第59話 凶刃の瞬間
7月20日 火の日 9時00分 ライトニア病院
「失礼します」
前王が休んでいる病室。今度は鉄雄一人でそこに緊張しながら踏み入れると部屋に見たされた重圧に内心「うおっ!?」と驚き、情けなく後退りそうになるが失礼の無いように表情は崩さず何とか冷静さを保ち部屋へと入る。どんな面接よりも緊張した入室であったと言える。
「どうやらこれで揃ったようだな」
主治医ケア、前王コメット、現王クラウド、ルビニア、調査部隊隊長レイン、副隊長ゴッズ、討伐部隊隊長ラオル、キャロル、そして鉄雄。
場違い感が強いと肌で理解しながらも上司に呼ばれたのだから行くしかなく。信頼する先輩キャロルの傍に行こうとしても前王の近くにいるおかげで近づけず、窓際に立ち静観に徹することを決めた。
「10年という月日は本当に長いようだ。あの水の魔神はアメノミカミと名付けられ2度も襲撃に来た。調査部隊は解散したかと思えば再結成された。あのガイア・ローズの首を未だに刎ねておらずその娘が隊長となっているのだから。随分と国の有り様も変わったようだな」
「お言葉ですが本当に父だったのですか? 10年前の出来事を話していただきたいと思います」
十年前、王は凶刃に倒れた。一命を取り留めたものの今日に至るまで話を聞くことは叶わなかった。
三人の目撃者、使用人ルビニア、王妃ミラーシ、そして現王クラウド。
彼達の目撃証言によってガイア・ローズが犯人であることはほぼ決まっていた。
「病み上がりとは思えないぐらい身体も頭もはっきりしているようでな。私にとっては昨日の出来事のように思い出せる。私を切り裂いたのは間違いなくガイアだ」
「実を言いますとあの事件は他人に化けることができる人間が行った可能性があります。体格、声、完璧に複製できる技能を使い」
これまでの実績と貢献があり、無期懲役の地下牢投獄で済まされていた。
加えてアメノミカミとの戦いの最中に脈絡の無い行為。本当にガイアが行ったのかという疑問を拭い切れなかったのもあった。
そして現れた完全変化能力の持ち主。
レインはその人物が犯人だと縋るしかなかった。
「そいつの発見は最近の襲撃でできたのだろう? 10年前もいたことの証明にはならん」
コメットにはその気持ちを看過されていた。都合が良いのだから。
真実には到底遠い確証の無い粘り付くような態度と声色に満ちた妄想にしか聞こえない。
「では、王様が最後に見た光景を全員で見て分析し討論するのはどう? 新たな情報がわかるかもしれないわ」
「キャミル? そんなことができるのか?」
「鏡面投影。対象の記憶を鏡に映し出すことができる魔術。ガイアさんが本当に行ったか調べるのにちょうどいいでしょ? まっ、このために付いて来たものだからね」
「ほう……面白い魔術があるものだ。ボケ老人の戯言と言われぬためにも是非試していただこう」
「では失礼します。ゴッズ、その姿見をこっちに近づけて。コメット様は切られる前後の記憶を意識してください」
「任された!」
ベッドの隣にキャロルが立ち。片手でコメットの頭に触れ、もう片方の指先で鏡に触れる。
「では始めます。──汝の記憶、見せたまえ、鏡面投影」
鏡の表面が波打つと病室を映していた面がまったく別の場所を映し始める。
「これは……玉座から見る扉だ……!」
「先に言っておくけど音は聞こえないからね。あくまでコメット様の視界情報だけ」
当時の出来事が動画として映しだされる。誰もが驚き、息を呑んで集中する。
王の傍らに立つルビニア、幼いクラウドとそれを抱く王妃。
扉が開き現れるは雨に濡れたガイア・ローズ。
必死な形相で近づき膝を付く。
「隊服におかしなところは無い、腕章も装備している……」
「顔も隊長そのものではありませぬか……」
「とう……さん……?」
娘のレインでさえ区別の付けられない変化。いや、変化ではないのかもしれない。
変化できる者がいる。それを知らなければ疑問の持ちようすら湧かないだろう。
「隊長達の顔を私が見間違えると思っていたか? 確かこの時、「水の魔神の侵攻が早い、避難すべき」と言われたはずだ」
「概ねその通りです。コメット様は最後まで残ると言い、「王子と王妃だけでも脱出すべき」とも言われました。そしてこの後──」
ルビニアが王から離れ、王子と王妃の座るソファーまで近づく。
「剣を抜いた!?」
醜い笑顔で塗り固められた男が剣を鞘から抜き、騎士の構えを取り。
右肩の上まで振りかぶり、迷い無く振り下ろす。鮮血が飛び散ると同時に視界が床へ落ちる。
揺れる鏡面が一度ガイアを映すが、すぐに移動し最後まで見ていたのは王子達の姿。
投擲された剣にそれを弾くルビニアの姿。
そして鏡面が真っ黒に染められる。
「ここまでね」
「僕が見たのと変わらない……」
「まさか離れた瞬間にこのような事態になっていたとは……不覚でした」
忘れられぬ父が倒れる姿、その本人の視点。
疑うことすらしなかった。する必要すらなかった。信頼していた相手だったから。悔やんでも悔やみきれない。
「突発的な犯行では無いですね……明らかに」
「こんな父の顔は見た事ない……」
「この術ってね。対象の記憶を元に作られるの。思い込みとか想像が入った場合明らかにおかしな部分が出てくる。でも、ここまではっきり映ってるなら王の記憶は紛れも無い真実よ」
「忘れる訳が無かろう。死の直前の記憶だ、治ったはずの傷が疼く位だからな」
「この後、ガイアさんは国宝を奪い取り王族専用隠し通路を使い脱出しました」
「これで分かっただろう? 間違いなくガイアだ!」
そう豪語する王。
犯人はガイアだと確定した。誰もが口を開くのを憚られるそんな空気の中鉄雄はまっすぐと手を上げ、全員の注目を浴びる。
「どうかしたの?」
「この時投げられた剣ってどうなっているんですか?」
「今も保管されている」
「指紋は?」
「役に立たないわ、この映像でも分かる通り篭手付けてるでしょ。念の為色々調べられたけど潰れていたりして誰かのと断定はできなかったわ」
十年前は完璧に無関係。前王に対して特別な敬意をまるで持たない男。
この中で唯一色眼鏡無く純粋に疑問を口に出せる存在でもある。
「なるほど……剣から犯人を断定することは不可能だったと。でも、ガイアさんってレイピアじゃないんですね」
「ん?」
「──レインさんはレイピア使ってるのに」
「ふっ、ワシと同じこと言いおるか。確かにガイアの野郎もレイピアだがな」
「言わんとしていることは分かるが証拠としては弱いぞ。アメノミカミに武器を流されたのだろう」
「事実として父が利用していた武器は戦場で発見された。父じゃない理由にはならない」
「なるほど……説明感謝します」
映像で使用された剣と証拠として保管されている剣に違いは無い。ライトニア騎士団に卸される規格の定まったブロードソード。騎士団員なら誰でも手に入る。
ラオルやレインのように特注品を持つ者も中にはいる。ガイアも特別な武器を有していたが十年前の事件には無関係。
「思った通り傷は上から下。この太刀筋からして相当錬度が高い者なのは確かです。皮肉にも傷が綺麗だったおかげで手術がしやすかったのもあります」
「ガイアだからな。隊長の腕前が鈍らで勤まるものか」
「……いや、やはりおかしいですぜ。確かに剣だけじゃ証拠にはならんがどういう型を使って斬ったかになれば話は変わってくる」
「ラオルさん?」
「ワシはあいつと良く手合わせしたから覚えている。こうして向き合うと良く分かっちまう。アイツじゃないアイツの動きじゃない。こんな騎士の基礎を固めた動きなんかしない」
「何が言いたい……」
「あいつが騎士剣術の構えを取るところなんて見た事ねえんですよ。普段はこう、右手でレイピアを持って左手にバックラーを付けて脇を締める感じで」
ラオルが言葉にしながらガイアの型を再現してみせる。
切るというよりも突きを主体にした構え。レインもほぼこれに近い構えで訓練を行っており、それに対峙している鉄雄は「あぁ~なるほど」と言った点と点が繋がって親子の繋がりも感じられた。
「癖……完全に王を切れると理解したからいつもの動きが出た。ガイアさんだったら切るよりも突く方が自然ってことですか?」
「だろうな」
「普段と武器が違うからこの型になっただけではないか!」
「だとしても、確実に王を殺したかったなら使い慣れた武器を使うはずです、使い慣れた技で殺すはずです」
「だったら使い慣れぬ武器と技で私を切ったのだから生きておるのだろう!」
正論としか思えないぐらいに筋が通っているように聞こえた。生きていることが証明。
それに対し反論するには証拠が足りない。ガイアは騎士団員、だからこの型を知らない訳が無い。剣も手に入れられる。当時の状況、丸腰で動くことは有り得ない。
「父上、お言葉ですがそれは違います。ルビニアの処置が迅速かつ的確だったからです」
「輸血用の血液もあり、敵ながら切断が綺麗であったので間に合わせることができました」
「当時の病院は人で埋め尽くされる勢いでした。治療してもやってくる人の数が多く王の手術に人手が割くことができず、彼女の処置のおかげで多くの民を救うことができたのです」
「お前まで……まるでガイアでないことを願っているようではないか! 何故そこまでガイアを信じる!? 父である私を斬った男だぞ!?」
「変化した男という線がどうしても消えないんです……! 無様な妄想に縋ってると無様な人間と捉えられても構いません、別人でなければあの時の流れは腑に落ちないんです。納得できるわけがない!」
「王の座に着いておきながら現実を受け止められぬとは……!」
クラウドにとってもガイアは世話になった人。
好奇心旺盛だった幼き日、調査部隊の業績は彼にとって劇薬に等しくダンジョンより持ち帰られ王に献上される遺物はクラウドの心を奪った。
任務について行くと駄々をこね、場所を選んでは共に調査に赴くこともありその度にガイアではなくレインが苦労することも多かった。
彼にとってあの光景は受け入れきれない現実、尊敬する相手を同時に失ったようなもの。片方は昨日戻って来てくれたが。
「そもそも、騎士団員の中に変化能力を持つ人っていなかったんですか?」
「いたら重宝されていただろうな。ワシの討伐部隊より調査部隊でな、潜入捜査はお手の物だろう。使わない理由が無い」
「能力故に存在が秘匿されていたとしても。副隊長のゴッズなら聞かされてもおかしくないんじゃない?」
「いや、残念ながら聞いたことがありませぬ」
「はっ! つまりは、騎士団員の中にアメノミカミの襲撃直前にその能力を身につけ、ガイアに罪をなすりつけた。都合が良すぎるだろう? それに何故騎士団員の誰かだと決め付ける?」
「王よ、残念ながら本当にそれだけは確かなんです。でないと、ワシの弱点がカミさんだと知ることはできないんですよ。あのタイミングであの姿に化ける選択肢が出るのは騎士団員の誰か。それも酒の席で共に騒ぐような間柄じゃなければ」
「騎士の型を会得している、騎士の装備。見よう見まねにしては堂に入っている、装備はガイアに化ければ集めるのは楽でしょうけど、長時間ガイアに化けるのにはリスクが大きすぎる。もしもばったり会ったら作戦失敗、目撃証言が多過ぎれば疑問になるもの」
「確実に言えるのは『変化能力者は存在している。それも、騎士団員の深い情報を入手した』ということです。ただ、その人物が10年前にあの場にいたのかがわからない」
「探す価値はあるはずです! 父だと決め付けるのは待っていただけないでしょうか?」
問題はそこ。
王の記憶のおかげで、ガイアが行ったというには疑問が増える結果となり、化けた者がいる確信が強まった。
しかし、証拠が無い。記憶に映るのは紛れも無くガイアの姿、顔も髪型も体型も疑問を浮かべることの無いガイア・ローズ。襲来時の傷も再現されているのだから。
「……いいだろう。このままお主らの言葉を無視して処刑を執行したところでそいつに勝ち誇られそうだ。処刑は無期限停止とする。だが、ガイアの釈放を許す訳にはいかない。真犯人とやらを捕え私の前に連れてきたら釈放とする」
「──っ! ありがとうございます!」
「勘違いするなよ。この男が私を目覚めさせる鍵となり、2度目の襲撃も民を守ってくれたようなんでな。顔を立ててやったまでだ」
「──えっ!?」
妄想に縋っている。と一蹴するには覚悟が決まっていると感じ取った。
加えて、自分を救ったのが調査部隊の人間。さらに国を救ったまでと来た。それはどこかで弱みとなる、対価を支払う必要がある。
コメットはここが払い時だと判断した。
曖昧な態度であれば執行を決めていた。けれどレイン達の顔を見て賭けることにした。もしかしたら妄想通り自分を襲ったガイアは偽者の可能性も否定しきれない。覚悟を測る為の議論でもあった。
恩義を清算し、懐の深さを示し、真実を探求する道を残す。
王としての処世術は玉座を退いても消えてはいなかった。
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