでね、この種とコレを組み合わせたらすごいものが作れると思わない?」
「──えっ? 本気で言ってるのだってコレ!?」
「うん、この2つを繋げられそうな強い素材達も偶然だけど貰ってたし作れた。これらを混ぜ合わせるための調合棒も枝を利用して作る!」
「いやいやいや! 確かにアンナちゃんの理想通りの物ができたら凄いことになると思うけど、作ることできるの!?」
「だいじょうぶっ!! どっちの力も身近で見たんだから理解できてる! 両方の力を完全に引き出してテツに使ってもらうの!」
「アンナちゃん!? 自分の言ってることわかってる? そんなことしたらテツオがテツオじゃなくなるって!? 人の身に収まる力じゃないよ!」
「……森ではさ、きっかけ1つでわたし達は死んでたかもしれない。この先似たようなことが何度も起きるかもしれない。だから、全てをひっくり返すような切り札があったっていいと思うんだ」
「それは、そうだけど……」
「わたしがどんな力を与えてもテツはテツのままだよ。大きな力を手にしてもやることは変わんない、手を広げられる範囲が広がるだけ」
破魔斧レクスを手にしてから鉄雄の生き方は一変した。この世界で生きる力を手にした。それも、全てを糧とし蹂躙するような力を。
でも、誰かを貶める蹴落とす傷つける為に利用しなかった。オリジンが「優しさ」でできている。
使いこなし、新たな力を手にし、強くなっていても、変わらない。
だからどれだけ力を与えても「優しくて甘い」鉄雄のままでいてくれると期待し信じている。
「ふぅ……アンナちゃんには敵わないなぁ。そんなまっすぐに言われたら頷くしかないよ」
「でしょ! でも、これを作るのはまだ先。他に優先して作らないといけないものが多いからね!」
もしも、鉄雄が力に溺れ自分が手綱を握り切れなかったら作る気は湧かなかっただろう。例え先進的で革新的なアイデアであっても力の象徴とも言える品をアンナは創らない。
そもそも、鉄雄にその気持ちを与えたのがアンナ。本人は気付いていないが、あの日の救いが今の鉄雄を作った。
「ただいまぁ……」
「おかえりなさい。随分と疲れた顔してるね? 何か飲む?」
「あの空気本当に辛い……十年前の戦いなんて無関係なのに呼び出されるとは思いもしなかった。あっお茶はいつもので」
急な残業で疲れたサラリーマンのようにわかりやすく顔から覇気が抜けている。
けれど太陽はまだ真上、短い時間でもあの空間がもたらす重圧の中では通常の何倍もの時間と疲労を受けていた。
「おかえり~! 破魔斧レクス直ったよ!」
「おおっ! 流石はアンナだ! こんなに早く直してくれるなんて!」
「どう? おかしなところない?」
アンナの前でくたびれた態度は取れない、直った破魔斧レクスという情報は気分を上げるのに十分な燃料だった。
手渡されたレクスを深呼吸しながら確かめるように握り、形や色合いに変化がないか回転させて確認し、ほんの数日の間であっても懐かしむようにマナ・ボトルを差込み捻る。
カチリとした音が鳴ると、自分の中に足りなかった歯車がはめ込まれ回りだす感覚に満足し左手の親指を立てて──
「完璧だ。手に吸い付くような感覚に破力の巡りが早い気がする。若干重くなった気がするけど逆にちょうどいいかも」
「よかったぁ。重量の増加は世界樹の枝にコーティング剤も関係していると思う。もう、滅多なことじゃ壊れないはずだから」
「あれは俺の未熟さでもある。でも、ここまで仕上げてくれたらもう負ける気なんてしないな!」
ご機嫌と感心が掛け合わさりクリスマスプレゼントを貰った子供のような表情で見回し、大事そうに鞘に収めた。
「それに、じゃ~ん!! これが新しいわたしの武器!」
「おお!! ──おぉ……? これは、棒? 両端を金属で保護しているけど、特別感は特にないような」
アンナの新しい武器は誰がどう見たって棒。
言葉通り、派手さは無い。両端の金属の銀色を覗けばコーティングによって色づいた茶色。
前に使っていた杖よりも見た目はよくなっているが華やかさはまるでない。
「棒は世界樹の枝で作ってるから見た目以上にすごいんだからね。それに両端の金属をよく見て、窪みとか付いてるでしょ」
「確かに、でもこの形じゃ威力とかでないんじゃないか?」
「まったくもう、鈍いんだから。よ~く見てて! この先端を、どこでも倉庫で繋げて。チョイチョイっと──」
「おお?」
杖の先端が異空間の門の中に消えて、左右にクルクルと回転されると。
「そして引き出すと──じゃ~んフレイル~!」
次に出てくると、先端は角ばった金属隗に包まれていた
「なっ!? まさか武装を変えることができるのか!」
「そういうこと! あの子が色々な武器を使ってたみたいにわたしも色々と使えるようにしとこうと思って。後は刃を着けて槍にしたりオーブを着けて魔術特化にしたりできるよ!」
「おお! 中々面白い仕組みになってるな!」
あの戦いがアンナに与えた影響は大きかった。
選択肢の数が生きる可能性を広げる。
複数の武器を操ることはできなくとも得意な得物に要素を加えることで戦いの幅を広げる。組み合わせることは錬金術士にとって当たり前のこと。
「世界樹の枝のおかげで強度は勿論だけど魔力伝達量、速度共に以前の数倍! 前みたいにすっぱり切られることもない!」
「いやぁ~……アレは流石に厳しいだろうな」
「えぇ!? そこはうなずいてくれるところじゃないの!?」
肩透かしを受けてしまうが、アレは切るために造られた刀。鉄雄はアンナ以上にその恐ろしさを理解している。
戦いの後、放り出され地に転がっていたが回収はしなかった。優れた逸品だとは理解し武器として利用も視野に入っていた。それでも放置することを選んだ。
なにせ何度も彼女の武器は爆発していたのだから。あの刀にも爆発機能を有していたらと僅かにでも想像したら持ち帰ることはできなかった。
「あれは人を切るために作られた武器だからなぁ。まあ、フレイルと激突させれば五分五分か……その武器って両端に別々の装備を付けられるのか?」
「ん? もちろんそうだよ。もちろん両方同じもできるからね」
「なるほど、結構汎用性が高そうだ。後は捕縛系と防御系があればいざという時にも使えるだろう」
「それはテツがやってくれるからいいんじゃないの? あのエンブレイスマターって言うので」
「信用してくれるのは嬉しいけどアンナにもその選択肢があるっていうのは戦い方にも探索採取にも幅ができる。折角付け替え可能な仕組みを構築したんだから欲張っていこう」
「おぉ~! たしかに戦い以外にも使うことは考えてなかった。たとえばどんなのがいいと思う?」
「魔術刻印を仕込んだ魔術武装だな。さすまた型にして物理的に封じるだけじゃなく拘束魔術も放てるようにするとか、盾を装着して障壁を展開しながら振り回せば範囲防御もできるはずだ」
「……よくポンポン思いつくね。攻撃ばっか考えてたし魔術刻印なんて思いつきもしなかった」
「キャロルさんのおかげだよ、魔道具のことは色々教えてもらってたから」
楽しくて仕方無かった。
子供の頃、どこかに栓をしてしまったロボットの変形を考えるかのような好奇心と想像力が沸いて来る。
前の世界、大人同士の会話でこんな話題は出てこない。
けれどこの世界では常に現役の思考。許されるし求められる。現実になるのだから。
「そうだ、キャロルさんに聞けば魔術刻印の武具の造り方とか教えてくれるはずだから行ってみないか? 今日は資料庫でやることやるって言ってたな」
「うん!」
「──っで、教えてもらいに来たわけね。いつも言ってるけど私はあなたの辞書じゃないのよ?」
決めたとなれば動きは早かった。
呆れた表情で迎えるキャロルの前に期待に満ちた顔の二人。ただ、アンナはキャロルの顔を見ると疑問を浮かべる。
「あれ? やっぱりキャミルさんだよね? キャロルって言ってた気がするけど聞き間違い?」
「あぁ、そういえばまだ言ってなかったな。キャミルさんの本当の名前はキャロル。え~と……キャロル・ディア・シュトラーセだ。訳あって今まで偽名を使ってたんだ」
「そういうこと。よく全部覚えてたわね」
「流石にキャロルさんの名前は覚えますよ」
「まっ、あなたは好きな呼び方でいいわ。どっちも同じくらい呼ばれてたものだからキャミルでもキャロルでも」
「じゃあキャロルさんで!」
曇りなき輝く眼に気圧されそうになり小さな溜息を一つ吐く。
「ともかく刻印武器を作りたいわけね。何かしら土台はあるんでしょ? どんな武器や装飾品にどんな魔術を刻みたいのか」
「もちろん! ──こんな感じです!」
アンナが見せて語るは新型の杖と装着品達に鉄雄の案。
頷きながら楽しそうに語るアンナの姿に若干の眩しさを覚えながら全てを理解した。
「中々面白そうな仕組みね。使いこなすのに時間はかかりそうだけどそれに見合った強さは得られると思う。──でも、正直コレはいらないでしょ?」
そう言って手に取るは。
「……うん、俺も思ったな。アンナには向いてないなぁ~って」
「えぇ!?」
オーブ。魔術士が魔術の安定や威力を高める為に利用する水晶球体な魔術道具。
これを使って殴ることは滅多なことでは起きない。その時点で追い詰められているようなものだから。
「だってあなたサリーを師事してるぐらいバリバリの接近戦主体じゃない。今まで使った魔術って障壁か魔力弾の初級の初級がいいところ。後は肉体強化ぐらいで今更魔術を高めたって意味無いでしょ」
「そう言われるとまったく反論できない……」
「加えてテツオの魔力吸収系と相性が悪すぎて連携ができない」
「あっ!? 確かに! 思いつきで作ったけどそこまで考えてなかった!?」
無類なき防御、妨害性能を誇る魔力吸収だが無差別なのが欠点でもある。
「まっ、とは言ってもこれ自体が無意味って訳じゃないわ。このオーブに私が魔術刻印を刻むからそれを調合で組み合わせて生まれ変わらせなさい」
「いいんですか?」
「あなたの使い魔にしてもらったことに比べれば安いもんだから。もちろんこれで返し切ったとも思ってないから」
「感謝します。やっぱりキャロルさんに頼んで正解でした」
辞書扱い気味でも頼られることは満更でもないのか頬が緩み得意顔になる。
「それで刻んで欲しい魔術は何? 捕縛魔術? 障壁魔術? それとも空間凍結? 今なら魔女の力で高位の魔術を刻んであげるわ」
(──魔女? 今、魔女と言ったのか?)
「ん?」
「どうかしたの?」
「いや、急にレクスの声が漏れて来た。いや、すっかり忘れてた……」
直ったのだからレクスとの会話もできるようになっている。しかし、話の流れから試す発想すら沸いてこなかった。アンナの事柄の方が優先度が高いのだから仕方ないと言えるだろう。
改良された破魔斧レクスを取り出す。
「随分とお色直ししちゃってまあ。どうやら色々と丁度いいことになってたみたいね。せっかくだからあの時話せなかったことを話しとこうかしら?」
「えっ? なになにどういうこと?」
「手紙の内容ですよね?」
「ええ、結局無駄になっちゃったけど備えすぎただけだからこれはこれで良かったわ。──読まれたら読まれたでそれは恥ずかしかったけど……」
頭に疑問符が浮かぶアンナであれど、大事な話をしようとしているのは察することができたので大人しく口を閉じて流れに身を任せた。
「ちなみに内容は何ですか?」
「破魔斧レクスの正体について。知っていることを全部話す」
「えっ!?」
レクスのいる時に話したい。だから何か関係している。
そこまでの予想はついていた。けれど、レクス本人からも語られることの無かった正体について。何故知っているのか疑問はあれど、彼女が嘘を吐くとは考えられず喉を鳴らして耳を傾けた。
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